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<コラム>Eveがメジャー3rdアルバム『廻人』リリース――“廻”という文字に込められた“生きるということ”
不安定な現実を受け止めながらも、その先の未来に眼差しを向ける
教科書には載ってない僕らも
NOW!飛び出すよ広い海原へ(「デーモンダンストーキョー」)
これはEveの3作目のフルアルバム『OFFICIAL NUMBER』(2016年)に収録された「デーモンダンストーキョー」の歌詞で、詞曲は「不完全な処遇」や「Dr.」(Eve×Sou)なども手掛けたMI8kによるものである。初の全国流通作である『OFFICIAL NUMBER』に、この不敵な笑身を浮かべた曲が収録されていることは、今振り返っても、とても象徴的なことのように思える。今聴けば決意表明とも捉えられるこの曲を歌った当のEveは、2022年の今まさに「広い海原」を自由に泳ぎまわっているのだから。
▲デーモンダンストーキョー - Eve MV
そんなEveから通算7作目となるフルアルバム『廻人』が届けられた。本作はこの1~2年の間に大海原を泳ぎまわった彼の集大成的な作品といえる。
『呪術廻戦』のオープニングテーマとして大ヒットしたカオティックなギターロック「廻廻奇譚」、アニメ映画『ジョゼと虎と魚』の主題歌であり、ストリングスの響きも豊かなバラード「蒼のワルツ」、suis(ヨルシカ)と声を重ねる切なくも爽やかな「平行線」、個人制作アニメーションの祭典『Project Young.』主題歌であり、グルーヴ感のある生楽器とエレクトロのアンビエンスが有機的に融和した「遊生夢死」、スマホゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat.初音ミク』のアニバーサリーソングであり、去年、久しぶりのボカロ曲として発表された疾走感溢れる勇気の歌「群青讃歌」(『廻人』には本人歌唱バージョンが収録される)、「KATE欲COLLECTION」インスパイアソングであり、「個」の欲望と曖昧さを肯定するメロウポップ「YOKU」、SpotifyのCMソングとして去年の暮れにお茶の間に流れまくった、声と音の繊細な重なりが美しい「藍才」、そして『呪術廻戦』との再タッグとなった、スマホゲーム『呪術廻戦 ファントムパレード』主題歌「アヴァン」……と、一部を抜き出しただけでも、近年、Eveが様々な他者と出会いの中で紡いだ楽曲群が、ここには並んでいる。
この『廻人』には、世界に求められたEveと、世界を求めたEveが、絶妙なグラデーションを描きながら重なっている。そこには、前作『Smile』(2020年)で見せた、分裂気味の内省的世界ともまた違った質感がある。
前作『Smile』のリリースが2020年2月なので、『廻人』は、Eveにとってコロナ禍に制作された最初のフルアルバムということになるだろう。教科書に載っていないのは「僕ら」だけでなく「時代」でもあった。そんな未曽有の状況の中で「求められた」ということ、それに「応えようとした」こと――そこにあるEveのアーティストとしての意志こそが、アルバム『廻人』に刻まれたものでもあるといえる。それゆえだろう、今作に収録された楽曲の歌詞は、先の見えない不安定な現実を受け止めながらも、その先の未来に眼差しを向けているものが多い。
だから世界の果てに落っこちてしまっても
僕の目はまだ死なずにいる
今でもずっと これからもイメージして(「暴徒」)
昨日までの世界じゃなくなっても 心は覚えている(「平行線」)
期待と不安を同じくらい抱きしめて
君と今を紡ぐ未来照らして(「群青讃歌」)
今も未来も超えていけ 君となぞる夢も
確かな命宿して 消えた街の息吹を
忘れてしまわぬように(「藍才」)
夢にまで見たような世界から明けて
大丈夫、甲斐性はないが
冗談じゃないさ 突き進もう(「退屈を再演しないで」)
