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【ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2017】ライブ・レポート
5月4日から6日まで開催された【ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2017】。今年のテーマは「ラ・ダンス 舞曲の祭典」だ。舞曲、ワルツ、バレエ音楽から、よさこい音頭や観客参加型公演まで、有料無料あわせて約350公演が行われた。大小さまざまな公演の中から、ビルボードジャパン編集部がピックアップした公演をレポート。
Photo: (C)teamMiura
今年のテーマは「ラ・ダンス 舞曲の祭典」。LFJワルシャワのレジデント・オーケストラであり、LFJジャポンでもおなじみのシンフォニア・ヴァルソヴィアと指揮のリオ・クォクマンによる4人の作曲家による舞曲が披露された。まずは、舞曲と聞いて誰もが思い浮かべるであろうブラームス「ハンガリー舞曲」と、ドヴォルザーク「スラヴ舞曲集」の中から抜粋して演奏。軽やかなリオ・クォクマンの指揮によって、場内には東欧の風が場内を駆け巡った。そして、エキゾチックなグリーグ「ペール・ギュント」より「アニトラの踊り」、「アラビアの踊り」を挟み、最後はコダーイ「ガランタ舞曲」。短い時間で、美味しいとこ取りのような聴き方ができるのもLFJの魅力の一つ。舞曲ならではの自由さ、スピード感、そして情熱を一気に楽しめる50分間となった。
演奏:シンフォニア・ヴァルソヴィア、リオ・クォクマン(指揮)
【ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポン】は、東京のみならず滋賀県と新潟県でも開催されている。一足先に行われた【ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポン】より、びわ湖ホール声楽アンサンブルがヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ【こうもり】を上演した。LFJでは、気軽にクラシックを楽しめるために、どの公演も1時間前後で行われる。そのため、本来2時間以上の【こうもり】も45分に短縮し、日本語に訳して上演された。目まぐるしいストーリー展開に観客もついてこられるようにと、歌の合間にファルケがストーリーテラー役を務め、物語を説明。アイゼンシュタイン役の増田貴寛も含め、若手歌手らが個性豊かな登場人物を活き活きと描き、アデーレ役の藤村江李奈は見事なアリアで会場を沸かせた。45分という短い時間にも関わらず時事ネタもふんだんに盛り込まれ、笑いの絶えない公演となった。
演奏:びわ湖ホール声楽アンサンブル、大川修司(指揮)、渡辺治子(ピアノ)、中村敬一(演出)
ピアソラの後継者である、アコーディオン/バンドネオン奏者のリシャール・ガリアーノと弦楽アンサンブルによるリシャール・ガリアーノ六重奏団の公演が行われた。プログラムは、ピアソラ「ブエノスアイレスの四季」よりブエノスアイレスの秋、ブエノスアイレスの春からスタートし、ヴィヴァルディ「四季」より冬、夏で締めくくるという、ジャンルを超えて活躍しているガリアーノならではのプログラムだ。特に印象的だったのはJ.S.バッハ「ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲」。オーボエパートが、ガリアーノのアコーディオンによって演奏されることで曲全体に得も言われぬ哀愁が漂い、バッハの精緻な音楽と見事に合わさっていた。そしてハチャトゥリアン「剣の舞」と、ヴィヴァルディ「四季」では、見事なテクニックを披露。軽やかに難曲を披露して見せた。そして終演時間は過ぎていたものの大きな拍手は鳴り止むことはなく、アンコールとして自作のマルゴーのワルツが演奏された。
