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<インタビュー>小曽根 真が『OZONE 60』リリース その長いキャリアとジャズ/クラシックを語る
ジャズと共に、クラシックにも果敢にアプローチを続けてきたピアニスト、小曽根 真が、60歳という区切りの年にソロ・ピアノ・アルバム『OZONE 60』をリリースした。クラシック・ホール「水戸芸術館 コンサートホールATM」に、スタインウェイD型とヤマハCFXの、2台のグランドピアノを持ち込んで録音された『OZONE 60』は、クラシック・サイドとジャズ・サイドに別れているが、クラシックの楽曲にも即興演奏を織り交ぜ、小曽根 真の到達した現在の表現が刻まれている。
ジャズとクラシックの関係、演奏や作曲に向かう心持ちから、バークリー音楽大学を経てニューヨークのジャズの現場で活躍した80年代も振り返る、幅広く興味深い話を伺った。
“ジャズ・ピアニストが弾くモーツアルト”にならないように
――『OZONE 60』を今回リリースされた経緯から伺わせてください。
小曽根 真(以下:小曽根):僕はクラシックの世界に足を踏み入れて17、8年になります。昔はクラシックが好きではなくて(笑)、譜面を読むのも得意ではなかったです。ただ、それは単純にサボってきたことが怖かっただけなんです。一流のクラシックの音楽家は出来ないところを指摘するのではなく、どれだけ僕がやっていることが素晴らしいか励ましてくれる。ジャズも同じで、僕が日本人としてアメリカに乗り込んで行った時も、僕がやっていた音楽がデキシーランド(・ジャズ)やブルースだったんで、直ぐに繋がって、「それを知っている限り、君はどんな音楽をやっても大丈夫だよ」と励ましてもらった。で、クラシックは僕の人生の1/3の時間を占めていて、大切な要素だし、60歳という節目にクラシックとジャズをソロとして演奏してみようと思ったわけです。
――クラシックの世界に足を踏み入れる怖さを克服するだけの、ポジティヴな気持ちを与えられたということですね。
小曽根:ジャズ界で20年もやってきて、世間的にヴェテランの域に入ってくると、耳に痛いことを言う人もどんどんいなくなるし、逆に年齢と共に人の音楽を聴きに行かなくなる人も多いんですね。安定期に入るわけですが、それは危ないというのが僕の中で凄くあるんです。わざわざ、一番弾けないクラシックの世界に連れて行かれてしまった自分は幸せだと思いますね。ただ、「“ジャズ・ピアニストが弾くモーツアルト”に行ってしまうと危険だよ」と言ったのは家内で、珍しさや余興になると飽きられる。それはもう弾き込んでいくしかないのですが、そのチャンスを作ってくれたのが梶本眞秀さん(KAJIMOTO)です。ジャズ界ではゲイリー・バートンやチック・コリアが引っ張ってくれたように、その道の一流どころと演奏することで育ててもらったんです。
――『OZONE 60』のクラシック・サイドには、即興や多重録音が入っていますね。
小曽根:僕のクラシックのコンサートでは譜面に書いてあることは97、8%、その通り弾きます。ただ、今回は自分の中で一度落とし切ったあと、初めてアドリブを織り込んでいく作り方をしました。18年間クラシックを弾いてきて、いま自分がクラシックを弾くならこうだという意志としてですね。18年前にこれをやるのは、譜面を理解する前に「ジャズ語」にしてしまうことで、それだけはやりたくなかった。プロコフィエフ(「ピアノ・ソナタ 第7番「戦争ソナタ」 第3楽章 Op.83」)は、実はアドリブするつもりはなかったんです。このまま弾くだけで大変な曲で自分が納得いくテイクが取れなくて、なんとかセーフなテイクが録れたんですが、次の日もう一回録ってみたら、何かが自分の中に降りてきたのか、突然弾いている最中に違う音を弾きたくなったんですよ。アドリブするときの怖さって、出ていくのは簡単で戻るのが難しい。曲を熟知していないと戻れないんです。それが、ここにこう戻ったらいいという設計図みたいなものが出たんですよ。
――アドリブで「降りてくる」感覚は、やはりジャズ特有のものでしょうか?
