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ラファエル・サディーク 新作『ジミー・リー』リリースインタビュー
前作『ストーン・ローリン』から、8年ぶりとなる新作『ジミー・リー』がリリースされた。アルバムには、ケンドリック・ラマーやアリ・シャヒード・ムハマドといった、互いを知り尽くしたラファエルの同朋たちの名が連なっている。前作のリリース以降、ラファエルは表舞台から遠ざかっていたが、近年はソランジュが初めてBillboard 200で1位を獲得したアルバム『ア・シート・アット・ザ・テーブル』の全面プロデュース(グラミー受賞楽曲「クレインズ・イン・ザ・スカイ」収録)や、Netflixドラマ『ルーク・ケイジ』、HBOドラマ『インセキュア』の劇中音楽を担当するなど、音楽業界のみならず映像の世界からも高評価を得ている。そんな彼の待望のニュー・アルバムは、耳馴染みのいいアップテンポなメロディーとは対照的に、歌詞はかなりリアルでダーク。タイトルは薬物中毒で1990年代に亡くなった彼の兄の名前から来ており、作品も中毒者の立場で歌われているのだ。しかし、ラファエルが本当に伝えたいことは別にあった――それを本人の口から語ってもらった。
依存症=悪い人間じゃない
――最近はツアーやプロモで忙しいと思いますが、調子はどうですか?
ラファエル・サディーク(以下ラファエル):いいよ。
――今回8年ぶりにアルバムを発表となりますが、率直にどんな気持ちですか?
ラファエル:気分いいよ。1日1日大切に過ごしている。日々準備をしてるって感じかな。次に何をするか、何が起こるかわからないけど、自分がちゃんとやれるように。アルバムを出しても気分は変わらないだろうと思ってたんだ。でもやっぱり違う。それは実感した。
――自身の名義のアルバムとしては8年ぶりとはいえ、『ルーク・ケイジ』からソランジュ、ジョン・レジェンド、ドキュメンタリー『The American Epic Sessions(原題)』などもそうですが、この8年コンスタントに音楽活動はされてきましたよね?
ラファエル:そうだね。
――アルバムとして完成させる前に、フェスティバルやショーですでに先行で数曲披露しているかと思いますが、新曲を聴いた人達からの反応はどうでしたか?
ラファエル:反応はすごくよかったよ。僕としてはただ自分らしくステージに立っただけだよ。今では観客の層がとても幅広くなっていると思う。僕と同世代から若い世代までみんな新しい音楽に興味を持ってるし、新しい音楽を聴いて、シェアしたいと思ってると感じてる。年配の世代、90年代、ミレニアル世代、それにベイビーブーマー時代の60代の人達もみんなが音楽を通じて一丸となっているって気がしたんだ。音楽を求めてるって。だってこんなに世界が大混乱していて、あまりにも無謀な思考が氾濫している。音楽はそういう状況下でも、楽しく生きていける要素を人生にもたらしてくれるもので、今こそ音楽が必要だし、僕はそういう宝と経験を提供できると信じてるんだ。
――今作には、これまでのラファエル・サディークの世界が絶妙に表現されつつ、その世界のもう1つの次元に引き込まれたような感覚があります。音楽的に、どういうものを目指して制作したのでしょうか?
ラファエル:音と遊ぼうという気持ちを常に持って音楽を作ってるんだ。興奮させるとかそういう音よりも、効果的で、身近でありながら押しの強いサウンドを作るように心がけている。
――歌詞はアルバム全体を通じてとてもディープであると同時に弱さも全てさらけ出しているような感覚を受けました。
ラファエル:そうだね。
――アルバム発売前に発表された3曲は、ご自身が(麻薬)中毒者でないのにも関わらず、同一人物と思われる中毒者の立場から綴られている内容になっているのですが、そういった構成にしたのはどんな意図があったのでしょうか?
ラファエル:一番はまず、アルバムに向けてリスナーに心の準備をしてもらいたいと思ったってこと。自分に与えられた勝負は自分の力で戦わなきゃいけないだろ? 他のアーティストはほとんどただアルバムを出して終わり。出すだけ。僕達は(アルバムを聴いてくれるだろう人達に)心の準備をして欲しかった。これは自分自身とコロンビアの担当達と話し合って、こういうやり方が最善だろうって決定した。
――「So Ready」のミュージックビデオの副題のようにちょっと出ていた“official brain trip = 公式幻覚体験”をする準備をしろよ! という感じですか?
ラファエル:そうそう。まさにその通り。
――今回の作品は亡くなられたお兄さんの名前(ジミー・リー)をつけられていますが、そういった感情をありのまま表現し、その上、その作品のタイトルを亡くなったお兄さんの名前にするのはかなりの勇気が必要だったのではないかと想像するのですが、今回このような作品にしたのはどうしてでしょう?
