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<インタビュー>時代、そして自分自身と向き合いながら。ポップミュージックの最前線を更新し続ける、2020年代の宇多田ヒカル

インタビュー

 「私にとって真実に近いものは、何かの真ん中にある――。」

 真実が行方を眩ませ、私たちを惑わせるこの時代に、宇多田ヒカルははっきりとそう言う。
 彼女にとって、音楽を創るとは「自分とは何かを知ろうとする」行為だ。一方、その行為が“ポップミュージックとして”鳴ることで、私たち多くのリスナーを、そしてアーティストたちをも刺激し続けている。2021年の視点をもって彼女の音楽を捉え直してみるとどのように聴こえてくるのだろうか――。ポップミュージックの最前線を更新し続ける、「今」の宇多田ヒカルに迫った。

Interview:つやちゃん l Photo:TAKAY

楽曲制作の方法や音楽への向き合い方

ーー宇多田さんの音楽は常に時代とともにあると思います。2010年代以降、ラップミュージック的な音楽の作り方/聴き方がポップミュージックの主流となりました。宇多田さんのリリックの作り方やトラックへのボーカルの乗せ方は、どこかラップに近いアプローチも感じます。宇多田さんの楽曲制作の方法や音楽への向き合い方を“ラップミュージック的なもの”という視点で見た際、どのような捉え方になるのでしょうか。

宇多田ヒカル:私はメインストリームなもの、あまり知られていないようなオルタナなもの、昔のラップミュージック、クラシック音楽、分け隔てなく聴いてきました。全てジャンルは違えど「音楽」という認識しかなく、音楽をつくる要素は同じだし大した意味のある違いはないと考えます。とは言え、個人的な体験で言うと、一番音楽を聴きだした11歳~12歳の時期、母親が近所のヒップホップダンス教室に通い始めたんですね。見に行ったら超真剣で(踊っていて)。すごく時代を先取りする人だったんですよ。「この曲のキックドラムが凄い」とか「ノリが、グルーヴがどうだ」とか語ってて。で、家でそれまで目立ってたSadeとかThe BeatlesとかT-REXとかのCDより、もうCDプレーヤーの近くにDr.Dreの『The Chronic』とSnoop Doggy Doggの『Doggystyle』が並んで、それがめちゃくちゃ流れてて私も好きで聴いてました。その二人がラップでいうと始まりで。それらの曲はフックがメロディアスで、歌うこととラップという形態が差異なく存在していたので私は「ただ人間の声帯から発せられるものでしかない」という認識でした。あまり意識的に「これはラップだ」と聴いてはいなかったですね。(今は)もうDrakeとかも歌とラップが一緒になっていて境界線がどんどんなくなってきてるじゃないですか。DrakeとかCardi Bとか、楽譜に書けるくらいピッチがはっきりしているものもあるし。結局メロディとリズムが関係していれば、歌かラップかは変わらないんじゃないですかね。

ーー今おっしゃっていたことは、世の中では「ヒップホップとクラシック音楽を分け隔てなくフラットに聴く」という意味だとストリーミングサービスが可能にしたし、「歌とラップの境界線なく聴く」という意味だとDrake以降顕著になったし、それら全て2010年代に起こった変化です。実は宇多田さんはすでに10代前半の年齢においてそういったことを自然と行なっていたのかもしれないですね。

宇多田:感謝しています、変わった家庭で良かったなって。(笑)自分は歌手って自覚はあまりないんですけど、歌手って言われるのとラッパーと言われるのどちらがアティチュードとして共感するかって聞かれたら、自分を全面的にさらけだせばだすほどかっこいいという、その芸術点の高さによって(競っている)ラッパーの方が共感します。メロディと歌詞の関係についても、元々メロディをつくったあとに文字数も考えながら歌詞を書くんですけど、母音をメインに考えていくんですね。メロディを思いついて歌詞がまだない状態で歌っている時に、だいたい母音がかたまっていってそこからその母音に沿って言葉の選び方・置き方を考えていくので、どうしても語呂が大事なんです。イメージした子音や母音が違うと良いメロディに思えなくなってしまうんですよね。

