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<Chart insight>YouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』がチャートに与えた影響とは

インタビュー

 2020年は、コロナウイルスの感染拡大により、音楽業界においてもライブ、フェスの中止や、ドラマ、映画の公開延期など、大きな打撃を受けた1年となった。そんな2020年、新たなヒットの方程式に大きな役割を果たしたメディアの1つに、『THE FIRST TAKE』が挙げられるのではないだろうか。真っ白な背景とともにアーティストがマイク1本で歌う姿は、多くの人の心を動かし、アーティストが本質的に持つ強さを再認識させてくれた。Billboard JAPANでは、そんな『THE FIRST TAKE』プロジェクトの運営スタッフと、クリエイティブディレクター・清水恵介氏、にインタビュー。チャンネルを立ち上げたきっかけや、これから目指していくことについて話を聞いた。

YouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』を企画したきっかけ

ーーYouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』を企画されたきっかけを教えてください。

運営スタッフ:今でこそ、日本はストリーミングが音楽を聴く手段の主流になりつつありますが、2019年初頭では、まだそれほどではありませんでした。海外では、ビリー・アイリッシュの様にフレッシュなアーティストがストリーミングをきっかけに、ヒット・チャートを一気に駆け上がるという現象があったので、日本でもそういった流れを作れないかと思い、チャンネルを立ち上げました。もう1つのきっかけは、若年層がNetflixやHulu、YouTubeなどのデジタルメディアをスマートフォンなどで視聴するという流れがあったので、、地上波にはないデジタルメディアで話題になる音楽コンテンツを発信したいと考えました。アーティスト単位では、YouTube上で様々なチャレンジが行われていましたが、第三者が立ち上げた影響力を持つメディアというのは、2019年時点では、まだなかったと思います。

ーー真っ白な背景を前にした一発撮りという今のスタイルになったのは?

運営スタッフ:企画立ち上げ当初は、白い空間の他に、廃銭湯とかスナックで歌うとか、色々なアイデアがありました。様々な音楽コンテンツを研究しつつ、クリエイティブディレクターの清水さんと一緒に、高画質・高音質でアーティストが一発撮りをするというイメージの格子を作り上げていきました。

清水恵介:地上波の音楽番組やライブ映像は昔から大好きで、たくさん観てきました。そういった番組やミュージック・ビデオにはそれぞれに完成された素晴らしさがありますが、そのどれとも当てはまらないような価値を探っていきました。既存のコンテンツと差別化を図るにはどうすれば良いかと考えていくうちに、静寂の中、白い背景で一発撮りをするという表現にたどり着きました。

ーー白い背景での、一発撮り以外に『THE FIRST TAKE』で大切にされていることはありますか。

運営スタッフ:一番こだわっているのは、高音質と高画質です。音源は、イヤフォンで聴いた時に耳元でスタジオの音をそのままの臨場感で聴いていただける事を意識しています。映像も、カメラワーク、普段見る事が出来ないアングル、視聴者がスマートフォンで見る事を前提に作っています。だからこそ、YouTube上の音楽コンテンツの中で、差別化できているのではと思っています。



▲ yama「春を告げる」


ーー高音質、高画質に最もこだわった理由を教えてください。

清水:アーティストの方に、本気の一発撮りパフォーマンスをしていただくわけですから、記録物として価値のあるクオリティで収録させていただくのは、絶対だと思いました。ただ単純に4K画質でハイレゾ音源であるというだけではなく、アーティストのスタイリングやヘアメイクを大事にしたり、ライティングを繊細に作りこんだり、構図を丁寧に決めるなど、映像自体のクオリティを高めることは、入念にしてきました。

運営スタッフ:収録するシチュエーションや場所を悩んでいるときに、清水さんと「差別化ポイントを、どこで作るかですよね」と考えました。YouTubeは、ユーザーの方による投稿も多いので、基本的に解像度が低いものが多いです。なので、音質と画質の解像度を高めるというのが、差別化ポイントになるのではと思いつきました。例えば、ファッションショーって、すごく無垢でミニマルで、見る側の意識が集中する空間じゃないですか。ああいう、足音とか息遣いまで繊細に感じられるような空間を作りたいとイメージを膨らませていきました。それと、もう1つこだわったのは“横顔”です。

清水:カメラ目線の正面顔は訴えかける強さが前に出すぎてしまったり、視聴者にとっても、「見られている感覚」になっちゃうんですよね。写真家の荒木経惟さんが、人の顔というのは裸よりも、その人がこれまで生きてきた全ての経験や情報が詰まっている部分だとおっしゃっていました。なので、その人の生き方が一番強く現れる部分としての顔を、正面ではなく横顔で撮影することで、じっと観察し続けることができるようになり、結果的に感情移入ができるようになると気づきました。ポートレイトの手法からヒントを得て、あのような撮影スタイルになった経緯があります。

