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ホセ・ジェイムズ『ザ・ドリーマー』10周年記念特集 ~衝撃のデビュー作から10年。現代ジャズ、唯一無二のシンガーを柳樂光隆が語る。



 2018年2月、ホセ・ジェイムズのデビュー・アルバム『ザ・ドリーマー』のリリース10周年来日ツアーが東京、大阪、名古屋にて開催される。また、2月14日には当時のクラブ・シーンでも話題となったジョン・コルトレーンのカバー音源を含む同作の10周年記念盤『ザ・ドリーマー【10thアニヴァーサリー・エディション】』もリリース予定。さらに今回のツアー・バンドには、黒田卓也(トランペット)、大林武司(ピアノ)、ベン・ウィリアムス(ベース)、ネイト・スミス(ドラムス)という鉄壁の布陣が実現。シーンに衝撃を与えたデビュー作の10年目を祝う態勢は、万全に整っている言えるだろう。

 今回、Billboard JAPANでは今回のツアーと再発リリースを記念して、『Jazz The New Chapter』シリーズの監修として知られる柳樂光隆氏にインタビュー。シーンを横断して活躍する唯一無二のシンガーの原点とも言うべき『ザ・ドリーマー』という作品や、彼自身のミュージシャンとしての魅力、そして今回のツアー・メンバーの見どころ至るまで、たっぷりと解説して貰った。

『ザ・ドリーマー』=当時のジャズの要素が全て入ったアルバム

――柳楽さんから見て、ホセの『ザ・ドリーマー』はどんなアルバムですか?


▲『ザ・ドリーマー』(2008年)

柳樂:当時は、生音のクラブ・ジャズのトレンドがあって、ネオソウル再評価の前で、ロバート・グラスパーとかの新しいジャズも既にあって…そういう要素が全部入っているアルバムですね。当時を振り返ると、前年にはビルド・アン・アークの2nd『DAWN』(2007年)がリリースされて、同じ年にはニコラ・コンテの『Rituals』(2008年)がリリースされました。SLEEP WALKERが精力的に活動してたのも2000年代半ばです。DJ的にはスピリチュアル・ジャズとかが注目されていた時期ですね。同じ時期に、橋本徹が『メロウ・ビーツ』っていうコンピを始めて、ジャジー・ヒップホップの流れもありました。一方で、グラスパーももうNYいて…。『ザ・ドリーマー』には、そういうシーンの状況が、色んなバランスで全部反映されていると思います。それがイギリスのDJジャイルス・ピーターソンのレーベル《Brownswood》から出ているっていうことも含めて。

 一曲一曲に注目しても、「Love」は『Black Magic』(2010年)以降、リチャード・スペイヴンと完成させた“人力ドラムンベース”的な曲だし、「Spirits Up Above」はジャイルスが好きだったスピリチュアル・ジャズの感じやゴスペル的なコール・アンド・レスポンスを取り入れた曲で、色んなもののプロトタイプという感じがあると思います。今でもライブでよくやる「Park Bench People」は“歌とラップの中間”の感じだし。ちょっとR&Bの感じがあって、ところどころにヒップホップの要素も入った、ジャズ・ミュージシャンが作ったアコースティックなアルバムですね。


▲José James - Park Bench People (AllSaints Basement Sessions)

――2008年当時、ホセはちょうど30歳になる年だったようです。

柳樂:実は、僕はタメなんです。だから変な言い方だけど、この時期にこういうアルバムをリリースするのは、すごくよく分かるというか、この時期のトレンドを捉えていたなと思います。例えば、当時グラスパーは『In My Element』(2007年)を出した後で、「J Dillalude」とかはすごく新しかったけど、その新しさが広く認識されていたかは別の話で。この頃の最先端はやっぱり、クラブ・ジャズとジャジー・ヒップホップって印象でしたから、グラスパーもジャズではなくてジャジー・ヒップホップの文脈で聴かれていた気がしますね。

 ホセの場合、アルバムもそうだけど、コルトレーンの「Equinox」をカバーしたプロモ盤の12インチがすごく話題になったんですよ。当時の雑誌とかで紹介されるのも毎回そっちで、「買えないじゃん」って思ってた気がします(笑)。そういうプロモの12インチで話題が先行するっていう世の中への出方も“クラブ・シーンの人”っていう感じがしますよね。DJが欲しいものをちゃんとリリースする感じもあったし。

――当時の『ザ・ドリーマー』に収録された「Moanin'」や「Body + Soul」は日本用のボーナス・トラックなんですよね。

柳樂:当時はフィンランドのファイヴ・コーナーズ・クインテットとかも人気で、一方でUKやイタリア、ドイツといったヨーロッパのミュージシャンが、アメリカのハードバップに憧れて作ったレコードの珍しいやつとかも再発されたりしていました。スタンダード・ナンバーを高速のアフロキューバンでカバーした感じとか。リズムもシンバル・レガートじゃなくて、スネアとかバスドラを叩いて、縦のラインがはっきり出ているような音源をDJの人も掘っていて、その代表が『夜ジャズ』の須永辰緒さんとかでしたね。ホセの場合も、それに合わせた部分があるんじゃないかなと思います。

