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【再掲】寺井尚子『The Standard』インタビュー
今年でデビュー30周年を迎えるヴァイオリニスト寺井尚子。11月22日に自身初となるスタンダード曲のみを収録したアルバム『The Standard』をリリースした。アルバムに込めた思いや、30年間の活動で感じたこと、さらにレコーディング秘話などをインタビュー。
スタンダード曲には、今なお生き続ける力強さがある
――今回、初の全曲スタンダード曲集となるアルバム『The Standard』をリリースされました。スタンダード作品に挑戦されることになったきっかけを教えてください。
寺井尚子:2017年はジャズのレコードが初めて録音されてから100年という節目です。毎年、1年に1枚のペースでアルバムをリリースしてきたのですが、ジャズの記念すべき年ということもあり、今年2作目になりますが全曲スタンダードのアルバムを作ることになりました。スタンダード曲は、既に偉大なミュージシャンの名演が数多く残されています。ですが、スタンダード曲というのはそれだけ多くのミュージシャンに演奏されてもなお生き続ける力強さを持っています。ですから、今回のアルバムタイトル『The Standard』は、次の100年に繋げていきたいという思いも込めて名付けました。
――ジャズのスタンダードナンバーは数えきれないほどあります。13曲に絞るのはとても難しかったのではないでしょうか。
寺井:ここまで絞るのは、とても大変でしたね。膨大な候補曲から30曲弱まで絞って、さらに13曲まで絞り込みました。スタンダードと一言で言っても、さまざまな切り口があります。今回アレンジをお願いした北島さんと相談しながら決めました。
――特に入れたかった曲はありますか?
寺井:「デヴィル・メイ・ケア」ですね。あと、ミシェル・ルグランの「これからの人生」はCDデビュー前の修業時代に大切に弾いていた曲ですが、今までレコーディングしたことがなかったので、この曲も是非と思い収録しました。
――9曲目にはトゥーツ・シールマンスの「ブルーゼット」が収録されています。以前シールマンスと同じイベントに出演されたことがあるんですよね?
寺井:2001年か2002年ごろだったと思います。アルバム『All For You』の「リベル・タンゴ」でご一緒したリシャール・ガリアーノさんと出演したフランスのフェスティバルで、トゥーツさんとお会いしました。直接、お話しする機会はありませんでしたが、彼は沢山の若いミュージシャンに囲まれていましたね。もともとトゥーツさんのことが大好きで、彼の来日公演も観に行っていたので光栄でした。
――曲順はどのように決められたのでしょうか。
寺井:私は基本的に全体のイメージとストーリーを決めたら、収録順にレコーディングしていくので、今回も ほぼ録音した順に収録しています。ただレコーディングの初日の1曲目というのはとても大事なので、1曲目だけは入れ替えることもあります。みんなの体調を見ながら、「今日はあんまり元気がないな」と思うと、あまりに強すぎる曲から始めると合わないので少しソフトな曲からレコーディングを始めたり。みんながノッていれば、より気持ちが上がるような曲からスタートします。
――今までに曲順で失敗してレコーディングが長引いてしまったことはありますか。
寺井:ありましたね。そこから学んだのだと思います。あと、食事の時間もすごく重要で。食事を挟むと演奏ってすごく変わるんです。やっぱり食事をすると緊張が解け、ぼーっとしてしまって(笑)。逆に「ブルー・ヴェルヴェット」のような曲の場合は、お腹がいっぱいでリラックスしている時に弾く方が良かったりするんですけどね。ですから、食事の時間と食事を注文する時間は意外と重要です。例えばケータリングをお願いすると、1時間後には食事が到着しますよね?その間にレコーディングをすれば「1時間しかない」っていう緊張感が生まれたりもするんです(笑)。
――面白いですね(笑)。
寺井:そこまで綿密に考えているわけではありませんが、みんなレコーディング中は緊張するので、なるべくスムーズに進めることが、より良い作品作りに繋がると思っています。
リリース情報
公演情報
【寺井尚子 30th Anniversary JAZZ LIVE 寺井尚子 “The STANDARD ザ・スタンダード” ツアー 2018】
2018年4月18日(水) ~19日(木) ビルボードライブ大阪
1st Stage Open 17:30 Start 18:30 / 2nd Stage Open 20:30 Start 21:30
>>公演詳細はこちら
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Interviewer:高嶋直子
サウンドチェックの時の「枯葉」は幻の1曲に
――では、今回のアルバムは1曲目の「ナイト・アンド・デイ」からレコーディングが始まったのでしょうか?