演奏:リシャール・ガリア―ノ六重奏団
※写真は5月5日公演時
ラ・フォル・ジュルネ発祥の地であるフランス・ナントを拠点に活躍するフランス国立ロワール管弦楽団と、2014年シーズンから同オーケストラの音楽監督を務めるパスカル・ロフェ、そして小曽根真とエリック宮城によるコラボレーション公演が行われた。まず前半はロワール管とパスカル・ロフェのみでストラヴィンスキー「火の鳥」を披露。バレエ・リュスが席巻していた時代、まだ無名だったストラヴィンスキーに白羽の矢が立ち、作られた作品で、まさにストラヴィンスキーの出世作。色鮮やかなサウンドは、作曲から約100年立った今でもなお、新しさを感じさせてくれる。そして、舞台転換を挟み小曽根真とエリック宮城が登場。ラヴェル「ボレロ」の小曽根真スペシャルがスタートした。スネアドラムのリズムに乗せて、フルート、クラリネットとメロディが移り、少しずつ大きくなっていくうねりに身を任せながら、小曽根もその流れに加わっていく。ボレロの持つ美しく圧倒的な規則性に、不規則な小曽根のピアノが交わる様子は、まるで真っ白なキャンパスに絵の具が溶け込んでいくかのよう。最後のフォルテッシモが鳴るや否や、こらえきれないとばかりに、客席が大きな拍手と歓声で沸いた。そして観客からの拍手にオーケストラのメンバーがよく見えるようにと一度閉めたピアノの蓋を、小曽根自身の手で再び開けられると観客からはどよめきが。アンコールとして、ショスタコーヴィチ「ピアノ協奏曲第1番からのインプロビゼーション」がスタート。さらに盛り上がりを増した観客に応え、再びピアノの蓋が占められると、パスカル・ロフェの指揮を伴わず「ボレロ」の後半部分が演奏された。ロフェは指揮台から降り、「もう止められない」と言ったかのようにステージ上をぐるりと一周。さらに熱を帯びた「ボレロ」によって、スタンディング・オベーションで幕を閉じた。 演奏:小曽根真(ピアノ)、エリック宮城(トランペット)、フランス国立ロワール管弦楽団、パスカル・ロフェ(指揮)
Photo: (C) teamMiura
昨年のラ・フォル・ジュルネでは大小合わせ合計4公演に出演した、絶大な人気を誇るピアニスト、ルイス・フェルナンド・ペレス。グラナドス・コンクールでグラナドス・ベスト・パフォーマー特別賞を受賞したペレスが、今年生誕150年を迎え日本でも各地でその名が改めて注目を浴びているグラナドスだけのプログラムを企画し、ファンを喜ばせた。スペイン民族主義的な性質の初期作品「スペイン舞曲集」の抜粋から、次に20歳のグラナドスによる「詩的なワルツ集」が披露された。美しいメロディラインに導かれ、パリで学んだ香りを感じさせる、夢のようなダンスが現れるような演奏。ペレスがここで立ち上がり「これから弾くのは様々なオリエンタルな文化が入り混じった、力強い特別な作品です」と紹介。「スペイン民謡による6つの小品」から「バスク地方の歌」「サパテアード」など5曲が、迫力ある音圧の超絶技巧で演奏され、観客を圧倒した。
演奏:ルイス・フェルナンド・ペレス(ピアノ)
(ピアノ)
LFJワルシャワのレジデント・オーケストラであるシンフォニア・ヴァルソヴィアと井上道義指揮が、和洋の打楽器コンチェルトを続けて演奏するというまたとない機会に立ち会えた。1曲目はミニマル・ミュージックの巨匠フィリップ・グラスによる「2つのティンパニとオーケストラのための幻想的協奏曲(全3楽章)」。14ものティンパニを操る2人の独奏ティンパニストは、共にワルシャワ音楽院に学び、シンフォニア・ヴァルソヴィアに縁深いピョートル・コストゼワ、ピョートル・ドマンスキ。息のあった掛け合いに加え、スピード感と重厚感を兼ね備えた超絶技巧のソロ・カデンツァは息もつかせぬ勢いで客席を圧倒した。2曲目は世界的に活躍する和太鼓奏者の林英哲と英哲風雲の会を迎え、石井眞木による「モノプリズム(日本太鼓群とオーケストラのための)」が奏された。指揮の井上道義と林英哲は幕間のトークにて、本作が小澤征爾からの委嘱で作曲され、林英哲が主要メンバーだった和太鼓集団のレパートリーを取り入れての作曲だったという経緯や、井上道義が1976年のタングルウッド音楽祭での初演に立ち会った数少ない日本人として、感慨深げに当時のエピソードを語る場面もあり、日本の作曲史を感じさせる一夜となった。