 ジャイルス自身もアコースティック・ジャズが大好きで、80年代には高速のハードバップとかアフロキューバンに合わせてダンサーが踊るっていうムーブメントからDJとしてのキャリアを始めた人ですし。ヒップホップ的なBPMのジャズが全盛のいま聴くと違和感もあるかも知れないけど、当時はテンポが速くてトラディショナルなジャズが一番求められていたんですよね。そこではウッド・ベースであることがすごく大事で、まだピノ・パラディーノとかデリック・ホッジの感じは全くなかったですよね。


▲若きジャイルスも登場する80年代のElectric ballroomのドキュメンタリー

柳樂:そう考えると、クラブ・ジャズ的な速いテンポの曲でも、ヒップホップ的な遅いビートでも、何をやらせてもカッコよくこなすホセみたいなボーカリストって、なかなかいないですよね。この頃のジャズ・ミュージシャンはちょっとおしゃれなことをやろうとすると、途端に上手く行かなくなることも多かったけど、ホセは、そういうことは絶対にやらない。一番求められているやり方で歌える人だと思う。そういう人って未だにあんまりいないんじゃないかな。アメリカにも色んな凄いシンガーがいるけど、ヨーロッパのクラブ・シーンで上手くやれる人は少ない。逆に、ヨーロッパにはクラブで通用する人はいるけど、ホセみたいに、いかにも“アメリカ”って感じのジャズ・ボーカルはなかなかできないし、アメリカで通用する人は少ない。その両方を持っているのがすごいですよね。

――なるほど。

柳樂:「Park Bench People」もそうだけど、エリカ・バドゥ、ローリン・ヒル、ディアンジェロ的な、ラップも歌も並行にこなす歌の作法があるじゃないですか? どっちに転んでもダメみたいな。遅いBPMで、いい感じにクールにセクシーに歌う、ネオソウルの作法みたいな。その感じはこの時点でもう出てると思います。

 あと、アルバムの選曲も“分かってる”感じがしますよね。「Red」でウェイン・ショーターとプリンスを引用したり、「Velvet」でコルトレーンを引用したり、スパイク・リーの父親のビル・リーの曲(「Nola」)をやってるとか。言葉を選ばずに言うと、ジャズ・マニアっぽいというか。アメリカのミュージシャンってそういう知識がある人は結構少ないですからね。

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「ジャズ」が死ぬほど上手い精鋭バンド


▲『ラヴ・イン・ア・タイム・オブ・
マッドネス』(2017年)

柳樂:最近のアメリカのジャズ・ミュージシャンで、ヨーロッパのクラブ・シーンでもウケたのって、ホセとグレゴリー・ポーターしかいないんですよね。どっちもいわゆるモダン・ジャズ黄金期の雰囲気を持っていて、DJが使いやすい歌も歌える人で、クラブ仕様のリミックスがリリースされているんです。ホセってJazzanovaとかベースメント・ジャックスとか、ゲスト参加もすごく多くて、そういうことが出来るのも珍しかったですね。その意味では、最新作(『Love in a Time of Madness』)みたいなことをやるのも理解できる。キャリアで少なくとも一枚は、ああいう振り切ったアルバムを作るだろうなと。そういう部分では才能のあり方がグラスパーとかテラス・マーティンにも近い部分があると思います。

――プロデューサー的な部分がある?

柳樂:そうですね。すごく客観的に自分を捉えられていると思います。

――実際に今回のツアーに参加する黒田卓也の『RISING SON』ではプロデューサーも務めましたね。プロデュースという観点で、ジャイルス・サイドから見た時の『ザ・ドリーマー』のイメージはどんな感じだったと思いますか?

柳樂:ジャイルスが意識していたのは、マーク・マーフィーとか、ジョン・ヘンドリックスとか、そういうラインだったのかなと思います。テクニカルだけどグルーヴもあって、リズムが速い曲に歌を乗せることにも長けた人。ホセは、声はスモーキーでセクシーだけど、そういうリズム感もあるんですよね。


▲Mark Murphy「Jump For Joy」

柳樂:あと、タイトルの『ザ・ドリーマー』ってキング牧師へのリスペクトなんですよね。ホセは今みたいに“Black Lives Matter”の動きが話題になる前から、そういう主張がかなりある人だった。たぶん「Body + Soul」を歌っているのは、ビリー・ホリデイへのリスペクトが大きいんじゃないですかね。

――なるほど。キング牧師は、今年が没後50年にあたるそうなので、このタイミングで『ザ・ドリーマー』を取り上げることにも意味がありそうです。今回のツアーは東京とNYだけということですが、メンバーについてはどうですか?

