Billboard JAPAN


Special

ウォーク・ザ・ムーン『ホワット・イフ・ナッシング』発売記念特集 ~天と地を見たシンセ・ポップ・バンドの復活を辿る

WalkTheMoon

 2017年11月15日に、待望の約2年ぶり、通算3枚目のニュー・アルバム『ホワット・イフ・ナッシング』をリリースしたウォーク・ザ・ムーン。2014年に発表したシングル「シャット・アップ・アンド・ダンス」が全米ビルボードチャート9週連続トップ5入りを果たし、Billboard JAPAN HOT100では最高位17位、iTunesオルタナティヴ・チャートで堂々1位を獲得するなど、世界的な大ブレイクを果たした彼らの新作に期待が高まっている。しかし、才能あふれる新進バンドを待ち受けていたのは、名声だけではなかった。彼らに訪れた試練とは? その試練からどのように復活したのか? 国内盤リリースを前に、その真相を米ビルボードのインタビューとともに辿ってみよう。

「シャット・アップ・アンド・ダンス」がバンドにもたらした影響

 ウォーク・ザ・ムーンは、ニコラス・ペトリッカ(vo/key)、イーライ・マイマン(g)、ケヴィン・レイ(b)、ショーン・ワーガマン(ds)から成る4人組バンドで2008年にオハイオ州シンシナティで結成された。バンド名はポリスの「ウォーキング・オン・ザ・ムーン」から由来している。2012年6月に、“聴くべきサマーチューン”として既に高評価を得ていた「アンナ・サン」や「タイトロープ」を収録した1stアルバム『Walk the Moon』でメジャーデビューすると、その後、毎年300公演ものライブを全米とヨーロッパを中心に行い、地道にファンを増やしていった。

CD
▲『トーキング・イズ・ハード』

 そして2014年9月、「シャット・アップ・アンド・ダンス」をリリース。どこか懐かしい80’sサウンドをちりばめた本楽曲はラジオやクラブで頻繁にかかり、2015年5月23日付けの全米ビルボードチャートHOT100では、キャリア史上最も高い最高4位を記録。2ndアルバム『トーキング・イズ・ハード』で日本デビューも果たした彼らは、その夏の【サマーソニック2015】、そして2016年1月に東京、横浜、大阪で単独公演も実現させている。

 と、ここまでの経歴を見ると、デビューから数年でファンに名声、そして世界的な成功を収めた人気バンドの内のひとつとして、将来は約束されたものだろう、と思う人も多いだろう。ヘッドラインツアーで世界中を飛び回り、そのツアー中に感じたことや書き溜めていた曲をまとめてアルバムにしたという、よくあるアルバム制作のエピソードも期待できそうなのだが…。彼らの場合、そう簡単にはいかなかったようだ。


▲WALK THE MOON - Shut Up and Dance


 2016年の春、彼らは夏の北米ツアーをキャンセルすることを発表。ニコラスがアルツハイマー病を患った父親の看病、ベーシストのケヴィンが肩の治療に専念するためだった。しかし、彼らはバンド内で生じた不和により、かなりギスギスしていることに気が付いた。ニコラスは米ビルボードのインタビューで「『シャット・アップ・アンド・ダンス』があまりにもヒットして、僕たちみんな『これからどうする?』って感じだったんだ」と、2015年にラジオで最もプレイされた楽曲がバンドにもたらした影響を吐露している。イーライも「毎晩大勢の前でプレイするために、起きて、ライブの準備をして。毎日その繰り返しで、段々と自分が侵されていくと、互いに腹を割って話す時間さえ見つけられなくなるんだ」と多忙が原因で、常に一緒にいるのに心が離れ離れになってしまったことも告白している。

 ケヴィンの肩の具合は、これ以上ベースが弾けなくなるかもしれないほどかなり悪いものだったようで、最悪の場合、メンバー脱退や解散の可能性もあったかもしれない。しかし、彼らは別々の道に進むことを選ばなかった。ケヴィンの結婚式で再会した彼らは、かつて一緒にプレイしていた時の記憶がフラッシュバックし、再びスタジオ入りした。久々にスタジオで再集結した時についてニコラスは「やっぱり僕達はバンドなんだと再認識し、そして、僕達の原点に戻れた気がして、最高の気分だった。ガンガン音を鳴らす昔の僕ら4人の姿にね。辛い経験を何か明るく楽しいものに変化させる――それって僕らウォーク・ザ・ムーンの音楽だよね」と答えている。「魔法のような一週間だった。集まって、再び前進しようと意識的な選択をしたんだ。何も無かったかのように、これまでと全く同じようにはいかないと受け入れることが出来たからだと思う。同時に僕ら4人はもっと良くなれるともね」と、意見をぶつけ合い、互いを理解し合うことで、再び共に活動をする決意が出来たようだ。


▲Walk The Moon - Work This Body (Live at New Year's Rockin Eve)


