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畠山美由紀『Song Book #1』リリース記念インタビュー 「文字通り“みんなで作ったアルバム”という感じでしたね」



畠山美由紀インタビュー

 畠山美由紀が、初のセルフ・プロデュースによるカヴァー・アルバム『Song Book #1』をリリースする。

 本作のレコーディングは、新型コロナウイルスの感染拡大が広がる中、朋友である小島大介(Port of Notes)との共同プロデュースにより「完全リモート」で行われたという。ロミー・シュナイダーが歌う、フランス映画『すぎ去りし日の...』の主題歌「エレーヌのシャンソン」や、ジャンヌ・モローの「India song」、唱歌「ゴンドラの唄」など、これまで畠山がライブなどで披露してきた楽曲をはじめ、スティングの「Fields of Gold」や、イスラエルのシンガーであるケレン・アンの「Not going anywhere」など、古今東西の名曲をギタリストの小池龍平(bonobos、LITTLE TEMPO)、ピアニストの片木希依(jizue)とともにカヴァー。一度も顔を合わせずにレコーディングしたとは思えぬくらい、息の合ったアンサンブルを展開している。

 またアルバムの最後には、畠山が故郷である宮城県気仙沼市に思いを馳せて歌った「わが美しき故郷よ」のセルフ・カヴァーも収録されており、コロナ禍で「人と人との繋がり」が難しくなってしまった今聴くと、オリジナルとはまた違った響きを持って聴き手の琴線を震わせる。

 初のセルフ・プロデュースで、初の完全リモートという、「初めてづくし」の作業に手探りで挑戦したという畠山。オフィシャル・インタビューで、「私のアルバムから1枚作品を紹介して欲しいと言われたら、躊躇なくこのアルバムを選ぶ」と話していた彼女に、今作の制作エピソードや各曲の思い入れはもちろん、来たる9月にビルボードライブ大阪、ビルボードライブ横浜で開催予定のライブへの意気込みなどを聞いた。

文字通り「みんなで作ったアルバム」という感じでしたね

――まずは、今作『Song Book#1』を作るまでの経緯を教えてもらえますか?

畠山美由紀:作り始めたのは、確か4月だったかな。もともとカヴァー・アルバムを作ることは計画していたんです。で、コロナになって「どうしましょうか?」という雰囲気にもなったんですけど、「リモートでも是非やらせて欲しい」という希望を伝えたところ、それを受け入れてもらって制作に入ることが出来ました。

――そうだったんですね。コロナになってからレコーディングまでは、どのような日々を送っていたのでしょうか。

畠山美由紀:なかなか精神的に結構参りましたね。人の声が無性に恋しくなって(笑)、ラジオとか普段よりもたくさん聴いてしまいましたね。

――分かります。僕もコロナの期間にPodcastの番組をたくさん登録しちゃいました。

畠山美由紀:でしょう!?(笑)

――他に何か新しく始めたこととかありました?

畠山美由紀:うーん、前からやっていたウェイトトレーニングとかかな(笑)。今まで以上に本格的に取り組むことができたのは、数少ない「良かったこと」の一つだったのかなと思います。

――中には映画を観まくったり、料理に凝ったりしていた人もいましたが。

畠山美由紀:してないです!(笑) まあ、別にそういうのは普段からやっているんでね、もちろん、本を読んだりとかそういう時間はたっぷりあったので、今までよりも集中できたとは思うんですけど、特に新しいことはなかったかな。ほんと、ウェイトトレーニングくらいです。

――なるほど。アルバムの話に戻りますが、初めてセルフ・プロデュースに挑戦することも最初から決まっていたのですか?

畠山美由紀:いや、必然的にそうなってしまった感じですね。もちろん、参加してくれたギターの小池龍平(bonobos、LITTLE TEMPO)さん、ピアノの片木希依(jizue)さんにもね、かなりアレンジの部分では関わっていただいたし、機材的な部分では、Port of Notesの相方である大ちゃん(小島大介)に色々手伝ってもらったから、文字通り「みんなで作ったアルバム」という感じでしたね。



――リモートでの制作は、通常のやり方で曲を作っていくのとは違います?

畠山美由紀:ベーシック・レコーディングからリモートでやらなければいけなかったのは、意外と難しかったです。直接会っているときには、言葉ではない部分でのコミュニケーションというか、無意識ながらいろんな情報を与え合いながら作業していたのだなと痛感しましたね。そこが遮断されたリモートの状態だと、例えば演奏が「ちょっと違うな」と思ったときに、みんなで軌道修正して理想の方向へ持っていくのが大変でした。

――音のイメージを言語化して伝えるのは難しそうですよね。

畠山美由紀:そうなんですよ。譜面も書けないし音楽用語でも説明できないので、それをなんとか言葉で伝えて具現化してもらうのは本当に大変で。それからテンポに関しても、ものすごく細かくBPM87、BPM89……みたいに刻んで、それぞれのテイクを2人には送ってもらい、一つずつ歌ってみて馴染みがいいテンポを選んでいくという。

――気の遠くなる作業ですね……。

畠山美由紀:みんなでスタジオに入って「せーの」で音を出せば、一発で分かるようなことが、なかなか伝わらずに時間が過ぎてしまうもどかしさがたくさんありました。ただ、スタジオでの作業の場合はあらかじめ時間が決まっていて、その中で結果を出さなければならなかったんですけど、家での作業だとそういった制限もなく納得いくまで作り込むことが出来るんですよね。今回、DIYでも完成度の高い作品に仕上げることができたのは、そういった要素があったからだと思っています。いい経験になりましたね。

――今作では、「エレーヌのシャンソン」や「ラスト・ワルツ」など以前からライブで歌っている曲も多く取り上げていますが、どういった基準で選曲をしていったのですか?

