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オリー・マーズ『ユー・ノウ・アイ・ノウ』発売記念特集~新作&ベスト盤の豪華2枚組を徹底解説
ニュー・アルバムが届いたら、そのアーティストのキャリアを遡っておさらいしてから新しい曲に臨むというのは、ある意味で理想的な音楽の楽しみ方なのではないかと思う。ワン・ダイレクションやリトル・ミックスと並ぶ、英国版『Xファクター』が生んだ最大のスターであるオリー・マーズは、2年ぶり6枚目のアルバム『ユー・ノウ・アイ・ノウ』で、自らそういう楽しみ方をお膳立てしてくれている。というのも本作は、全14曲を収めたニュー・アルバムと、4曲の全英ナンバーワン・シングルを含む全14曲を収めたベスト盤から成るダブル・アルバム。シンガー・ソングライターとしての彼の、最初の10年の足跡と現在地点が一度に分かるそんなユニークな趣向の作品を、詳しく紹介していこう。
ハッピーでフィール・グッドなサウンドが復活
“君たちが知っている(=ユー・ノウ)”曲の数々と、“僕だけが知っている(=アイ・ノウ)”曲の数々――。ウィット溢れるタイトルにその趣旨を託したオリー・マーズの2枚組のアルバムの中で、後者のニュー・アルバムに該当するのがディスク1だ。ロンドンに程近いエセックスで生まれ育ち、「シンガーになりたい」という長年の夢を諦められずにいたオリーが英国版『Xファクター』第6シーズンの地区予選に応募したのは、すでに彼が25歳になっていた2009年のこと。最終的には準優勝に至り、番組のプロデューサー兼審査員のサーモン・コーウェルが主宰するSYCOレーベルと契約して、晴れてデビューを果たすことになる。そして、お茶目で飾らないキャラ、根っからのエンターテイナー気質、ソウルフルな歌声を武器にして、国民的スターへと成長。最初の5枚のアルバム――2010年の『Olly Murs』、2011年の『In Case You Didn’t Know』(以上2作品は日本未発売)、2012年の『ライト・プレイス・ライト・タイム』、2014年の『ネヴァー・ビーン・ベター』、2016年の『24 HRS』――のうち、『In Case~』以降の4枚はどれも全英チャートの頂点を極めて、快調に活動してきたのだが、前作『24 HRS』はそんな中でも、少々異彩を放つ作品だった。どちらかというとオーガニックなサウンドに乗せて、誰もが親しめる楽しい曲を歌うことを自分の役割と任じていたオリーは、長年交際したガールフレンドと破局。これを受けてかつてなくパーソナルで影のある曲を綴り、クールなエレクトロニック・プロダクションも織り交ぜて、いつものスマイルの裏側にある表情を初めて見せてくれたのである。
それから2年、『ユー・ノウ・アイ・ノウ』では一転して、ハッピーでフィール・グッドな彼が復活。歌詞には遊び心やユーモアが、サウンドには温もりやファンキーなグルーヴが戻ってきて、傷がようやく癒えたのか、独身生活をエンジョイしながら新しい恋を探し求める男性の姿がイキイキと描かれている。「フットステップス」の冒頭で“そうさ、僕はシングルで、恋に破れちゃったけど、同情なんか求めていないんだ”と歌っているように。そんな今のパーティー・モードを象徴している曲と言えばやっぱり、豪華にスヌープ・ドッグをフィーチャーしたリード・シングル「ムーヴス」だろう。現在公開中の映画『ジョニー・イングリッシュ アナログの逆襲』のエンドロールに使われてもいるファンク・チューンだ。
▲Olly Murs - Moves (Official Video) ft. Snoop Dogg
ちなみにこの曲について豪華なのはスヌープ・ドッグの存在だけでなく、ソングライター兼バッキング・シンガーにはエド・シーランの名前がクレジットされており、プロデューサーは、英国きっての売れっ子ポップ職人スティーヴ・マック。本作にはそのスティーヴのほかにも、スティーヴ・ロブソン、ウェイン・ヘクター、TMS、カットファーザー、クロード・ケリー……と、オリーの作品では常連のトップ・ソングライター/プロデューサーの名前がずらりと並んでいる。またタイトルトラックには、今年はスティングとコラボ・アルバム『47/876』で世間を驚かせた、シャギーの参加を得ていることも指摘しておきたい。
