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<コラム>『THE FIRST TAKE STAGE』グランプリ・麗奈の歌が描き出す、リスナーの情緒を喚起する心象風景



コラム

リスナーの情緒と結びつく歌

 素朴な響きと凛とした佇まいを同時に感じさせるアコギの音色、彼女自身の繊細な感情が内包された声――<愛を知ったため傷ついた僕らが/ひとつにはなれずに涙も掠めた>というフレーズが聴こえてきた瞬間、楽曲のなかにスッと引き込まれる。歌という表現が持つ豊かな魅力を生き生きと描き出す、大きなポテンシャルを持ったシンガー・ソングライターだ。

 

 2周年を迎えたYouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』主催の一発撮りオーディションプログラム『THE FIRST TAKE STAGE』第1回グランプリアーティストとなった麗奈が、11月15日に「僕だけを」を配信リリースした。

 「僕だけを」は、彼女が『THE FIRST TAKE STAGE』の3次選考でパフォーマンスしたオリジナル曲。グランプリ受賞後に出演した『THE FIRST TAKE』(7月9日公開)でも披露され、現在までに230万再生を突破(11月18日時点)。「安定感抜群。生粋のシンガーソングライター」「本当に素敵な歌声で、自然と目が潤みました」「She's a star. I can't wait to hear her next song!」など、国内外の視聴者から多数の絶賛コメントが寄せられ大きな反響を集めた。このときのバージョンは7月26日に「僕だけを - From THE FIRST TAKE」としてもリリースされ、スマッシュ・ヒットを記録。シンガー・ソングライターとしてのキャリアを力強くスタートさせた。



麗奈 - 僕だけを / THE FIRST TAKE


 今回リリースされた「僕だけを」は、プロデューサー/アレンジャーに野村陽一郎を迎え、オリジナル・バージョンとして制作された。『THE FIRST TAKE』出演時はアコースティック・ギターとピアノによるアコースティックなアレンジだったが、今回のバージョンはドラム、チェロなども加えられ、楽曲が描き出す感情に寄り添っている。彼女自身の声と言葉を際立たせることに心を砕いた、絶妙なプロダクションと言えるだろう。フォーキーな手触り、現代のグローバル・ポップにも通じるビート感を併せ持った音像も印象的。ノスタルジックな佇まいのなかに“今”を感じさせる楽曲の在り方は、シンガー・ソングライターとしての彼女の特性を端的に示している。

 「僕だけを」は、<愛を知ったために傷ついた僕ら>を主人公にしたラブソング。お互いを想いながらも、“今のままの自分ではダメだ”と自立して離れようとする“君”、そして、“ずっと一緒にしてほしい”と願う“僕”の姿を描いている。出会った頃のような純粋さは少しずつ色褪せ、“僕”と“君”の関係も変わっていく。止めることのできない時間の流れのなかで、“君”は離れていき、“僕”は<離しはしないで離しはしないから><だからお願いだ目を覚ましてよ>とあまりにも切実で、痛みさえを伴った感情と向き合う。

 具体的な情景やストーリーはほとんど説明されず、“僕”の心情だけをリリカルに描いているのだが、情報が少ないからこそ、リスナーの記憶や思い出と強く結びつき、それぞれの心のなかで豊かな心象風景を生み出す。「僕だけを」には、そんな“効果”がたしかに宿っているのだ。あえて余白を作ることで、リスナーが自由に想像を膨らせ、“自分の歌”として聴くことができる、というわけだ。彼女の歌に備わっている共感度の高さはまちがいなく、シンガー・ソングライターとしての大きな魅力だ。

 彼女のルーツの一つである日本のフォーク・ソングに根差した叙情性は、どこか懐かしい。しかし、それは決して懐古的なものではなく、日本語の響きを活かしたフロウによって、現代的なポップスへと昇華されているのだ。特にドラムが加わったオリジナル・バージョンでは歌のリズムが強調され、身体を揺らしたくなるような心地よさも感じることができる。

鹿児島で生まれた才能は、J-POPの未来へ

 そして言うまでもなく、すべての中心にあるのは麗奈の声そのものだ。震えるような儚さ、力強い意思、包み込むような温かさを1曲のなかで表現するボーカリゼーションはきわめて魅力的。『THE FIRST TAKE STAGE』に選考委員として参加したハマ・オカモト(OKAMOTO’S)は、彼女の声を「2021年に耳にする麗奈さんの声は、懐かしさと新しさが同居する」と評したが、「僕だけを」の歌を聴けば、誰もがその言葉に納得するはずだ。また、亀田誠治の「みんなの記憶の中にある佳きJ-POPの真ん中らへんが未来にすっと伸びていくイメージ」というコメントも麗奈の才能と将来性を的確に捉えていると思う。

 11月16日には「僕だけを」のミュージック・ビデオも公開された。撮影場所は、地元・鹿児島。生まれ育った街、美しい浜辺、雄大な桜島を背景に、「僕だけを」を弾き語る映像からは――そのなかには、彼女が実際に路上ライブを行っていた場所も含まれている――彼女自身のルーツや等身大の姿が伝わってくる。自分を飾ることも、大きく見せることもなく、ただ真っ直ぐに歌おうとする彼女の表情にも惹きつけられる。また、MVの後半には鹿児島の人々の姿も。そこから感じられるのは、家族や友達と過ごした鹿児島での20年が、シンガー・ソングライターとしての彼女の礎になっているということ。「僕だけを」の根底にある温かさ、優しさは、生まれ育った土地に根差しているのだろう。



麗奈 - 僕だけを [Official Video]


 11月5日には母校の高校の学園祭で弾き語りによるスペシャル・ライブを開催。「僕だけを」をはじめとする自身のオリジナル曲に加え、「10月の無口な君を忘れる」(あたらよ)、「深夜高速」(フラワーカンパニーズ)などのカバー曲なども披露し、アコギと歌による豊かな音楽世界を体現した。「久々のライブということで、1週間前から緊張していました」という初々しいMCも印象的だった。家族の影響でフォーク・ソングを好きになり、アコギの弾き語りをはじめた彼女は、YUI、RADWIMPS、長渕剛、尾崎豊、高橋優、阿部真央など、(世代的もジャンル的も)幅広いアーティストの影響を受けながら、リアルライブとYouTubeでの活動を並行させ、時代性と普遍性を共存させた独自の作風を作り上げてきた。とはいえ、まだ二十歳。「僕だけを」から本格的にはじまるキャリアのなかで麗奈は、シンガー・ソングライターとして大きく花開くことになるだろう。

Text by 森朋之

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