小曽根:実はクラシックの人にこういう話をすると皆、頷くんです。音が書いてあるか、ないかの違いだけで、クラシックも全く譜面通りに同じ演奏は誰も出来ないですよね。完璧に同じように弾くんですが、やっぱり違うんです。楽譜は音を与えてくれるものであって、役者でいうと台本ですよね。その台詞をどう言うかは、感情がないと出せないわけで、音楽も楽譜から来ても、アドリブで弾いても、自分の中で鳴ってる音しかないんです。その音はどこから来ているのだろうっていうと、貰っているように思うんです。作曲に関しても、自分が書いた曲なのに何でこの時こんなことを思い付いたのかなって、理由は思い出せないんですよ。「格好いいじゃんこれ」とか自画自賛しちゃうんですが(笑)。だから、如何に自分が上から来たものを純粋に正確に皆さんに届けていくか、というのがアーティストが向かうべき方向ではないのかなと僕は思いますね。
リリース情報
アルバム『OZONE 60』
- 2021/3/3 RELEASE
- UCCJ-2190 4,400円(tax in.)
ツアー情報
【小曽根真 60TH BIRTHDAY SOLO OZONE 60 CLASSIC x JAZZ】2021年3月25日(木)東京・サントリーホール
2021年3月27日(土)愛知・愛知県芸術劇場コンサートホール
2021年3月28日(日)秋田・アトリオン音楽ホール
2021年4月3日(土)大阪・ザ・シンフォニーホール
2021年5月1日(土)茨城・水戸芸術館コンサートホール
2021年5月3日(月・祝)宮崎・メディキット県民文化センター アイザックスターンホール
2021年5月22日(土)福岡・福岡シンフォニーホール
2021年5月25日(火)岩手・キャラホール・都南公民館
2021年6月6日(日)埼玉・川口総合文化センター・リリア 音楽ホール
2021年7月4日(日)熊本・益城町文化会館
2021年7月17日(土)滋賀・滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール
2021年7月31日(土)福島・いわき芸術文化交流館アリオス 大ホール
以降、2022年3月まで全国ツアー予定
関連リンク
Interview & Text:原雅明、Photo:Masanori Naruse
スタインウェイとヤマハの使い分け
――スタインウェイとヤマハの二台のピアノを使われていますが、具体的にどう違うのでしょう?
小曽根:これは、調律師の話からしないといけないんです。小沼(則仁)さんというチック・コリアもずっと使っていた素晴らしい調律師が亡くなられた後、曽我(紀之)さんがやられて、彼の調律も素晴らしくて、音を響かせたら宇宙が拡がっていく、音が見えるようなんです。ヤマハは基音、元の音がモノトーンで、ジャズの人はハーモニーを合成してアドリブで作るから、それが作りやすいんです。スタインウェイは一音一音に色があって、基音だけで凄く歌うわけです。ヤマハは淡泊です。ところが、特に曽我さんが調律すると、グレースケールで上がってきた音に色が入ってくるんです。これは、関西弁で言うと「たまらん」「どないしよう」ですよ(笑)。ずっとヤマハで来てたんですが、コンチェルトを弾き始めたときにスタインウェイの音が必要になった。オーケストラは倍音がいっぱい鳴っていて色がある一つの大きな楽器で、それと上手に音がブレンドしていくのがスタインウェイです。
――コンサートホールでアルバムを録音されたのは初めてですか?
小曽根:初めてです。ピアノ・ソロなのでブースは必要ないし、初めてヘッドフォンをしない録音をやりました。ホールで良い音が鳴っていさえすれば、あとは録ってくれるだけだったので、すごくリラックスしてできましたね。
――ECMはよくコンサートホールを使って録音していますね。
小曽根:マンフレート(・アイヒャー)さんが元々、クラシックの録音をやられていたのでホールの響きを重視するんでしょうね。「スタジオで録音したものにリヴァーブをかけ過ぎる」ってよくゲイリー・バートンが怒ってましたよ(笑)。いつもマンフレートとリヴァーブの量でケンカするんだと。
――多重録音は、それこそ『Conversations With Myself』のビル・エヴァンスが物議を醸しましたが、小曽根さんは抵抗はなかったですか?
