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エルヴィス・コステロ 最新アルバム『ヘイ・クロックフェイス』を語る
グラミー受賞作『ルック・ナウ』から2年、エルヴィス・コステロの新作『ヘイ・クロックフェイス』は、スポークンワーズ、つまり詩の朗読を曲に乗せた「レヴォリューション #49」で始まり、今までないような、だけど絶品のラヴ・ソング「バイライン」で幕を閉じる。激しいロックもあれば美しいバラードもある、というようにバラエティに富んだアルバムだ。コロナ禍の中での、2020年ならではの制作過程を中心に訊いた。
僕が歌い、彼らがそれに応える
生産的なレコーディングと呼ばないなら
何をそう呼ぶ
――今回の『ヘイ・クロックフェイス』は、ヘルシンキでは一人で、パリではスティーヴ・ニーヴが率いるル・クインテット・サン・ジェルマンと一緒に、ニューヨークとはマイケル・レオンハートやビル・フリゼールとリモートで、というように3か所で別々のスタッフとのレコーディングですが、それぞれに何を求めたんですか?
エルヴィス・コステロ:まず、パリからカナダに入ってしばらくは、コロナ禍で当然2週間の隔離生活を送っていたので、一人だけでいろいろ考えてたんだ。その後、フェリーでバンクーバー島に渡り、ダイアナ(・クラール)や息子たちと合流し、しばらくは家族といられることに感謝し、仕事のことは考えなかった。その後、暇な時間を利用して、少しずつ書くようになっていった。その頃だね、ニューヨークのマイケル(・レオンハート)から曲が届いた。「ニュースペーパー・ペイン」になった曲だよ。即興的にノートに書いてあった文章を乗せて送り返した。歌詞として書いていたものじゃない文章をね。こういう実験的な手法がいつもうまく行くわけではないんだけど、このときは何らかの効果があげられると思ったので、マイケルに送り返したんだ。彼も気に入って、もう一曲送ってくれた。気が付くと、そうやって、何千マイルも離れた二人の間で、今僕らが楽しんでいるのと同じテクノロジー(Zoom)を使って音楽を送りあい、対話を始めていた。これまでは、役者が舞台に上がって演技をするように僕らはスタジオに行き、パフォーマンスをしたけど、今は不可能だ。プライベートなレコーディングへと考え方を変えなければならない。それは臆病で脆弱で、劣る方法だと思われがちだけど、実は、一人で誰にも見られていない環境で、仲間もいない中でやっていると、一人ならではの大胆な行為に出られるんだ。
――ヘルシンキを選んだのは、誰もあなたを知らない場所に行きたかったからだということでしたが、他の都市ではなくどうしてヘルシンキだったのでしょうか?
コステロ:誰も知らない場所と言ったのは、ちょっとした皮肉めいたジョークのつもりだったので、フィンランドの人に失礼だったね。フィンランドにはコンサートで何度も行ってるし、ヘルシンキにも数回行った。北欧は大好きで、スウェーデンではよく仕事をしていたけど、フィンランドはまた全然違うんだ。独自の文化がある。それほど僕が詳しくない国で、自分一人で、誰とも一緒にやらないっていうのも面白いと思った。着いて小さなスタジオを見た瞬間、ここでならサウンドに対する先入観を一切捨てて没頭できると感じた。アイディアに応じて素早く作業できるエンジニアだったのも助かった。ドラムやベースではなく、サウンド編集によってリズミックな音楽を作りたいと願っていたのでね。
――それからパリで、スティーヴ・ニーヴが集めたル・クインテット・サン・ジェルマンと一緒にやったんですね。理想的なレコーディングだったとか。
コステロ:そうだね、5人の演奏を聴きながら僕が歌い、僕の歌を聴きながら彼らがそれに応える。人の声と楽器の響き、それしかなかった。それを、生産的なレコーディングと呼ばないとしたら、何をそう呼ぶんだい、と言いたいくらいだった。2日間、無駄話をすることもなく、ただただレコーディングした、9曲もだよ。それまでもスタジオで短期間で多くの曲が出来上がったことはあったけど、今回のようにプレイヤーの数人とはほとんど初対面だったことを考えると、賞賛されるべきは彼らだね。
時計は時を自分から奪っていく恋敵
――『ヘイ・クロックフェイス』というタイトルと、そのタイトル・ソングについて教えてください。
コステロ:例えば、待ち合わせで好きな相手が来るのを待っているとき、家で早く帰ってきて欲しいと願っているとき、時間はゆっくりにしか流れない。まるで、こちらを騙そうとたくらんでいるかのようにね。ところが、別れの時間になってさよならを言わなければならなくなると、時間は途端に速度を速め、愛する人をさらっていく。とても思わせぶりな、実は陽気な内容なんだ。
――そこで、ファッツ・ウォーラーの「ハウ・キャン・ユー・フェイス・ミー?」を組み合わせたのは?
