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圧倒的シェア率を誇る音楽出版社が語る 学校とヒットの繋がり、SMAP/宇多田/ビートルズが掲載されるまで



教育芸術社インタビュー

 音楽の聴き方が変わりつつある昨今、Billboard JAPANではアーティストや音楽関係者、クリエイターなどに音楽ヒットの定義についてインタビューするシリーズを展開している。そのなかで、各人に“ヒットを実感した瞬間”を聞くと「学校で自身の楽曲が歌われていると知ったとき」と答える方が多かった。実際、毎年、卒業式のシーズンになると「3月9日」や「手紙~拝啓十五の君へ~」などがカラオケやストリーミングサービスで多く歌われる/聴かれる傾向があり、前述の2指標は四季が色濃く反映されるため、“ヒット=多くの人に歌われている曲”と定義すれば、学校からもヒットが生まれていると言える。

 ある曲を聴くと昔の思い出がパッと浮かんだり、懐かしく思ったりすることがあるが、その多くが幼稚園や小中学校、高校など学生時代の思い出ではないだろうか? また、子供の時に覚えた歌は十何年ぶりに聞いても歌詞を見なくても歌えたり、不思議と大人になってから覚えた歌よりも覚えていたりしないだろうか? 例えば、クラスで歌った合唱曲など――。つまり、音楽の教科書には多大な影響力があると考えられる。はたして音楽の教科書は、どのように作られているのか。全国の小中高の音楽教科書を発行する教育芸術社の取締役第二編集部長、呉羽弘人氏に話を伺った。

完成までに最低3年、ものすごく長い道のり

――呉羽さんは、どういったお仕事をされているのでしょうか?

呉羽弘人(以下:呉羽):入社した当初は営業部に所属しており、現場(学校)の訪問などをしていました。現在の第二編集部では、高校の教科書、デジタル教科書、研究誌やWEBによる広報活動、大学の教本や一般書など多岐にわたる内容を扱っています。

――教科書に掲載されている楽曲は何をもとに選考されているのでしょうか? その選考基準と、教科書ができるまでの大体の流れをお聞かせください。

呉羽:教科書は発行社が各自工夫して教科書を編集しています。文部科学省(以下:文科省)による学習指導要領などをもとに作成し、文科省に検定申請して合否が決定されます。楽曲も学習指導要領の内容を参考に発行社の裁量で選曲していますが、「歌唱共通教材」といって文科省から指定されている唱歌などもあります。学習指導要領は10年に一度くらいのスパンで改訂されており、時代に即して適宜新たな要素も盛り込まれます。また、検定の時期が重ならないように小学校、中学校、高校と順番でスライドされます。弊社では、大学をはじめとする学校現場からの著者、専門的な知識をもった作曲家、それから小中高に分かれて構成される編集担当者によって教科書が作られています。

――どれくらいの時間をかけて作られているのでしょうか?

呉羽:最低でも3年かかります。編集作業に1年かけ、表紙のない原稿の状態で文科省に提出し、その検定と修正にさらに約1年を要します。その後、教育委員会等による採択を経て、印刷に入ります。道のりは長く、今年度(2019年度)は高校1年生の教科書を編集していますが、完成して実際に生徒さんが使い始めるのは2022年4月からです。高校の次はまた小学校の改訂作業に入る、といったサイクルです。

――編集の段階で、どの楽曲を教科書に入れるかを協議されると思うのですが、教科書に掲載する場合、その曲を作られた作詞家、作曲家、歌手の許諾が必要なのでしょうか?

呉羽:著作権法第三十三条にあるのですが、制作者の特別な許可を得ずに、通知と補償金の支払いによって進められる制度になっています。
引用:著作権法第三十三条

――制作者側が掲載を希望しない場合、拒否もできるのでしょうか?

呉羽:写真の使用について、アーティスト側からNGになった例はありますね。

――そうなんですね。近年の教科書を見ていると、カラーページや写真が多く使われていて、写真があると顔と名前を一緒に覚えられるのでいいですよね。

呉羽:昔はカラーの制限や、フォントの指定もありましたが、平成に入ってからは規制緩和によって、発行社の裁量に任されるようになり、徐々にカラーが増えてきました。教科書の値段は国から定められているので、コスト面では制作側からすると厳しいところもあります。しかし、弊社では積極的にカラーを取り入れ、読みやすさや色調に配慮したユニバーサルデザインを重視しています。

――ちなみに、どれくらいの高校で御社の教科書が利用されているのでしょうか?