NEXT PAGE
  1. < Prev
  2. 苦境を乗り越え辿りついた新境地
  3. Next >
苦境を乗り越え辿りついた新境地

CD
▲『ホワット・イフ・ナッシング』

 そんな苦境を乗り越えて完成した作品が『ホワット・イフ・ナッシング』だ。プロデューサーにThe 1975やアークティック・モンキーズ等、英ロックバンドを手掛けるマイク・クロッシーと、長年ドクター・ドレと組み、エミネムやジェイ・Z、メアリー・J. ブライジ、50セントといったヒップホップ/R&Bミュージックのヒット曲を作り出したマイク・エリゾンドを起用し、一回り、二回り以上にサウンドに面白みや深みが加わった。米ローリング・ストーンズ誌のインタビューでニコラスが「彼らは僕達の2次元の曲のアイディアを、3次元、時には4次元にまで拡大してくれた。それに、僕達のライヴ・バンドとしてのエネルギーのニュアンスとディテールを引き出してくれた。僕達はライヴ・バンドだけど、それをアルバムに封じ込めるのは難しい時もあるからね」と話す通り、ロックとヒップホップに精通するプロデューサー2人の存在は、バンドにとって新境地を開拓する手助けとなったようだ。

 前作『トーキング・イズ・ハード』は全体的にポップでダンサンブルなアルバムであったが、今作はジャンルも様々だ。最新アルバムからの1stシングル「ワン・フット」は、「シャット・アップ・アンド・ダンス」同様、気づけば足踏みしているようなビートが特徴的なEDMチューンに仕上がっている。ニコラス曰くこの曲は、「この過去1年に起こった僕達の旅路のサウンドトラック」だそうで、未知の世界の開拓と、その不確かな状況の中で試される信頼関係を歌っている。米ネバダ州の砂漠で毎年開催される奇祭【バーニングマン】に参加し、インスピレーションを受けたというニコラス。その影響もあってか、アルバムのジャケットや内側にはサボテンや砂原がところどころに描かれている。本曲のミュージックビデオは、U2の名盤タイトルでも有名なカリフォルニア州のヨシュア・ツリーで撮影され、砂漠の中、全身全霊でパフォーマンスする4人の姿が映し出されている。ちょうど皆既日食が起こった今年の8月21日に撮影が行われたこともあり、神秘的でどこか可能性の無限を感じさせるような作品だ。ちなみに、メンバーの顔にペイントが施されているところに気が付くが、フェイスペイントは彼らがブレイク前からしていたトラディショナルなものであり、その習慣が昔から変わらないところは、何とも愛くるしい。


▲WALK THE MOON - One Foot (Official Video)


 2ndシングル「ヘッドフォンズ」はバンドが再集結した一発目に書かれた。「僕達4 人が部屋でノイズを出して、どうなるか見てみようっていう感じで作ったんだ。僕達全員の中に、吐き出す必要のある怒りがたまってたんだよね(笑)。だから、すごく気分が良かったよ。自然に出てきたんだ。でも、歌詞は、嫉妬で気が狂いそうになってる個人的な経験から生まれたんだよ(笑)」と答えるニコラス。「ワン・フット」の曲調と打って変わって、こちらはガレージロックで、聴いていてスカッとするような、クールなロックソングに仕上がっているので、何かムシャクシャした時に聴いてみては?


▲WALK THE MOON - Headphones


 今年8月に公開された米ビルボードのインタビュー映像では、アルバムに関する5つのポイントが挙げられている。まず、今作が“かなり内観的な作品”だということ。「美しく、緊迫感のある経験をして、それを作品の中で描くため」に、時間をかけて作り上げられたようだ。アルバムタイトルの“What if nothing”というフレーズは、過去のボイスメモからヒントが得られたとのこと。また、これまでライブだけで披露されていた「タイガー・ティース」が本作で初めてレコード収録され、さらに、収録されている多くの楽曲が、デス・ロウ・レコードが運営をしていたCan Amスタジオで録音されたことも明らかに。デス・ロウ・レコードといえば、ドクター・ドレやスヌープ・ドッグ、そして2PACらが所属した伝説のヒップホップ・レーベルだ。そして5つ目は、このアルバムは夕日が美しい夕刻時のドライブにぴったりの作品で、ドラマーのショーン曰く、「渋滞時には向いていない」ということだ。仲睦まじく答える彼らを見ていて、とても仲たがいがあったようには見えないのだが、それだけ、今は、メンバー全員が互いを理解し、リスペクトしているということなのだろう。


▲5 Things About Walk the Moon's New Album You Should Know! | Billboard


 「シャット・アップ・アンド・ダンス」の大ヒットにより、一発屋と呼ばれる可能性もあることはバンドメンバー達も重々承知。「今作を作る上で重要だったのが、ウォーク・ザ・ムーンのイメージをいかに消せるかだった」と話すニコラスは「『シャット・アップ・アンド・ダンス』に僕達の全てが集約されているかのようにイメージになっている。でも僕達はそれ以上の存在だと思っている。そのイメージに困惑していた時は、どうしたらそれが示せるのか分からなかった。今作では、その恐れや不安を脱ぎ捨て、自分達を再定義することで、ウォーク・ザ・ムーンというバンド像を再建していったんだ」と語っている。新生ウォーク・ザ・ムーンは、自分たちがどこへ進んでいくべきなのか、きちんと自覚しているようだ。全米では2017年11月10にリリースされたばかりだが、既に2018年1月から【PRESS RESTART】ツアーが発表されている。ここ日本でも新しい彼らを目撃する日が近く実現することを楽しみにしよう。

関連キーワード

TAG