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ルーシー・ローズ来日記念特集 ~英国フォークを代表するSSWが歩んだ軌跡「1000人の大観衆より、耳を傾けてくれる20人の前で歌いたい」



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 2010年代の英国フォークを代表するシンガー・ソングライター、ルーシー・ローズが2020年1月末に来日公演を開催する。

 2012年の初作『ライク・アイ・ユースド・トゥ』は日本でも大きく話題になったし、収録曲の「Shiver」がアニメ主題歌になったことで彼女を知った人も多いだろう。当時の印象が強いのは否めないが、ここにきて新たな全盛期を迎えつつあるのも事実。2019年に発表された最新作『ノー・ワーズ・レフト』は、もしかしたら見過ごされているかもしれないが、息を呑むほど素晴らしいアルバムだ。

 彼女はアコースティックを基調としながら、作品を重ねるごとにサウンドを変化させてきた。名曲・名演・プレイリストも交えながら、実り多きキャリアを振り返ってみたい。

圧倒的なシンガー・ソングライターに登り詰めたルーシー・ローズの軌跡

 ルーシー・ローズは素朴でまっすぐな人だ。会ったことがなくても、音楽から誠実さが伝わってくる。「1000人の大観衆より、耳を傾けてくれる20人の前で歌いたい」とは本人の弁。自然体のスタイルは今も昔も変わらない。

 まずは2012年の代表曲「Shiver」を聴こう。ルーシーは曇り空のような声で、失恋の痛みを慈しむように歌っている。親密なムードと心地よい緊張感。アコースティックの凛とした響き。美しくもアンニュイな詩情――ここには彼女の持ち味がほとんど詰まっている。Spotifyで5000万回以上も再生され、今でもライブのハイライトを飾る代表曲。これが気に入りそうであれば、今度の来日公演も楽しめるだろう。むしろ、シンガー・ソングライターの音楽を愛する人であれば、この曲が刺さらないほうが難しそうな気もする。



▲Lucy Rose - Shiver


 彼女がどんな音楽家か知りたければ、本人が作成したSpotifyのプレイリスト「Music For The Soul」を聴くのが手っ取り早い。心のバイブルと公言しているのは、ニール・ヤング『Harvest』、ジョニ・ミッチェル『Blue』、トム・ウェイツ『Closing Time』、キャロル・キング『Tapestry』、ジェフ・バックリィ『Grace』といった永遠の名盤たち。ファイストやローラ・マーリングに通じる「気品」も垣間見えるし、バート・ヤンシュなど伝統的なブリティッシュ・フォークを継承する一方で、レディオヘッドとの共振もうっすら感じられるだろう。また、フィービー・ブリジャーズの曲が選ばれているのも興味深い。彼女やジュリアン・ベイカー、あるいはニルファー・ヤンヤといった新世代のシンガー・ソングライターと共鳴する部分も多く、ルーシーは年上ながらシンパシーを抱いているのかもしれない。

 これは余談だが、ルーシーはこれまでマニック・ストリート・プリーチャーズ、ポール・ウェラーといった大御所のアルバムに客演してきた一方で、自殺防止ソング“1-800-273-8255”で有名な全米1位ラッパー、ロジックと3つのコラボ曲を発表している。意外な組み合わせに映るが、ルーシーが昔から大ファンで、彼女から積極的にアプローチして知り合ったそうだ。また、2018年に発表した3rdアルバム『Something's Changing』のリミックス版では、ツアーで知り合ったというクラブ・ミュージック人脈が多数参加している。リスナーとしての好みはかなり幅広いのだろう。



 ルーシーは1989年生まれで、シェイクスピアとニック・ドレイクを輩出した、イギリス中部のウォリックシャー州の出身(『Pink Moon』はお気に入りのアルバムだという)。もともとはドラムを叩いていたそうだが、10代半ばからギターやピアノを触るようになり、独学で作曲をスタート。18歳になるとロンドンへ移住し、毎晩のようにオープンマイク・ナイトで歌いながら腕を磨いた。

 この頃に知り合ったのが、2014年の4作目『So Long, See You Tomorrow』で全英チャート1位を達成し、先ごろ復活を遂げたボンベイ・バイシクル・クラブのジャック・ステッドマン。彼らとの出会いは大きく、バック・ヴォーカルを務めたことで知名度も向上した。2作目『Flaws』(2010年)のタイトル曲をはじめ、いくつかのMVにも出演している。