ーー『One Last Kiss』は、母音の使い方が非常に面白いですよね。「a」の母音で揃えていて、きっちり韻を踏むわけではないけれど独特のリズムが出ています。

宇多田:実は、ラップぽくなりすぎるのは抑えている時もあって。2008年の『Kiss&Cry』(『HEART STATION』収録)という歌で「鼓膜にあたるバスドラと/心地よく突くハイハット/とろけるようなBセクション/あなたの笑顔がぼくの心に/クリティカルヒット/いつの間にやらハイテンション」という、それこそ語呂を中心に書いた、ラップにしてもそのままいけるみたいなパートがあります。そこで、突然思いついてぶっこんじゃおうかって思ったけどさすがにできなかったのが「宇多田ヒカルが19で結婚」とか、そういう…ラッパーだったらなんかアリなのかもなって思ったんだけど(笑)、びっくりした出来事の流れで例としてそういうことを挙げるのを考えたこともありましたけどね。



▲「One Last Kiss」MV


ーーそういった、ラッパー的なものに接近しつつそこまではいかないギリギリのラインを攻めるというのはここ数年の傾向としてありますよね。『道』の「調子に乗ってた時期もあると思います」とか。

宇多田:そうそう。それとか、分かりやすいところで言うと固有名詞の使い方とか。『One Last Kiss』の「ルーブル」とか、他の曲でも人名を出してきたりとか。それは(ラップではなく)歌う歌手ではあまりやらないことではありますよね。

ーー以前よりもそういう面の宇多田ヒカルが増えてますね。

宇多田:そうですね。もう制御する意味ないやみたいな感じで、好きにやろうってなってますね。でも、(そういったアプローチが)「いける空気」というのを感じてきてるのかもしれないです。それは、ラップがどんどんメジャーなものになってきているからかも。Frank Oceanとかも大きいですよね。歌ってる部分もラップしている部分も、キャラに境がない一人の人物として聴こえてくるという感覚が凄いですよね。Lauryn Hillもそうだったのかな。でもあんまりそういう歌手って出てこない。

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新たな次のステージへ

ーーそういう意味では、新曲『PINK BLOOD』(TVアニメ『不滅のあなたへ』主題歌)はもう一歩踏み込んで「周りなんて気にせず自分の好きなようにやるんだ」というさらに吹っ切れた印象を感じます。「王座になんて座ってらんねえ/自分で選んだ椅子じゃなきゃダメ」のあたりは、なんだか新たな次のステージへと進んでいく宇多田さんを見るような。

宇多田:そうですね、その流れにありますね。他者と自己の関係のバランスの中でなかなか自分というものに比重がいっていない傾向にあった私が、自分がそれまで依存していたものを断ち切っていって自分で自分を肯定しアイデンティティを探していくという、「自分って何だ」っていう普遍的な話なんですけど。それを『不滅のあなたへ』の主人公フシも周りの登場人物たちもテーマにしているんじゃないかと思えて。特別な歌詞だったんですよ。これは私の中でも、何か…「次のステージ」とおっしゃっていただきましたが、それに近いような「何か見えるぞ新しいものが」っていうものを感じました。



▲「PINK BLOOD」MV


ーー「あらゆるリズムは出尽くした」と言われている今でも、やはり新鮮なリズム、ビートに出会うことはあります。宇多田さんの音楽はそういったものの一つであり、非常に同時代性を感じます。しかし不思議なのは、宇多田さんの音楽はトレンドのリズムやビートというものから全く関係ないところで鳴っているわけではないけれどトレンドど真ん中でもないという、非常に絶妙なバランスの地点にいます。時代の音でありながらも、常にその固定観念から離れている気がするのです。

