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<インタビュー>上白石萌音 大好きで大切にしているからこそ、一番怖いのも“歌”



上白石萌音インタビュー

 上白石萌音の3rdアルバム『name』が完成した。NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』の音楽を担当した金子隆博や、オンエア中の『news23』のエンディングテーマ「夕陽に溶け出して」には小林武史が参加するなど、これまでの作品に縁のある者、そして上白石が熱望した著名プロデューサーたちが参加し、上白石のやわらかく表現力のある歌声を十二分に引き出されている。

――萌音さんにとって今回のアルバムはどのような作品になりましたか?

上白石萌音:今までで一番そのままの体温で歌えた曲が多かったです。テンションを上げたり、無理をしたりせずに素直に取り組めたアルバムになりました。素晴らしいアーティストのみなさんに書いていただいた素敵な曲たちを、どうやって届けたらいいかを考え続けながら歌ったレコーディングでした。私の「こういった方に書いていただきたい」とか「こういう雰囲気の楽曲にしたい」といった意見も多く取り入れてもらった、自分の好きな音楽が色濃く出ているアルバムだと思っています。

――『name』というアルバムタイトルについては、収録曲最後の「君の名前」からきているのでしょうか?

上白石:そうです。「君の名前」はアルバム収録用に最初にできた新規の曲だったんです。楽曲を作っていただく前に佐藤良成(ハンバート ハンバート)さんとオンライン打ち合わせをさせていただいたのですが、その中で、今、私が考えていることをたくさん聞いてくださったんです。私は最近、名前がキーになる作品とご縁があって。舞台『千と千尋の神隠し』も朝ドラ『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)もどちらも名前が大切な作品で、名前が人の人生にすごく影響していたり、名づけられた通りに育っていったりするなとぼんやり考えていたんです。その話を佐藤さんが掬い取って曲にしてくださったのが嬉しくて、アルバムの主軸としてタイトルにしました。

――この取材は名古屋公演を残すのみというタイミングですが、『千と千尋の神隠し』は萌音さんにとってどのような舞台になっていますか?

上白石:10歳の千尋を演じていると、みずみずしい気持ちを思い出させてくれるんです。こういうものが怖かった、悲しかったとか、ピュアの塊みたいな頃の自分を思い出します。そういうものって見えにくくなっているだけで、どんなに大人になっても変わらないと思うんです。翻って自分と向き合う時間になっていますね。

――このままの流れで『カムカム』に関する楽曲についてもお聞きしたいところですが、その前に「夕陽に溶け出して」について質問させてください。この曲は夜のニュース番組『news23』(TBS系)のエンディングテーマであり、小林武史さんが作詞、作曲を手掛けています。

上白石:まず小林さんとお仕事ができたことが宝物です。超ダメ元だったのですが、ご快諾いただいて。

――それも萌音さんのリクエストだったんですか?

上白石:スタッフを含めた我々の総意ですね。曲ができる前から『news23』のエンディングテーマになることが決まっていたので、『news23』ありきの曲でもあります。ずっと変わらない心の機微を描いた壮大かつ大きなテーマの楽曲で、しっかり歌っていかないといけないと思っています。歌詞にはハッとさせられる部分も多くて、噛み締めながら歌いました。


――小林さんとは実際にお会いされたんですか?

上白石:レコーディングに立ち会ってくださいました。

――小林さんはサザンオールスターズやMr.Childrenなど、錚々たるアーティストを手掛けてきた日本を代表するプロデューサーですが、やはり違いましたか?

上白石:かなり構えました(笑)。最初にお会いした時はオーラに圧倒されて「うわー!」ともなりました。自己紹介して、「じゃあ、歌ってみますか?」とすぐに歌うことになったんですよ。「待って! 待って!」って思いながら、最初はガチガチだったんですけど、お話してみるととってもフランクな方で、「俺がいたら緊張するだろうから」「ここで聞いてるから好きに歌って」と録音ブースの小窓から見えない位置まで下がってくださったんです。要所要所でアドバイスをくださったり、褒めてくださったりしました。一流の方々は人としても一流っていう私の中での実績があるんですけど、やっぱり小林さんもそうなんだって。人としてチャーミングで、一つの素敵なものを作ろうという上で上下関係を全く作らない方でした。こう言ったらなんですけど、驚きました。

――当初のイメージとはギャップがあったんですね。小林さんからはどのようなディレクションがありましたか?

