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<特集>完全復帰まであと少し 世界最高峰シンガー“アデル”の輝かしいキャリアを総ざらい



コラム

 遂にアデルが戻ってくる。浮き沈みが激しい音楽の世界で、6年ものブランクがありながらも、これほどまでに約束された成功と期待を手にするアーティストがいるだろうか。『19』でデビューしてから早13年――決して姿を現さないわけでもなく、メディアで見せる裏表のないパーソナリティも魅力的でありながら、その唯一無二の歌声と赤裸々に綴る恋模様を歌った名曲の数々には、誰もが手を止めるほどのオーラが感じられる。

 数々のヒットナンバーに歴史的快挙、数多の名誉ある音楽受賞歴、そしてアーティストやリスナーからの賞賛までも手にするアデルのキャリアを今一度、ここで振り返る。

グラミー15冠、全米No.1ヒット5曲
『21』は今世紀最も売れたアルバム

 音楽だけでなく、さまざまな出来事の移り変わるスピードが日々加速している印象の現代。自分の感じるスタンダードを追求しようとする姿勢を保ち続けることは難しい。だが、それをひたむきに表現することによって、独自のスタイルが生まれ、やがて誰もが踏み込めない自分だけの「領域」を形成していく。アデルは、現在の音楽シーンにおいてその揺るぎない「領域」を確立させた数少ないミュージシャンのひとりだと思う。もちろん時間と共に、ヴィジュアルや声などに変化はあるものの、常に余計な装飾のないシンプルなサウンドでありながらも、スモーキーで魂のこもったヴォーカルを駆使し、聴き手の人生にそっと寄り添うような歌を届ける。結果、その音楽は幅広いリスナーから称賛や共感を呼び、これまで約15年におよぶキャリアのなかで発表した3枚のみのオリジナル・アルバムで、全米ビルボード・チャートの記録をいくつも更新し、両手に抱えきれないほどの【グラミー】を獲得するなど、数多くの記録を残した。21世紀を代表するシンガー・ソングライターと言えよう。


【第59回グラミー賞】(C) Getty Images

 アデルは、イギリスのアートスクールを卒業後、友人と制作した楽曲をインターネットに投稿したところ、レコードレーベルの目にとまり契約。2008年に初アルバム『19』を発表する。シングル曲にもなった男女の心のすれ違いを描いた「チェイシング・ペイヴメンツ」を筆頭に、ジャズやクラシカルなソウル、R&Bをベースにしたサウンドを軸に、当時19歳とは思えない落ち着きと共に迫力のある声が瞬く間に話題を集め、全英チャートで初登場首位にランクイン。これをきっかけに、彼女の存在は瞬く間に世界に知れ渡り、翌年の【グラミー】では主要4部門のひとつである<最優秀新人賞>を獲得。今後を担う実力派シンガー・ソングライターとして認知された。

 そして彼女の圧倒的な人気を決定づけたのが、2011年に発表した2ndアルバム『21』である。オープニングを飾る躍動感あふれる「ローリング・イン・ザ・ディープ」など、前作以上に広がりのあるサウンドを展開しながらも、ピアノのシンプルな音色にのせてかけがえのない人との辛い別れを綴ったバラード「サムワン・ライク・ユー」が大きな感動の波を世界にもたらし、アルバムは30か国以上で1位を獲得。全米ビルボード・アルバム・チャートにおいては発売以来、39週連続でトップ5位以内を記録し、マイケル・ジャクソンが持っていた38週連続トップ5の記録を抜いて歴代1位になるというギネスを樹立した。そして、翌年の【グラミー】では主要3つを含め、ノミネートされたすべての部門で最優秀賞を獲得。結果、全米ビルボード年間チャートでは2年連続で首位に君臨し(これもマイケル・ジャクソンと並ぶ記録である)、これまでに全世界3,000万枚以上をセールス。現在21世紀において最も売れたアルバムになっている。


▲「ローリング・イン・ザ・ディープ」


▲「サムワン・ライク・ユー」

 『21』の空前の大ヒットによって、世界随一のミュージシャンになったアデル。その後、声帯の手術や、子どもの誕生など、人生のさまざまな変化を経験して2015年に発表した3rdアルバム『25』は、多くの期待のもとにリリースされるものになった。

 前2作では失恋をベースにした感傷的な楽曲がメインであったが、本作では新たな生命の誕生によってか、スケールの大きな愛を感じるナンバーも収録。特にアルバムのリード曲である「ハロー」は発売初週でデジタル・セールスがミリオンを突破し、“Billboard Hot 100”で自己最長となる10週連続で首位にチャートインするほどの大ヒットに。また、アルバム自体も全米のみで初週338万セールスという歴代1位の売り上げを記録し、堂々と全米アルバム・チャートのトップに君臨。翌週もミリオン・セールスを突破している(これはニールセンがPOS追跡による調査を1991年に開始して以来、初の記録となる)。そして、前作同様に【グラミー】では主要3つを含め、ノミネートされたすべての部門で最優秀賞を獲得(ちなみに主要3部門を2度制覇したミュージシャンは彼女が初となる)。結果、これまでに2,000万枚以上の売り上げを記録し、現在もチャート上位にチャートインするほど愛される作品になった。


