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コーライティングレポート キャンプ in LA



コーライティングレポート キャンプ in LA

 音楽プロデューサーの山口哲一氏と伊藤涼氏による3月にロサンゼルスで行われたコーライティングキャンプの振り返り。コーライティングとは、複数の作曲家が共同で1つの楽曲を制作するという最先端の作曲法で、欧米では当たり前のように行われているもの。両氏は日本でのコーライティングの普及に努めており、これまでに書籍『コーライティングの教科書』の出版やワークショップを開催してきた。今回は、日本人クリエイターとアメリカのトップクリエイターが共に1つの作品を制作する現場の様子をレポートしてもらった。

山口哲一氏による前書き

山口哲一:世界のエンターテインメントは映画も音楽もハリウッドが中心です。巨大なノウハウと資金、世界中から最高級のクリエイターが集い、しのぎを削っているのがロサンゼルスです。 スポーツの分野では、世界最高峰の舞台で活躍する日本人アスリートがたくさんいますが、残念ながら音楽家は大きく遅れを取っています。単発的に海外で評価されるケースはあっても、いわゆる“出稼ぎ”型で、サブカルチャー、アンダーグラウンドの域を出ていません。 2016年7月から音楽プロデューサー・ヒロイズム(her0ism)がLAに拠点を持ったことが変化の契機になるでしょう。これまでもLAに住んだ音楽家は沢山いますが、日本で成功した後に自分の音楽を創る環境をLAに求めたケースで、LA発の世界市場に日本人クリエイターが本気で挑んだ例はほとんどありません。 ヒロイズムはLAのトップクリエイターたちとのネットワークを構築し、コーライティングをしながら、世界ヒットを生み出すことに真剣に取り組んでいます。いわば、音楽家の野茂英雄です。彼が日本人クリエイターのレベルの高さを証明すれば、野球と同様に、次々と日本のトッププレイヤーが海を渡って、グローバルな活躍を始めることになるでしょう。 そんな状況をリアルに共有するために、LAでフジパシフィックミュージック主催のライティングキャンプを行ってきた伊藤涼さんに現地での創作環境について話を聞きました。

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LAで刺激的な経験をしているんだと楽曲を通して実感しました

山口哲一:今回のLAのコーライティングキャンプはどのような日程で行われたんですか?

伊藤涼:2017年3月6日~11日の5日間(実際には2つほど追加セッションがあり、その分は翌週行いました)です。5日にLAに入ったんですけど、すごく気温が低くてテンションさがりました。せっかくLAにきてこの寒さかぁ、とがっかりしましたけど、ちょうど季節の変わり目だったみたいで2日後からは気温も30度ちかくにまで上がりました。カルフォルニアらしい空気の中でライティングキャンプが開催できて最高でした。

山口哲一:僕は【SXSW2017】で【JAPAN FACTORY】のオーガナイザーの仕事があったので、テキサス州オースティンに行く途中、3月8日にLAに立ち寄って、キャンプを見学させてもらいました。その日もめちゃめちゃLAらしい青空でした。

伊藤涼:良いタイミングでした。LAのキャンプは、僕らが日本で開催するコーライティングキャンプとは違った雰囲気なので、山口さんにもあの空気を感じてもらってよかったです。

山口哲一:向こうではコーライティングが当たり前過ぎて、「コーライティング(Co-Writing)」の「Co」をとって、ライティングって言うんですね。

伊藤涼:そうです。ライティングとかセッションって言うのが普通です。英語だと思っている音楽用語も意外と日本独自のものが多いので、気を付けないと変な誤解をされるときがあります。そういう意味でも日本を飛びださないとわからないことって多いですね。 ダウンタウンやバレー、ビーチが一望できるホテルに泊まるのもいいんですけど、今回はせっかくだからLAに移住したヒロイズムの生活をみたくて3日ばかり彼に家にスティしました。アメリカらしい広々とした一軒家にプール&ジャグジー、何よりも15畳ほどの広さで全てがホワイトに統一されたクールなスタジオ。日本で成功したクリエイターが世界に挑戦するってこういうことだなって思わせるスティでした。着いた日の夜、スタジオでヒロイズムがUSマーケット向けに作っている曲を聴かせてもらいましたが、むちゃくちゃカッコイイ曲ばかり。彼が移住して8か月くらい経ちましたが、ますます進化して楽曲にも磨きがかかっていました。LAで刺激的な経験をしているんだと楽曲を通して実感しました。

山口哲一:僕もヒロイズムの家に一晩泊めてもらいました。生活の拠点を持つことの意味は大きいですよね。彼の本気を感じました。

伊藤涼:去年の10月にもLAでライティングキャンプをしたのですが、その時は15曲を作って殆どの楽曲の行き先が決まっています。このキャンプの開催は、日本のマーケットに素晴らしい楽曲を届けるという趣旨なので、基本的にUSのクリエイターからは“J-POP CAMP”と呼ばれています。

山口哲一:なるほど。日本とUSのトップクリエイターたちでJ-POP市場に向けて曲をつくるというのも面白いですね。そういう相互乗り入れがキャンプのテーマですか?