こちらは言うまでもなく、レイドバックなダンスホールのリズムを取り入れているが、その一方でこれまた超大物、シックのナイル・ロジャースがギターを弾く「フィール・ザ・セイム」では、昔から大好きなクラシック・ディスコに挑戦。スパニッシュ・ギターに彩られた「マリア」では昨年来音楽界を席巻しているラテン・ミュージックを独自に消化し、「テイク・ユア・ラヴ」ではコンテンポラリーなダンス・ポップに接近するといった具合に、パーソナルな感情を処理するのではなく、徹底的に“ノリの良さ”を追求することに今回の彼は専念している。とはいえ、その「テイク・ユア・ラヴ」では、常にメディアの注目を浴びていることが自分の恋愛事情をややこしくしているのだと説明したり(『24HRS』の題材になった失恋についても、英国のゴシップ紙はあることないこと書き立てたものだ)、「ヤンガー」では“もう若くないんだから時間を無駄にしないで人生を楽しもう”というメッセージを発信していたり、随所でちらちらと等身大の心境を覗かせていたりするところにも、本作の面白さがある。
▲Olly Murs - Take Your Love (Audio)
続いてディスク2には、リリース順には縛られずにアルバムとしての自然な流れを重視して、シングル曲を収録。ディスク1のグルーヴを引き継ぐようにして、「ダンス・ウィズ・ミー・トゥナイト」(2011年)と「トラブルメイカー」(2011年)の、ふたつの全英ナンバーワン・シングルで幕を切る。中でもサード・アルバム『ライト・プレイス・ライト・タイム』からのリード・シングルだった後者は、あのフローライダーをフィーチャー。全米チャートで現時点で最高の25位を記録し、日本を含めて世界に進出するきっかけになった、「これぞオリー!」と言いたくなるアップビートでキャッチーな1曲だ。
▲Olly Murs - Troublemaker ft. Flo Rida
リリース情報
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Text: 新谷洋子
オリー本人がセレクトした14曲のヒット・ソングが収録!
このあと、デミ・ロヴァートをゲスト・シンガーに起用し、試練に直面するカップルの対話に仕立てた「アップ」(2014年/全英最高4位)を経て、2曲目の全英ナンバーワン・シングルとなった「ハート・スキップス・ア・ビート」(2011年)の、スクラッチ風のイントロが聴こえてくる。当時英国で大人気を誇っていたヒップホップ・デュオ=リズル・キックスとコラボしたこの曲は、オールドスクールなヒップホップ色が強く、マイナーコードだけどファンキーでハッピーな内容だという、ヒネリが効いた名曲だ。ミュージック・ビデオでは、ライヴではお馴染みのダンスの腕前をたっぷり披露している。
▲Olly Murs - Heart Skips a Beat ft. Rizzle Kicks
名曲と言えば、優しいメロディが印象的な5曲目の「ディア・ダーリン」(2013年/同5位)も然りで、恋人に宛てた手紙風のミッドテンポ・ソングだが、6曲目の「ラップド・アップ」(2014年/同3位)では再びアゲ路線に転じている。ジム・クラス・ヒーローズのフロントマンであるトラヴィー・マッコイがラップを添えた、オリー流のファンク/ディスコだ。ちなみに、現MLBロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手の打席への登場曲に使われたり、CMソングに選ばれたりしたことから、日本人にとっては殊に馴染み深い曲でもある。
▲Olly Murs - Wrapped Up (Official Video) ft. Travie McCoy
