Special
熊木杏里 【chocolatte mix】
2003.5.27(火)at 高田馬場CLUB PHASE
先日、レーベルの大先輩格にあたる(おそらく本人より父親の年齢に近い)杉山清貴のアコースティックライヴにゲスト出演したばかりの熊木杏里。あの日は、ホールクラスというまだ自身のライヴでは立ったことのない大きな会場でのライヴであったのと、杉山清貴と自身の曲でなく、憧れの井上陽水大先生のナンバーを歌うという状況の中で、会場からドッと笑いが起きるほど大緊張していた彼女だが、今夜は今夜で岡北有由をはじめとする実力あるライヴパフォーマーたちと比べて見られる状況下にある。出演者全員女性ソロアーティストで、おそらく全員彼女よりライヴ経験は豊富。岡北有由に関してはライヴアーティストとして覚醒している表現者である。そんなラインナップの中の一人として他のアーティストに圧倒されず、自身のオリジナリティをしっかり魅せることができるのか!?僕は今夜彼女のライヴをちょっとしたターニングポイントと捉えてレポートを記そうと思う。
王道的な歌の上手さを存分に発揮したMIKIKOと、幅広い音楽性と強烈なキャラクターを打ち出した京田未歩、そんな2人に続いて今夜のお目当て、熊木杏里がステージに登場。いつものイベントとは違って、ピアノ以外にもギターとベースを従え、ヘアスタイルも変えてイメージチェンジした彼女が一曲目に披露したのは「ちょうちょ」。先日の杉山清貴のライヴとは違って今日はほとんど緊張を感じさせず(本人は緊張していたと言っていたが)、美しく透き通ったその歌声を気持ちよく響かせている。
「熊木杏里という者です。誰も知らないかもしれないですけど、髪を切りまして・・・」という話や、「クラブと名前につく場所でやるのは初めてで・・・老人がいる会館とかの方が私には似合っている」という彼女の発言で会場に笑いが。今夜は歌だけでなくMCもよく冴えている。
非常に良い空気が流れる中、曲は彼女のデビュー曲「窓絵」へ。力強く響き渡るギターと、美しく奏でられるピアノ、リズムを刻むベースの音が作り上げるハーモニーの中からスーッと僕らの心に彼女の歌声が入り込んでくる。彼女は目を閉じ、それぞれの音を全身で感じ、じっくり歌い込む。その姿と歌声に引き込まれていく僕ら。良い気持ちだ。
名盤「殺風景」を共に作り上げた素晴らしいバンドメンバーの皆さんを紹介し、その「殺風景」の中から「やすり」を披露。CDとはまた違った世界観を作り上げていく3人。そこにしっかりと息づく彼女の歌声。今日の熊木杏里はとても自然体で全く無理をしている感じがしない。気の知れた先輩と同じステージに立っているのも大きいとは思うが、明らかに今までにない、肩の力の抜けた感じが彼女の魅力を引き立てている。
そんな心地よいライヴの中盤、突然予定されていなかった「贈る言葉」のカバーをピアノの音だけをバックに披露。今、様々なパンク系のバンドがこの曲をカバーしているが、間違いなく彼女が歌う「贈る言葉」の方が人に感動を与えてくれる。その「贈る言葉」から流れるように、曲は自身のナンバー「ル・ラララ」へ。とても優しくて、可愛らしさすら感じさせるこの曲、実のところ何も分かってくれなかった恋人への怨念が込められていたりするわけだが(笑)、そんなウラ話はさておき、この単調な曲が気が付くと会場の空気をひとつにしていたのに驚いた。聴き手を自分の歌の世界に引き込むと、より切なさを際立てる3人の演奏と、切なさに満ちた表情と歌声で「今は昔」が披露された。今夜のイベント全体を通しても最も印象に残る演奏と歌声がこの曲で披露されると、オーディエンスは完全にステージに釘付け状態。心の底から「良かった」と皆が思える一曲であった。
「本開いたらもう終わり?みたいな時間を過ごせたと思います」と、今日のライヴの印象を口にした後、次回、下北沢440で行われるライヴの告知をして、先程の「今は昔」に負けない吸引力でアルバムの中から「夢見の森」を最後に披露。淡い光と穏やかな穏やかな音に包まれ、ゆっくりと、そして気持ちを充分に詰め込んで歌う彼女。この上ない安らぎが僕らを優しく包み込んでいく。そして、その安らぎの中に力強く存在する彼女の“言葉”がこの上なく僕らの胸を締め付ける。
今夜のライヴは、アルバム「殺風景」同様、もしくはそれ以上に人間・熊木杏里を強く感じさせてくれたライヴであった。本人的には今夜もかなり緊張していたようだが、オーディエンスの中の一人的には、今までで最も良いライヴだと感じることができた。
Writer:平賀哲雄
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