ラファエル:厳密に言うと、このアルバムは最近亡くなった兄、ジミー・リーのことではないんだ。実はドラッグ関連、つまり依存症が原因で亡くなった兄弟は3人いるんだ。このアルバムをジミー・リーとしたのは、もちろん制作中に彼のことを考えていたのは確かだけど、誰の人生にも<ジミー・リー>がいると思うんだ。今回彼の名前をアルバムにつけたのは、誰の人生にも<依存が原因で亡くなった>存在がいて、その象徴が<ジミー・リー>だと思うから。全ての人達の人生に<ジミー・リー>がいて、そして、全ての人達が<ジミー・リー>でもある。
――依存というと、アルコールであったり、ドラッグであったり、何かしらの物質に依存しているイメージが強いですが、そうではなく、<全ての人が何かしらに依存している>というのが、真のテーマということでしょうか?
ラファエル:そういうこと。
――それでは、それを表現することによって、アルバムを通じて最も伝えたかったメッセージとはなんでしょう?
ラファエル:最も伝えたかったのは、誰かがドラッグ依存症だって聞いただけですぐにネガティヴなイメージだけで捉えてはいけないということ。ドラッグに依存していない人間にとってはネガティヴなことかもしれない。でも、依存してしまっている人達は、何かしらの悩みを抱えて、<賭け>に出てしまっただけ。悪い人間なんかじゃない。依存症=悪い人間じゃない、ということ。
――サウンドだけを聴いているとフィール・グッドでアップ、明るい感じなのに対し、歌詞をしっかり聴くとダークな感じがするのは、そういう思いが大きく関係しているのでしょうか?
ラファエル:そう、それが狙いだったんだ。自分がそう感じたかったし、そう振舞いたかったんだ。自分も<ダーク>な時期を経験してきた。自分がこの8年どんな風に感じてきたかをそのまま表現したかった。
―― 9曲目の「Dottie Interlude」は7秒のインタールードですよね。でもそこから続く「Glory To The Veins」とはタイトルからするとあまり関連性がないように思うのですが、この意図は?
ラファエル:これは「Glory To The Veins」のすごくダークな部分へ入る前の、ストーリーを繋げるちょっとしたサウンド。正直、自分の人生を記録してたから。アルバム全体がやっぱり自分の人生の記録のようなものだから。人生のサントラ。美しいときもあれば、突然悲劇に遭って、ダークな時代になって、アンダーグラウンドに入っていく自分もいる。
――曲ごとに違うことではなく、流れとして突然事態や状況が変わったりするから、電波が切れるように曲が終わったり、いくつかの曲の終わり方がああいった終わり方なんですね?
ラファエル:鉄格子の閉まる音は、刑務所のドアが閉まる音だね。自分の兄弟に面会しに刑務所に行って、面会が終わって去るときに、背後で(兄弟との間を遮る)<バーン!>と鉄格子が閉まる音がする。
自分が創作したもの全てを独り占めにしていたら新しいものは創造できない
――刑務所といえば、11曲目「Rikers Island」から12曲目の「Rikers Island Redux」ですが、これをポエトリー・リーディング風にしたこと、そして、ミュージカル『ハミルトン』に出ていた俳優ダニエル・J.ワッツをフィーチャーしたことについて教えてください。
ラファエル:彼が出演していたプレイを観に行ったときに会って、その後で彼がスタジオに遊びに来たんだ。そのとき、僕が「Rikers Island」を聴かせたら、彼も書いた詩があるっていうから、一緒に作ろうってことになった。彼が書いた詩を、マイクを通して聴かせてもらって、もう絶対にアルバムに収録しなきゃいけないって思った。
――他にもコラボがいくつかありますが、13曲目「Rearview」はケンドリック・ラマーをフィーチャーし、とてもパワフルでありながら、またとてもダークです。あなたの歌い方も今までにないものですね。
ラファエル:彼と一緒に曲をやるなら、今までにない変わったものにしなきゃと思っていた。それにそのとき僕はデヴィッド・ボウイになりたい気分だった。自分も彼もデヴィッド・ボウイのファンだし。僕なりに最大限デヴィッド・ボウイを真似て歌ってみたんだ。僕のボウイを表現してみた。
――ケンドリックとのコラボはいかがでした?
ラファエル:2人共LAに住んでいるし、僕は彼の大ファン。昔も一緒に仕事をしたことがあって、今、この段階で彼と一緒にレコードを作ったらクールだろうなと感じた。曲は、<過去よりも未来のほうが長い/だからバックミラーばかり見てないで/前を見ろ>。だからタイトルが「(Life In The) Rearview」。未来を見つめろってことだ。
――近年よく制作を共にしている甥のサー・ディランも今回参加をしていますが、今作品の内容的に彼にとっても家族のことですよね。家族で家族のことを音楽にするというのは感情的にもキツイ場面もあったかと想像しますが、実際はいかがでしたか?
