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<コラム>ASMR、生活音、環境音、ホームサンプリング……暮らしの中に潜む音楽
コロナ禍で注目集まる“生活音”
このコロナ禍において、日常の暮らしで耳にする “生活音”に意識を向けた人も多かったのではないかと思う。YouTubeではかねてより、心音や咀嚼音、野菜を包丁で切る音やキーボードを叩く音などを収録したASMR動画が人気コンテンツとなっている。リラクゼーション効果、心身の癒しや集中力を高めるために使われている。それはひとえに、現代人がどれだけストレスや不安を抱えているかという現れでもあるのだが、近年は “生活音”や“環境音”を音楽にまで昇華した楽曲や映像もまた別の分野で高い注目を浴びているようだ。
昨年4月1日には、若干22歳の新進気鋭のプロデューサーであるyonkeyが、フィーチャリングゲストに当時17歳のラッパー・さなりを迎えた「タイムトリップ(feat. さなり)」をリリースした。過去と未来を行き来する『時間』がテーマで、“生活音”などを駆使したパーカッシブなビートにオルゴールなどの暖かい音色を使った楽曲となっていた。ミュージックビデオを高校生の若手映像監督・マルルーンがディレクションを務めたことも大きな話題となったのはまだ記憶に新しい。
同年6月3日にはエレクトロユニットの80KIDZ、iriへの楽曲提供で知られるDJ/プロデューサーのTAAR、SIRUPのサポートとしても活躍するプロデューサーでギタリストのShin Saikuraの3組によるコンピレーションアルバム『FEEL SOUNDS GOOD : Sampling “SOUNDS GOOD at Home”』が各種配信プラットフォームよりリリースされた。ブランデッドオーディオレーベル「SOUNDS GOOD(R)」とblock.fmとのコラボ企画「FEEL SOUNDS GOOD」から生まれたアルバムで、テーマは “ホームサンプリング。”家の中にある音を使って曲を作ろう”というお題で、各アーティスト自らが家の中で音を録音し、その素材を使って制作された楽曲たちは、行動が制限される生活でストレスを感じる人にリラックスを与えてくれるサウンドとなっていた。
(『FEEL SOUNDS GOOD : Sampling “SOUNDS GOOD at Home”』より)
続いて、3人組の声優ユニット、イヤフォンズが同年7月にリリースした3rdアルバム『Theory of evolution」の収録曲「記憶」は、“生活音”や“環境音”を“記憶の手がかり”として組み込んだ、三浦康嗣(□□□)の制作による楽曲で、イヤフォンズが実際に受けたインタビューの様子もレコーディングされ、彼女たちが語ったリアルな言葉も収録されていた。また、口ロロは、2009年12月にリリースした6枚目のアルバム『everyday is a symphony」で、タイトルになっている“everyday is a symphony”をテーマに掲げ、日常生活にあふれているあらゆる音をフィールドレコーディング。その音ネタを再構築して作曲するという斬新で前衛的な手法で制作しながらも、カラフルなシティポップに仕上げていた。
少し時代は遡るが、川谷絵音率いるIndigo la Endのメジャー2ndアルバム『藍色ミュージック』(2016年6月発売)のリードトラックで、隣人とのなんとも言えない関係を描いた「藍色好きさ」という曲がある。このMVはあえてロケではなく、スタジオでセットで撮影されていたのだが、曲の中に入り込んでいる“生活音”や電車の音を含めた作品として提示されている名曲となっているので、ぜひ聴いてみて欲しい。
他にも、即興アーティストのhenlyworkと料理開拓人の堀田裕介によるユニットEATBEAT!は、かつて、野菜を切る音など、調理中の音をその場で集音し、料理をするように加工・編集をして音楽を作るというライブパフォーマンスや、ほうきを掃く音や布団を叩く音、ふろをかき回す音、などの生活音だけで演奏した「トルコ行進曲」、車のドアを閉める音やキーホルダーが当たる音などをループしてビートを構築した上でピアノやギターを重ねてアンビエントなサウンドを作り上げていくフォスター・ザ・ピープル「フーディニー」のカバーなどなど、生活音や環境音を集めて音楽へと昇華した動画はネット上に数多くアップされている。
生活の中の様々な音に耳を傾けてみると……
この、生活や社会の中にある音を素材として取り入れた音楽の元祖といえば、アメリカの実験音楽家・ジョン・ケージの「リビングルーム・ミュージック」だろう。リビングにある“楽器でないもの”を使用して構成された音楽で、机やコップ、新聞紙や調味入れ、段ボール、電卓など、演奏者によって用いる素材は様々となっている。
また、生活の中にある様々な素材の音を奏で、複雑なリズムを重ね合わせてパフォーマンスするイギリスのグループ、STOMPも有名。彼らはデッキブラッシやバケツだけでなく、マッチ箱、スプーン、ペットボトル、椅子、空き缶、ビニール袋、ゴミ箱など、様々なものを扱っていた。平成の終わり頃からは、小学校の低学年の音楽の授業にこの“生活音”を素材にした音楽教育を取り入れているところもあった。身の回りのものからどんな音がするのか。例えば、新聞1つをとっても、閉じたり広げたりする音と、擦り合わせる音、紙を破る音や、丸めて叩く音と多様な音を出すことができる。ペンやハサミ、ペットボトルなどを使った音楽の授業を経験した人もいるのではないかと思う。
ASMR、生活音、環境音、ホームサンプリング、リビングルーム・ミュージック……。様々な呼び方があるが、その根底にあるのは、普段は意識してない生活の中の様々な音に耳を傾けたり、身の回りにある素材を使って音楽を作ってみることで、私たちが生きる日々の中には様々な音や音楽があり、それらが私たちの生活に影響を与えているんだという気づきだろう。
こうした潮流の中で、世界的な自動車・バイクメーカーであるHondaが“生活音”にフォーカスしたコンセプトフィルム「Life Sound Player」を公開した。一人の少女が部屋の中に浮かんだプレイボタンを押すと、足音や風が本をめくる音、キッチンペーパーが転がる音や水音、クッションを叩く音など、全てがこれまでとは違うHondaの音になってしまう。彼女は、好奇心いっぱいの表情を浮かべ、様々な音を鳴らし、リズムを重ねていく。日々の暮らしに違和感のある生活音が入ることで、彼女はいつもの空間の中にある楽しさに気づき、新たな日常を見つけるという物語なのだが、これは逆転の発想ももたらしてくれる。では、今までは部屋の中でどんな生活音が鳴っていたのか? と気づかせてくれる映像にもなっているのだ。
このムービーと合わせて公開されたWEBサイトでは、生活音とHondaの音を組み合わせた楽曲も制作されている。また、それらの音を自分で組み合わせて遊べる機能も提供されている。ドアをノックする音、シャンパンを開ける音、グラスの氷、水を注ぐ音、タイマー、本をめくる音、雨音、エンジン音、水槽、虫の声、ペンなどが音の素材となり、五線譜上に配置すれば自分だけのリズムが生まれていく。
▲Honda「Life Sound Player」Webサイト
そして、画面からふと目を離してみれば、自分が座っている椅子やライトのスイッチ、お菓子の袋などが見える。さらに、椅子から立ち上がり、歩いてキッチンに行くだけでも足音があり、ドアを開く音もある。キッチンに行けば、水道から流れる水の音もあるし、鍋やフライパン、ミキサーもある。私たちの生活の中には、実に様々な音が溢れており、それらの“生活音”を音楽やリズムの1つとして楽しんでみるだけで、なんでもない日々が少しだけ楽しくなるのではないかと思う。
Text : Atsuo Nagahori