伊藤涼:そうですね。もともとは海外でも積極的に作曲活動をしているヒロイズムとRyosuke“Dr.R”Sakaiの2人が海外でセッションを繰り返すなかで辿りついた考え方がきっかけでした。海外でのセッションやキャンプに参加することで感じたクオリティやトレンド、テクニックやリアリティを日本にもダイレクトに届けたいという想い。3人で酒を酌み交わしながらそんな話しているときに、それを実現するには定期的にLAでライティングキャンプを開催するのが良いと思いついたんです。そうすれば、日本のマーケットを知らないLAのクリエイター達にとっても知ってもらうきっかけにもなるし、興味のあるクリエイターが目指すべき場所にもなる。日本のクリエイターにとっても、世界を目指す入口になることができる。ヒロイズムもRyosuke“Dr.R”Sakaiも良き友人で、クリエイターとしてもインディペンデントだしグローバルな考え方をもっている。その考え方を後進にも伝えられるし、彼らがどこまで行くのか近くで見ることもできる。もちろん彼らと同じ思いで、良い音楽を日本に届けたい、日本の音楽をもっと良くしたい。そんなことが出来る場所が作りたかったんです。

山口哲一:わくわくする話ですね。確かにディレクター経験があって、日本の音楽業界に多くのコネクションを持っている伊藤涼なら適任ですね。2人は人の資質を見抜く目も持っていますね。

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楽曲製作からUSをちゃんと意識すること

山口哲一:さて、キャンプですがどのように進められるのでしょうか?ターゲットとなるアーティストはどうやって決めるのですか?

伊藤涼:残念ながら日本の音楽業界の慣習から、どのアーティストに向けて楽曲を作っているかはその音源がリリースされるまでは言えないのですが、日本では誰もが知っている有名3アーティストです。事前にA&Rと話をして、どんな曲を求めているか話し合います。今では当たり前になっていますが、数あるストック曲からコンペに片っ端から提出するにではなく、このLAのキャンプでは具体的なターゲットをしっかり決めて、そこに向かって丁寧に楽曲を作っていきます。だからこそ、発注側と作る側のズレがなく採用率もグッと上がるんです。

山口哲一:クリエイターが相応の情報をもらった上で、責任感を持ってA&Rに提案していくというのが、これからのコンペの主流になるでしょうね。作家事務所経由でメールだけで数を集める大型コンペは弊害が大きくなってきていて、辟易しているA&Rも増えてきていますね。

伊藤涼:そうです。まだ今はコンペが主流と言っていいと思いますが、A&Rによってはコンペをしないで、特定の製作チームとしかやり取りしないところが増えてきました。また新しい製作チームを探しているところが多くなってきたように思います。洋楽志向でダンスミュージックを主にしているアーティストの担当A&Rはその傾向があります。 ターゲットとなるアーティストに関して、もう1つのライティングの形があります。去年10月のキャンプの時にはユニバーサルミュージックのMs. OOJAが参加しました。USのクリエイターと一緒にスタジオに入り、コーライティングするというアーティスト本人参加型のセッションです。今回は“いま最も注目すべき現役女子高生R&Bシンガー”といわれるRIRIが参加しました。彼女はまだ17歳ながら2016年11月2日にリリースした初EP『I love to sing』はApple Music R&B / ソウルランキングで1位を記録するなど注目されていますね。そんなアーティストRIRIは、LAに来て、こちらのクリエイターとセッションしながら曲を作るという、音楽制作においても高校生離れしています。次の週に行われた【SXSW】の【JAPAN NITE】でパフォーマンスもしていましたが、世界を視野にいれた次世代のアーティストです。

山口哲一:楽しみですね。作曲家がLAで活躍してくれると、日本人アーティストが世界に出ていく時にも大きなアドバンテージになると思うんですよ。アメリカで、ひいては世界で通用するクリエイティブを日本人作家経由で日本語で共有できるのは有効なやり方ですね?