宇多田:音楽とは言語のようなものだと思っているので、一人の世界ではなく色んな人の共通認識の上に成り立っているものだから、まずそこは無視できないんですね。今こうやって会話をしてて、例えば「あそこにいる人マブいね」って言うと「は?」ってなるし、そこは「イケてるね」とか今もっと普通に使う言葉じゃないといけない。今使うとかっこいい、効果的だ、という言葉はあって、「あ、そういう言い方するんだかっこいい」という今の流れは意識していますね。今っぽさみたいな、みんなが高めあって更新されていくものじゃないですか、それって。リズムとかは顕著ですよね。そういったものがぼんやりとした自分のイメージになっていったり、次どういうものを作りたいっていう方向性、感触の程度に残っていたりはしますね。でも特定のこのジャンルを作ろう、みたいなことはないです。自分にとっても「何か新しい」と感じるものをやっていきたいです。

ーー宇多田さんは音楽において、普遍性を追求しつつもどこかに違和感をこっそり仕掛けられますよね。確実に意図されているであろうリズムの微妙なズレ、遅れてくるドラム、一向に入らないと思っていたら焦らして焦らして一番気持ち良いところで入ってくるスネア。その普遍性と違和感のバランスというのは、センスであって言語化できるものではないかもしれないですが、どうお考えでしょうか。

宇多田:荒唐無稽な、どうやってバランスとるんだろうって思われることかもしれないけれど、実は音楽は凄く物理的なもので。波形にできるし、周波数で考えたり質感で考えたり物量感で考えたりもできる。私は凄く球体を目指したがる人なんですけど。あらゆる要素の配分に気をつけていれば、全体的に自然と目指すバランス感のものになっていくと思うんですね。予測できる部分とできない部分、「曲の中で一回だけあってもなんか狙った感じになるしなぁ」とか、どのくらいの頻度とか配分で違和感を混ぜていくかというのを各要素で考えていって、要素同士の関係も配分で考えていくことをしています。例えば、『Time』なんかは違和感が目立つ曲ですよね。従来四拍目に入るはずのスネアがちょっと遅れて入る。そこになんか難解な…アシッドジャズみたいなコード展開とかが乗ると、(スネアのズレもコード展開も)どっちも予測できない。今度は違和感が危機感になってきちゃって不快になる。私のバランス感覚の指針は「気持ちよさ」ですね。気持ち良いと思えるのが、私にとってはちょっと違和感がある(状態)。なさすぎると、単調で気持ちよくない。もしくは一瞬気持ちよくても薄れちゃう。言葉もその一つの要素で、凄く聴きいらないと分からない歌詞にいっぱい違和感がある音楽を合わせても訳が分からないし、音楽って一歩間違えるとカオスになる。逆に振りきれちゃうとつまらない。その間にスイートスポットがあって、そこが私が思う「ちょうど良い違和感」ですかね。

ーーまさに球体に近いのかもしれませんが、『One Last Kiss』はじめ近年の宇多田さんの音楽はますますミニマルでストイックな構造に傾倒しているように見えます。「ミニマリズムなモード」という流れが今ご自身の中にあるんでしょうか?

宇多田:音の感じで言うと、大きな流れであると思います。音楽シーン全体で、あるいは私がかっこいいと思っている人たちの傾向として、音数が少なくミックス重視の音楽になってきてますよね。ミキシングを想定したトラックメイキングだし、ミキシングは本来周波数を整理するとか、音を整理するとかっていうものだけど、もっと音の一つひとつの綺麗さを際立たせるとか、そういうのがかっこよくて新しいという感じになってきてる。技術の進化とともにそういう流れになっていってるのかなと思いますね。あと、私が球体のイメージで言ってたのは、色んなアンバランスの積み重ねで構築されていても、何か最終的にそれが与える感覚に偏りがあるのが嫌なんだと思います。私にとって真実に近いものは何かの「真ん中」にあって。バランス感というものは凄く大事です。振り返ると、歌を書き始めるきっかけというのが、私自身の心がバランスを失ってる時とかに曲を作ることでそれを取り戻して、平穏を感じたことだった。私が作り出すものは私自身の自己の反映です。そもそも作る「きっかけ」からそう。自分とは何かをもっと知ろうとする行為なんです。

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