寺井:今回は、「枯葉」です。実はレコーディングを始める前に、みんなに「サウンドチェックがてら、「枯葉」を弾いてみようよ」って言ったんです。レコーディングではないので、みんなリラックスして弾けてすごく良い演奏になって。エンジニアの方がレコーディングしてくれていたらいいなと、祈りながら演奏を終えたら、録音してくださっていて。聴いてみると、すごく良くてOKテイクにしました。みんな、「え?録ってたの?」って驚いていましたね(笑)。その時の録音は素晴らしかったんですが、レコーディングを進めるにつれて、今回参加してくれたテナーサックスの川嶋哲郎さんが素晴らしく、急遽「枯葉」にも参加してもらって録り直したので、サウンドチェックの時の「枯葉」は幻の1曲になってしまいました。
――それは聴いてみたかったですね。今から、ボーナストラックに収録できませんか?
寺井:笑。今回は「枯葉」のあと、「ナイト・アンド・デイ」、「フライ・ミー・トウ・ザ・ムーン」という順でレコーディングしました。
――それにしても、「サウンドチェック代わりにやってみよう」とおっしゃって演奏し始めた「枯葉」を実はエンジニアの方が録音してくださっていたというのは、すごいですね。
寺井:2002年頃からご一緒しているエンジニアさんで、本当に音に命を懸けてらっしゃる方です。レコーディングの時にしかお会いしないのですが、毎年会うたびに、前回のレコーディングの時に見つかった課題をクリアしてくださっていて。会うまでに過ごしたそれぞれの時間を、レコーディングの時に確認しあっています。今回も、スタジオの環境も含めて素晴らしい音を作ってくださいました。私は音楽フェスに出演することもあるので、いつも演奏する時の環境は様々です。だからこそ、完璧な環境を作っていただけた時のありがたさはひしひしと感じますし、感謝しています。
――最もレコーディングに時間がかかった曲はありますか。
寺井:私は、基本的に「目指せテイク1」なので、ほとんどが一発録りです。今回もレコーディング初日に7曲録音できたので、3日かかる予定が2日でレコーディングが終わりました。今までもそうですが、事前のリハーサルで完成させるのでレコーディングの時にはライブと同じ状態で臨むようにしています。やっぱり、1回目に演奏した時の新鮮味は2回目以降は絶対に出せないんですよ。「あそこが上手に弾けなかったな」って思うと、2回目はそこを上手に弾こうと意識してしまう。なので2回目の方が完成度は上がりますが、頭で考えながら演奏するので全体のトーンは落ちてしまいます。それに音が合わさった時の喜びもやはり1回目が一番なので、どんどん平面的でつまらないものになっていきます。ただ、1回目の演奏では音の喜びを感じきれなくて、2回目にずば抜けて良くなる時もあります。演奏した録音を聴いて、もうこれで大丈夫だと思ったら弾かないし、まだいけると思えばもう1回レコーディングします。とりあえず、何テイクか録っておいて、あとで選ぶということはあまりありません。たまにメンバーから、「さっきのテイクか~」という声が漏れることもありますが、私が良いと思ったテイクが録れたら押し切って次に進んでいます(笑)。
――今回は、今までピアニストや作曲家として参加されていた北島直樹さんが初めてアレンジャーとして参加されています。
寺井:スタンダード曲というのは、数多くの名演が残されているからこそアレンジがとても重要になってきます。北島さんの素晴らしさは、非常に柔軟で引き出しをたくさん持っているところでしょうか。それにメロディをすごく大事にしているところですね。なので、スタンダード曲をアレンジしてもらうなら彼だと思ってお願いしました。北島さんとは2002年からバンドを組んでいるので、もう15年近い付き合いになります。できあがった譜面を観て、私のヴァイオリンの音色をイメージしながら、「どうアレンジすれば素敵か」をすごく考えてアレンジしてくださっているなと感じています。
――先ほど、お話に出たテナーサックスの川嶋さんですが、アルバムに管楽器を入れられたのは2001年以来ですよね。
寺井:川嶋さんとは修業時代からの知り合いで、一緒に演奏する機会もたびたびあり、いつかレコーディングでもご一緒したいなと思っていて。スタンダードナンバーでアルバムをリリースすることが決まって、まさに今回だと思いオファーしました。
――川嶋さんの演奏の魅力は、どういうところでしょうか。
寺井:豊かな表現力と、その表現力を確実に演奏で表すことができる力ですね。彼の演奏を聴いていると、音が出る瞬間に、気持ちがそのまま乗っているように聴こえます。技術の高さはもちろんですが、特に情感を音に乗せるテクニックが素晴らしい方です。あとは、彼の鳴らす生音が素晴らしい。自分の音を、しっかり持った方だなと思います。素晴らしいミュージシャンは自分の音をしっかり持っています。ミュージシャンとして一番目指すべきなのは、ふと通りがかって聴こえてきた音が誰の音なのか分かる音を出すことです。マイルス・デイヴィズも、ジョン・コルトレーンも、トゥーツ・シールマンスも一音、聴くだけで分かりますよね。なかなか辿りつくのは難しいですが…。
――寺井さんは、ご自分の音を出すために目指している音楽家はいますか。
寺井:誰かの音をイメージすることはありません。ただ、自分の中に確固として目指すべき音はあります。あと何年かかるか分かりませんが、常にそこを目指して切磋琢磨しています。自分の音というのは、一生かかっても完成することはなくて、常に追い求めていくものだと思います。ですから、自分がこういう風に弾きたいなと思ったときに表現できるために、技術を高めたり、自分自身を自由にすることを意識しています。いつかどこかのレストランで私のCDがかかっていた時に「これは寺井尚子の音だよね」っておっしゃってくださる方がいたら、それが答えなのかもしれません。