ラファエル:彼は「Kings Fall」を書いたけど、このことがあった時、ディランはまだすごく小さかったんだ。
――ロブ・ベーコンとのコラボの経緯を教えてください。
ラファエル:ロブ・ベーコン! 彼は友達なんだ。同世代だしね。同じ時代に同じような音楽を聴いて育ってきた。彼はデトロイト、僕はオークランド。2人共バンドで演奏してた。僕がこの曲(「Something Keeps Calling」)を書き始めたとき、僕がどういう方向性でいきたいか彼はすぐに理解してくれた。まず僕がやった音を彼に送って、彼が自分の音を乗せて送り返してくれたとき、完璧だと思った。この曲はどういう風に仕上がるべきか明確に彼はわかってたんだ。
――アーネスト・ターナーはいかがですか? 「Glory To The Veins」に参加していますが。
ラファエル:彼はジャズ・ピアニストで僕の友達なんだ。彼はすごくダークなジャズをプレイできるピアニストで、このダークな曲には適任だった。彼は本当に素晴らしいピアニストで、どんな曲も見事にプレイ出来るプレイヤー。この曲をパートナーのチャック・ヴァンガードと作ったとき、『これにアーネストのピアノが入ったら完璧だよな』って話になったんだ。アーネストに連絡したらちょうどジョン・レジェンドのアルバム用にレコーディングしてて、終わってからスタジオに来て、この曲に合わせてプレイをしてもらったんだけど、まさに僕達が求めていた、必要としていたソロを見事に演奏してくれた。
――若い世代、あなたのことやあなたの音楽を聴いたことがない人に、今回の作品を言葉で説明するとしたら、どういう言葉で表現しますか?
ラファエル:ビューティフル・ゴージャス・ナイトだな。いや、ビューティフル・“ダーク”・ゴージャス・ナイトだ。
――これまであなたはたくさんのアーティストやTVなどのプロダクションに素晴らしい楽曲を提供したり、プロデュースをしたりしてきたわけですが、他のアーティストに提供してきた曲の中で、最も自分で気に入っている、または「自分が歌えばよかった!」と少しだけ後悔している曲はありますか?
ラファエル:ノー、ノー、ノー、ノー。曲を書いて、誰かと一緒にアイディアを出し合ったり、コラボできると思える誰かとコラボして作った作品は、自分がアイディアを出そうが、誰かとコラボしていようが、誰かに提供すべきだと思ってる。自分が創作したもの全てを独り占めにしていたら新しいものは創造できないと思っているから。人に提供したものは、その人のものであるのがベストだと思ってる。アイディアの提供も含め。
――ストーリーがすでに出来上がっているTVや映画音楽を制作するのは、普通にアーティストと楽曲を作ったりするのとは少し違うと想像しますが、あなた自身はどのように思っていますか? TV番組や映画などの楽曲を担当することの魅力はなんでしょう?
ラファエル:ショーのための音楽は<責任の持ち方>が違う。アーティストではいられない。(求められたものを提供するという意味で)約束どおりに遂行、デリヴァーしなければならない。Pink elephant on a Sundayをね(注釈:幻覚症状のことを指すピンクの象を日曜日に、ということで、誰もが魅了されるような音という難解な要求という意で使っていると思われる)。そこが難しいのさ。あれしなきゃ、これしなきゃと大変なことも多い。TVや映画の世界に関わると責任感が強くなる。的確な考えを持って素晴らしいことをやっているTVや映画関係者の人達と関われるのは素晴らしいことだ。もちろん、自分の業界(音楽業界)にも的確な考えでちゃんとしている人達もたくさんいるけど、映像業界の人達からは今まで知らなかったような別の世界を学ぶことが出来る。クリエイティヴな人達が多くて、自分が昇りたいと思えるレベルの人達が多いんだ。
――あなたは多くのアーティストから尊敬され、憧れられる存在で、「いつかコラボしたい」と望まれる側の存在ですが、「この人とコラボが出来たらもう音楽辞めてもいい!」と思えるくらいあなたが憧れているコラボしたいアーティストはいますか?
ラファエル:ミック・ジャガー。
――では、「このアーティストに自分のサウンドを歌わせたい!」と思うアーティストは?
ラファエル:ブルーノ・マーズ。
――アーティストとして5年後どんなことをやっていると想像しますか? またはやっていたいと思いますか?
ラファエル:出来ればこれとは全く違うことをやっていたい。バハマとかどこかの島の海岸で、アコースティック・ギターを抱えて独りで歌っていたいね。
――最後に日本のファンにメッセージをお願いします。
ラファエル:昔からのファン、そして新しいファンに、僕がこれまでやってきた全てへのサポートありがとう。僕が過去に経てきた変化、しかもいくつかの奇妙な変化でさえも理解し応援して、僕の味方で居続けてくれたことに心から感謝している。この新作を通じて、引き続き<僕の(音楽)ジャーニー>を共にしてくれたら嬉しい。
――日本にパフォーマンスしに来てくれることを祈ってます。
ラファエル:そうだね。
――ありがとうございました。
ラファエル:ありがとう。
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