呉羽:おかげさまで多くの学校で採択していただいています。高校では3社が2種類ずつ発行しており、現状では弊社がトータルで約50%のシェアになります。

――他2社さんとの特色の違いはどんなところでしょうか?

呉羽:2つの教科書のコントラストがはっきりしている、ということが一つにあるかもしれません。『MOUSA(ムーサ)』は、実際に高校で指導されている先生方が編集しており、『高校生の音楽』は、専門性をもった大学の先生方を中心に編集しています。それぞれが生徒や教師の側に立って内容を熟考し、教科書作りをしているのが特色だと思います。

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SMAP・宇多田・ドリカム・中島みゆき

――御社の高校の音楽の教科書を拝見したのですが、クラシック音楽ばかりでなく、ポップスの割合も徐々に増えているように感じました。

呉羽:授業が始まって、とにかく声を出して歌ってみようというときに、生徒たちがスムーズに音楽に入りこめるような曲を取り入れてほしいという要望が以前からありました。今から30年ぐらい前までは、いわゆるカレッジ・フォークが取り上げられることが多かったのですが、ちょうど長渕剛さんの「乾杯」の頃(平成1年~3年の『高校生の音楽』掲載)から、J-POPが掲載されるようになりました。選曲では、音域に無理がなく、歌いやすくて覚えやすい曲であるかがポイントの一つになります。それから「乾杯」は伴奏も先生や生徒にとって難しくないですし、編曲してハモリを入れても映えるなど、多くの要素があったので採用しました。

――掲載される曲には、編集担当の方の好みが反映されたりするのでしょうか?

呉羽:されることはありますが、きちんと検討を行います。映画『STAND BY ME ドラえもん』の主題歌である秦基博さんの「ひまわりの約束」のように、弊社の2種類ある教科書の両方に掲載された曲も、それぞれの編集会議で著者の先生、編集担当者から推薦があって検討し、採用しました。また、検討のポイントとして、この曲のように多くの生徒に知られていても、教科書が使用開始される数年後に「なんでこんな古い曲が入っているんだろう?」とならないよう、作品の力を見極めることも大事なポイントです。


――この楽曲はリリースから5年ほど経ちますが、カラオケランキングで常に上位に入っている曲です。今の教科書に載っていても違和感のない楽曲で考えると、SMAPの「世界に一つだけの花」や中島みゆきの「糸」なども、幅広い世代に知られている楽曲ですよね。

呉羽:「糸」はギターで伴奏が弾ける曲として掲載しました。歌詞も素晴らしいですし、長く歌い継がれていく歌ですよね。高校の音楽の授業では楽器も重要で、ギターは生徒が熱心に取り組みますし、指導される先生も多いようです。

――個人的には、平成18年の『MOUSA2』に掲載された宇多田ヒカルの「FINAL DISTANCE」が印象に残っています。この曲は2001年に起こった大阪教育大学附属池田小学校の児童殺傷事件の犠牲者に捧げる曲としてリリースされたと言われていますが、そういう背景が関係しているのでしょうか?

呉羽:そうですね。宇多田ヒカルさんに憧れていた小学生の女の子にこの曲が捧げられたことを耳にして、掲載しました。そのような背景があることを教科書には記載しなかったので、こういうJ-POPをなぜ教科書に掲載するのかという批判も受けました。一方で、事件と繋がりがあることを知る先生方からの理解と共感もありました。自分のファンだった少女に、自作曲を捧げた宇多田ヒカルさんの思いに当時の編集者たちが心を動かされたのは、確かなことです。この曲は編集の経緯において、特別な一曲であると思います。


――平成26年・平成30年の『高校生の音楽2』に掲載されたDREAMS COME TRUEの「何度でも」も復興応援ソングとしてこれまで多くの人を支えてきましたが、教科書にはそういった世相が反映されているんですね。

呉羽:おっしゃるとおりです。


――他にこれまでの教科書作りで印象的だった曲はありますか?