上白石:全体の流れについてアドバイスをしていただきました。曲が静かになる落ちサビの部分について、私の中では楽器が静まったらボーカルも静まるという感覚があったんですけど、そこはむしろ強く出てほしいという細かいニュアンスまで言っていただいて。「ここからどんどん開けていってこういう世界観があるから」と、ロジカルで感覚的な両方のアプローチをくださったので、一発で理解ができましたし迷わずに歌えました。

――小林さんの中にある楽曲のイメージや曲に込めた思いを聞いたりはしましたか?

上白石:直接聞いたわけではないんですけど、ディレクションの中でいろいろ感じることがあって。2番の歌詞についてはたくさん話をしましたし、後ろで鳴っているドラムの音にも意思があって、そこが鼓動になってるという立体的な捉え方を教えてくださいました。繊細な歌詞ですけど力強くて前向きな曲なんだって、小林さんと話して明確になりました。

――<夕陽が溶けて 鼓動と重なる>という歌詞がありますからね。「ジェリーフィッシュ」は『カムカム』の音楽を担当した米米CLUBの金子隆博さんが作曲を手掛けています。この曲はいつ頃から話が持ち上がっていたんですか?

上白石:割と最近で、4月くらい。制作も急ピッチでした。

――『カムカム』が終わってすぐのタイミングだったんですね。萌音さんは、金子さんが指揮者を担当している『うたコン』(NHK総合)で会われていますよね。

上白石:はい。それ以前にも金子さんが『カムカム』の劇伴を録音しているところにお邪魔したことがあって、そこでご挨拶したのが最初でした。

――金子さんは劇中で突然トランペットが吹けなくなってしまうジョーと同じ病を患っている方で、相当な思い入れがあるのだと想像します。だからこそ、この「ジェリーフィッシュ」のイントロで高らかに鳴る、トランペットの音色には鳥肌が立ちました。

上白石:あそこに管楽器がバコーン!と入るのがめちゃくちゃカッコよくて。金子さんには全部で5曲ぐらい作っていただいたんです。「この中から選んで」って。お忙しいのにすごいですよね。この曲の頭にはデモの段階から管楽器の音が入っていて、そこにみんなが惹かれたというのはあると思います。その時は『カムカム』を意識してはいなかったんですけど、あの音色が持つ魅力に引き付けられたのが選曲の決め手になっていたかもしれないです。

――レコーディングはいかがでしたか?

上白石:スムーズでした。最初から私と金子さんの思っていた方向性がピタッとハマって、1回歌ってみたら「そんな感じで」と。テンポよく進んでいきました。

――萌音さんの歌い方は、どこかサラッと気品ある感じにも聞こえました。

上白石:楽器とムードがすごく強いので私はあえて何もせず、それこそサラッとシンプルに、姿勢を崩すくらいの感覚で歌いました。

――<踏みしめていこう 今までの道><かけがえのない世界で手をつなぎましょう>といった歌詞は、ドラマ内での稔さんの夢を連想してしまうのですが、これは深読みしすぎですかね……?

上白石:あぁ……考えてなかったです(笑)。この曲もレコーディングのギリギリに上がってきた曲で、必死に歌っていく中でいろいろ情景が広がった曲なんです。でも<世界で手をつなぎましょう>というのも、今はより沁みる言葉ですよね。そう思うと、稔さん、たしかに……(笑)。

――深読みでしたかね……。金子さんは「愛すべきブルー」にも編曲として参加しています。この曲は作詞を東京スカパラダイスオーケストラの谷中敦さん、作曲を川上つよしさんが手がけていて、拡大解釈をすればスカパラと米米のコラボでもありますよね。

上白石:たしかに! 激アツですね(笑)。

――スカのリズムがベースにありますが、どこか優しい音色になっているのが印象的です。

上白石:内容は決してポジティブではないんです。でも、悩みとか戸惑い、葛藤、憂鬱、そういうものを歌い飛ばしちゃう音楽の力がスカにはあって、それが色濃く出ている楽曲です。谷中さんと川上さんの化学反応に、さすがずっと一緒にいるおふたりだなと感じました。歌詞は最初に上がってきたものよりも、より“ブルー”な部分が強調された深みが増した歌詞になっていて、曲調とのギャップも面白いと思っています。

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このご時世に直接会えるという
その喜びが増す時間にできたら

――レコーディングで難しかった部分はありますか?

