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京都岡崎音楽祭【OKAZAKI LOOPS 2018】 ライブ&フォト・レポート
2018年6月23日と24日、音楽フェスティバル【OKAZAKI LOOPS】が第3回目の開催を迎えた。ロームシアター京都(旧・京都会館)を中心とした岡崎エリアの会場を回遊(ループ)しながら、ポップスやクラシックをはじめ、様々な音楽をボーダーレスに展開していく本イベントは、伝統と革新が共存する文化都市=京都という街の多様性を楽しむには最適なフェスティバルだ。2016年の第1回目から取材を行っているビルボードジャパンでは、今年も引き続き各ステージの模様をお伝えする。
【高木正勝 ピアノソロ・コンサート‘ Marginalia (マージナリア)'】
1日目、ロームシアター京都・サウスホールに登壇したのは、『おおかみこどもの雨と雪』や『バケモノの子』といった細田守作品の劇伴でも知られる京都出身の音楽家、高木正勝。2016年の第1回目では、お馴染みの西洋楽器のプレイヤーから和太鼓奏者、アイヌ民謡の唄い手までが大集結した祝祭感あふれる【大山咲み】、昨年の第2回目には、指揮に広上淳一、ヴォーカルにアン・サリーを迎え、京都市交響楽団と共に映画『バケモノの子』、『おおかみこどもの雨と雪』のオーケストラ・コンサートを実施と、これまでもフェスティバルの盛り上がりに大きく寄与してきた。そして第3回目の出演となる今回、行われたのは【Marginalia】と題された高木の新演目だ。
そもそも“Marginalia”とは、彼が兵庫の山奥にある自宅で誰のためでも何のためでもなく、ただ思うがままに指を動かし、そこに向けてマイクを立てるだけという、アナログ極まりない環境で紡がれてきた録音シリーズのタイトル。だからこそ、それらが演奏披露される場としての演目【Marginalia】は、高木正勝という音楽家の純粋な本質に迫る、という点において、彼の過去のどのステージとも一線を画すピアノソロ・コンサートであり、そこにバラエティ豊かなコラボ・ミュージシャンも大規模なオーケストラも介入する余地はない。言わば、彼のプライベートな日記を覗き込むような体験なのだ。
この時点での“Marginalia”シリーズ最新作「Marginalia #42」の金属音にも似た無機質なファルセットによって静謐な幕開けを迎えた本公演。ステージ奥には巨大な白幕が三点で吊るされていて、まるで中央に鎮座したピアノを雄大な山が囲っているよう。実際、この白幕は曲ごとに照明によって色を変え、その情景を視覚化する役目を果たしていく。例えば冒頭、「Marginalia #42」の夜空の深い青色から「Marginalia #1」では心温まるオレンジ色へ、続く「Marginalia #2」の瑞々しい紺碧は宇宙から見た地球だろうか。その後も、緑を基調として草花の生命力を感じさせたかと思えば、暗闇や光といった無形の神秘性で会場を包み込むなど、セクションごとのテーマを鮮やかに彩っていく。こうして、非常にミニマルでシンプルな手法で“Marginalia”シリーズがお披露目された本公演は、細田守監督の最新作『未来のミライ』の公開も迫る中(現在は公開中)、高木にとっても原点を見つめ返し、音楽の歓びを再確認するような記念碑的コンサートになったはず。11月には東京公演も決定、心待ちにしたい。
【agehasprings produce《node_vol.2》】