演奏:林英哲(和太鼓)、ピョートル・コストゼワ(ティンパニ)、ピョートル・ドマンスキ(ティンパニ)、英哲風雲の会(和太鼓ユニット)、シンフォニア・ヴァルソヴィア、井上道義(指揮)
「ラ・フォル・ジュルネ」は「熱狂の日」と訳されるが、ちょっとワルイニュアンスでは「狂った」「イカれた」という意味になるようだ。今年のテーマ「ラ・ダンス」に合わせ、夜のキオスクステージでは「フォル・ニュイ!!」(イカれた夜)という名のダンス・パーティ企画が毎夜開催された。第2夜では「パーカッションの饗宴」と題し、世界各地の民族打楽器を手に舞台へ集まったオルケスタ・ナッジ!ナッジ!のメンバーが、即興と指揮をおりまぜながらの変幻自在なリズムで音楽を創り出していった。「僕たちクラシックじゃないんで、気楽に聴いていただければ」という言葉に後押しされ、また周囲をぐるぐると踊り歩く盛り上がり最高潮の一団の影響からか、大人しく席に収まっていた観客達も最後には席から自然と立ち上がって踊り出す場面も。体が自然に動いてしまう楽しさを、体感させてくれる参加型のステージとなった。
演奏:オルケスタ・ナッジ!ナッジ!(芳垣安洋、岡部洋一、高良久美子、関根真理、川谷龍大、Taichi、高田陽平、中里たかし、辻コースケ、イズポン)
今年の音楽祭のテーマは「ダンス」。この中から、LFJアーティスティック・ディレクターのルネ・マルタンが一押しするアーティスト3組、そして紹介したい作品を集めたのが【ルネ・マルタンのル・ク・ド・クール~ハート直撃コンサート】だ。コンサート冒頭ではマルタン氏が登場。「このテーマを通じて、民族舞踊がどれほどクラシック音楽に大きな影響を与えたのかみなさんにお伝えしたいと思いました」と述べた。まずはメキシコ民族音楽とバロック音楽を独特の世界観で意欲的にコラボレートしているテンベンベが登場。次にタンゴに縁深いアコーディオン奏者リシャール・ガリアーノ率いる六重奏団。自作曲とピアソラなどを交えたプログラムで、フランス新世代のタンゴを響かせた。また舞踏からの影響を受けているメキシコの作曲家マルケスの作品と、ウエストサイド物語より「マンボ」を、ドミトリー・リスの指揮によりウラル・フィルが披露。華やかなリズムと色彩に包まれたコンサートとなった。
演奏:テンベンベ、リシャール・ガリアーノ六重奏団、ウラル・フィルハーモニー管弦楽団、ドミトリー・リス(指揮)
Photo: (C) teamMiura
半券を持って入れば誰でも入れるキオスクステージ。5月6日は、舞曲のトーク&コンサート企画「アトリエ・ラ・ダンス」が行われた。フランス、ヴェルサイユ宮殿を中心に17〜18世紀に隆盛した宮廷舞踏「バロック・ダンス」。バレエや社交ダンスのルーツとも言えるダンスだ。ピアノを少し習っていれば「メヌエット」「ガヴォット」などの舞曲名は見聞きするものの、実際に踊りを見る機会はなかなか無い。貴族たちがまとっていた舞踏会の衣装を身につけたダンサーたちによる、舞曲のステップを体感できるまたとない機会に、多くの人が集った。デコラティブなドレスで優雅にステップを踏む貴族たちのダンスのあとは、劇場用に作られたというマラン・マレの『スペインのフォリア』でカスタネットを駆使しながらのダンスを披露。ダンスの合間にはバロック・ヴァイオリンの歴史についての詳しいトークがあり、モダン・ヴァイオリンとの音色の違いを体感できる場面も。目から耳から、両方の感覚が刺激される舞台に、有楽町駅地下を通りがかる人たちもガラス越しに多く足を止め、見入っていた。
