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<インタビュー>大河ドラマ『鎌倉殿の13人』OSTリリース記念、作曲家エバン・コールが語る劇伴の裏側



エバン・コールインタビュー

 鎌倉幕府2代執権・北条義時(小栗旬)が、いかにして武士の頂点に上り詰めたのかを、三谷幸喜の脚本と豪華なキャストと新しい演出で描いた2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が大きな話題を呼んでいる。

 音楽を手掛けるのは、アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』やアニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』などの映像音楽で知られる作曲家エバン・コール。新風を吹かす話題の大河ドラマを盛り上げる影の主役でもある彼がいかにして“長年の夢” 大河の音楽を手掛けることになったのだろうか。

――エバンさんは以前から大河作品に関わることが夢だったそうですが、まずは大河を好きになったきっかけを教えてもらえますか?

エバン・コール:アメリカの音楽大学に入学する直前、当時はまだ彼女だった今の奥さんの日本にある実家に行った時に、大河ドラマが大好きなお義父さんと一緒に観たのが2009年放送の『天地人』でした。その時は日本語もまだ慣れてないので全てが理解できたわけではないですけど、観た感じですごく魅力的だなと思って。アメリカに帰り、2009年の秋からバークリー音楽大学でフィルムスコアリングを勉強しながら⾊々なバイトをしていました。2011年の冬に卒業して、数ヶ⽉間⽥舎の仕事でお⾦を貯めて、23歳の時に⽇本に来ました。それから日本でアシスタントとして音楽をやらせていただくことになるのですが、時々、また大河ドラマを観てはカッコいいなと思っていました。歴史の一つのポイントを1年間かけて描くドラマは世界を見てもなかなかないです。音楽も海外のテレビドラマとはスタイルが違って、迫力があってかっこいい。いずれ大河ドラマの音楽を作りたいなとずっと夢に追いかけていました。

――物語はもちろんですが、音楽にも注目していたんですね。

エバン:大島ミチルさんが手掛けた『天地人』の音楽は、メインテーマも覚えやすくてかっこいいなと思っていました。当時は⽇本の⾊々な作品を聴いていて、⽇本では、ドラマ、アニメ、映画やゲーム等、仕事はいろいろあることを知り、バークリーに通っていた頃はいつか日本で活動したいと思っていたんです。

――大島ミチルさんは『天地人』のほかにも、NHK連続テレビ小説『純情きらり』、ドラマ『ショムニ』、アニメ『鋼の錬金術師』、ゲーム『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』など、幅広く劇伴に携わっていますもんね。エバンさんも、経歴としてはアニメの劇伴を多く手がけてきたことで知られていますよね。

エバン:『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』や『ジョゼと⻁と⿂たち』などの印象が強いと⾔われることもありますが、NHKでは時代劇『螢草 菜々の剣』やスポーツ番組のテーマ曲で違うスタイルの曲も知ってもらえているので、綺麗な曲を作ることも好きですけど、熱い曲も大好きなので、今回のような別の音楽の方向性を見せることができるのは、自分の中では新しいチャレンジをさせていただける嬉しい機会です。

――作曲する上でアニメと実写とで違いがあったりもするのでしょうか?

エバン:実写では全てをメロディーにしてしまうと曲が邪魔になってしまうことがあります。アニメでは表情や空気が表現されないことが多いので、その分音楽が具体的になっていくんです。実写だとそこに空気が入ったり表情がより出てきたりするので、音楽が引き算で抑えられていくことが多い。情報量がたくさんあって音楽が動きすぎているとごちゃごちゃしてしまうんです。

――なるほど。それは両方のジャンルに携わっていないと分からない視点ですね。今回の『鎌倉殿の13人』のお話はいつ頃にあったのでしょうか?

エバン:2021年の2月〜3月頃でした。「まずはメインテーマを作りましょう」という話になり、曲をいろいろ作ってみてどのような方向性にするか、みんなで決めていくことになったんです。第2話までの台本を読ませていただき、自分が感じたものをデモとして曲に落とし込んでいきました。今までの⼤河よりテーマ曲を短くする等、いろいろな条件がある中で、何を表現するかまとまりきっていないところではあったんですが、喜怒哀楽を表現する曲や今のようなスピード感のある曲など、いろいろ出していって、今の形になっていきましたね。

――脚本を読んだ上で、エバンさんに浮かんだメインテーマのインスピレーションはどのようなものだったんですか?

