Special
<コラム>「悪魔の子」が118か国でトップ10入り リアリティを描き切るSSW ヒグチアイとは
シンガーソングライター、ヒグチアイの新曲「悪魔の子」が配信3週間で1,500万ストリーミングを突破する大ヒットとなっている。この曲は今年の1月9日より放送がスタートしたTVアニメ『進撃の巨人』The Final Season Part_2のエンディングテーマに大抜擢され、ストリーミングのみならずミュージックビデオ(アニメスペシャルVer.)は公開2日半で100万再生を突破(現在400万再生)。TikTokでもこの楽曲を使用した投稿が世界中で急増し、現在は30,000本を突破するという状況である。そう、シリアスかつスケール感溢れる曲調と、ヒグチアイの中低音を生かしたアルトボイスがドラマチックなこの曲は、世界中に大きなインパクトをもたらしたのだ。そうしてApple Music J-Popランキングではドイツ、フランス、イタリア、韓国など世界91か国で1位を獲得、合わせて118か国でトップ10入り。iTunes Store J-Popランキングでもアメリカ、イギリス、ドイツ、イタリアなど世界43か国でトップ10入りするなど、世界中のランキングを席巻している。
「悪魔の子」というタイトルから既に強烈な印象をもたらすこの曲は、〈世界は残酷だ それでも君を愛すよ〉と歌い上げるサビが美しいが、そんなに綺麗にまとまって終わらない。曲は終盤で「正義」の裏に「悪魔の子」が育っていると歌うのがポイント。人間の心の矛盾を真っ向から描くような、容赦ない言葉の鋭さが、アニメ『進撃の巨人』にインスパイアされて書き下ろした、ヒグチアイならではの世界観でゾクゾクさせられるのだ。
彼女は2016年のメジャーデビュー以降、こうしたいわゆるタイアップ曲の書き下ろしを積極的に行ってきたシンガーソングライターではない。昨年4月に「縁」をテレビ東京系ドラマ24『生きるとか死ぬとか父親とか』のエンディングテーマとして書き下ろしたのは記憶に新しいが、それまではほとんどの楽曲を自身の孤独や虚しさや絶望感と向き合い、身を削るようにして生み出してきた。今回のTVアニメ『進撃の巨人』のタイアップは、そんな彼女だからこそ、高い熱量と鋭い言葉で世界観を掌握するような楽曲が書けたんだろうと思うし、それはまさに言語や国境を軽く超えて支持されるべきパワーを持っていたのだ。
あらためてプロフィール的なところも紹介すると、ヒグチアイは平成元年に香川で生まれ、長野で育ち、大学進学のために上京。2歳の頃からクラシックピアノを習い、その後にヴァイオリン・合唱・声楽・ドラム・ギターなども経験したという。18歳より鍵盤弾き語りをメインに活動をスタートさせるが、その道のりは決して順風満帆なものではなかったようだ。しかし、そんな中で高い演奏力と楽曲のオリジナリティを培い、2016年にアルバム『百六十度』でメジャーデビュー。漫画をこよなく愛する彼女が漫画家の史群アル仙に依頼したというアルバムジャケットも何だかドキッとするこの作品は、SNSで巻き起こることについて〈そいつらを全部排除しろ 名前を出せ 顔を晒せ〉と歌う「誰かの幸せは僕の不幸せ」で幕を開け、〈中学二年生の頃、変わったね、と言われていじめられてからもう10年以上経ちますが〉という独白から始まる「備忘録」で終わるという、今考えても超濃厚な1枚。しかし、全体を通して聴いてみると決してシリアスでヘヴィなだけの作品というわけではなく、曲の合間に時折「どう、びっくりした?」「てへ!」と笑っているかのような人としてのチャーミングさを音楽の中に滲み出しているところも含めてヒグチアイの世界観なのである。
リスナーは面食らったり、泣きたくなったり、クスッと笑ったり、キュンと切なくなったりしながら、誰にも言えなかったことを共有しているような感覚になる。それは彼女自身が、どんな痛みも、情けなさも、モヤモヤも、全てを打ち明けるように曲を作ってきたからだ。そして何より、それらを音楽的なエンターテイメントに仕上げてしまうのは確かなピアノのテクニック。高度かつ繊細なその指さばきで、歌の伴奏という範疇を超えたアクロバティックなフレーズを弾きこなしながら、同時にエモーショナルな歌唱を行うことができるのも強みだ。