運営スタッフ:チャンネル名を考えているときに、「ポートレイト」っていうアイデアもありましたよね。

清水:他に「サイド・ミュージック」っていう案もありましたよね。なので、“横顔”には最初から強いこだわりがありました。そこからMTV unpluggedみたいに記録としても素晴らしい作品を作ろうと、少しずつ今の『THE FIRST TAKE』に近づいていきました。

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印象的なコンテンツそして出演アーティストの反応は

ーー『THE FIRST TAKE』は、演奏前に見せるアーティストの自然な姿も魅力の1つです。

清水:スタジオの中には複数台の定点カメラを置いて、RECボタンを押した後、スタッフは全員退出しアーティストだけになってもらいます。アーティストの皆さんには「好きなタイミングでパフォーマンス始めてください」とお願いしているので、ライブのMCのように話し始める方もいますし、発声の準備をする方もいますし、本当に様々です。アーティストがパフォーマンスする前の準備は、視聴者にとってもアーティストと同じ心境になるための準備となって、すっと音楽に入っていけるのではと思い、大切にしています。

ーー第一弾はadieu(上白石萌歌)「ナラタージュ」でした。

運営スタッフ:はい。映像を見るとアーティストもスタッフも、全員が緊張している空気が伝わってきます(笑)まず、上白石さんに企画をご説明し、ヴィジュアル含め、どういう風に作っていくか、ご相談しながら進めていきました。最初の作品として、とても力のある映像に仕上がりました。



▲ adieu「ナラタージュ」


ーーアーティストにとって『THE FIRST TAKE』は、一発撮りという、とてもプレッシャーのかかる番組です。ですが、これまでに78組ものアーティスト(2020年12月22日現在)が参加されてきました。

運営スタッフ:そうですね。数多くのアーティストの皆さんがこの企画に参加してくださったことで、これだけ広がることができました。更に数多くの方がSNSなどで話題にしてくださったことも大きかったと思います。

ーー特に印象的だったコンテンツは、何でしょうか?

清水:スタッフ、それぞれ異なるアーティストを思い浮かべると思いますが、共通して印象的に残っているのは、LiSAさんの「紅蓮華」ではないでしょうか。現場でみんな顔を合わせて「『THE FIRST TAKE』の醍醐味って、これだ」って実感した回だったと思います。LiSAさんがパフォーマンス前に、これまでを振り返るようなお話をされた部分は、その瞬間にしか記録できないリアルなアーティスト像を、映像に記録できたと実感しました。



▲ LiSA「紅蓮華」


運営スタッフ:あとは、ステイホーム期間中に新しく立ち上げた『THE HOME TAKE』はチャンネル登録者数が増えた最大のきっかけになりました。緊急事態宣言が発動され、『THE FIRST TAKE』も収録を続けることが困難になりました。そんな中、星野源さんの「うちで踊ろう」がSNSに投稿されたり、海外のアーティストが自宅からパフォーマンスを発信する姿を見て、アーティストのご自宅やプライベートスタジオで収録していただく『THE HOME TAKE』という企画が生まれました。

 ちょうど、その頃ストリーミング・チャートにも新しい動きが見え始めたんです。これまでは、配信サービスによってヒット・チャートが異なっていたのですが、緊急事態宣言で学生が家にいる時間が増えた結果、瑛人、Rin音、YOASOBIといった、これまではチャートインしていなかったフレッシュなアーティストたちが、SNSやTikTokを通じて、どんどんチャートを席巻しはじめました。テレビの音楽番組やドラマ、映画などの収録がストップし、新たなコンテンツを発表することができなくなった一方、『THE HOME TAKE』では、新たな映像をどんどんYouTubeを通じて、発信し続けることができたというのも、このチャンネルの認知が高まった一つの要因だと思います。

 YOASOBI「夜に駆ける」は、『THE HOME TAKE』でikuraさんが顔出し初歌唱されている動画を公開し、更に多くのファンのUGC動画が増えていきました。 地上波と違うYouTubeの特性として、コンテンツの認知が高まると、海外にもリアルタイムでどんどん派生していきます。コンテンツから楽曲の認知が広まり、各配信サイトのグローバルチャートにまで影響を与えていきました。



▲ YOASOBI「夜に駆ける」


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『THE FIRST TAKE』がチャートに与えた影響

ーー2020年は、自宅にいる時間が長かった分、UGCによって数多くのヒット曲が生まれました。『THE FIRST TAKE』は、ご本人が歌唱されているのでUGCではありませんが、ある種UGCのような映像にも見えるのが、今年のヒットの生まれ方にも重なっていったように感じます。