エバン:武士の魂やその強い意志を⾳で表現したいと思い、辿り着いたのは男性コーラスでした。オーケストラでスピード感の出せるリズムをベースに、野性的な男性コーラスを使いたいと思っていて、プロデューサーのみなさんにも気に入ってもらえました。

――曲の長さも最初から決まっていたんですか? オンエアでは最後に長澤まさみさんの語りが入りますが。

エバン:最初の段階で2分10秒と曲の長さは決まっていました。構成は10秒のイントロで、静かなところからどんどん大きくなっていってメインのメロディーに入っていく。あとは爆発する感じのセクションと、最後に20秒くらいは落として、もう一度盛り上げてほしいと言われていました。語りの部分はシリアスでどこか悲しげにしました。そこで曲のテンションがマックスだったら、言ってることがあまり耳に入ってこないので。

――確かに。それでは言ってしまえば、NHK側からのリクエストは明確に決まっていたんですね。

エバン:そうですね(笑)。ほかのメインテーマに比べると短いです。その分、やるべきことを明確にしないと印象に残らないと思いました。あとプラス50秒~1分くらいあれば、より⾊々な展開も作れると思うんです。今回はコンサート・ミュージック的な演奏がテクニカルでテンポが⾃由な曲という感じより、エンターテインメントに溢れ、シネマチックな感じをみなさんが求めていたんです。タイトル・バックの映像に曲を上手くシンクロさせていく気持ちよさを求める優先度のほうが高かったので、そこが今までの作品と大きく異なる点かなと思います。

――エバンさんが音楽を担当した『螢草 菜々の剣』は、『鎌倉殿』と同じNHKで時代劇ですよね。

エバン:そこで関わった音響デザインの方々が『鎌倉殿』にも多くいらっしゃいます。『ヴァイオレット』と『ジョゼ』に加えて、時代劇では古風な人物の曲が書けるというイメージを持ってもらえていたようで、『鎌倉殿』では昔の武士の野生が表現できるかが、はじめのメインテーマの時点で重要視されました。

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写真提供:ミラクル・バス

――メインテーマには、指揮の下野竜也さんが率いるNHK交響楽団のみなさんが参加しています。レコーディングはいかがでしたか?

エバン:とても感動的でした。特に金管楽器の迫力がすごくて、高い音のピッチもリズムも完璧で、あんなに上手なブラス・セクションは聴いたことがなかったです。

――どのくらいの方が参加されているんですか?

エバン:全体で60人以上ですかね。弦が14型(第1バイオリンが14人、第2バイオリンが12人、ヴィオラが10人、チェロが8人、コントラバスが6人)で、木管が2管編成(フルート、オーボエ、クラリネット、バスーンが2人ずつ)、金管がホルンは4人、トランペットは3人、トロンボーンは3人、チューバは1人、あとはパーカッションも。それに加えてブタペストの海外のコーラスが12人、⽇本で和太⿎、尺⼋、⼥性コーラスですね。N響のオーケストラ録⾳は1時間くらいですぐに終わっちゃいました。

――サウンドトラック全体を聴いていると印象的なのは、作品自体の象徴でもある表裏一体なコミカルとシリアスな楽曲でした。

エバン:基本的にはメインテーマなど主要な曲を作っている途中で、送られてくるメニュー表にシーンや必要な曲のリクエストがあって、そこを着想にして曲を作っていきました。シナリオだけを読んでも演出の雰囲気がそこまで分からないんですね。撮影済の動画を見せてもらい、キャラクター同士のやり取りのテンポを知ることができて、曲のイメージがしやすくなりました。今回の本だと、コミカルと捉えるか、シリアスと捉えるか、本だけではわからない部分も多く、シーンによっては、アニメみたいなコミカルさにもできたんですけど、それだとストーリーの邪魔になるので、現代的なコミカル・テイストというよりかは工夫した表現でアプローチしました。レコーディングの準備が近い時期に「スライドギターの曲もありかもしれない」と言われて、コミカル寄りの曲も作ったりもしました。当時はどのように使われるかは分からなかったんですが、第1話〜第3話でそれが多く使われていましたね。

――その曲は今回のサントラには?

エバン:今回の『Vol.1』には入っていないですね。最初のレコーディングで劇伴2枚分くらいを作ったのでその中の1曲です。

――コミカルな楽曲か、シリアスな楽曲かは、どの楽器を使うかがポイントになってくるかと思います。

エバン:コミカルな曲には主にバンジョーも使っています。独特な音色でコミカルな雰囲気には使いやすい楽器ですし、ピュアな音がする。伊豆を表現する曲でもバンジョーを使っています。今回は和楽器を使わない代わりにほかの国の伝統的な楽器を混ぜて全体の色を出そうと思っていました。

――エバンさんは今回の制作に関して「自分の得意なアイデンティティーがあるように音楽を作らせていただきます。」とコメントされていますね。

エバン:自分のルーツはブルーグラスにあって、それをバンジョーやマンドリンのような楽器を取り入れることによって表そうと思いました。プロデューサー側も和風の雰囲気は求めていないようだったので、オーケストラの中に自分のルーツミュージックを混ぜたら面白いと思ったんです。

――シリアスな楽曲には男性コーラスが効果的に使われています。

エバン:盛り上がっていく熱い魂を表現するには男性コーラスがマッチすると思って入れました。かなり派手なオーケストラにコーラスを足すことでより深みが出ていると思います。特に「いざ鎌倉!」は、今回の劇伴のメインテーマに次ぐサブテーマと言ってもいい。これは劇伴の中で1番長い曲で4分半くらいあって、男性コーラスがフィーチャーされているほかに、最後にメインテーマのリフレインをコーラスで入れていて、作品自体の情熱が出ているのではないかと思います。

