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博報堂 研究開発局による『音楽ヒット予想研究Vol.3』 ~データから見る2019年 ヒットアーティストの共通点
消費者動向やメディア動向をもとに、コンテンツの消費動向の調査や新規事業の支援などを行う、博報堂と博報堂DYメディアパートナーズの共同プロジェクト、コンテンツビジネスラボ。現在、彼らが取り組んでいるのはビルボードの総合チャートを構成する、CD売上枚数やストリーミング、Twitterなどのデータから見える、ヒットの予兆だ。チャートを通じてみることができる2019年のヒットの傾向、そしてヒットのトリガーを探る。
Text: 博報堂 研究開発局 研究員 谷口由貴
2019年のストリーミングシーンをリードしたアーティストの共通点とは?
2019年12月6日にBillboard年間ランキングが発表された。年間のヒット曲ランキングに当たる総合ソングチャート【Hot 100】では日米初の2年連続米津玄師「Lemon」が1位となった。「Lemon」は18年にリリースした楽曲だが、ストリーミングで解禁していない楽曲にもかかわらず、19年度イヤーエンドでは、18年同様ダウンロード、ルックアップ、Twitter、動画再生で1位、そして新たに新指標として加わったカラオケ指標で1位と、計5冠を獲得し、「Lemon」が国民的なヒット曲となっていることがわかる結果といえよう。続く2位はあいみょんの「マリーゴールド」で、「Lemon」同様18年にリリースした楽曲だったにもかかわらず、長い間ストリーミングを中心に高頻度で聞かれ続けたアーティストで、ストリーミングを軸に成長したアーティストだったといえよう。
どちらもストリーミングサービスを起点に新しい形態でヒットをしたアーティストだ。我々コンテンツビジネスラボでは、vol.1、vol.2に引き続きBillboardから提供されたランキングデータと、我々独自で入手したデータを組み合わせて、2019年のストリーミングシーンをリードしたアーティストに関して、データを交えて考察していきたいと思う。
まず、2019年の年間ストリーミングランキングを見てみると、TOP100のうち12曲をあいみょん、8曲をOfficial髭男dismが占めるなど、トップを数アーティストが占めるのがストリーミングヒットの特徴となった。ストリーミング年間TOP100へのアーティスト別ランクイン楽曲数を見てみると、上位8アーティストで100曲中49曲を占めることがわかる。ストリーミング再生回数が”ヒットの象徴”となった今、この一握りのアーティストになるにはどうすればよいのだろうか?今回のコラムでは、ストリーミング上位アーティストの共通点について分析を行う。
2019年ストリーミングシーンで急上昇したアーティスト、
Official髭男dismとKing Gnuの共通点
本コラムでは、ストリーミング2019年間ランキング1位のあいみょんに続き、今年大躍進し2位、3位となったOfficial髭男dismとKing Gnuに注目してみたいと思う。以下はBillboardの各チャートのポイント数とWikipediaのPV数推移を示したグラフである。改めて時系列グラフでデータを見てみると、いずれのアーティストも特にストリーミングが1年間で大きく伸びていることがわかる。そして、ストリーミングポイントは、他の指標と比べて、階段状になっていることもわかる。これは、リスナーが聴き続けていることに加え、新規リスナーも獲得できているためと言えるだろう。つまり、ただ新規リスナーを獲得するだけでなく、リスナーに聴き続けてもらい、再生回数のベースラインを上げることも重要だと考えられる。
また、WikipediaのPV数を見てみると、ストリーミングが大きく伸びた週の1,2週前にすでにピークがきていることがわかる。(特にKing Gnuが顕著。)このように、WikipediaのPV数はストリーミングポイントが上昇する先行指標となっている可能性が推察される。
さらに、まだヒットする前といえる時期に注目すると、いずれのアーティストも最初にラジオ指標での盛り上がりが見られる。これは、ラジオ番組でパワープッシュされるなど、音楽関係者が注目していたり、音楽に明るいラジオDJの長年の経験と勘で次に来るアーティストの曲を選んでいるということもあり、他の指標より早い時期に反応があるものだと推察される。これは、Official髭男dismとKing Gnuに限らず、あいみょんについても同様の傾向が見られた。
以上のことより、ストリーミングポイントの上昇傾向、WikipediaのPV数の伸び、そして初期(ヒット前)のラジオ指標の盛り上がりが、Official髭男dismとKing Gnuの共通点であると考える。
ストリーミングにおけるヒットの共通項からあぶり出す、
2020年ヒットアーティストは?