柳樂:基本的にはジャズの演奏が上手い人たちの集まりですよね。まずベースのベン・ウィリアムスは死ぬほど上手い。この中でも一番のエリートは彼かも知れない。【セロニアス・モンク・コンペティション】でも優勝していて、本当に地獄のように上手いです(笑)。リーダー作は2作あって、中にはラップの入った曲とかもあったり、BIGYUKIが参加していたり、ジャズ以外にも踏み込んでるんだけど、ビバップとかもすごく上手くて、基本的にはジャズの人っていうイメージですね。よく一緒に演奏してるのもジャズの人で、パット・メセニーのバンドのメンバーでもある。現状、ジャズの世界のキャリア・ハイは、メセニーか、ウェイン・ショーターか、ハービー・ハンコックのバンドのメンバーになることって感じですからね。他にも、エリック・リードみたいな、割とトラディショナルなジャズの人とも一緒にやっていて。何でも弾けるタイプでもあります。


▲Ben Williams, NPR Tiny Desk Concert

柳樂:ホセは普段、ネオソウル系の人とやることが多いから、ベンと一緒にやってる辺りからも、今回はやっぱりジャズがやりたいのかなと思いますね。もちろん『ザ・ドリーマー』にもネオソウル的な要素はあるんだけど、(バンドは)どっちも出来た上でジャズが上手い人たちというか。ネイト・スミスもそうですね。彼も、デイブ・ホランドとか、クリス・ポッターとか、基本的にはジャズっぽいところで演奏していることが多い人です。

――ネイト・スミスは昨年のソロ・アルバム(『Kinfolk: Postcards From Everywhere』)も話題になりましたね。

柳樂:本人的には作曲志向も強いみたいですね。実際、本当に良いアルバムでビックリしました。彼の場合、実は以前から、自分でビートを作って、ミックステープをリリースしていたりもするんです。でも、ドラムが上手すぎるから、今はそっちの仕事が忙しいんじゃないかな。何でも叩けてセンスもあるし、曲も書ける。でも、ネイトが普通に4ビートを叩くところも、ファンはみんな見たいんじゃないかなと思います。今回のバンドは『No Beginning No End』の頃のネオソウルの感じとも、『While You Were Sleeping』の頃のエレクトロニックな感じとも違う演奏になるのかなと思います。

 大林さんも、ソロ・アルバム(『Manhattan』)は完全にジャズ。彼は、マルグリュー・ミラーっていうピアニストが一番好きらしくて。マルグリューは今のジャズと昔のジャズのちょうど間にいる人で、グラスパーもめちゃくちゃ尊敬しているピアニストですね。単純に大林・ネイト・ベンっていうトリオでアルバムを作っても、めちゃくちゃすごいアルバムになると思います(笑)。

 黒田さんも、どちらかと言うと作曲の人っていうイメージも強いけど、最近はメガプテラスとかJ・スクワッドの活動を通して、インプロビゼーションの比重が以前より増してるみたいです。ジャズ・クラブとかでよくある4ビートのセッションとかも、以前は嫌いだったけど、(ベーシストの)中村恭士たちと関わるようになって、足を運ぶようになったって言ってましたね。


▲J-Squad「Starting Five」(『報道ステーション』テーマ曲)

――ちょうど4ビートの演奏に気持ち的にもノッてる時期かもしれない。

柳樂:だから全員、4ビートが上手く出来て、なおかつヒップホップっぽいものも上手く出来る人たちなんですよね。しかも、世界的にもトップ・クラス。ホセの普段のバンドとは少し違う感じだし、今回のツアーのための布陣なんじゃないかな。『Dreamer』はレコーディングではヨーロッパの人たちが中心だったから、今回の布陣で「Moanin'」とか「Body + Soul」とかを聴いたら、また全然印象が違うと思います。黒田さんは最近は自分のバンドも多いから、こういう風にメンバーに入るのも珍しいですよね。黒田さんとネイトがやるのも久しぶりな気がするし、そういう意味でも楽しみなメンバーですね。


▲"The Dreamer 10th Anniversary Edition"予告

ホセ・ジェイムズ「ザ・ドリーマー【10thアニヴァーサリー・エディション】」

ザ・ドリーマー【10thアニヴァーサリー・エディション】

2018/02/14 RELEASE
UCCJ-3037 ¥ 2,530(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.ザ・ドリーマー
  2. 02.ヴェルヴェット
  3. 03.ブラックアイドスーザン
  4. 04.パーク・ベンチ・ピープル
  5. 05.スピリッツ・アップ・アバヴ
  6. 06.Nola
  7. 07.レッド
  8. 08.ウィンターウィンド
  9. 09.デザイアー
  10. 10.ラヴ
  11. 11.イクイノックス (ボーナス・トラック)
  12. 12.セントラル・パーク・ウエスト (ボーナス・トラック)
  13. 13.決意 (ボーナス・トラック)
  14. 14.コルトレーン(ディア・アリス) (ボーナス・トラック)

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