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【特集】輝き続ける歌姫マライア・キャリーのキャリア30年をプレイバック
今年でデビュー30周年を迎えた世界の歌姫マライア・キャリー。数々のヒット曲を生み出してきた彼女が一体どんな人物かは、もはや説明不要と言えるほど。毎年クリスマスシーズンになると、ラジオや街中で「恋人たちのクリスマス」を聞かない日はなく、年代別の洋楽ヒットプレイリストにも彼女の曲が1曲は入っている――マライアの音楽は、時代によって音楽の聴き方や私達の生活様式が変わりながらも、常に生活のどこかに存在しているのだ。
10月2日に世界同時発売となるニュー・アルバム『レアリティーズ』のリリースを記念して、昨年末にこれまで誰も打ち立てたことのない記録で再度大きな注目を集めた彼女のキャリアをプレイバックしよう。
世界でマライアだけ!
1990~2020年代で全米トップに
オクターブのホイッスル・ボイスで世界に衝撃を与えたデビュー曲「ヴィジョン・オブ・ラヴ」が、米ビルボード・ソング・チャート“HOT 100”で首位を獲得してから早30年が経つ。流行が目まぐるしく入れ替わるアメリカの音楽業界で、30年間第一線で活躍し続けることは並大抵のことではない。もちろん、長いキャリアにおいては浮き沈みがあり、万事順調とは言い難い時期もあった。大概のアーティストはそこで折れてしまうわけだが、マライア・キャリーの凄いところは逆境をもパワーに変えてしまうメンタルの強さとバイタリティだ。どんな状況においても威風堂々と立ち振る舞うその様は、まさに女王と呼ぶに相応しい。
マライア・キャリーがいかに凄いアーティストか、その功績については日本でも周知の事実だが、その日本で知名度を高めた「恋人たちのクリスマス」(1994年)が、昨年末、およそ25年の時を経て通算19曲目の首位を獲得し、歴代1位のビートルズ(20曲)に次ぐ女性アーティストとしての最多記録を更新(2020年1月4日付)。そのビートルズでも成し得なかった90年代、2000年代、2010年代、そして2020年代の4年代にわたり1位を獲得するという史上初の快挙を達成したばかりだ。あのスティーヴィー・ワンダーや故マイケル・ジャクソンといったレジェンドも果たせなかったことを実現させ、キャリアの頂点に返り咲いたのだから本当に凄い。
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2010年代から2020年代の架け橋ともなった「恋人たちのクリスマス」のNo.1獲得にはじまり、マライアにとって華やかな幕開けとなった30周年イヤーだが、その直後にコロナウイルスが蔓延し、アーティスト活動やプロモーションが停滞してしまったことは言うまでもない。30周年という節目に世界を揺るがす危機と直面してしまったわけだが、やはり転んでもただでは起きないのが女王・マライア。コロナ禍をも活かし、1990年から2020年までに制作されたアルバム未収録のレア音源・未発表音源を年代順にまとめたコンピレーション・アルバム『レアリティーズ』と、収録曲についても綴られた自身の半生を伝える回顧録『The Meaning of Mariah Carey(原題)』というすばらしい記念作品を完成させてくれた。
次ページより、これまでの輝かしいキャリアを振り返りつつ、『レアリティーズ』の収録曲をご紹介していく。
リリース情報
関連リンク
マライア・キャリー 海外公式サイト
マライア・キャリー 国内レーベル公式サイト
Billboard JAPAN『マライア・キャリー ジャパン・ベスト』発売記念特集
Text by 本家 一成
一切ハズレなし!