もちろん、そもそも具体的な意味の取りにくく、1曲の中にも多面的な表情をのぞかせるEveの綴る歌詞だ。そこにポジティビティだけが宿っているとも思えないが、しかし、だからといって上に抜粋したような真っ直ぐな言葉が嘘であるとも思えない。「生きたい」という願い、「生き延びよう」と訴え……アルバム『廻人』から私が聴きとるのは、そうしたEveの切実な叫びである。それはときに<今日も生きてしまったな>(「夜は仄か」)という厭世感の入り混じった呟きにも変わるが、しかし、「生きる」ことそれ自体に固執していることに変わりはない。目まぐるしく変わりゆく世界で、あなたとそう簡単に触れ合えなくなった世界で、喪失と忘却を避けられないこの世界で、それでも、生き続けること。この命を、明日という名の未来へと運んでいくこと。Eveはそのことを、この2年間、「あなた」に伝えようとし続けてきたのではないか。そして、アルバム『廻人』に刻まれたメッセージはここにあるのではないかと、私は思う。
▲退屈を再演しないで - Eve MV
そもそも、このアルバムを象徴する「廻」という文字はなにを意味しているのだろうか。意味合いとしては、「めぐる」や「まわる」というニュアンスの文字だ。そもそもは「廻廻奇譚」を書き下ろした『呪術廻戦』に端を発しているのだろう、この「廻」という文字が歌詞に出てくるのも、やはり『呪術廻戦』にまつわる2曲だ。
想いも 声も 言葉も
失くした感情さえ 愛も
廻って 廻って 勝機繋いでいけ(「アヴァン」)
まわること、めぐること――『廻人』というタイトルがアルバム全体に付けられた理由はわからないし、Eve本人の中にも理由はひとつと言わずいろいろあるのだろうが、聴き手としての思い当たるのは、やはり、私たちが生きるこの日々のことだ。先の見えない中で続いていく毎日。この日々のループは、暗闇の中を進んでいるような不安を私たちにもたらす。繰り返される日々の中で、ときに私たちは「どうしてこんなにも得るものは少なく、失うものと忘れてしまうことは多いのか」と愕然とするのだ。しかし、諦めることはできない。日々の繰り返しを諦めることは、この世界からの離脱を意味するから。それなら、この続いていく日々を生き抜いていくしかない。日々の中で生まれる小さくても確か出会いや変化を、見逃さないようにしながら。このアルバムが「廻」という言葉によって象徴されたのは、生きることとは、すなわち「繰り返し」と「めぐり合わせ」の中になにを見出せるかの問題なのだという、メッセージなのではないかと私は勘繰っている。
▲廻廻奇譚 - Eve MV(Live Film ver)
アルバム『廻人』は、きっとこれまで以上に多くの人に受け入れられる、Eveのキャリアの中でもエポックメイクな1作となるだろう。しかし、この作品のリリースに先立ち、Eveは入手困難となっていた2作のアルバム『Wonder Word』と『Round Robin』を去年の暮れに店舗限定で再販、さらに今年の初めには、初のボーカロイドアルバム『Eve Vocaloid 01』もリリースしている。もはやネットシーンという枠組みを超えた巨大な存在になった今のEveだが、ここにきて同人シーンで活動してきたキャリアや、ボカロPとしてのキャリアも一斉に解き放つところに、彼のアーティストとしての美学を感じる。彼は自分自身の記憶も、仲間も、愛も歴史も、すべてを抱えて未来へ行くつもりなのだ。
リリース情報
アルバム『廻人』
- 2022/3/16 RELEASE
- <廻人盤(初回限定・特製BOX 仕様)[CD+GOODS+ 特製BOX]>
- TFCC-86827 5,500円(tax in.)
- <初廻盤[CD+Blu-ray]>
- TFCC-86828~86829 4,400円(tax in.)
- <通常盤[CD]>
- TFCC-86830 3,300円(tax in.)
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Text:天野史彬
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