▲Bombay Bicycle Club - Flaws


 5年近い下積み時代を経て、ソニー傘下のコロンビアより2012年にデビューアルバム『Like I Used To』を発表。上述の「Shiver」も収録した同作は、全英13位のスマッシュヒットを記録した。プロデューサーを務めたのは、フローレンス・アンド・ザ・マシーンを筆頭に、初期のエド・シーランやホールジーも手掛けたチャーリー・ヒューガル。故郷ウォリックシャーの実家にある地下の部屋をスタジオに見立て、合宿状態でレコーディングが進められた。

 この頃のイギリスでは、ローラ・マーリングやマムフォード&サンズといったインディ・フォーク勢が充実期を迎えていた。彼らの硬派な音作りは日本人リスナーには取っ付きづらい部分もあったが、『Like I Used To』はスロウなフォークを基調としながら、ポップなアレンジが随所で用意されている。とりわけ象徴的なのが「Middle of the Bed」。軽快なギターとハンドクラップで始まったあと、中盤から挟み込まれるシンセ・サウンドは、ルーシーが単なる温故知新とかけ離れたシンガー・ソングライターであったことを示している。



▲Lucy Rose - Middle of the Bed


 2015年の2ndアルバム『Work It Out』は、ミステリー・ジェッツの諸作に携わったリッチ・クーパーのプロデュースで、エレクトロニックに大きく転じた内容に。「Our Eyes」「Like an Arrow」といったシングル曲が象徴するように、カラフルでダンサブルな音作りで新境地を開拓した。チャートでも9位と成績を上げ、今後もポップ路線を突き詰めるかと思いきや、彼女はみずからメジャーに別れを告げ、キャットフィッシュ・アンド・ザ・ボトルメンなどが在籍するインディ・レーベル、コミュニオンに移籍している。



▲Lucy Rose - Our Eyes


 上述した「Shiver」が2014年にアニメ『蟲師 続章』のオープニングテーマになったことで、彼女は日本だけでなく南米で多くのファンを獲得。彼らのラブコールに応える形で、単身乗り込んで弾き語りツアーを実施した。その模様はドキュメンタリー映像化されているが(日本語字幕付き)、ルーシーにとって人生を変えるほどの転機になったという。

 そのときの経験も踏まえて、2017年のサード・アルバム『Something's Changing』ではシンプルな音作りが際立ったものに。フォーク、ソウルやロック、カントリーが溶け合ったサウンドは濃厚そのもので、オーガニックな質感から彼女の強さとやさしさが伝わってくる。ニール・ヤングやジョニ・ミッチェルを愛してきた彼女は、ここでようやく本当の自分を見つけたのではないか。



▲Lucy Rose - Something's Changing




▲Lucy Rose - No Good At All


 そして、2019年の最新作『No Words Left』は、前作のサウンドが推し進められ、さらなる凄みを感じさせるアルバムとなった。オープニングを飾る「Conversation」で「会話をするのは簡単ではない/だけど話したいことはたくさんある」と歌っているように、ルーシーの歌は痛々しいくらいパーソナルで、だからこその説得力に満ちている。この変化は本人いわく「人生で最もハードな経験をした」のが大きいそうで、「私は一人(solo)のとき、とても憂鬱(so low)」と孤独感を歌う「Solo(w)」では、サックスの響きも哀愁を誘う。

 前作と明らかに違うのは、意図的にドラムの音が外されていること。それによって厳かなムードが強調され、これまでになく剥き出しな歌声と、ギターやピアノ、ベース、ストリングスといった楽器が、モノクロなトーンを帯びながら有機的に重なり合っている。映画的とも言える深淵なサウンドスケープからも、ルーシーの表現が深化しているのがよくわかる。デビュー時のポップな佇まいから、ここまで圧倒的なシンガー・ソングライターに登り詰める未来は想像できなかった。



▲Lucy Rose - Conversation


 2016年にソロ弾き語りで初来日を果たし、翌年はバンド編成で再登場したルーシー。3度目となる今回は『No Words Left』の世界観を踏まえて、ドラムレスの4人編成で登場する。最新作からのオンパレードはもちろん、過去の名曲がどのように生まれ変わるかも気になるところ。ビルボードライブの親密な空間で、研ぎ澄まされた歌とアンサンブルに耳を傾けたい。彼女がやってくるのは1月の終わり。冬景色を背にしながら、フォーキーな温もりをもたらすはずだ。



▲Lucy Rose - Solo(w) (Live at Decoy Studios)




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