音楽プロデューサーの玉井健二が代表を務め、日本を代表する音楽クリエイターたちを数多く擁するagehaspringsの新プロジェクトとして、昨年の【OKAZAKI LOOPS】で産声を上げたのがこの【node】だ。“交点”を意味する公演タイトル通り、その主題は人、国、文化、あらゆる要素が全てを越えて交わり結ばれた点、この交点の中で一番美しい点を探し、表現する試みで、昨年はフィーチャリング・ヴォーカリストのAimerが、ストリングスとのコラボや趣向の凝らされたカヴァーを披露した。ここのところ、スタジオ・ワークをはじめとする裏方仕事とは別に、トーク・イベントやワーク・ショップを開くことで所属クリエイターの才能に多角的なスポットを当てる活動にも積極的なagehaspringsだが、【node】はそういった活動の集大成と捉えていいだろう。この日のステージを作り上げたアーティストは、家入レオ、Aimer、阿部真央をはじめとする壇上の人間だけではないのだ。
トップバッターを飾ったのは、家入レオ。黒ワントーンのワンピースでシックにキメた家入は、まず紗幕越しに「君がくれた夏」でショーの幕開けとする。日本唯一の自治体直営オーケストラとして創立された京都市交響楽団によって、演奏は会場の広さにも劣らぬ壮大な響き。J-POPのフィールドで活動するシンガーにとって、フルオーケストラとの共演は一つの夢として語られることも多いが、今回の共演相手は歴史の長い、由緒あるオーケストラということもあり、「春風」のイントロで紗幕が上がると、やや緊張気味な面持ちの家入の姿が露わになる。とはいえ、鳴っている音に没入し、文字通り全霊で音楽を表現することにかけては、同世代シンガーの中でも頭一つ抜けている彼女だ。「祈りのメロディ」「Silly」と続けていくうちに固さもほぐれ、マエストロの岩村力とアイコンタクトをとりながら、その歌声には徐々にアンサンブルをリードするほどの求心力が宿っていく。ラストは、この日一番高らかな歌声の「ずっと、ふたりで」で締めくくり。
【node_vol.2】は幕間の時間も続く。再び紗幕が下りると、不意に「らららーらららー」と家入のハミングがフェードイン。Aimerの「蝶々結び」終盤で披露されるあの抒情的なフェイクだ。そこにやがて「蝶々結び」のイントロが重なり、今度はAimerのハミングへ。そしてそのまま板付いていたAimer本人が「蝶々結び」を歌い出すという、まさに“交点”と呼ぶにふさわしいバトンタッチでショーは次なるセクションへ。公演のプロデュースを手掛けるagehaspringsのウィットが効いた演出だ。
昨年の【node_vol.1】ではAimerのバンド・メンバーと12人のストリングスによるコラボレーション、【billboard classics festival 2017】では東京フィルハーモニー交響楽団と、そして3日前にはスロヴァキア国立放送交響楽団との共演を果たしたばかり。Aimerはオーケストラの大音圧に早くからその歌声を馴染ませていく。想い人を恋焦がれる「7月の翼」も、映画『Fate/stay night [Heaven's Feel]』の主題歌として梶浦由記が書き下ろした「花の唄」も、青春ラブ・バラード「Ref:rain」も、メリとハリをエモーショナルに行き来するオリジナルのヴォーカリングに比べ、この日は流麗なストリングスや重厚なホーン・サウンドの存在感を受け止め、流すようなしなやかさが顕著だ。共演者である阿部真央の書き下ろし「words」までを含め、それぞれカラーは異なるものの、その曲の背景や込められた想いが胸に響く5連打だった。
Aimerと阿部真央の縁を繋ぐ1曲「for ロンリー」のフレーズを引用したハウス調インストが不穏なインダストリアル・テクノへと襷を繋いだ20分ほどの幕間を経て、阿部真央はまず、この【node】のテーマ・ソングともいえる京のわらべうた「ひとめふため」をアカペラ歌唱。続けて「boyfriend」、「貴方の恋人になりたいのです」、「側にいて」と立て続けに披露し、圧倒的な声量をアピールする。前出の2人のヴォーカルが大規模なフルオーケストラの中に溶け込むようなアプローチだったのに対し、阿部真央のそれはアンサンブルと真っ向からぶつかり、互いにシナジーを高めていくほどのダイナミズムと輝度を備えている。Aimerをステージに招き、そんなヴォーカル・スタイルの対比を素敵なハーモニーに昇華させてみせた「for ロンリー」は、“交点”というイベント・テーマを実に分かりやすく提示した一幕だった。
