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「音楽不況という言葉と、実際に体験する音楽シーンに齟齬を感じていた」― 柴 那典 インタビュー
ロッキング・オン社を経て、現在は音楽ジャーナリストとして音楽やサブカルチャーを中心に幅広いインタビューや執筆活動を行う柴 那典(しば とものり)。講談社現代新書『ヒットの崩壊』を出版するにあたり、小室哲哉や水野良樹(いきものがかり)、オリコン、Billboardなどに取材を行った柴氏の思う“ヒット“とは?
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音楽不況という言葉と、実際に体験する音楽シーンに齟齬を感じていた
−−「ヒット」をテーマに執筆しようと思われたきっかけを教えてください。
柴 那典:2015年の年末に、「オリコンだけではなく、ビルボードやJOYSOUNDなど、様々な年間チャートを見ることで流行歌が分かる時代になった」という原稿を、現代ビジネスで書いたんです。(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46786)これが、今回の本を執筆することになったきっかけでした。ただ、執筆し始めた時のテーマはヒットではありませんでした。ここ数年、“音楽不況”と言われ続けていますが、ライブや音楽フェスに行って目にするものと“不況”という言葉に齟齬を感じていたんです。なので、当初は「音楽不況という言葉が、いかに実態にそぐわないか」ということをテーマに書いていました。
−−たしかに、第一章は「音楽不況は本当か?」というテーマとなっています。
柴:今、売れなくなってきているのはCDだけで、アーティストはCDが最も売れていた1990年代より、もっと長いキャリアを重ねられるようになってきています。なのでアーティストや現場の人間にとっては、今はとても幸せな時代なんじゃないかと思っていました。タイトルも当初は『音楽シーンの未来』や『J-POPの未来』にしようと考えていたんです。ですが、書き進めているうちに編集担当の方から「ヒット曲がなくても音楽家が生き残れる時代になっているなら、それって『ヒットの崩壊』ということですよね」と指摘されて。そこから、ヒットについて本格的に考えてみようと思い本の構成が大きく変わりました。
−−崩壊というタイトルを見るとネガティブなイメージがありますが、内容を読むと全然違いました。
柴:当初は、CDを売るだけではなくライブや他の発信の仕方で成功できる時代になってきているということを書こうと思っていました。今回の執筆において一番初めに取材させていただいたのが小室哲哉さんだったんですが、小室さんとのインタビューの中で「ライブだけで音楽ビジネスが成り立つんであれば、かつてのようなヒット曲って必要ないんじゃない?」っていう話になった。東京ドームを何日間も埋めて年間100万人以上を動員しているアーティストもいますが、そのアーティストの曲をみんなが知っているのかというと、そうではない。今は、そういうある種 アンバランスな状態になっています。なので、ヒット曲がなくても、ミュージシャンが幸せに音楽活動を続けることができていて、ファンが楽しんでいるのであればそれで充分と言うこともできる。一方、いきものがかりの水野良樹さんは「音楽好きの人達だけの世界は確かに幸せだけれども、それだけだと音楽は社会と接点を失ってしまう。ヒットというのは、音楽と社会を繋ぐ橋のようなものだ」とおっしゃっていました。路上ライブをされていた経験ならではの発想だと思いますが、たとえ東京ドームでライブをしたとしても、その熱狂は最寄駅のホームには届きません。ドームの外にある駅を歩いているサラリーマンの方や、駅前のお店にいるお年寄りにまで自分たちの音楽を届けるにはどうすれば良いんだろうと考えておられました。音楽業界のど真ん中で曲作りをされているお二人の異なる「ヒット論」には、なるほどと気付かされることが多くて、そこから本の主軸も「ヒット」に移っていきましたね。
−−柴さんの本の第一章に、「1990年代後半からCDの売上げが落ちている一方で、今の方がロングヒットを記録しているアーティストが多い」と書かれていますが、私達もチャートを見ていると、その通りだと思います。明らかに今の方が情報のスピードが速いのに、長く愛される曲が増えてきているというのは興味深いですね。