演奏:浜中康子(バロックダンス)、北條耕男(バロックダンス)、伊藤誠(ヴァイオリン)、島内亜津子(ピアノ)
クラシックのみならず、コンサートやライブでは携帯電話の電源は切るのが鉄則だ。ところが、この公演では入り口でQRコードの書いた用紙が配られ、ダウンロードしたアプリを立ち上げて待つようにと告げられた。そしてウラル・フィルハーモニー管弦楽団がステージに板付くと、指揮のドミトリー・リスは客席を向いて指揮をスタートした。アプリを立ち上げると流れてきたのは鳥の鳴き声。あちらこちらで、一斉に鳥の声が鳴り響き、あたかも会場が森の中かのような雰囲気に包まれると、そのままオーケストラの演奏がスタートし、タンドゥン「パッサカリア~風と鳥の秘密~」が演奏された。本作は、2015年7月に初演された作品で、観客参加型のみならず、オーケストラ奏者も自身のスマートフォンや歌声を使って演奏するというものだ。予測不可能な演奏に、とてもワクワクさせられた。続いて、LFJ常連のピアニスト、ボリス・ベレゾフスキーが登場するとハチャトゥリアン「ピアノ協奏曲 変ニ長調」がスタート。どっしりとした体に穏やかな表情と、情熱的な演奏のギャップが魅力なベレゾフスキー。今年も、高い技巧をもろともせず民族色豊かで煌びやかな音色を響かせ、客席を沸かせた。最後は、ウクライナ出身の作曲家ヴィクトロワによる「踊る天使」の日本初演。「天使」というタイトルからは想像できないような激しさで、観客を圧倒した。終演後は、作曲者であるヴィクロワもステージに登場。初演の成功が、大きな拍手によって称えられた。
演奏:ボリス・ベレゾフスキー(ピアノ)、ウラル・フィルハーモニー管弦楽団、ドミトリー・リス(指揮)
江戸時代に歌舞伎や浄瑠璃が発展するに伴って、その演劇性を帯びた舞踊として発達してきた日本舞踊。リズムに合わせてステップを踏む踊り(日本では盆踊りなどがそれに合致するだろう)とは全く趣を異にする。長唄が紡ぐ物語を繊細な所作で表現するステージは、ラ・フォル・ジュルネに通う、西洋の音楽に触れ慣れている耳と目にとっては、逆に異彩を放って見えたのではないだろうか。鳥が啼き、雪がまだ解ける春先にほのかに香る梅の香の中、羽子板に遊ぶ光眩しい「梅の栄」。一方で「月光真珠」は金木犀かおる月光の下海辺で1人で酒を酌み、落ちる涙を真珠に見立てるという、対照的な演目。金色の屏風というシンプルな背景ながら、奏される物語と身一つの所作から、全く違う景色が描き出される様に、客席は仕草ひとつ見過ごすまいと静まっていた。本音楽祭での日本舞踊は本公演が唯一のものであったが、欠くことのできない存在感を示したステージであったのではないだろうか。
演奏:中村梅彌(日本舞踊)、吾妻徳穂(日本舞踊)、杵屋秀子(唄)、今藤長十郎(三味線)他
5月3日から5日まで、様々な熱演が繰り広げられたホールAの最終公演。指揮のリオ・クォクマンと、シンフォニア・ヴァルソヴィア、そしてネルソン・ゲルナー(ピアノ)、テディ・パパヴラミ(ヴァイオリン)が、本フェスの総まとめとなるようなステージを行った。まずは、ヴァルソヴィア・パーカッション・アンサンブルのみによるディディエ・ベネッティ「ロック&ドラム」。掛け声も交えながら豪快に繰り広げられた。そして、浅田真央が以前、自身のプログラムで使用したことで日本でも知名度が上がったハチャトゥリアン「仮面舞踏会」より「ワルツ」や、「剣の舞」、そしてリスト「死の舞踏」などを挟み、最後は舞曲の代名詞とも言えるブラームス「ハンガリー舞曲」だ。やはり、締めくくるのはこの曲とばかりに、躍動感あふれる演奏で、本フェスティバルを締めくくった。
演奏:ヴァルソヴィア・パーカッション・アンサンブル、ネルソン・ゲルナー(ピアノ)、テディ・パパヴラミ(ヴァイオリン)、シンフォニア・ヴァルソヴィア、リオ・クォクマン(指揮)
Photo: (C) teamMiura
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