【agehasprings Produce <<node_vol.2>> クリエイターズトークセッション】
【CALM -NIGHT LIBRARY LIVE- vol.2】
19時の静まり返った京都府立図書館に、青葉市子がつま弾くクラシック・ギターの音色と透き通った歌声が響き渡る。圧倒的な静けさに包まれる閉館後の図書館、そこで音楽を奏でればどんな音像が描かれるのか。そんな実験的趣旨のもと企画された公演が【CALM -NIGHT LIBRARY LIVE-】だ。
日中は観光客で賑わう岡崎エリアにも、日が沈む頃にはだいぶ静かな空気が流れる。さらに天気は雨模様ということもあり、【CALM -NIGHT LIBRARY LIVE- vol.2】のテーマが静寂であることを考えると、この日は理想的な環境にあったと言えるだろう。
童話の世界の一部を切り取ったようなセットがステージを飾り、客席を囲むように設置されたsonihouseの無指向性12面体スピーカーが、ステージの音を自然な響きで届ける。
1曲目に「テリフリアメ」、2曲目に「みなしごの雨」と、序盤から未発表曲も多く交えながら、演奏を進めていく青葉。既発曲としては、デビュー・アルバム『剃刀乙女』の「ココロノセカイ」から2016年の最新アルバム『マボロシヤ』収録の「鬼ヶ島」、「神様のたくらみ」まで、新旧ディスコグラフィから幅広く選曲された。ブレスの音が遠くからも聴こえるほど、余計なノイズとなる空気振動が極限まで排除された環境の中、紡ぎ出されるオーガニックな音色の数々は、まるで大森林に降り注ぐ雨粒のポツリポツリといった水滴音のようにオーディエンスの聴覚を満たしていった。
終演後に設けられた、通常通りの図書館利用が可能となる時間には、多くの来場者が図書館で本を読み、あるいは借りて帰っていった。100年以上もの歴史を持つ由緒ある図書館が、先進的な音楽体験の実験場となり、終演後にはプリミティブな読書体験を提供する、そんな様々な文化と体験が交わる一夜となった。
【タンブッコ・パーカッション・アンサンブルコンサート】
ロームシアター京都・ノースホールでは、リカルド・ガヤルド、アルフレド・ブリンガス、ラウル・トュドン、ミゲル・ゴンザレスからなるメキシコの打楽器奏者4人組、タンブッコによるパーカッション・アンサンブル・コンサートが2日間にわたって開催。グラミー賞へのノミネートをはじめ、世界的な評価を得ているこのカルテットは、これまでも来日コンサートを幾度も行っている、いわゆる親日家アーティストである。昨年も10月から11月にかけてジャパン・ツアーを完遂したばかりだ。そしてこの度、約半年ぶりという短いスパンで彼らの来日公演が再び実現したのも、異文化交差点とも呼ぶべき京都の都市性を生かした【OKAZAKI LOOPS】だからこそだと言っていいだろう。
今回は地域の小学生を対象としたワークショップも事前に開催されていたようで、この日もR.トゥドン作曲の「風のリズム構造」では20人弱の子供たちが参加。一般的な打楽器に加え、瓶や鍋、ボウルなど、叩けば何かしらの音が出そうな物品がずらっと並ぶテーブルに整列した子供たちが、芸術監督リカルドの指揮のもと、自由に音を奏でながらパフォーマンスを構築していく。そのほか、2台の木琴×2台の鉄琴による四重奏「マレット・クァルテット」(S.ライヒ)、4人が一列に並び、各メンバーのソロ・パートでも観客を楽しませたボディ・パーカッション「エマトフォニア(あざのできる音楽)」(H.インファンソン)、日本では馴染みの浅い伝統楽器を用いたアフロペルー音楽「バランコ」(A.ブリンガス)と、一口に打楽器音楽という言葉だけでは言い表せないバラエティ豊かなレパートリーで、音楽の奥深さを体験させてくれた。
【STAND UP! CLASSIC】