前半ラストは、『24HRS』からのリード・シングル、当時の彼の心の痛みをストレートに投影したブレイクアップ・ソング「ユー・ドント・ノウ・ラヴ」(2016年/同15位)だ。それまでの曲にはなかったビターな色を帯びていて、元ガールフレンドに向けられたと思われる言葉はかなり辛辣。実体験から生まれた曲ならではのリアルな感触を湛えており、珍しくモノクロで撮影したシネマティックなミュージック・ビデオは、いつもとは雰囲気が違う彼に我々を引き合わせてくれたものだ。
▲Olly Murs - You Don't Know Love (Official Video)
そして、『ネヴァー・ビーン・ベター』のスペシャル・エディションに収められていた洒脱なディスコ・スタイルの「キス・ミー」(2015年/同11位)を挿んで、9曲目になってようやくデビュー・シングル「プリーズ・ドント・レット・ミー・ゴー」(2010年)が登場。『Xファクター』のファイナルから9カ月、このレゲエ・ポップを全英ナンバーワンに送り込んだオリーは、その後間もなくしてお目見えしたセカンド・シングル「シンキング・オブ・ミー」(2010年/同4位)もヒットさせて、2曲連続の全英トップ5入りを実現。申し分ないスタートを切ったことが思い出される。どちらも、前述したスティーヴ・ロブソンの手を借りて作った曲だ。
▲Olly Murs - Please Don't Let Me Go
11曲目では一気に2017年まで早送りして、「アンプリディクタブル」(同32位)へ。元々『24HRS』に収録されていた曲だが、シングルカットにあたって、『Xファクター』の第12シーズン(2015年放映)で番組史上最年少のチャンピオンとなった同郷のシンガー=ルイザ・ジョンソンを交えてレコーディングされたのが、この新ヴァージョンだ。ふたりがテニスの腕を競わせる、楽しいミュージック・ビデオは必見。12曲目の「グロウ・アップ」(2016年/同25位)も『24HRS』からのシングル曲で、比較的軽めの内容だった「アンプリディクタブル」に対して、こちらは「ユー・ドント・ノウ・ラヴ」に匹敵するホロ苦い曲だった。
▲Olly Murs, Louisa Johnson - Unpredictable (Official Video)
かと思えばラスト2曲では再び初期に戻って、『Olly Murs』からの4曲目のシングル「ビジー」(2010年/同45位)と、サード・アルバム『ライト・プレイス・ライト・タイム』の表題曲(2013年/同27位)でディスク2を締め括っている。ヒット・シングルを続発していた当時の彼が、自分の恵まれたポジションについて歌った曲だ。タイトルは日本語に訳すると、“然るべき場所に、然るべき時にいる”。確かに、エド・シーランやサム・スミスが頭角を表す前で、ちょうどソロの男性ポップスター不在の時期にシーンに現れて、人々の心をつかんだ彼に、これはお似合いのフレーズなのかもしれない。
最後に、日本とオリーの関係に触れておこう。その「ライト・プレイス・ライト・タイム」で本邦デビューした彼は、2013年11月に初来日。同時期に来日したワン・ダイレクションの、千葉・幕張メッセでの2公演でオープニング・アクトを務める傍ら、即日ソールドアウトになったショーケース・ライヴを東京で敢行。翌年2月にはツアーで再来日し、東京と大阪で行なった2公演のチケットも軽々と売り切っている。ご存知、「スキヤキ」のタイトルで世界的に知られる坂本九の名曲「上を向いて歩こう」に、オノ・ヨーコ氏が新たな英語の歌詞をつけた「Look at the Sky」をステージでお披露目したのもこの時だった(『ネヴァー・ビーン・ベター』に日本盤ボーナストラックとして収録)。次いで2015年のサマーソニックで3年連続となる日本訪問を実現させて、<Mountain Stage>に登場した彼は、広大なスペースを一杯にしたオーディエンスの前で、まさに本作ディスク2に収められた曲の数々を歌って、踊って、歓待してくれたものだ。その後はしばらく途切れてしまっているが、4度目の来日をそろそろ期待したいところだ。
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Text: 新谷洋子
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