畠山美由紀:長年、過ごしてきた中で、いつかレコーディングしたいなと思っていた曲たちです。例えば1曲目、スティングの「Fields Of Gold」は、 アン・サリーさんと一緒にやっている『ふたりのルーツ・ショー』で、選曲の時に「美由紀ちゃんに歌って欲しいな」と彼女に言っていただいたことがあって。「そういえば、こんないい曲があったな」と思って取り上げました。これからもこのカヴァー・アルバムは『#2』『#3』と続けていくつもりなのですが、そういう意味では本当に「今、歌いたい曲」を選んでいるんですよね。しかも、完成してみたら日本語、英語、フランス語といろんな言語がバランスよく入っていました。

――フランスの発音は、従妹にチェックしてもらったとか。

畠山美由紀:彼女はフランス人と日本人のハーフで、フランス語がネイティブなんです。みっちりチェックしてもらいましたね(笑)。録ったら送って、すぐチェックしてもらって返ってくる、みたいなやり取りをしつつ完成させました。

――アルバムを通して聴くと、コロナ禍でより一層心にしみる曲が多いです。

畠山美由紀:実は、多くの曲はコロナになる前からカヴァーしようと考えていたんです。でも、確かにそう言われてみれば、そうかも知れない。「ゴンドラの唄」とかね。この曲は、歌っていてコロナの影響を一番意識したというか。黒澤明の映画『生きる』の中で、志村喬さん演じる癌に冒された主人公が、ブランコに乗ってこのうたを歌う有名なシーンがあるんですけど、それに今のこの状況が奇しくも重なるな、と。

――しかも、ただただ悲しいだけの曲ではなくて。

畠山美由紀:心を鼓舞してくれるところがありますよね。

――そうなんです。しかも、どの曲もなぜか「懐かしみ」があるというか。どこかで一度は聴いたことのある気がするのも不思議でした。例えば唱歌で用いられている音階などが、そう感じさせるのかもしれないですね。

畠山美由紀:ああ、なるほど。人類に共通する、「あ、なんかいいな」と思う響きみたいなものがあるのですかね。聴いたことがないはずなのに、不思議と聞き馴染みがある曲っていいなと思います。

――今作は様々な言語の楽曲が収録されているのに、不思議と共通点を感じるのはそういう部分なのかも知れない。

畠山美由紀:そう言っていただけると嬉しいですね。選曲する際、無意識のうちにそういう「共通点」がある楽曲をセレクトしているのかも知れないです。

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――とはいえ、言語によって美由紀さんの声質も随分変わるのだなという驚きもありました。

畠山美由紀:そうなんです。そこは自分に限ったことではないと思うんですが、興味深いことですね。

――中盤に収録されたアカペラの「宵待草」は、元々は入れる予定ではなかったそうですね。

畠山美由紀:当初はアントニオ・カルロス・ジョビンをカヴァーするつもりだったんですけど、ルパートでアレンジしている部分があって、流石にそれは直接会って、息を合わせないと演奏できないことに気づき、「また機会を改めて」ということになって。「じゃあ、アカペラの曲があってもいいかな?」という流れで歌うことになりました。そう、今回リモートで難しかったのは、メンバーとリハで一度も合わせたことのない曲をレコーディングすることでしたね。

――面白いと思ったのは、今回ボーカルのレコーディングをするときに、オケをヘッドホンでモニタリングするのではなく、あえてスピーカーから音を鳴らしながら歌ったというエピソードでした。そうすることで、ボーカルマイクに「被り」が発生し、それが「ライブ感」を醸し出したそうですね。

畠山美由紀:今回、楽器を別録りしたからどうしても「分離感」が出てしまって、一緒の空間で演奏している感じがうまく出せなかったんですよね。それで「どうしよう?」と悩んでいたときに、ふと思いついたやり方だったんです。「あ、こうすると統一感が生まれるんだ!」という、新たな発見がありました。そして、本当に今回は、仲間がいることの有り難さをつくづく感じましたね。いろいろな方々に支えられて生きているんだなって。

――個人的には宮澤賢治が作詞作曲した「星めぐりの歌」が好きです。片木さんによる、神秘的なピアノがとても印象的ですよね。

畠山美由紀:この曲は、後半で私がアドリブを入れてみたんですけど、それに2人が素晴らしいアレンジで乗ってきてくれました。龍平くんが後から重ねてくれたコーラスや、鳥の鳴き声、そして希依ちゃんのピアノのアドリブによって、全く予想出来ない展開になっていったのが面白かったですね。この曲は、大ちゃんのミックスも秀逸ですね。彼は今、静岡に住んでいるんですけど、実際に会って一緒に作業するのが、コロナ期間の中で唯一心のバランスを保つ時間でもありましたね。

――最後に「わが美しき故郷よ」のセルフカヴァーが収録されていて。これは震災の時に、美由紀さんの故郷である気仙沼について歌った曲ですよね?