クラシック音楽、というと清潔感のあるホール会場で上品に着席しながら嗜むもの。歴史の尊重という観点ではそんな格式も無視はできないだろうが、もっと間口を広げてもいいのではないかと一部の偏向的なイメージを塗り替えるべく、「さあ、立ち上がろう! クラシックを、もっとエンターテイメントに」をテーマに掲げ、新しいクラシック音楽の体験を提案するプロジェクトが、この【STAND UP! CLASSIC】だ。ソニー・ミュージックエンタテインメントが今年1月に発足した本プロジェクト。1,000通を超える応募の中からオーディションで選ばれた第1期メンバーによる初パフォーマンスの場となったのが今回の【OKAZAKI LOOPS】だったわけだが、このプロジェクトが実のところ、どれほどに人心を動かすものなのか、この日はそんなプレビュー的側面もあったかもしれない。
旧態の既存マナーを否定することがこのプロジェクトの真意ではない。あくまで狙いは体験の拡張だ。そんなアティテュードを分かりやすく提示していたのが、【STANDARD CLASSIC】と【STAND UP! CLASSIC】に分けられた二部構成だ。第一部の【STANDARD CLASSIC】のブロックでは、バッハ「平均律クラヴィーア曲集」を皮切りに、モーツァルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」やベートーヴェン「悲愴」、さらにはエルガーやショパンなど、文字通りスタンダードなクラシック・ナンバーが披露されていく。「オンブラ・マイ・フ」と「アヴェ・マリア」を歌い上げたゲストの岡本知高による圧巻のソプラノ・ヴォーカルは、“天使の歌声”と称され、日本が世界に誇る至宝の一つだ。
こうして、日本では幸田延や滝廉太郎、山田耕筰らの時代から脈々と受け継がれてきたクラシック音楽の歴史的価値を再確認するような内容となった第一部。それに対し、休憩を挟んでの第二部は、まず演者の衣装から趣が違った。モノトーンのタキシード&ドレスは、スポーツミックス・スタイルを軸にカラフル&カジュアルな衣装にチェンジ。さらには日本初のアイスショー【プリンスアイスワールド】のチームからダンサーがゲスト出演し、スタンダードなクラシック・ナンバーにポップ・アレンジを施したメドレー「STAND UP! BOOSTER」で第二部が開幕。加えて、マイケル・ジャクソン「スムーズ・クリミナル」といった洋楽ポップスから「リベルタンゴ」のようなクラシカル・クロスオーバーまで、幅広い楽曲レパートリーを展開。第一部から第二部への急転直下的な変貌が、つまりは【STAND UP! CLASSIC】プロジェクトが声を大にして叫ぶクラシック音楽の可能性なのだろう。オーディエンスも座席から立ち上がり、手拍子も交えながらコンサートを盛り上げつつ、フィナーレには打ち上がった銀テープを楽しそうに見上げる光景が、何よりも明確に、今回のお披露目ステージの大勝利を物語っていたように思う。
【相対性理論 presents 『変数分離』】
Photo by:Tomohiko Tagawa
2010年11月に行われた自身初のホール公演【立式 II】以来、約8年ぶりとなる相対性理論の京都公演である。会場のロームシアター京都は、かつてその【立式 II】が行われた京都会館のリニューアル後の施設だ。バンドの変化や発展は言葉では語りつくせないが、この【変数分離】こそが相対性理論の現在地であり、彼女たちのエポック・メイキングな足跡の証左だったのは間違いない。
ステージが暗転し、ギターの永井聖一、ドラムの山口元輝、ベースの吉田匡が入場したのち、チャイナドレス風の衣装に身を包んだやくしまるえつこが、演奏や指揮を行うオリジナル楽器『dimtakt』で音と光を放ちながら、ゆっくりと歩いて登場。「ウルトラソーダ」、「ケルベロス」をはじめとする現時点での最新アルバム『天声ジングル』収録曲から、2013年のアルバム『TOWN AGE』収録の「キッズ・ノーリターン」や「上海an」、さらには「品川ナンバー」や「地獄先生」、「LOVEずっきゅん」や「スマトラ警備隊」といった初期ナンバーまで、新旧レパートリーがずらっと並ぶセットリストは壮観だ。やくしまるがジェスチャーで音や映像、照明を操作するオリジナルオーディオ/ビジュアル・3Dコントローラ『YXMR Ghost ”Objet”』も演出に花を添えた。