小曽根:ないですね。多重録音してもクリックは使ってないですから。機械のテンポを使ったら終わりです。もちろん、機械のビートでいい音楽はありますけど、僕がやろうとしている音楽はもっとモメンタム、前に進んでいくエネルギーがないといけない。機械のビートは必ず真下に落としますからね。僕がドラマーに言うのは、ハイハットは前向きにカミソリでリズムを切っていくくらいの意識がないと駄目だよ、って。今回、どうしてもリズム的に聴き取れない、弾くのが難しいところは、自分で手を叩いたリズムを録って、それを聴きながら弾きましたね。
リリース情報
アルバム『OZONE 60』
- 2021/3/3 RELEASE
- UCCJ-2190 4,400円(tax in.)
ツアー情報
【小曽根真 60TH BIRTHDAY SOLO OZONE 60 CLASSIC x JAZZ】2021年3月25日(木)東京・サントリーホール
2021年3月27日(土)愛知・愛知県芸術劇場コンサートホール
2021年3月28日(日)秋田・アトリオン音楽ホール
2021年4月3日(土)大阪・ザ・シンフォニーホール
2021年5月1日(土)茨城・水戸芸術館コンサートホール
2021年5月3日(月・祝)宮崎・メディキット県民文化センター アイザックスターンホール
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2021年5月25日(火)岩手・キャラホール・都南公民館
2021年6月6日(日)埼玉・川口総合文化センター・リリア 音楽ホール
2021年7月4日(日)熊本・益城町文化会館
2021年7月17日(土)滋賀・滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール
2021年7月31日(土)福島・いわき芸術文化交流館アリオス 大ホール
以降、2022年3月まで全国ツアー予定
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Interview & Text:原雅明、Photo:Masanori Naruse
アメリカで体感した、格闘技のようなエネルギー
――80年代、小曽根さんはニューヨークのジャズの現場で活動をされてましたが、あの時代を改めて振り返って、いまに繋がっていることを教えてください。
小曽根:ずっと繋がってますね。ニューヨークがまだ危なかった時代でしたけど、ジャズ・ミュージシャンは自分がやりたいことをとことん信じてました。下手くそかと思うような演奏もするんだけど、その中からその人がやろうとするエネルギーを見つけてこようとするリスナーの貪欲さもあった。新しいものを作っていくエネルギーが好きでしたね。出来ないことを楽しむんですよ。出来ないこと、知らないこと、知らない人を馬鹿にしない。「知らないから教えて?」と言ったら、200%の愛情を持って教えてくれるし、引っ張ってくれる人がいっぱいいたんです。音楽の存在そのものの大きさが凄すぎて、これに向かって行くんだという、みんなのエネルギーも凄かった。僕がバークリーにいたときはミラクルで、80年代に入学した中にはブランフォード・マルサリスがいたし、ドナルド・ハリソン、ジェフ・テイン・ワッツ、テリー・リン・キャリントンもいた。そいつらと一緒にセッションすると半端なく上手いんですね。日本では出て来ないような、音楽に向かっていくまるで格闘技のようなエネルギーがあるんです。そして、自分の引き出しでは足りないものを見つけようとするんですね。ジャズの分野では何でも出来てしまうから、自分が出来ないことへの魅力を感じてやるんです。クラシックもそうだし、ラテン、タンゴもそう。器用貧乏になってはいけないんですが、そういうものへの魅力がすごくあって、クラシックが出来ない自分と向き合いたいというのがあったんです。大親友のブランフォードも、僕がクラシックを始めたのと同じ頃に始めたんですよ。
――ブランフォードも、小曽根さんがいまおっしゃったのと同じ気持ちだったと?