呉羽:「世界に一つだけの花」ですね。この曲を知ったのは、TVドラマ(2003年『僕の生きる道』)の主題歌に起用されてアルバム(2002年『SMAP 015 / Drink! Smap!』)からシングルカットされる前、弊社の研修会で講師の方から紹介されたときでした。おそらく講師の先生のまわりにSMAPのファンがいたんでしょうね。この曲の詩を例に、これからの教育観のようなことと関連させて話されたんだと思います。それで興味をもって、すぐCDショップへ行ってアルバムを買って聴いてみました。正直なところ、第一印象ではここまでのヒットを予見できませんでした。それでもちょうど創刊する研究誌の巻末用の楽譜にしようと思いつき、ポップス系の編曲が得意な先生に子どもたちが歌えるようにアレンジしてもらいました。そうしている内に世間でもジワジワとこの曲が話題になり、大ヒットとなりました。もちろん教科書でも取り上げました。ただ今でも可笑しいのは、研修会で「世界に一つだけの花」が紹介されたことを、会社の仲間が誰も覚えていないことなんですよ(笑)。

――教科書に載せようと思っても、3年くらい時間がかかってしまうようなので、とてもいいタイミングだったんですね。

呉羽:偶然とはいえ、大ヒットする前に教材編曲としてアクションを起こせたのはとてもいい思い出です。そしてロングヒットになったことも、とても嬉しいです。

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ビートルズを最初に取り上げたパイオニア

――ビートルズの楽曲も長年掲載されていますね。

呉羽:手前味噌ですが、弊社はビートルズを音楽の教科書で最初に取り上げた会社です。ビートルズが解散したのが1970年、当時まだ「不良の音楽」といったイメージがあった中で1972年頃には取り上げているんです。曲は「イエスタデイ」で、中学校の器楽の教科書でした。リコーダーの音域とマッチしていた、というのが理由にあったとのことです。


――もしかしたら日本でのビートルズの知名度の高さに御社の教科書が貢献しているのではないでしょうか?

呉羽:いや、そんな大それたことはないと思います。ビートルズは英語の教科書でも多く取り上げられているので、そこがほかのミュージシャンたちと違うところかもしれないですね。

――バーンスタインの『ウェスト・サイド・ストーリー』の曲もコンスタントに載っていますが、ビートルズの他に、御社ならではの楽曲はございますか?

呉羽:「翼をください」でしょうか。この曲を取り上げる以前は、合唱曲だと外国の曲が多く、それも混声四部が中心でした。中学生が授業で歌うには、むずかしかったんです。特に男子が積極的に歌わない、歌いやすい音域の曲がない、といった課題もありました。そこで、オリジナルの合唱曲の開発と同時に、当時ヒットしていた「翼をください」をアレンジしてはどうか、という発想が生まれたんです。いくつかの編曲を試行錯誤し、男子が主役になれるバージョンがとても支持される結果となりました。小中高の教科書に掲載されるようになり、サッカーの日本代表チームの応援歌になったことは周知のとおりです。これだけの愛唱歌になったことについて、作曲者の村井邦彦さんとお話ししたことがあります。ご自身は予想もしなかったということですが、オリジナルを歌った赤い鳥はメンバー全員でコーラスができたので、その部分を意識して作曲したことが合唱に結びついたのかも、とおっしゃっていました。

――ここまでに名前が挙がった楽曲は人々を勇気づける曲が多く、実際、教科書に載っているポップスの音楽は心に響く曲が多いですが、歌詞でNGワードなどはあるのでしょうか?

呉羽:差別用語、公序良俗に反する歌詞はNGですし、特定の思想や宗教を賛美するような曲も避けます。


教育芸術社

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子どもたちには好きな世界を持って生きていくことが大事だと伝えたい

――現場の声も参考にされているようですが、どのようにヒアリングされているのでしょうか?