上白石:スカのリズム感や技法みたいなものを身につけるまでに時間がかかりました。フワッと歌っちゃう癖がある私にとっては、裏拍の強さと歯切れよく歌うのが難しくて。谷中さんと直接お会いすることはできなかったんですけど、レコーディングする前に「この音楽を自由に楽しんでくださいね」とメッセージをいただいて、その言葉に心が解された感覚があります。

――「Tea for Two」はジャズのスタンダード・ナンバーであり、『カムカムエヴリバディ』の劇中で安子と稔がデートで訪れるジャズ喫茶のディッパーマウス・ブルースで流れていた思い出の楽曲でもあります。

上白石:もともと好きな曲だったんですけど、まさに『カムカム』を通じて大事な曲になって。「1曲なにか洋楽のカバーを」と思って、真っ先にこの曲が浮かびました。みなさんもきっと、一度は聞いたことのあるメロディーだと思いますし。

――英語の発音という部分では、英語のセリフが多くあった『カムカム』を通じてまた一段階上の歌い方ができるようになったではないですか?

上白石:『カムカム』の中でも英語の子守唄(「On The Sunny Side Of The Street」)を歌うシーンがありましたけど、その時に歌としての英語の聞かせ方をご指導いただいて、それは今回も活かされたと思います。私はもともと日本語で歌うより英語で歌うほうが好きなので、楽しかったです。

――昨年リリースしたカバーアルバム『あの歌-2-』の中には、大橋トリオさんによるジャジーなアレンジが効いたスターダスト☆レビュー「ブラックペッパーのたっぷりきいた私の作ったオニオンスライス」のカバーが収められていましたよね。

上白石:あの時、大橋トリオさんにディレクションいただいたことが今回のレコーディングでもそのまま活かされています。一行一行、細かくディレクションしていただいて。ジャズって気ままに、いい意味で適当に歌うものですけど、その技量が私にはまだ備わっていないので、意図的に歌い方を崩したり、ニュアンスを付けたりしなきゃいけない段階なんです。大橋さんにはそこをレクチャーしていただいていたので、その時のことを思い起こしながら、今回改めてボイストレーニングの先生の指導のもと歌って、「やっぱりジャズって楽しいな」と思いましたし、これからも挑戦していきたいジャンルだなと感じています。

――大きく見れば「君の名前」「ジェリーフィッシュ」「愛すべきブルー」「Tea for Two」と『カムカム』との出会いが今作の一つの主軸にもなっています。萌音さんにとって『カムカム』はどのような作品になりましたか?

上白石:これまで出会った作品と同じように私の血となり肉となっているという感覚はあります。でも、『カムカム』が特大というよりかは、それもまた私の一部という感じがしていて。携われて幸せですし、いい形で役と作品とお別れができましたけど、いろんな作品が繋がって、またロープが伸びたような、そういう感覚ですね。そうやって一つひとつが刻まれているということに、とても幸せを感じています。


――7月16日からは全国4都市をめぐるツアーがスタートします。どんなツアーになりそうですか?

上白石:行きたい場所に行くツアーです。夏休み特別企画(笑)。各地に行けるのが楽しみですし、中でも岡山はご挨拶に行くという感覚もあります。公演毎にセットリストを変えたりもするので、それぞれの場所の思い出ができるような、このご時世に直接会えるというその喜びが増す時間にできたらいいなと思います。

――東京、岡山とあとは、なぜ北海道と沖縄なんですか?

上白石:行きたいからです(笑)。あとは端から攻めるという。北海道は所縁の作品や公演した舞台があって、思い返してみると思い出がいっぱいあるなと。沖縄は修学旅行でしか行ったことないんです(笑)。

――俳優業にとどまらずナレーションや文筆家など幅広い活躍を見せている萌音さんですが、歌うことは今ご自身の中でどのような位置にありますか?

上白石:いろいろなジャンルに挑戦させていただいている中で、一番付き合いが長いのが歌です。2歳ぐらいの時から本当に歌が大好きで、歌がなかったらきっと私はこんなに穏やかに生きてこられなかったくらいに大切なものですね。それだけ好きなものを仕事にするという意味では、一番怖いものでもあります。とても怖いけれど、それを乗り越えられるのも好きだからこそであって。今後もたくさん悩んだり挫折したりすると思うのですが、2歳の頃の純粋な気持ちのまま歌っていきたいなって思います。

――5月に放送されていた『こえうた』(NHK総合)の中で萌音さんは福岡から中継でフジファブリック「若者のすべて」を歌唱していましたが、あれは『千と千尋の神隠し』の……。

上白石:終演後です。

――俳優と歌手との切り替えが大変だろうなと思っていたのですが、よくよく考えてみると萌音さんの中ではその垣根というのはないのかなとも感じました。

上白石:大きく捉えたら同じ表現で、同じ伝えるという手段ですし、そこに必要な技量やモードみたいなものはそれぞれ違うので、切り替えようと思わなくてもそこに対面した時に自ずと切り替わる感じです。

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