柴:2011年頃、アイドルの評論家や運営スタッフとのトークイベントにも多数出させていただきましたが、その当時はみんな「アイドルブームは必ず数年で終わる」と言っていました。でも、たしかに今はアイドルブームは落ち着いてきましたが、まだまだ続いています。
−−そうですよね。チャートを見ていても、同感です。
柴:本の中で「アイドル戦国時代は終わっていない」って書いているので矛盾してしまいますが、「アイドル戦国時代は終わって、今はアイドル江戸時代がやってきた」とも言えると思います。これはアイドルだけでなく全てのアーティストに言えることなのではないでしょうか。運営側やアーティストが、自分たちがやっていることを継続し、きちんと根付かせるという試みを長年行ってきた結果だと思います。あとは、SNSの浸透も大きいですよね。以前は、テレビに出演しなくなったら途端に過去の人になっていましたが、今はTwitterやFacebookなどで自分の意見を発信し、YouTubeでミュージックビデオを公開するなど、自分でメディアを持つことができます。その結果、アーティストを取り巻く構造が大きく変わりました。
ヒットの崩壊とは、ヒットチャートの崩壊
−−第二章では、Billboard JAPANチャートについても触れていただいています。私達は、CDの販売枚数、ダウンロードなど有料で音楽を聴くことを音楽の「所有」、YouTubeやラジオなど無料で聴くことを「接触」ととらえ、所有と接触を合算した複合チャートを作ることで正確な楽曲の浸透度が測れると考えています。
柴:『ヒットの崩壊』というタイトルには色々な意味を込めていますが、大きな割合を占めているのは「ヒットチャートの崩壊」です。オリコンさんは、音楽の流行をCDの売上枚数で判断するという1つの基準を守り続けました。その結果、2011年以降AKB48がオリコン年間ランキングの1~5位を、ほぼ独占するという状態が5年間続き、「ランキングがハッキングされた」と言う人が現れるなど、多くの批判的な意見が生まれました。CDが売れた枚数を比較しただけでは、既に流行は測れなくなってきているという事実について、オリコンさんが、どのような対応を考えていらっしゃるのかを聞きたい、問題意識をぶつけたいと思ったので、オリコンさんにインタビューさせていただきました。
−−1998年をピークにCDの売上げが落ち、音楽不況と言われる時代がやってきました。CDが売れないというと、シングルを買う人がいなくなったからだと捉える人が多いのですが、実は売上げが大きく下がったのはシングルよりもアルバムなんです。それには、ヒットチャートの説得力が落ちたことが大きく影響しているのではと思っています。アルバムを買う時の理由は、「アーティストが好き」か「好きな曲が収録されている」のいずれかですよね。ヒットチャートが説得力を失い、ヒット曲が分からなくなった結果、「曲」を目的にアルバムを買う人がいなくなり売上げが落ちたのではないかと思っています。
柴:なるほど。あとはiTunesが上陸し、2000年以降アルバムではなく、単曲で聴く人が増えたことも大きいですよね。ダウンロードによって自分の好きな曲だけを、つまみ食いのように聴けるようになった結果、アルバムが売れなくなったのではとも思います。ただダウンロードよりストリーミングが主流になった今は、再びアルバムが復権してきているように思います。ストリーミングで音楽を聴く時には、プレイリスト単位で聴きますよね。そう考えると、アーティストが表現したいことを受け取ることができる最も素晴らしいプレイリストが『アルバム』ですから。なので、アルバムで音楽を聴くことの素晴らしさが見直され、パッケージの売上げも徐々に伸びてくるのではと思っています。
−−アルバムの売り上げ向上にヒットチャートも貢献できれば、私達も嬉しいです。
柴:ビルボードさんの複合チャートについてインタビューして驚いたのは、最初から複合チャートだったということです。どこかのタイミングで切り替えたのではなく、最初からラジオの放送回数を合算するなど、接触と所有をミックスしていたというチャートに、すごく一貫性を感じました。