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【寺井尚子 30th Anniversary JAZZ LIVE 寺井尚子 “The STANDARD ザ・スタンダード” ツアー 2018】
2018年4月18日(水) ~19日(木) ビルボードライブ大阪
1st Stage Open 17:30 Start 18:30 / 2nd Stage Open 20:30 Start 21:30
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Interviewer:高嶋直子
これからの100年に贈るという思いも込めて
――今年は、寺井さんがデビューされて30周年です。30年を振り返って最も印象的な出来事を挙げるとしたら、なんでしょうか。
寺井:この30年で印象的だったことを挙げるとすれば、やはり素晴らしいアーティストとの出会いの数々だと思います。自分にとって初めての録音だったケニー・バロンの『Things Unseen』のレコーディングは今でも強烈に覚えています。先ほど、「私は基本的にテイク1です」とお答えしたのも、この時の経験によるものです。
――初めてのレコーディングが「テイク1」だったんですね。
寺井:レコーディングのために、レコーディング日の2週間前にニューヨークに行ったんです。事前にリハーサルがあると思っていたら、空港についてから「ケニー・バロンさんは、今レコーディング用の曲を作曲するためにバハマに行っている。レコーディング前日に帰ってくるから、譜面は当日渡す」と言われました。2週間なんの準備もできないし、とても不安でしたが、気持ちを切り替えてニューヨークを楽しむことにしました。毎日、練習したあとセントラルパークや5番街を歩いたり、ライブハウスに行ったり。とても楽しかったです。その時の経験のおかげで、全くイメージできないところから、何かを生み出すというのはどういうことかを、なんとなく掴むことができました。とても貴重な経験だったと思っています。
――ケニー・バロンが帰ってきてからのレコーディング当日は、どんな様子だったのですか。
寺井:レコーディング当日、ホテルまでリムジンが迎えに来てくれたんですが、ジョン・スコフィールドさんたちが乗っていて。今まで、アルバムを聴いていたような世界の人達が目の前にずらりと並んで、スタジオに入ると、みんな一言も私語を交わさず、凄まじい緊張感でした。そこで楽譜を手渡されて、それぞれで練習したあと、レコーディングが始まりました。レコーディング自体が初めてだったので右も左も分からなかったのと、2週間もの間レコーディングの準備をしたかったのに何もできなかったことで、ある意味 飢餓のような状態で、全てを吸収することができ、すごく集中して演奏できました。自分では良いのか悪いのかも分からないまま、レコーディングは一回で終わってしまって。「テイク1が命なんだ」っていう印象が、今も強烈に残っています。
――初レコーディングで、すごく強烈な体験をされたんですね。
寺井:そうですね。その後、リー・リトナーさんにプロデュースしてもらったり、ハービー・ハンコックさんやリシャール・ガリアーノさんと共演したり。この30年は、そんな素晴らしいミュージシャンとの出会いの連続でした。あとは、自分のバンドを持てたことでしょうか。素晴らしいアーティストと共演した時に得たものを、表現できる自分のバンドがあるというのはとても幸せだと思っています。
――これからは、どんな10年になりそうでしょうか。
寺井:気が付いたら30年が経っていたので、その気持ちを変えず、気負わず一歩一歩進んでいきたいと思います。このアルバムは、今年がジャズがレコーディングされて100年という意味もありますが、これからの100年に贈るという思いも込めています。まだまだ素晴らしいスタンダードナンバーは数多くあるので、機会があれば第2弾にも挑戦したいですね。
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【寺井尚子 30th Anniversary JAZZ LIVE 寺井尚子 “The STANDARD ザ・スタンダード” ツアー 2018】
2018年4月18日(水) ~19日(木) ビルボードライブ大阪
1st Stage Open 17:30 Start 18:30 / 2nd Stage Open 20:30 Start 21:30
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Interviewer:高嶋直子
The STANDARD
2017/11/22 RELEASE
UCCY-1085 ¥ 3,300(税込)
Disc01
- 01.ナイト・アンド・デイ
- 02.フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン
- 03.デヴィル・メイ・ケア
- 04.これからの人生
- 05.イッツ・オール・ライト・ウィズ・ミー
- 06.ソウル・アイズ
- 07.ワン・ノート・サンバ
- 08.イエスタデイズ
- 09.ブルーゼット
- 10.ゴールデン・イヤリングス
- 11.枯葉
- 12.ナーディス
- 13.ブルー・ヴェルヴェット
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