レア音源ばかりの30周年記念盤
「ヴィジョン・オブ・ラヴ」をはじめ、計4曲のNo.1シングルを輩出したデビュー・アルバム『マライア』(1990年)は全世界で1,500万枚以上を売り上げ、翌1991年の年間アルバム・チャート“Billboard 200”では1位に輝いた。そのデビュー作の制作時に書いたとされるのが、本作『レアリティーズ』の冒頭を飾る「ヒア・ウィ・ゴー・アラウンド・アゲイン」。「ラヴ・テイクス・タイム」や「サムデイ」等にもクレジットされた旧友ベン・マーギュリースとの共作で、瑞々しい歌声とゴスペル風のコーラスを乗せた「ゼアズ・ガット・トゥ・ビー・ア・ウェイ」に近い雰囲気のアップ・チューンは、お蔵入りとは思えない出来高だ。
翌1991年に制作された次曲「キャン・ユー・ヒア・ミー」は、マライアもお手本としたバーブラ・ストライサンドのために作った曲だそうで、たしかに映画のエンドロールで流れそうなマイナー・メロのドラマチックなバラードに仕上がっている。若さ溢れるサビのエモーショナルな高音が聴かせどころで、デビュー作でも同年リリースの2ndアルバム『エモーションズ』でも十分ハマる、筆舌し難いほど魅力的な傑作。次曲「ドゥ・ユー・シンク・オヴ・ミー」は、初期の作品には欠かせないウォルター・アファナシェフがプロデュースした『エモーションズ』のテイストを引き継いだアーバン・メロウで、地味ではあるが中毒性高く、この冷涼感にずっと浸っていたくなる。この頃から柔らかいヴォーカルも取り入れるようになり、シンガーとしての成長過程も見受けられた。
「エヴリシング・フェイズ・アウェイ」は、日本でも知名度の高い「ヒーロー」のカップリング曲。同曲と「ドリームラヴァー」のNo.1ヒットを輩出した3rdアルバム『ミュージック・ボックス』の国内盤ボーナス・トラックとしても収録されたため、ご存知の方も多いだろう。ルーツに回帰したゴスペル・バラードで、『ミュージック・ボックス』に収録された「エニタイム・ユー・ニード・ア・フレンド」の続編的な要素がある。近年はライブでも度々歌われていたようで、キャリアを積んだからこそ歌い熟すことができる難易度の高さが伺える。一方、同1993年に制作された「オール・アイ・リヴフォー」は、当時大ヒットしていたジェイドの「ドント・ウォーク・アウェイ」あたりに通ずるヒップホップ感覚のミディアムで、シングル・カットすればヒットも期待できたほどの充実振り。これだけいい曲がボツになるのだから、プロの視点は我々凡人には理解できない。
その『ミュージック・ボックス』から2年越しにリリースした5thアルバム『デイドリーム』からは、「ファンタジー」(8週連続)、ボーイズIIメンとのデュエット曲「ワン・スウィート・デイ」(16週連続)、「オールウェイズ・ビー・マイ・ベイビー」(2週連続)の計3曲がNo.1に輝き、『ミュージック・ボックス』に続く2作目のダイヤモンド・アルバム(全米1,000万枚セールス)に認定された。本作『レアリティーズ』には、その「オールウェイズ・ビー・マイ・ベイビー」で初タッグを組んだジャーメイン・デュプリ作の「ワン・ナイト」と、「オールウェイズ・ビー・マイ・ベイビー」のカップリングとして収録された「スリッピング・アウェイ」が収録されている。後者は「ドリームラヴァー」や「ファンタジー」等を手掛けたデイヴ“ジャム”ホールによるプロデュース曲で、彼が手掛けたナンバーでは、メアリー・J. ブライジの「ラヴ・ノー・リミット」(1992年)に近いヒップホップ・ソウルを基としている。
6thアルバム『バタフライ』(1997年)からは、「ハニー」、「マイ・オール」の2曲が首位を獲得。デビュー7年目、6枚目で計13曲ものタイトルを1位に送り込んでしまうスピード出世には恐れ入る。本作には、その『バタフライ』に収録された「クローズ・マイ・ハート」のアコースティック・バージョンが再録された。ピアノの伴奏とコーラスだけで仕上げたシンプルさが故、原曲のゴージャス感は薄れるが、ハイトーン&ハイテナーを使い分けたボーカル・ワークは新録に軍配が上がる。音源化はされていないが、自身のインスタグラムでは過去の名曲を同様のスタイルでいくつか披露している。『バタフライ』の翌1998年末には、洋楽アルバム最大の売り上げ360万枚を記録したベスト盤『ザ・ワンズ』がリリースされた。日本でこのセールスを超えた洋楽アルバムは、今のところ出ていない。
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マライア・キャリー 海外公式サイト
マライア・キャリー 国内レーベル公式サイト
Billboard JAPAN『マライア・キャリー ジャパン・ベスト』発売記念特集
Text by 本家 一成
15万人動員!