清水:アーティストがユーザーと同じようにYouTubeという場を使っている感じというか、『THE FIRST TAKE』が、ある種UGCのようなコンテンツになると成功になると考えていました。サムネイルも、ユーザーにパロディされることを想定した、誰でも真似できるシンボリックなデザインを企画段階から意識していました。アーティストとユーザーの投稿が、境目なく対等に並ぶYouTubeというプラットフォーム上で『THE FIRST TAKE』の映像を投稿するからこそ、アーティストのプロフェッショナル性を感じる圧倒的な力を、伝えることが達成できたと思っています。

ーーそして、『THE FIRST TAKE』で披露された楽曲というのは、YouTubeでヒットするだけでなく、DISH//「猫」はオリジナル・バージョンも、THE FIRST TAKEバージョンも、いずれもBillboard JAPANの年間HOT100にチャートインしたり、LiSA「紅蓮華」も『THE FIRST TAKE』の影響で原曲の再生数がさらに伸びたりするなど、ストリーミング・チャートにも大きな影響を与えました。

運営スタッフ:そうですね。DISH//「猫」は『THE FIRST TAKE』として、ステイホーム期間の2020年4月29日に初の音源化となりました。この曲は、もともと既に2017年8月にリリースされていた、約3年前のCDシングル「僕たちがやりました」のカップリング曲です。あいみょんが作詞・作曲を手掛けているのですが、3月19日に公開した『THE FIRST TAKE』でのパフォーマンスから一気にこの楽曲に注目が集まりました。それまで、俳優・アイドルとしての印象が強かった北村匠海さんの持つ、歌唱力とヴォーカリストとしての魅力を引き出せたのではないかと思っています。コンテンツから、名曲の掘り起こし、新しいヒットの形を作れたこと、そして、こうやって掘り起こすことができると映像だけでなく音源としても価値を持つんだなと、チャンネルが持つ影響力の大きさに気づきました。あとは、11月にDef Techさんの「My Way」が公開になったのですが、こちらも大きな反響がありました。やはり、ヒット・チャートを賑わせた名曲というのは、何年経っても影響力を持ち続けているんだと実感しました。コロナ禍の前は、フェスやライブでアーティストの代表曲を聴くことができましたが、今は、そういった機会が減っているため、『THE FIRST TAKE』が、少しでもその代わりを果たせている部分もあるのではないかと思っています。



▲ Def Tech「My Way」


ーーたしかに、2020年はチャートに与えるメディアが大きく変わりました。

運営スタッフ:『THE FIRST TAKE』やTikTokからヒット曲が生まれるとは、私たちも含め、誰も想像していなかったと思いますこれは、コロナ禍だからこその現象でもあり、ピンチをチャンスと捉えた結果だと思います。

ーー2021年以降、目指しておられることを教えていただけますか。

運営スタッフ:『THE FIRST TAKE』は、変わらずコンテンツを公開し、2021年は更なる新企画も立ち上げる予定です。様々な音楽との出会いの場として、世界中に発信を続けていけたらと思っています。

清水:今後、コロナが落ち着いて色んなことが元に戻ったとしても、『THE FIRST TAKE』の価値は変わらないと思っています。音楽の「本質」と「普遍」を大事にして、止まることなくアーティストと視聴者と共にアップデートし続けていきたいと考えています。

ーー『THE FIRST TAKE』は、音楽とYouTubeそれぞれの本質的な部分を表現したチャンネルだと言えますね。

清水:そうですね。音楽もYouTubeも、人の幸せのためにあるという基本的なことを、私自身もアーティストや視聴者に何度も気づかされてきました。その本質を大事な価値として、これからも常に新鮮な気持ちで、“一発撮りで、音楽と向き合う”ことを続けていきたいです。そして、もし今後コロナ以外の危機が訪れたとしても、『THE FIRST TAKE』チームとしての答えを見つけ出し、勇気を持って一歩を踏み出していきたいと考えています。

ーー新しく、オーディション・プログラム『THE FIRST TAKE STAGE』 も立ち上がりました。

運営スタッフ:『THE FIRST TAKE』を立ち上げて以降、出演してみたいというユーザーのコメントをたくさん頂きました。このチャンネルを通して、真摯に“歌”を発信してくださる方、まだ見ぬ新たな才能を見つけられたらと思い、『THE FIRST TAKE STAGE』というオーディション・プログラム企画しました。



▲ 【THE FIRST TAKE STAGE】


ーーどんな方と出会えるのか、楽しみですね。

運営スタッフ:そうですね。YouTubeで動画コンテンツを見ることが日常となった今、『THE FIRST TAKE』を見てくれていた人が、自分の歩んできた背景とともに『THE FIRST TAKE』へ出演し、どんなパフォーマンスをしてくださるのか、とても楽しみです。そして、これからはYouTubeのプラットフォームの特性を活かして更に『THE FIRST TAKE』のグローバル化を進め、国内外のアーティストを全世界のリスナーに高音質・高画質で音楽のドキュメントとして伝えていきたいと思っています。

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