小曽根:同じだったんでしょうね。17、8年前というと、僕がゲイリーのバンドを卒業して、チックとちょっと交流が始まって、モーツアルトやってみないかという声が掛かった頃で、ブランフォードもそういう声が掛かってやってみたら、出来なくて悔しくて、いろいろやって来て現在がある。自分と向き合っていくというエネルギーや、出来ないことをみんなで讃え合ったこと、アメリカいたときに学んだ、そういうフィロソフィーはとても大事でしたね。
――小曽根さんがアメリカに行く以前からトラディショナルなジャズをやっていたことは、助けになりましたか?
小曽根:それは絶対そうです。ジャズやりたいんだったら、デキシーランドとブルースだけは弾けるようにと、僕はいまだに言いますね。僕はバークリーにビックバンドのアレンジを勉強しに行ったんです。だから、ピアノ科じゃなくて作編曲科だった。卒業したら、神戸に帰って北野タダオさんのところでアレンジを書いて、北野さんが引退したら自分がバンド(アロー・ジャズ)を引き継いで、と漠然と考えてたんです。だけど、「日本に帰国するのは間違いだ」とゲイリーに言われたんです。当時、ピアノに関しては超絶技巧のど派手な演奏をしてて、ゲイリーも「テクニックだけで深みのない音楽やっている」と思っていたようです。ただ、アレンジをやっていたおかげでハーモニーを作ることは人に負けないものがあったので、あるパーティで僕がBGMを担当して、ハーモニーを作りながら弾いていたのをゲイリーが見て、「なんだお前ちゃんと音楽できるじゃないか、明日俺のオフィスに来い」って言われた。何回かデュオでやったら僕の進歩が早かったそうで、「バンドに入れ。2、3回言っただけでこんなに変われるんだったら、お前はもっと良いミュージシャンになる」と。それでゲイリーのバンドに入った瞬間に、「何で、真なんだ? 理解できない」とゲイリーに抗議してきたピアニストが3人くらいいたそうです。僕のスタイルに対して何か思っていた人はいたかもしれないけど、差別的なことは本当になかったですね。
――いま、若い人にアメリカに行くことを勧めますか?
小曽根:いまは分からないですね。ジャズという音楽自体がもの凄く進化してきてしまって、昔のトラッドのジャズもあり、ロバート・グラスパーのような人もいるわけだから。ただ、僕とブランフォードがインターナショナル・ジャズ・デイでロシアに行った時に、楽屋で二人でデキシーをやっていたら、出演者の1人だったグラスパーはそれ聴いて感動してしまうんですよ。「俺はこんな風に弾けない」って。それを言えてしまう彼が素敵ですね。それぞれ進化をしていっているから、一概にアメリカに行けとも言えないですが、結局突き詰めたら、自分がやりたい音楽を見つけるってことでいいのかなと思います。
リリース情報
アルバム『OZONE 60』
- 2021/3/3 RELEASE
- UCCJ-2190 4,400円(tax in.)
ツアー情報
【小曽根真 60TH BIRTHDAY SOLO OZONE 60 CLASSIC x JAZZ】2021年3月25日(木)東京・サントリーホール
2021年3月27日(土)愛知・愛知県芸術劇場コンサートホール
2021年3月28日(日)秋田・アトリオン音楽ホール
2021年4月3日(土)大阪・ザ・シンフォニーホール
2021年5月1日(土)茨城・水戸芸術館コンサートホール
2021年5月3日(月・祝)宮崎・メディキット県民文化センター アイザックスターンホール
2021年5月22日(土)福岡・福岡シンフォニーホール
2021年5月25日(火)岩手・キャラホール・都南公民館
2021年6月6日(日)埼玉・川口総合文化センター・リリア 音楽ホール
2021年7月4日(日)熊本・益城町文化会館
2021年7月17日(土)滋賀・滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール
2021年7月31日(土)福島・いわき芸術文化交流館アリオス 大ホール
以降、2022年3月まで全国ツアー予定
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Interview & Text:原雅明、Photo:Masanori Naruse
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