コステロ:二つの曲には同じフェイスという言葉が出てくる。そして、どちらの曲でも言わんとしているのは、「時計は時を自分から奪っていく恋敵」ということだからだよ。それに、二つの曲の雰囲気が良く合っていると思ったのも理由だね。ファッツ・ウォーラーを最初と最後に持ってくることで、楽しい世界を作り出すことができて、パリでのセッションでも、アンサンブルがとても楽しんで演奏してくれた。
――あなたの音楽には昔から二律背反というか、両極端の要素が共存しているところが感じられます。激しいのに切なく、暴力的に見えて美しく、若いのに老いが潜んでいたり。そういう表現はずっと意識していらっしゃったんですか?
コステロ:意識していたかどうかはわからないけど、若いときに見つけたんだ。初期のころ、僕には優しくて、親しげな曲が沢山あったが、そういう曲では人の注目は集められない。それらは、僕の自宅のテープレコーダーの中だけに留めておけばいい。それで、スタイルを変えなきゃならないと思い、力強く、エッジがある曲にすることだけを考えた。でも、しばらくそれを続けていると、一種類の曲しか知らない人間のふりが出来なくなった。それで、バラエティやコントラストを出し始めたんだ。シリアスな歌詞を明るいメロディーに乗せられるという手法、例えば、ワーキングクラスの少年が将来の職場として戦争に駆り出されることを歌うのに、活気のあるメロディーを用いるとか(「オリヴァーズ・アーミー」)、アルツハイマーのことをポップなメロディーに乗せて歌ったり(「ヴェロニカ」)。普通は、歌詞のムードをメロディーに反映させる。でも僕は、敢えてその正反対を組み合わせる。今回のアルバムでは、必ずしもそうではないけどもね。
――バート・バカラックからアラン・トゥーサン、ジェシ・ウィンチェスターまで、有名無名にかかわらず、あなたは素晴らしい先輩や彼らの音楽を尊敬し、大切にし、彼らと共演したり、紹介したりしてきました。それも、僕らがあなたの音楽を信頼する大きな理由ですが、こういう人たちから、彼らの音楽からどんなことを学び、伝えたいですか? 例えば、一つ上げるとすれば。
コステロ:沢山あって、一つを選ぶなんてできないよ。経験のすべてが僕にとっては学びだからね。バート(・バカラック)が、あるとき、僕にこう言ったんだ。「僕はもう、毎日110%のテイクを求めて気を揉むのは止めた、95%で満足することにした」と。100%のうちの95%だったら、それでもう十分じゃないか(笑)! 物腰は柔らかいのに、ものすごく過激な人だよ。アラン・トゥーサンは、僕が会った中でも、もっともエレガントな人だった。ハリケーン・カトリーナが彼の愛する地元ニューオーリンズを襲い、家とスタジオを失うという大きな悲劇に見舞われ、音楽界とは関係なく、多くの友人が犠牲になったときでも彼は絶望しなかった。理性を欠いた怒りを表に出すことはなかった。その態度は、見ていて学ばされたよ。ジェシ・ウィンチェスターとは、僕が20才か21才のとき、一瞬だけ会ったことがある。どれほど僕にとって大きな意味があったか、それを伝えることができないままずっと経って、ようやく直接伝えられたのは、彼が亡くなる少し前だ。僕が司会していたテレビ番組(『Spectacle: Elvis Costello With…』)で一緒に歌う機会があった。本当に謙虚な人でね、彼の声の美しさに、その場にいた全員が涙を抑えきれなかったくらいだよ。
“Songs That Influenced Elvis Costello”
プレイリスト
現在、エルヴィス・コステロに影響を与えた楽曲がYouTubeとSpotifyでプレイリストとして配信中! 彼ならではの選曲で、約300曲で構成されたプレイリストのラインナップは必聴だ。
リリース情報
『ヘイ・クロックフェイス』(SHM-CD)
- 2020/10/30 RELEASE
- UCCO-1224 2,600円(tax out.)
- https://jazz.lnk.to/ElvisCostello_HeyClockfacePR
関連リンク
エルヴィス・コステロ 国内レーベル公式サイト
エルヴィス・コステロ 公式サイト
通訳・翻訳:丸山京子
Photo:ray di pietro
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