Photo by:Tomohiko Tagawa
さらに、8月22日にリリースされるやくしまるの新曲「放課後ディストラクション」も初披露され、『天声ジングル』の「弁天様はスピリチュア」と「FLASHBACK」、さらにはやくしまるがバイオテクノロジーを用いて制作し、世界最大の国際科学芸術賞『アルスエレクトロニカ』では“STARTS PRIZE”グランプリを受賞した曲「わたしは人類」、2011年に発表されたやくしまるのオーケストラ版ソロ名義”やくしまるえつこメトロオーケストラ”による「少年よ我に帰れ」の4曲ではストリングスともコラボ。大規模アンサンブルのパフォーマンスはファン垂涎の一幕だったと言える。
MCもなく、緊張感がはりつめた独特の世界。「またね」とひとこと残して、やくしまるえつこはステージを去っていった。この日の【変数分離】がバンド史上最高のライブであったという声も挙がっている中、 9月2日には、新たな自主企画シリーズ第1弾となる【変数I】の開催が決定。【変数分離】が新シリーズの序章的な立ち位置だったのだとしたら、9月2日はほぼ間違いなく、相対性理論の歴史が大きく更新される一夜となるはず。見逃す手はないだろう。
Photo by:Tomohiko Tagawa
【天平ピアノコンサート 10周年記念ツアー「三つの翼」in京都・岡崎】
2日間にわたって多種多様な音楽体験を生み出した【OKAZAKI LOOPS】。フィナーレを飾ったのは、東京とニューヨークを拠点にしながら、国境やジャンルの壁を越えて活動を行う流浪のピアニスト、中村天平。京都国立近代美術館1階ロビーのリチャード・ロング作『泥の円』の前で行われた本公演は、彼のデビュー10周年を記念して日本全国を行脚する63公演の全国ツアー【三つの翼】の一環でもあり、ショーのセットもベスト盤的選曲で組まれていた。
2008年の1stアルバム『TEMPEIZM』収録「一期一会」に始まり、4thアルバム『Vortex』にも収録された朝日放送『東京タイマー2020』テーマ曲の「栄光へのファンファーレ」へと緩急の効いた走り出しから、今度は未音源化の楽曲「横浜の雪景色」へ。天平は世界を飛び回りながら、その土地土地で目に留まった場所や人、あるいは出来事や文化からインスピレーションを受けて作曲をする。そのためにコンサートで彼の演奏を聴くと、曲ごとに違った心象風景が浮かび上がり、まるで自分も旅をしているような感覚になるのだ。
フランスに行った際に故郷を懐古して描いたという「兵庫の水景色」は、オリエンタルなメロディーが哀愁深く、それでいて煌々と色彩豊かな音色は19世紀フランスの印象派の影響のようだ。こういった楽曲の奥深さも、実際に現地へ赴き、自身の五感を使ったインプットがあってこそだろう。大学卒業したての頃の天平が「ジャズっぽいものを弾いてたレアな時代の曲」として紹介された「龍の涙」、自然豊かな地方を巡る【秘境コンサートツアー】の即興演奏から生まれた「神宿る道」、阪神大震災の被災者でもある天平の切実な想いが詰まった「麗しき故郷」、そして天平の代表曲であり、欧州さすらいの日々の末に生まれたキラー・チューン「火の鳥」。本編後半は特に、彼のパーソナリティを構築する実体験の鮮烈さが色濃く映し出されるセクションとなった。
新作CD『Visions』のリリースもどうやら間近に迫っているようで、そのような中、中村天平というピアニストの10年間の足跡を辿るこのツアーの一端となった本公演は、その場にいたすべての人間にとってメモラブルな体験となったに違いない。ラストに披露された坂本龍一「戦場のメリークリスマス」のカバーは、そんな特別な一夜の締めめくりとしてはもちろん、あらゆる垣根を越えて音楽の魅力を提唱した【OKAZAKI LOOPS】のフィナーレを飾るものとしても相応しい1曲だった。