▲「ハロー」

 この作品をリリースして以降は、子育てを中心にマイペースに活動を続けている様子の彼女であったが、2019年に31歳になった時にソーシャル・メディアで以下のような投稿をしたことをきっかけに、少しずつ彼女の動きが活発になってくる。

「私はここ数年で劇的に変化しました。本当に久しぶりに自分の置かれている状況を俯瞰で見ることができたし、本当に自分を愛することは何かを学ぶことができたのです」


 そして翌年(2020年)の誕生日には、合計100ポンド(約45キロ)も減量した姿を公開し、世界的に大きな話題を呼んだ。彼女はこの体型の変化について、自分のメンタル・ヘルスを保つために、エクササイズを積極的に取り入れた結果であると英『ヴォーグ』誌で語っている。決してダイエット目的ではないという。

「運動をすることで気分が良くなる。そしてスマートフォンに頼る時間が減っていくから」

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世界が大注目
自分の感情を取り戻した新作『30』

 心身ともに軽やかになっていく印象の彼女に反比例して、リスナーの次のアルバムに対する期待は膨らむばかり。そして、期待が破裂に迫る状態になるなか、2021年10月に待望の新曲「イージー・オン・ミー」を発表したのだった。「ハロー」を手がけているグレッグ・カースティンと共同で完成させた楽曲は、ピアノのシンプルであるが力強い旋律でスタート。これまで相手のことを尊重して続けてきた関係を断ち切り、新たな(自分らしさを大切にする)世界へ舞い降りていく瞬間を描いた王道バラードだ。特に、彼女の特徴である伸びやかなヴォーカルは、以前よりも透明感やしなやかさが増して、イノセントかつ周囲のあらゆる感情を包み込むようなおおらかさ(達観)を漂わせていて印象的だ。それは以前の声帯手術のおかげだけでなく、さまざまな人生経験を積んだからこそ描けた表情のように思う。また、ミュージックビデオも「ハロー」同様、グザヴィエ・ドラン監督(映画『Mommy/マミー』『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』などで知られる)がディレクション。安定しているかもしれないが感情のないモノクロームの生活を捨てて、彩りが豊かな世界へ走り出していく様子を丁寧に描いている。観ていると、どんな状況(年齢や生活環境など)でも、人間にはいつも自分を変えるチャンスがあるというメッセージが伝わってきた。


▲「イージー・オン・ミー」

 発表からわずか5時間ながらも“Billboard Hot 100”の68位に初登場したこの楽曲(翌週には自身5作目となる首位に輝く)は、Spotifyにおいては1日におけるストリーミングがBTSの「Butter」を超え、過去最高の再生数を記録。またドレイクやリル・ナズ・Xなどもソーシャル・メディアを通じて楽曲を絶賛し、さらなる注目を集めるなど、長年のブランクを感じさせない、いやブランクは活動の障壁にならないほどの圧倒的人気を獲得している稀有なミュージシャンであることを示した。

 そして11月19日には実に6年ぶりとなるアルバム『30』もリリースされることがアナウンス。グレッグ・カースティンのほか、マックス・マーティンなど過去作に携わったクリエイターに加え、チャイルディッシュ・ガンビーノの「ディス・イズ・アメリカ」で注目されたスウェーデン出身のルドウィグ・ゴランソンや、マイケル・キワヌーカの作品を手がけているインフロといった新進気鋭ともタッグを組んで制作されている。彼女は、今回の制作について「自分の感情を取り戻すためのプロセスだった」と、自身のソーシャル・メディアを通じて語っている。

「この作品は人生の最も大変な時期に私を支えてくれた唯一無二の友達。自分が悲しみに明け暮れて、誰とも連絡をとらなくなっても、その友達はいつも連絡をくれた。やがて、私は苦しみながらも自分の家と心を再建してきたのです。アルバムはその過程を綴りました」


 また、この作品は息子への思いも込められているとも語っている。ミュージシャンとしてだけでなく、女性として、そして母親として彼女が何を感じ、それをどう乗り越えて成熟していったのかが、この『30』という作品に込められているはずだ。彼女はまた米版『ヴォーグ』誌のインタビューでは以下のようにこのアルバムについて語っている。

「これまでの楽曲で描いてきた『失恋』の原因は、すべて自分に責任があることに気づいた。どうして自分ではダメなの?ではなく、自分がダメだったから去っていったことに」

 2008年に来日公演の情報があったもののキャンセルされ、それ以降、日本のライブのアナウンスがないアデル。ファッション誌のインタビューで「ツアーに行く準備は万端。あとはこの状況が改善されることを待つばかり」と語っていたので、今回こそはその美しく崇高な歌声を堪能できる日が訪れるのかもしれない。『30』になって見いだした自分らしく、かつ周囲から魅力的に思われるような生き方を選び、歩み始めた彼女の現在の輝きを体感してみたいものである。

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