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Eve「闇夜」特集 ~TVアニメ『どろろ』の主題歌にも採用された渾身の一曲を柴那典がレビュー

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 6月25日、Eveのデジタル・シングル「闇夜」が配信リリースされた。ボーカロイド/ニコニコ動画の周辺のシーンから登場し、2016年に初の全国流通盤『OFFICIAL NUMBER』をリリース。その後もツアーや作品を重ね、メディアへの露出は極めて限定的ながらも、熱狂的なリスナーを獲得するEve。その新曲「闇夜」は、言わずと知れた手塚治虫原作のテレビアニメ『どろろ』の主題歌に採用、その独自の世界観は、さらに大きな反響の渦を巻き起こしつつある。そんなEveの渾身の一曲について、ボーカロイドをはじめとしたインターネット以降のシーンに精通する音楽ジャーナリストの柴那典氏にレビューを寄稿してもらった。

『どろろ』の世界観と共振するEveの音楽

決して心優しい世界ではない。むしろ、惨たらしく、目を背けたくなるようなところすらある物語。でも、だからこそ、そこには鮮烈な魅力が宿る。深く心に突き刺さる情感がある。

手塚治虫が描いた未完の傑作『どろろ』。没後30年を迎えた今、約半世紀ぶりにアニメ化された本作の第2期エンディングテーマとして書き下ろされた一曲が、Eveの「闇夜」だ。

《救いなどない》

こんな一節で曲は始まる。ネットカルチャーから頭角を現し、『文化』と『おとぎ』という2枚のアルバムを経て新世代のシンガーソングライターとして大きく注目を集めるようになったEve。これまで発表した楽曲でもアニメーションによるMV映像が大きな役割を果たしてきた彼にとって、初めてテレビアニメにタイアップ曲を提供するという体験は、一つの挑戦だったのだろう。そして、それが『どろろ』だったというのも、大きな刺激になったはずだ。戦国時代の日本を舞台に、四肢や視力や聴覚などすべてを失われ忌み子として川に流され捨てられた百鬼丸が、どろろという幼い盗賊と共に妖怪を退治して身体の部位を取り返していくというストーリーの『どろろ』。「闇夜」も、その過酷な世界、そして手塚治虫の原作では描かれなかったアニメ版独自の結末に寄り添うような楽曲になっている。


▲闇夜 - Eve MV

そもそもEveと『どろろ』の世界観には、どこか親和性がある。たとえば「ドラマツルギー」や「お気に召すまま」や「トーキョーゲットー」といった彼の代表曲のMVには、不気味な風貌のモンスターが登場する。日常と非日常が隣り合うような世界を舞台に、どこか傷や疎外を抱えたキャラクターが登場する。歌われている楽曲の源泉には、内省的な感性と繊細な想像力がある。だからこそ、「闇夜」の歌詞には《醜い姿に その痛みさえも気づけないまま僕達は この皮も剥がしてしまったの》という、心身を鋭く抉り取るような言葉も歌われる。

そのうえで「闇夜」に関して特筆すべきは、サウンドメイキングのセンスだろう。アレンジャーのNumaと共に作り上げた曲調は、これまでの彼の作風からは一風変わった、新境地を感じさせるものになっている。これまではバンドサウンドを基調にしてきたが、「闇夜」は打ち込みを主体にしたミドルテンポのナンバー。ストリングスの流麗なフレーズから始まり、細かく刻むリズムとベースとシンセのシンプルなアレンジが展開していく。サビにかけて徐々にギターや生ベースや生ドラムが加わっていく構成、そして曲のクライマックスとなる部分で《呪われた世界を愛せるから》と三連符で歌うメロディの符割りもドラマティックだ。


▲トーキョーゲットー - Eve MV

映像やアートとも絡み合う「総合芸術」として

アートワークも印象的だ。ジャケットのイラストを手掛けたのは「ナンセンス文学」「ドラマツルギー」など代表曲の映像を手掛け『文化』『おとぎ』のジャケットイラストも描いた盟友とも言えるクリエイター、Mah。MVは彼と、やはりこれまでEveの作品に携わってきたWabokuとの共同制作。『どろろ』のストーリーと直接的に関連する描写はないが、顔にもや(靄)をまとった人物、炎が頭を覆う人物がもがくように踊る映像は、作品のテーマと密接に絡み合うものを感じさせる。

これまでも、Eveは音と映像が密接に絡み合うコンセプチュアルな表現として音楽活動を行ってきた。音楽と出会い、00年代のボーカロイドシーンの熱気に導かれて「歌ってみた」動画をニコニコ動画に投稿することから始まった彼のキャリア。当初はカヴァーを中心に発表していたが、徐々にみずから作詞と作曲を手掛けるようになっていった。彼の楽曲制作の特徴は、その多くがMahやWabokuといったクリエイターとアイデアをやり取りしつつ、映像と音楽が同時に出来上がっていくという手法にもある。歌詞やアレンジが映像の影響で変わることも少なくなかったという。


▲ドラマツルギー - Eve MV

ライブにおいても、そうしたコンセプチュアルな姿勢は一貫している。今年3月から4月にかけて行われたワンマンツアー【2019 春Tour『おとぎ』】は、“映画館”をコンセプトに掲げたもの。開演までの間、ステージ後方のスクリーンには劇場のさまざまな場所を捉えたWabokuによるアニメーション映像が映し出され、映画の上映開始シーンからライブが始まるという演出がなされていた。会場には一つ一つの楽曲のタイトルを映画の告知ポスターになぞらえたポスターが貼られ、単にステージ上で楽曲を演奏して歌うだけでなく、一つの非日常空間を作り上げる総合芸術的なライブが行われていた。

だからこそ、Eveというアーティストにとっても、テレビアニメの物語と共に歩みを進めた今回の楽曲制作はキャリアにおける一つのターニングポイントになったはずだ。

《取り戻すの》

「闇夜」は、こんな一節で終わる。『どろろ』の最終回が放映された6月24日を経て、この曲は6月25日の深夜0時に配信リリースされた。アニメのエンディングでは話数が進むごとに映像が少しずつ鮮明になっていく演出がなされていたが、楽曲のリリースされたタイミングにも意味が込められていたはずだ。アニメのエンディングに用いられた90秒のバージョンと、リリースされた楽曲のフルバージョンでは、最後の一節の持つ意味が少し違って聴こえる。冒頭のフレーズとは対照的に、どこか救いを思わせる余韻を残して曲は終わる。

“失われたものを取り戻す”という『どろろ』と「闇夜」のテーマは、決して戦国時代を生きた百鬼丸の奇譚としてだけでなく、アイデンティティに不全感を持ちながら今を生きる全ての人たちに重ね合わせられるものだと思う。

Text:柴 那典

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