――「震天動地」は、ドヴォルザーク作曲の交響曲第9番「新世界より」のメロディーを大胆に取り入れた楽曲です。

エバン:吉田(照幸)さんのアイデアでこのような曲を入れたいと言われました。物語が時代の変わり目なので、それに合わせて新しい世界に向かうイメージで「新世界より」にしましょうと。原曲は長いのでどこのメロディーをピックアップするかはこちらで決めました。初めは2分半ぐらいの曲だったんですけど、プロデューサーから「日本人なら誰でも知っているメロディーをセクションとして足しましょう」と提案されました。アメリカではあまり知られていない作品でもあったので、どこが日本人の心に響くのかは聞かないと分からなかったので新しい発見でした。そこからは金管での牧歌的なフレーズに弦や木管が入る懐かしい感じのセクションを取り入れて、最後は熱いコーラスが入る一番知られているモチーフのメロディーで爆発的に終わる構成になりました。

――演出の吉田さんは、Twitterで「エバンに無理矢理お願いした」とツイートしていましたよ。

エバン:(笑)。私自身は初めての大河なので、自分としては初めは動揺しました。基本的には自分のメロディーで表現したいです。ですが、吉田さんのイメージや話を聞いているうちに、いいかなと思うようになりました。今回は原曲の美味しいところをピックアップして自分なりにアレンジにしたいと思ったので、自分のアイデンティティーを取り入れることができてすごく楽しかったです。挑戦でした。

――第1話のオンエア時、Twitterでは大きな反響がありましたね。

エバン:そうですね。結果的にやってよかったなと思いますね(笑)。

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写真提供:ミラクル・バス

――「大河紀行」にはポール・ギルバートさんが参加しています。

エバン:紹介された方々の中に昔から好きだったポールさんの名前があったんです。自分はメタラーなのでMR. BIGとかレーサーXを聴いてきたんですけど、まさか一緒に仕事ができる機会がくるとは思いませんでした。曲調はポールさんが普段弾くギターより落ち着いたものになっているんですけど、ご本人が普段やらないようなジャンルのスムーズジャズをすごく上手く弾いてくれて。「これは新しい挑戦だ」と言ってくれていたので、そこに立ち会うことができてすごく嬉かったです。

――伊豆や鎌倉が主な舞台なので、サーフ・ミュージックにも近い曲調は「大河紀行」にマッチしていますよね。

エバン:意図的ではなかったんですけど、確かにジャンル的に海の印象はありますね。最初の録音ではポールさんがエレキで録ってくれた仮のギターがあったんですけど、ディストーションがちょっとかかっていて少し激しめのロックなサウンドでした。それでポールさんとコミュニケーションして落ち着きめのクリーントーンで録ってくれて、番組の色に合うようなテイストになりました。ポールさんは、ギター3本くらいを重ねてハーモナイズされた面白いギターフレーズを入れてくれたんですけど、それもちょっと日本の風景や歴史を紹介するにはカッコ良すぎるかなと感じて......話し合いを重ねながらギターソロも形にしていって、現状のものにたどり着きましたね。

――エバンさんのルーツの一つにはメタルもあるわけですが、その要素は今回のサントラには入っていたりしますか?

エバン:メタルは入ってないんですけど、たぶんメタルテイストはメインテーマにもあるんじゃないかなと思います。リズムにはちょっとメタルテイストが入っているとも思うし、ボーナストラックとしてメタルカバーしたらカッコいいんじゃないかなって(笑)。わざとメタルテイストを入れているわけではないですけど、自分の影響からそういう捉え方はできるかなと思います。

――この『Vol.1』には入っていない楽曲もあるわけで、まだまだ制作は続いているということですね。

エバン:まだまだ終わらないですね(笑)。大河は長いのでそれに合わせて曲数も必要ですし、今作った分は4クールの1クール目みたいな感じです。1回目のレコーディングで2時間以上の曲を作りましたけど全部は一つのサントラには入らないので、次のサントラにはジャンルのバランスを考えながらまた好きな曲を入れようと思っています。

――エバンさんにとって今回の劇伴はどのような作品になりそうですか?

エバン:自分のアイデンティティーや色が見える作品にしたいです。いろいろな楽器を使って、後半の分の曲にも思いを込めて理想のサントラを作りたいと思っています。ずっと夢に見ていた仕事ですので、これからの曲も自分の気持ちをキープして、最後までいいものにしたいです。

――大河作品に関わることが夢だったエバンさんにとっては、これがある種のゴールだとも思えるのですが、今回の経験を経て、さらにどのような仕事がしてみたいですか?

エバン:情熱を持った方と一緒に仕事がしたいですね。日本にはジャンルを含めて幅広いコンテンツがあって、そこが楽しいです。どの作品でもパッションがあると、みなさんがゴールに向けていいものが作れると思いますし、それが一番楽しい仕事です。

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