呉羽:アンケートを取っていた時代もあります。どうやって現場の声を反映させていくのかは常に大きな課題です。どんな教材を授業で用いているのか、どういう曲に関心を持っているか、その理由はどういったことなのか、そうした内容を直接先生方から幅広く聞くことを心がけています。これは弊社が創業以来こだわっている姿勢です。

――生徒さんに一番近い方々の声を拾うのが、一番参考になりますよね。ここまで歌を中心にお話を聞きましたが、ビジュアルについてお伺いします。毎週Billboard JAPANが発表しているチャートでは動画再生も重要な指標になっていて、音楽を“聴く”に加え、“観る”人が増えていると実感しているのですが、長年、教科書を作られていて、ビジュアルの面で変わってきている点などはございますか?

呉羽:“読む”ことも大事ですが、“見る”時代であることは当然意識しています。ビジュアルは大事な要素です。分かりやすく的確に伝わるように、参考となる写真や図版にも洗練されたセンスが求められます。関連していえば『高校生の音楽』の表紙は、イラストレーターの中村佑介さんに手掛けていただいています。

――ASIAN KUNG-FU GENERATIONのジャケット写真や『夜は短し歩けよ乙女』のキャラクター原案をご担当された方ですね。

呉羽:若い方たちが、教科書の表紙のことをTwitterで話題にしてくれました。


教育芸術社

――楽譜が読めない私には、音楽の教科書はなかなか取っ付きにくい感じがありました…。

呉羽:ある高校の先生から、「『学校の授業で音楽を学んできたけれど、結局楽譜は読めるようにならなかった』と生徒から言われ、責任を感じた」と聞いたことがありました。それがきっかけとなって、読譜力を身に付けられるデジタル教材(『Music Edutainment Application 楽譜が読めるようになる! Vol.1 ~リズムトレーニング~』)をヤマハさんと一緒に開発したんです。

――学生時代に欲しかったです(笑)。Spotifyなどの音楽配信サービスで御社の合唱曲の音源が配信されていることを知り、少し驚きました。

呉羽:合唱のパート練習の音源CD『ONTA(オンタ)』を長年発行しているのですが、最近、第一興商さんのカラオケにも導入されました。合唱のパート練習だけでなく、大人もかつて歌った合唱曲をバーチャルで楽しむことができます。教育コンテンツの利用が時代とともに変わってきましたね。

――いろいろと新しい展開もされているんですね。2019年は新語・流行語大賞の候補に“サブスク”が入ったようにストリーミングサービスが大きく注目され、だんだんと音楽がモノではなくなってきているようにも感じられます。キャッシュレスなど時代はだんだんと電子化に移行しているため、教科書も完全に電子化される可能性もありますが、すでに何かご対応されていますか?

呉羽:これまでに小中学校の先生のためのデジタル教科書を発行しています。2020年4月からは小学生がタブレットで使用するデジタル教科書も発行します。指導者が使うデジタル教科書では、教室の大型テレビやプロジェクターを用いて、画面に映った教科書のページをクリックすると模範演奏が流れたり、伴奏と歌の音源を分けて再生したりすることが可能です。画像や映像コンテンツも活用できます。全国の学校の設備状況にはまだ差があるようですが、確実にデジタル教科書が活用される時代になっていくと思われます。

――時代に合わせて色々と柔軟にご対応されていることが分かりましたが、教科書を作る立場として、どのような思いを込めて教科書を作られていますか?

呉羽:生きていくうえで、感動する力は非常に大事だと思っています。他者に共感し他者を認めること、そして自分を大事にすることができないと、感動することはできないと思うんです。そうした感動する力を音楽で育てることを目指しています。感動は創造につながり、子どもたちのあらゆる原動力になります。学校で音楽の授業があるのも、そのような力が育てられる、育てよう、ということなんだと思います。教科書作りにはたくさんの思いが込められています。

――他者との共有や共感、誰かと共存しているという部分は人間として無くしてはいけない部分ですよね。

呉羽いろいろと困難なことはありますが、子どもたちには好きな世界を持って生きていくことが大事だと伝えたいですね。それを音楽の授業や教科書を通して届けたいですし、サポートできればと思っています。私達が作った楽譜が実際に演奏され、音になることがとても嬉しいんです。これからも良いものを作っていきたいですね。

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