次に、前述したストリーミングヒットの前兆となっていそうなデータを元に、以下の条件のもと、今後ヒットするアーティストについて推測してみた。 条件は、以下の3つとした。
●WikipediaPV数平均 2018年1,000以下, 2019年2,000以上
(2018年にはまだメジャーになっておらず、2019年にストリーミングへの影響がある可能性がある指標として)
●Billboard radio指標2019年連続5週以上ランクインかつ2018年連続4週以下
●Billboard streaming指標 2019年週別データの4週間移動平均での最大値/最小値の倍率
(今期におけるストリーミングの推移が上昇傾向にあり、その勢いを表す指標として)
この条件に当てはまるアーティストは以下となった。(順番はStreaming4週間移動平均の倍率順)
ここからは4アーティストに関して、2018年から2019年における週別の各データを確認しながら考察していきたい。
デジタルシングルを短期間で何曲も配信しているためか、ストリーミングの時系列グラフに細かいピークが見られる。そしてそのストリーミングのポイントは、ピークが増えるたびに上昇傾向にあり、リスナーを獲得しつつあるように思われる。それと対応するように、WikipediaのPV数も増加傾向にある。
2019年はドラマ主題歌に起用されていたこともあり、その期間はダウンロードがストリーミングより高いポイントを獲得している。5アーティストの中では最もラジオでの連続チャートイン週数が多い11週となっている。
2018年、2019年と2度のピークがあり、どちらもラジオ指標を含んでいる。2019年のラジオのピークについては5週連続ランクインしており、2019年9月にFM802のヘビーローテーションに選出されているが、それ以降も放送が続いていたものと考えられる。WikipediaのPV数も上昇を続けている。
ラジオで聴かれ始めるよりも早くストリーミングやダウンロードの指標が反応している。グラフを見てみると、Official髭男dismやKing Gnuのように、ストリーミング指標が階段状にベースラインが上がっており、リスナーが定着していることが読み取れる。
最後に、ラジオ指標における条件は当てはまらなかったものの、WikipediaのPV数の条件に当てはまっており、新たなストリーミング起点でのヒットの傾向が見られたアーティストを紹介したいと思う。Novelbrightは、ストリーミングポイントが急上昇しているが、その背景には、Spotifyのバイラルチャートへのランクインからもわかるように、TikTokやSNSでの若者への拡散があると考えられる。またYouTubeでの路上ライブのシーンも再生回数を獲得しており、新たなファンを獲得していることが推察される。SNSでの盛り上がりをつくったことで、TVに取り上げられ、そのタイミングでストリーミングとWikipedia PV数が急上昇している。このように、SNSから拡散してストリーミングチャートに反映されるという、まさにストリーミング時代ならではのヒットの形も見えてきている。
2020年のストリーミングシーンはどうなるのか?
大物アーティストのストリーミング解禁により、チャート上位に一気に大物アーティストが並ぶなど、既存アーティストパワーを武器にしたトップチャート参入もある一方で、ストリーミングというプラットフォームを武器に急上昇したアーティストもいくつか見られた2019年。今後、ストリーミングをどうヒット戦略に使うべきか、まだ答えは明確ではない。しかし、今年のヒットアーティストの顔ぶれを見てもわかるように、映画やドラマとのタイアップに限らず、ブランドやコンテンツとのコラボレーションなど、新規リスナー獲得のための入り口を様々な角度で複数用意していることがヒットにつながるとも考えられる。また、Nobelbrightのように、SNSを通じて拡散していくアーティストも今後は増えていくだろう。ストリーミングチャートは、そのようにして積み上げてきたリスナーの数、つまり実際にどれだけ聴かれているのかが如実に数値として現れる場所となった。音楽シーンにおけるヒットの定義がシングル・セールスから複合データに変わりつつある今、2020年がどのような年になるのか今後もウォッチしていきたい。
独自調査「コンテンツファン消費行動調査」の知見をもとに、近年企業のニーズが高まっているコンテンツを起点とした広告やビジネス設計の支援を行う専門チーム。独自に提唱する「コンテンツファン発火モデル」を用いて、企業やコンテンツホルダーが実施するコンテンツを起点とした広告コミュニケーションの設計支援や、新規事業・サービス展開のマーケティング支援等を行っている。博報堂のマーケティングプラナーと研究開発職員、博報堂DYメディアパートナーズのコンテンツビジネス開発の専門家などで構成されるメンバーは、スポーツ、ドラマ、アニメ、ゲーム、音楽など、さまざまなカテゴリの熱心なファンでもあり、コンテンツに対する豊富な知見と情熱を有している。
プロフィール
谷口由貴(たにぐち ゆき)
博報堂 研究開発局 研究員
2017年博報堂入社。研究開発局で研究員として、若者研究やAIを用いたマーケティング研究を行なっている。また、コンテンツビジネスラボのメンバーとして、エンタメ領域のコンテンツ消費行動研究を行なっており、音楽分野担当として音楽ヒット予測等にも従事。
博報堂ウェブサイト https://www.hakuhodo.co.jp/
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