−−時代にあわせてチャートを構成するデータは変化させますが、日本とアメリカとで共通している認識は、ヒットチャートは共感性の高いものでなくてはいけないということです。
柴:アメリカと日本では、チャートを構成するデータは違うんですよね。
−−CDをパソコンに取り込むルックアップ数とTweet数は日本独自のデータですね。アメリカは、ストリーミング数が大きく反映されています。
柴:なるほど。先日、ピコ太郎の「ペンパイナッポーアッポーペン」がアメリカBillboard HOT 100にチャートインし大きな話題となりました。一方、宇多田ヒカルのアルバム『Fantôme』は日本人ソロアーティストとして初のiTunesチャート全米3 位にランクインしましたが、Billboardにはチャートインしませんでした。これを見て、アメリカではダウンロードで音楽を買うことが完全にニッチになっているんだなと思いました。宇多田ヒカルは、ローマ字名義の“Utada”での海外展開などを通じて着実にファンを増やし、今回のニューアルバムは世界中のファンが楽しみに待っていたと思います。ピコ太郎も宇多田ヒカルも、どちらもヒットには違いありませんし、どのようにリリースするのかというのは、ご本人もスタッフの方もものすごく考えて出された結論だと思います。ですが、もし『Fantôme』が全ての音楽ストリーミングで配信され、『エヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のテーマソングとして使われた『桜流し』が24時間限定ではなく公開されていたとしたら米Billboardにもチャートインしたでしょうし、もっとグローバルな規模で届いたかもしれないなと思います。そういう意味で、今年のピコ太郎と宇多田ヒカルの2作品から学べることは、すごく多いように思います。
「ヒット」とは、すごく得体が知れないもの
−−Billboard JAPANチャートをご覧いただいて、もっと合算した方が良いデータなどはありそうでしょうか。
柴:取材で、いきものがかりの水野さんが「音楽の聴き方はどんどん変化してきたけれど、歌うことで広まっていくということについては今も昔も変わらない」と、おっしゃっていました。なのでカラオケだけでなく、学校や家などで人々が歌っている回数を全て集計することができれば、もしかしたら最も純粋なヒットチャートになるのではと思います。そもそも「ヒット」って、すごく得体が知れないですよね。ピコ太郎の「PPAP」を見た人が面白いと感じ、火が着く瞬間というのはすごく謎めいていると思います。ヒットチャートというのは、それをあとから可視化することができる地図のようなものなので、信頼性の高いチャートがあることによって、人々は安心することができると思います。「今の時代は、こういうものが認められているんだな」って再確認することができますから。
−−信頼性の高さを示すために順位だけではなく、今後は合計ポイントを発表することも視野に入れています。
柴:それは、すごく良いと思います。映画のヒットについても興行収入が100億円超えたなどの数字が加わることによって、すごく説得力が増します。様々な動画ストリーミングサービスの中でYouTubeがシェアを拡大できたのも、再生回数が表示されることが大きかったのではないかと思います。
−−今、音楽産業の中で最も活気があるのがライブビジネスです。書籍の中で、音楽が社会に与える影響力についての話も登場しますが、今後 ライブは社会に影響を与える存在になると思いますか?
柴:音楽の場合、東京ドームでライブをするというのはある種の到達点でもあります。でも、プロ野球は毎日ドームで試合していますよね。日本シリーズの時期になると、本拠地の町は大騒ぎになるし、サッカーの日本代表戦のあとには渋谷の交差点で皆がハイタッチをしました。そう思うと、ライブが社会に与える影響はまだまだですし、スポーツの力は大きいなと思います。同じエンタテインメントという意味では、スポーツは1つの目標かもしれません。
−−ライブが社会に影響を与えるまでに至るには、まだまだ道のりが遠そうですね。
柴:道は遠いですが、大きな課題があるという意味ではとても楽しみですし、面白そうなことがまだまだあるなと思っています。そして、ヴァーチャルリアリティが一端を担っていくことになるかもしれませんね。