2020年に自身の本名を冠したベストアルバム『樋口愛』をリリースしたことがひとつの節目となったのか、そこから活動の幅をどんどん広げていくことになる。例えば昨年における、わーすた「春花火」での作詞提供 、RYO’LEFTY’MIYATA「渋谷へおいで(feat.ヒグチアイ)」の参加、更にはシンフォニー音楽劇『蜜蜂と遠雷』でヒロイン役に挑戦するなど、これまで以上にアクティブな動きを見せた。その先に、TVドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』のタイアップ、そして今年に入ってすぐの「悪魔の子」の大ヒットへと繋がったのである。
まさに世界中から注目が集まる中、3月2日にヒグチアイの4枚目のアルバム『最悪最愛』がリリースされる。今作には「悪魔の子」はもちろん、昨年9月から「働く女性」をテーマに3か月連続でリリースしてきた「悲しい歌がある理由」「距離」「やめるなら今」も収録されている。アルバムのオープニングを飾る「やめるなら今」は、心臓のビートのようなピアノのリフと共に、〈やめるなら今かな〉と頑張る人の葛藤を生々しく綴っている。時に報われなかったりして、一体何のためにここにいるのだろうと考えたことがある全ての人に刺さるだろう歌を、彼女は「誰かに向けたメッセージソング」としてではなく自身のリアリティで描き切るところに弛まない覚悟を感じさせる。彼女が自分自身を励ます時、私たち自身もまた励まされているのである。
そして「距離」は働く世代の切なすぎる遠距離恋愛ソングで、コロナ禍で余計に会えなくなってしまった恋人たちに切実に届くだろう。〈会いたい〉なんて生ぬるいフレーズは一切なし、そんな言葉さえ言えなくて辛い大人の痛みと向き合っているから、この歌は優しい。ラストに収録された「悲しい歌がある理由」は15,000回以上Shazamされ、Shazamランキング国内20位内まで上昇したというのも頷ける。切々と淡々としたメロディにいくつものエピソードを独白のように宿したこの曲に、ふと立ち寄ったコンビニや街の中で、耳を奪われて泣きながらShazamを開いた人たちの姿が目に浮かぶ。
他にも、かつて好きだった人の誕生日を祝うしみじみ悲しいバースデーソング「ハッピーバースデー」や、軽快なバンドサウンドで一緒に暮らした恋人との最後の日を朗らかに歌う「サボテン」など、ヒグチアイならではの名曲を多数収録。心が傷ついて、かさぶたになり始めたら、傷跡なんてもう二度と見たくもないのが普通なのに、彼女の表現は、それを剥がしてしまうようなギリギリのところまで踏み込んだ表現をする。だからこそ、聴いている人たちを本気で救うこともできる。アルバム『最悪最愛』は、そんなヒグチアイのシンガーソングライターとしての唯一無二の魅力が、ここにきて更に多くの人に刺さるポピュラリティを帯びて放たれる超強力盤だ。
Text:上野三樹
リリース情報
アルバム『最悪最愛』
2022/03/02 RELEASE<初回限定盤>CD+DVD
PCCA-06116 4,950円(tax in.)
<通常盤>CD Only
PCCA-06117 3,300円(tax in.)
<収録内容>
[CD]
01. やめるなら今
02. 悪魔の子
03. 劇場
04. 縁
05. ハッピーバースデー
06. 距離
07. 悪い女
08. まっさらな大地
09. サボテン
10. 火々
11. 悲しい歌がある理由
CD RESERVE:
lnk.to/higuchiai_CD
DIGITAL Pre-add / Pre-save :
lnk.to/saiakusaiai
配信シングル『悪魔の子』
2022/01/10 RELEASE<収録曲>
01. 悪魔の子
02. まっさらな大地
配信リンク:
https://lnk.to/akumanoko
■Billboard JAPANチャート チャートイン記録(2022/02/02公開分)
Hot 100 70位
Hot Animation 13位
Heatseekers Songs 2位
Streaming Songs 98位
Download Songs 19位
Artist 100 60位
Hot 100 Composers 58位
Hot 100 Lyricists 60位
関連リンク
関連商品