伝説の初来日ドーム公演も収録
Photo by Naoko Ogura
8曲目に収録された「アウト・ヒア・オン・マイ・オウン」は、<ヴァージン>移籍後に発表した初主演映画『グリッター きらめきの向こうに』(2001年)のサウンドトラック用に録音された曲。映画『フェーム』(1980年)でアイリーン・キャラが歌った同名曲のカバーで、線の細いアイリーン・キャラとは対照に、マライアはソウルフルに仕上げている。仮に『グリッター』に起用されていたとすれば、「リフレクションズ」か、ラストで歌われた「ネヴァー・トゥー・ファー」のシーン……だろうか? 本作には、その『グリッター』から1stシングルとしてカットされた「ラヴァーボーイ」のオリジナル・ヴァージョンも収録されている。そのオリジナルにはイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の「ファイアークラッカー」(1978年)がサンプリングされているが、当初離婚問題でこじれていた元夫トミー・モトーラが、ジェニファー・ロペスの「アイム・リアル」(2001年)に同曲をネタ使用したことで、結局このYMOバージョンはお蔵入りに、代わりにキャメオの「キャンディ」(1986年)が使われる形となった。J. Loの「アイム・リアル」も無論すばらしい出来だったが、本作に収録されたオリジナル・バージョンも、それに匹敵するクオリティの高さ。当時リリースが実現していれば、同等のヒットも期待できただろう。日本が世界に誇るテクノ・ユニット=YMOの代表曲「ファイアークラッカー」に馴染みがある我々日本人には、オリジナル・バージョンの方がしっくりくるだけに、本作でようやく公式発表されたことは、大きな意味がある。
自身最大のヒット曲「ウィ・ビロング・トゥゲザー」(14週連続)を生んだ再ブレイク作『MIMI』(2005年)や、18曲目のNo.1に輝いた「タッチ・マイ・バディ」(2週連続)収録の11thアルバム『E=MC2~MIMI第2章』(2008年)の制作と並行された、<アイランド・レコード>移籍以降の未発表曲もいくつか収録されてる。ケニス・クラウチと共作したゴスペル・バラード「アイ・プレイ」、『MIMI』収録の「セイ・サムシン」~「ゲット・ユア・ナンバー」の延長線にある、ジャーメイン・デュプリとの再タッグ曲「クール・オン・ユー」、ロイス・ホランドを迎えて制作した、ソウル・ミュージックの真髄が感じられるアップ・チューン「メズマライズド」など、堕曲は皆無。また、ジョージ・シアリングによるジャズ・スタンダード「バードランドの子守唄」もため息が出るほど素晴らしい。ライブ・バージョンではあるが、本格的なジャズ・ボーカルがアルバムに収録されるのは「ザ・ウインド」(1991年)以来29年ぶりとなる。
本作の目玉曲である「セイヴ・ザ・デイ」は、同じく90年代に一世を風靡したローリン・ヒルとのコラボレーション。タイトルからも予想できるとおり、新型コロナウイルスの影響により荒んだ世界中の人へのメッセージが綴られている。ローリンは、自身が在籍していたヒップホップ・ユニット=フージーズの代表曲「やさしく歌って」(1996年)をコーラスで歌い、マライアは彼女のヴォーカルをバックに、一つに溶け合わせるよう重ねている。ピアノ・バラードのヴァースからヒップホップ調のフックに移行するスタイルは、プロデュースしたジャーメイン・デュプリらしい仕上がり。同曲のミュージックビデオは、先日、大坂なおみが見事優勝を遂げたテニスの全米オープンで公開され、話題を呼んだ。デビュー当時を彷彿させるカーリーヘアに黒のタイトドレスで歌うマライア。セクシー路線を封印したのも、こういった時世への配慮が伺える。
本作『レアリティーズ』は2枚組で構成されていて、もう1枚には初来日公演として東京ドームで開催された【デイドリーム・ツアー】の初日1996年3月7日のライブ音源が収録されている。15万人を動員した同ツアーは、日本のみならず世界中のファンが大絶賛したキャリア史上最高のライブとされていて、音源化はまさに“ファン待望の”サプライズといえる。中でも、映像でしか聴くことのできなかったS.O.S.バンドのカバー「ジャスト・ビー・グッド・トゥ・ミー」(1983年)は格別。筆者もライブを体感した一人だが、このツアーの最高潮は、同曲をサングラスをかけてクールなスタイルで歌うあのシーンだと、太鼓判を押したい。なお、「オールウェイズ・ビー・マイ・ベイビー」のリミックスには同バンドの「テル・ミー・イフ・ユー・スティル・ケア」(1983年)がサンプリングされていたり、映画『グリッター』ではシェレールの「アイ・ディドゥント・ミーン・トゥ・ターン・ユー・オン」(1984年)をカバーしていたりと、マライアが<Tabu Records>のアーティストに影響を受けたことは間違いなさそう。日本盤のみのスペシャル・ボーナス・ディスクには、同公演のライブ映像がBlu-rayとして追加収録される。
Photo by Naoko Ogura
『レアリティーズ』がリリースされた数週間後には、徐々にホリデー・ソングが解禁され始め、今年もまた「恋人たちのクリスマス」が街を彩りはじめる。日本では、1994年に放送されたドラマ『29歳のクリスマス』の主題歌に起用され、日本国内だけでミリオンセラーを記録。現在までにアメリカで300万枚以上、全世界(ワールドセールス)では1,500万枚を売り上げるモンスターヒットとなった。昨今ではストリーミングがユニット数の半数以上を占めるようになり、ホリデー・シーズンに最もプレイされる「恋人たちのクリスマス」が2年連続で首位を獲得する可能性も高まっている。本作『レアリティーズ』と回顧録『The Meaning of Mariah Carey』を発表した後、その快挙を達成すれば、まさに30周年に相応しいアニバーサリー・イヤーとなるだろう。マライア・キャリーの躍進は、40年目に向けまだまだ続く。
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マライア・キャリー 海外公式サイト
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Billboard JAPAN『マライア・キャリー ジャパン・ベスト』発売記念特集
Text by 本家 一成
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