伊藤涼:そうなんですよ。いまでも日本人アーティストがUSマーケットに入っていくのは簡単なことじゃありません。UKやカナダ、オーストラリアなど英語圏のアーティストであれば可能性もありますが、日本人となると本当に難しい。クラッシックやJAZZ、ワールドミュージック、アニソンなどで前例がないわけではないです。ただ王道のポップスにおいて、今まで多くのアーティストがUSマーケットを目指しましたが、どれも成功といえるものはなかった。それは日本で成功したアーティストが、形だけのUSデビューを演出しているだけで、実質的な活動をちゃんとしていないからです。日本人アーティストがUSマーケットで成功するためには、楽曲製作からUSをちゃんと意識することです。そのためにも日本人クリエイターが世界で活躍することは、日本のアーティストを世界へ送り込む一番のきっかけになると考えています。

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ズレのない楽曲に落とし込んでいける

山口哲一:今回のコーライティングメンバーの組み合わせに関してはどうしたんですか?

伊藤涼:基本的には3人から4人のチームでコーライティングします。その中に必ず1人は日本人クリエイター・アーティストが参加します。トップライナー (メロディが得意なタイプのソングライター)であるときもありますし、プロデューサー(トラックメイカー)の時もある。RIRIの場合はシンガーでありトップラインや作詞をします。日本人クリエイターやアーティストが楽曲の完成イメージをもってディレクションすることが大切で、USのトレンドやクールなサウンドを日本のマーケットに向けてローカライズしていきます。日本のマーケットやターゲットとなるアーティストのことも良く知った彼らがいるからこそ、ズレのない楽曲に落とし込んでいけるんです。

山口哲一:なるほどー。合理的なやり方ですね。Jポップ的なセンスとLA最新サウンドのエッセンスが融合した楽曲が日本市場に入ってくると、日本の音楽シーンにも刺激になりますね。

伊藤涼:はい、10年以上前になりますが、多くのヨーロッパのクリエイターが日本のマーケットに入ってきた時がありました。黒船来襲という感じで日本の音楽業界に大きな衝撃を与えました。特に作曲家たちにしてみると、多くの日本人作曲家が得るはずだった著作権のシェアを奪われました。だけど、この危機があったからこそ、日本でもコーライティングムーブメントが起こり、楽曲のクオリティを高めるきっかけになったのです。日本にLAの風が吹くということも、日本の音楽業界に影響を与えることになると考えています。 今回のキャンプに参加した日本のクリエイターは、先ほども話したヒロイズム(ever.y)。そしてHIKARI(avex management)とKAY(TV ASAHI MUSIC)といずれも日本では言わずと知れた大活躍の作曲家たちです。

山口哲一:みんな、日本での成功に飽き足らずに世界に挑戦する姿勢が素晴らしいですね。

伊藤涼:あと新人枠としてTOMO(西川智也)が参加しました。普通は日本でそれなりのキャリアがないと参加させないのですが、今回はオレの推薦です。彼はCWF(コーライティング・ファーム)のメンバーで、そこで作曲をしている様子を半年ほど観ていましたが、センスも才能もあると感じました。アメリカの大学へ留学経験もあって言葉の問題もなかったし、去年はカナダのライティングにも送り込んだのですが、そこで作った曲も良かった。これだけ作れて外国人とコミュニケーションもとれるなら大丈夫と参加させることにしました。

山口哲一:西川も頑張ってましたね。語学はできるし音楽のセンスはあるから、日米両方で活躍できるように頑張って欲しいです。では、今回の全体像を教えて下さい。

伊藤涼:この5日間は3か所で常にセッションを行いました。場所は主にBurbankにあるPULSEスタジオを使いましたが、各セッションのプロデューサーのスタジオでやることもありました。昼ぐらいから始めて早ければ夕方には、時には夜遅くまでやることもありましたが、比較的に短い時間で集中してやるのがLAスタイル。途中でランチに出かけたり、セッション終わりで飲みに行くなんてことも少ないです。かなりアッサリしていますが、プロフェッショナルとして仕事とプライベートをちゃんとオーガナイズしているとも言えますね。もちろん、セッションを通じて仲良くなると、ご飯を食べに行ったり飲みに行ったりもしますけど。いくつかのセッションを紹介しますね。

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こちらが真剣に音楽を作ろうとしている姿勢も感じてくれる
03/07/2017 Pulse Studio