畠山美由紀:はい。この曲を好きだとおっしゃってくださる方がすごく多くて。コロナになって家にいる時間が長くなり、人に会わない時間を過ごすことが増えたのもあって、自然と故郷に気持ちが向いていたのもあったと思います。



▲畠山美由紀 「わが美しき故郷よ」(2011.11.17 LIVE "Fragile" ver.) PV

――緊急事態宣言が解除されたとはいえ、帰省するのも難しい状況の中、この曲を聴いた人たちはそれぞれの故郷に思いを馳せる気がします。

畠山美由紀:そうそう、今、ストリートビューで「オンライン帰省」するというのがあるのを知っていますか? それで私も自分の実家を探してみたんですけど、故郷の風景を目にしてみると、とても懐かしく、ふと泣いてしまったんです。そんなこともあって、この曲を取り上げたいと思いました。
ただ、アルバムのミックスダウンの時、ノイズチェックをするためにヘッドホンで細かいところまで聴き込もうと思ったら、気がつかないうちに熟睡してしまったというエピソードもあります(笑)。

――(笑)

畠山美由紀:それだけ心地よいサウンドともいえますが、流石に眠くなるようなミックスはどうなんだろうと思って(笑)、少し音を固めにしたなんてこともありました。それと、自宅で歌を録ったものだから、犬が床を歩くときの爪音なんかも入り込んでいるかも知れません。

――確かめてみます(笑)。それにしても今作は、演奏者の姿が見えるような、目の前で演奏しているかのような臨場感のあるミックスに仕上がっていますよね。

畠山美由紀:本当ですか? それは嬉しいです。ミックスにもすっごく時間がかかったんですよ。さっきも言ったように、自宅だとある意味、いくらでも時間をかけられるので。イメージとしては、低音のふくよかさを残しつつ、柔らかい音像を目指したのですが、自分で判断するのって難しいですね。大事な作業の大部分は、大ちゃんが担ってくれたのですが(笑)。
もちろん、龍平くん、希依ちゃんが自分たちの演奏を「いい音」で録って送ってくれたからこそ、出来たことでもあるんですけどね。ある意味、エンジニアリング的な部分は彼らにお任せしたわけですから。龍平くんも希依ちゃんも、「『これだ!』と思うところまで、とことん突き詰めることが出来て良かった」と言ってくれました。

――このシリーズは、今後もセルフ・プロデュースで続けていく予定ですか?

畠山美由紀:プロデュースするということは、思っていた以上に様々な能力と判断力、忍耐力が必要だということを痛感いたしましたので…。どうでしょうね……(笑)。

――期待しています。そして、9月にはビルボードライブ大阪(9月1日)とビルボードライブ横浜(9月3日)にて、今作のレコーディング・メンバーを迎えてのライブが開催されますね。

畠山美由紀:ビルボードライブ横浜では初めて歌わせてもらうんですよ。本当は4月の開業直前イベントにも出演させていただく予定だったんですけど、残念ながらコロナで中止になってしまいましたから。

――それはより一層楽しみですね。

畠山美由紀:はい。でも、ぶっちゃけて言うと、すごく不安な部分もあります…(笑)。だってほら、ワンマンライブは久しぶりなので。

――ある意味、ファンにとっても美由紀さんにとっても貴重な体験になりそうですね。

畠山美由紀:最初の1、2ヶ月は「まあ、たまにはこのくらい休みがあるのもいいかな」くらいに思っていたんですけど、流石にもう半年になるでしょう? こんなに歌ってない期間が続いたことって今までないので、ちょっと怖いんですよね。なんて、心配ばかりしていても仕方がないので(笑)、なるべく肩の力を抜いて歌えるように頑張ります。

――では最後に、アルバムとライブを楽しみにしているファンへメッセージをお願いします。

畠山美由紀:ライブでご一緒する龍平くん、希依ちゃんとは昨年の品川教会での演奏以来、1年ぶりにご一緒するのですが、アルバム制作を通じて、お二人とはたくさんコミュニケーションをとっていたので、昨年より濃密な演奏をお届けできるのではないかなと思います。何よりお会いして、演奏できるのが本当に楽しみです。
そして、今は誰もが辛い時で、そんな中で大事な時間を一緒に過ごさせていただくわけですからね、お互いに癒し合える時間になったらいいなと思います。どうぞみなさまお越しいただけたら幸いです。



▲畠山美由紀 Video Message for Billboard Live 2020

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