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イレイジャー『World Be Gone』特集 英国が誇るシンセポップ・バンドが“失意の2017年”に鳴らす力強いポップ・アルバム
英国を代表するエレクトロ・ポップ・ユニット、イレイジャーの17枚目の新作アルバム『World be Gone』が5月19日にリリースされた。デペッシュ・モードの創設メンバーであり、ヤズーの仕掛人としても知られる“シンセポップの父” ヴィンス・クラークと、同性愛者のシンガー=アンディ・ベルによるこのデュオは、これまでに数々の全英ヒットを記録。また、エレポップのパイオニアとして評論家やアーティストからも大きな支持を得てきた。今回はそんな彼らの新作を特集。『World Be Gone』(「世界は消えてしまった」)という意味深なタイトルを持つ、バンドの意志と経験が導いた2017年の傑作に迫ってみたい。
英国が誇るエレポップ・バンド
フランツ・フェルディナンド、フューチャー・アイランズ、ライアーズ、ブリーチャーズ、ゴールドフラップ…。これは“イレイジャーの頭脳”ヴィンス・クラークが近年リミックスを手掛けたアーティストの一部だ。インディ/ロック畑を中心に、まさにキラ星の如き才能がズラリ。これだけでヴィンスとイレイジャーに対するシーンからのリスペクトの大きさが分かるというものだ。
▲Bleachers - I Wanna Get Better (Vince Clarke Remix) [Audio]
そんな彼らの結成は1985年まで遡る。前述の通り、デペッシュ・モード、ヤズー等でミュージシャンとしてのキャリアがあったヴィンスと、そのファンであったアンディ。ごく初期のシングルやアルバムでこそヒットに恵まれなかった彼らだが、その後は一気に実力を発揮。1988年の3rdアルバム『The Innocents』からは4作連続で全英首位を獲得。1994年の6thアルバム『I Say I Say I Say』では、それに加えてバンド史上最高となる全米18位を達成した。また、この時期には「A Little Respect」「Chains of Love」など数々の全英・全米ヒット曲を世に放っている。
デビューから現在まで一貫して、英国を代表する名門インディ・レーベル「ミュート・レコーズ」のいわば顔役として活動を続けてきた彼ら。スタジオ・アルバムとしては前作にあたる、16thアルバム『The Violet Flame』(2014年)ももちろんミュートからのリリース。これだけの長い期間、たった1つのレーベルで、第一線で活躍を続けてきたそのキャリアは異色であり、英国が誇るべきバンドの一つだ。
2017年「世界は消えてしまった」
そんな彼らの3年ぶりの新作『World Be Gone』は、そのタイトルやアルバムのアートワークにも端的に表れているように、今日の世界情勢を反映したシリアスなテーマ性を持った作品となった。2016年は、いわゆるブレグジット(英国によるEU脱退)の決定、そしてトランプ米大統領の当選という、欧米社会における大きな変化の兆しを示す年であった。前者にせよ後者にせよ、その動きに大きな政治的な危機感を覚えるアーティストやミュージシャンは多い。いま作家として作品を世に出す以上、使命としても実感としても、そうした情勢への意識や言及は避けられないのではないだろうか。
アートワークは、大波の中で今にも沈没しそうな女神の船首像を写したもの。アルバムの収録曲に目を移すと、「A Bitter Parting」(苦い別離)、「Be Careful What You Wish For!」(あなたの望むものに気をつけて!)と直接的な言葉にも気が付く。あるいは、車の中から何やら不安げに外を見つめるアンディとヴィンスを捉えた最新のアーティスト写真も、そうした見方を強調する。彼らの目線の先には何があるのだろうか?
モダンなエレポップとヨーロッパの伝統教会音楽が手を取り合って鳴らす現代のプロテスト・サウンド
だが、新作において最も大切なことは、そうしたシリアスで不穏なテーマを持ったアルバムが、極めて今日的な力強さを伴った、極上の“ポップ・ソング”集として届けられているということだ。例えば、先行シングルとなった「Love You To The Sky」。リズミカルなドラム・ビートからはじまり、次第にビルドアップして、アンディの歌う力強くアンセム感のあるサビのメロディへと繋がっていく。この一曲だけでも、彼らが単に現在の情勢を憂うだけでなく、それに抗うことの重要性を訴えていることが伝わってくる。
▲Love You To The Sky (Official Lyric Video)
本作のプロデューサー・クレジットには、イレイジャーの他にマティー・グリーンの名前が並ぶ。グリーンはマーク・“スパイク”・ステント(オアシス、 レディー・ガガなど )とも仕事を共にするエンジニアで、これまでにグウェン・ステファニー、セレーナ・ゴメスのようなポップスターから、ハーツやイェーセイヤーなど、オルタナティブな感性のアクトまでを手掛ける。今作もまた、低音の処理を中心にサウンド面で磨きが掛けられ、単に80年代的なサウンドの範疇に収まらない、モダンなプロダクションが心地よい作品となっている。
あるいは、アルバム全体に対するヨーロッパの伝統的な教会音楽からの影響も、本作の特徴の一つだろう。ほぼ全ての曲で、教会音楽のクワイアを思わせるコーラス・ワークが多用され、重厚なテーマの作品にポジティブなフィーリングを注ぎ込む。アンディはその感覚を「スピリチュアル」と表現している。近年、ポップスにおける宗教音楽の影響と言えば、北米シーンのブラック・ミュージックとゴスペルの関わりに注目が集まりがちであったが、ここでのヴィンスとアンディは、ヨーロッパの伝統音楽こそを、民衆的なプロテストの象徴として捉え直そうとしているのかも知れない。『World be Gone』は、ヴィンスとアンディが長年培って来たエレポップ・サウンドの上で、モダンなポップスのプロダクションと伝統的な教会音楽が出会い、手を取り合ってプロテストのパワーを蓄えているようなアルバムなのだ。
▲Still It's Not Over
また、1枚で10曲40分弱という“アルバム”の単位を大切にした構成も素晴らしい。曲やプレイリストとしてではなく、あくまでアルバムとして聴かれることを意識している点やプロダクションの方向性という点で、例えばthe XXの最新作『アイ・シー・ユー』などと、並べて聴いてみたい作品かも知れない。長きに渡るキャリアを誇るベテランだからこそ説得力を持って産み出すことの出来た、2017年の失意と希望を鳴らす作品だ。
リリース情報
関連リンク
World be Gone
2017/05/19 RELEASE
TRCP-213 ¥ 2,420(税込)
Disc01
- 01.Love You To the Sky
- 02.Be Careful What You Wish For!
- 03.World Be Gone
- 04.A Bitter Parting
- 05.Still It’s Not Over
- 06.Take Me Out of Myself
- 07.Sweet Summer Loving
- 08.Oh What a World
- 09.Lousy Sum of Nothing
- 10.Just a Little Love
- 11.日本盤ボーナス・トラック
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