伊藤涼:女性トップライナーのDiaはエキゾチックな声の持ち主、オーガニックで奥行きのある世界観を醸し出すタイプ。Dia FramptonやARCHISとしてアーティスト活動をしながら、フューチャリングアーティストとしても活躍するシンガーです。Aaron Benwardもトップライナーで、やはりUSで活躍するカントリー・ポップスのシンガーで俳優業もしています。今回のターゲットにDiaの声が合いそうなアーティストがいるので、彼女が歌を担当して、Aaronが歌のディレクション、歌詞は2人で書くことになりました。TOMOは前述した日本人プロデューサーで、このセッションでは唯一のトラックメイカー。持ってきたトラックの叩き台を使いつつ、トップラインは3人の意見を出しながら戦わせていく。Aaronがセッションではリーダ的存在でグイグイ引っ張っていくけど、要所では日本のアーテイスト・マーケットという視点で意見をもとめて、楽曲の落としどころの舵はTOMOに取らせる。3人が良いバランスでコミュニケーションが取れていた印象でした。セッション終わりの音源を聴いたかぎり、トラックは攻めつつも歌がレイバックしていて、良い雰囲気の曲に仕上がりそうです。

03/08/2017 ヒロイズム's Studio

伊藤涼:Jポップマスターのヒロイズム&HIKARIとUSのシンガー、TovaとTylerの2人という面白い組み合わせ。TovaとTylerはStory & Blueというボーカルユニットでアーティスト活動するほどの仲良しで、ライティングにおいても普段からペアを組んでコーライトすることが多いですね。トップラインはもちろん歌詞の議論なども含め、阿吽の呼吸。今回はヒロイズムがトラックを担当して、残りの3人でトップラインを作ることに。ヒロイズムのピアノ、それに合わせてみんながハミングしながら意見を出し合っていました。ターゲットがBoy Bandということで歌はTylerが歌うことに。常にリラックスした雰囲気で、おしゃべりの絶えないセッションは3時間程度で終わりました。洋楽的でありながら、日本人の心にも響くメロディ、繊細なピアノバラード曲に仕上がりそうです。

山口哲一:写真を見ているだけでもワクワクしますね。何曲作ったのですか?

伊藤涼:20曲が生まれました。次々に完成版が届いてきていますが、素晴らしい曲ばかり。随時、A&Rに楽曲を聞いてもらって、既に良い反応を多くいただいています。 LAでライティングキャンプをやってみて思うのが、やはり向こうに行ってみないと見えないことが多い。メールでのやり取りはできても、実際は顔を合わせて話さないと理解しあえていないこと多いし、心で通じ合っていなかったことを実感しました。特に音楽の話をするときには、顔の表情はもちろん言葉の表情やジェスチャーで伝えられることは多い。一緒にスタジオに入ることで、こちらが真剣に音楽を作ろうとしている姿勢も感じてくれる。シェイクハンドやハグすることで生まれる安心感や信頼も大きいですね。あと、LAの空気に触れることで向こうの人々の生き方や考え方が見えてくる。それが分からないと向こうのクリエイターが作ろうとしている音楽のことも理解できないんです。

山口哲一:そうやって人間関係ができてしまえば、その後はオンラインでも制作ができるようになるでしょうね。クレオフーガと僕らが共同開発中の作曲家向けのコミュニケーションプラットフォームCoWritingStudioは国境を超えたコーライティングに役立たせたいですね。

伊藤涼:今は海外のクリエイターとのオンライン・コーライティングはFacebookのメッセンジャーが主ですが、コーライティングに特化したコミュニケーションプラットフォームができれば最強です。 もう一つLAのライティングキャンプで思ったことは人と繋がることです。どんどんその輪は広がってUSのクリエイターだけでなく、向こうの音楽業界の人たちも繋がっていく。それが日本での繋がりにもエフェクトしていて、行動することで生まれる出会いの大切さも感じました。

山口哲一:その通りですね。6月にはヒロイズムが一時帰国するといいうので、山口ゼミで特別講座をやってもらおうと思っています。今年の【クリエイターズキャンプ真鶴】は、6月24日(土)と25日(日)で企画中なので、ヒロイズムにもゲスト参加してもらって、コーライティングセッションと、一般参加可能なコーライティング・ワークショップを行う予定です。これはまだ未発表なので、フライング告知です(笑)。

伊藤涼:ちょうどその後ですが、USのクリエイターを日本に呼んで、日本でのライティングキャンプも予定しています。年内にはもう一度LAキャンプをしたいと思っていますし、継続的に続けていきたいと思っています。 随時海外クリエイターとコラボレーションをして楽曲を制作しています。もちろん良い楽曲を作り、アーティストを通じて音楽ファンに届けていきたいですし、日本のクリエイター達にとってのポジティブな刺激になりたい。ぜひ、興味がある人はマゴダイのHPから伊藤涼にコンタクトをとって来てください。次の音楽を一緒に作っていきましょう!

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