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BillboardLive × nano・universe 独占企画 10年前の作品と新作についてINO hidefumi本人が解説

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 初めて自分のソロアルバムというものをつくって10年が過ぎた。ファーストアルバムにコンセプトなどはみつけられず、それまで集積されたアイデアや散漫していたあらゆる要素がまとまり、全ての曲が出揃った時に突然思い浮かんだザ・ローリング・ストーンズの有名なフレーズから、アルバムタイトルを『SATISFACTION』と命名しアルバムが完成した。
 一番好きな時間は作曲する時だ。レコーディングにしか興味がなかった。正直に告白すると、当時はライヴをやるつもりが全くなかった。このファーストアルバムを出してから半年が過ぎた頃、周囲からの要望もあり背中を押されるがままステージに立つ人生を選んだ。
 最近ではライヴの無い人生なんて、マジ考えられない。と思うほど、ステージで音楽を奏でることに対し生き甲斐すら感じる人間になってしまった。我ながら何とも身勝手なものだ。

『SATISFACTION』曲目解説

01. Spartacus

出来る限り音数を減らし、敢えてデモトラックのような質感でラフなビートの上をダーティーに歪ませたフェンダーローズが、記憶や思い出の断片に寄り添いながらも風のように通り抜けていくような旋律のリフレイン。荒削りだけど繊細で美しい生命力を感じさせてくれる曲にしたかった。もはや巨大なネットワークから聞こえてくる音楽には中心のない空虚なものしか鳴っていないように感じていました。

02. What are you doing the rest of your life

ミシェル・ルグランと映画音楽のスコアが好きでこの曲に着手しましたが、原曲が素晴らしすぎてやればやるほどこの曲をカバーする意味が見いだせなくなって来たので、何度か断念しかけました。いよいよ制作を諦めて放置(ぼくの中では熟成期間と呼びます)してしまい、数日後あらためて聴いてみたところ、ふとリズムが原因だということに気がつきました。思いっきってジャマイカのリズムを取り入れて融合させたところ、斬新な化学反応が功を奏して一気に仕上がった曲です。

03. Why are we at war

アルバム制作の最後のほうで出来た曲です。タイトルはノーマン・メイラー著、邦題 “なぜわれわれは戦争をしているのか” という本から。ここではフェンダーローズからピアノに切り変えて、2コードの基本進行を決めて循環的な構成とそれを破壊するかのように変拍子を用いました。効果音として当時京都で発売されたばかりの下村音響で製造された飛飛マシーンというオシレイターを使用。アブストラクト色の強い楽曲で、アルバム内では異彩なトラックとしてお口直しならぬお耳なおし的な役割を果たしています。

04. Billie Jean

ボズ・スギャッグスやアーロン・ネヴィルがカバーしたアラン・トゥーサンの“ヘラクレス”や、レス・マッキャンの“トーク・トゥー・ザ・ピープル”というアルバムに収録されている“シーズ・ヒア”、72年にリリースされたグラント・グリーンの“ザ・ファイナル・カム・ダウン”という3曲にインスパイアされてつくりました。ここで紹介したどの音楽も、その曲を知らない人にこそ、その音楽の楽しさを知って欲しいし、知っている人が喜んでくれる分には何も言うことはありません。

05. Behind the rainbow

このアルバムを制作していたさらに10年くらい前につくった曲。当時はあまりピンときてなかったのでお蔵入りにしていました。マネージャーが事務所でこの曲をかけた時に、自分のつくった曲だったことを忘れていて、のんびりしたいい曲だなと思ったのがきっかけで収録することにしました。当時つくったものより少しピッチ(回転数)を上げて軽快なテンポ感に仕上げ、シンセベースとして使用したmini moogと兄家族からのハワイ土産でもらったチープなマラカスが一番の聴きどころです。

06. Midnight at the oasis

短絡的なドラムのイントロからスタートするアレンジで、真夜中のクラブのオアシスで踊れるようなイメージでつくった。マリア・マルダーとエイモス・ギャレットがヒットさせたことで知られるこの曲には思い入れがありました。この曲の延長線上にあるような、伊藤銀次さんの“こぬか雨”という曲を70年代に山下達郎さんがカバーしたように、原曲のコードワークはそのままに疾走感のあるアレンジにしたかった。実はこれまで自分のライブでまだ一度も披露したことがない曲です。

07. Love theme from Spartacus #piano

もともとこのピアノヴァージョンはつくるつもりはなかったんです。今まで誰にも言ったことがない話をここで告白すると、ある日、たまたまTVで見た冬のトリノオリンピックで、フィギュアスケートの荒川静香選手がゴールドメダルを獲った演技に感動した勢いでつくりはじめました。なのでかっこ良く云ってしまうと僕の中でこの曲は、銀盤を華麗に舞う天使のような美しさと過酷な鍛錬の末に達成した人間の解放感みたいなものがイメージですが、制作中ずっと頭の中をグルグルと荒川選手がスケートしてた。 いつかこの曲が真っ白なスケートリンクで鳴り響く日を夢見ている。メロディーが始まるまでの前奏と後奏はアフロ・ブルース・カルテットのエキゾチックなイントロを引用。

08. Madsummer Reminiscence

『マカロニ、シーパン、そしてテキサス』という昭和生まれの一部の人にしか分からないようなハードボイルドな70年代の刑事ドラマで流れてる劇伴がイメージで、タイトル先行でつくった曲です。ベースラインはロニー・リストン・スミスの“デヴィカ”という曲がモチーフ。このアルバムで最初に書いたオリジナル曲で、ライヴではこの曲から幕を開けることが多いです。

09. Solid Foundation

これもオリジナル曲で、アルバム制作の最後に録音した曲です。 当時は、気心が知れて自分の要求を満たしてくれる演奏者がいなかったので、以外と知られてませんが全てひとり多重録音によるアルバムです。ホームレコーディングの雰囲気を出すために曲終わりの人が喋っている音声はザ・ビーチ・ボーイズの“オール・サマー・ロング”に収録されてる邦題 “楽しいレコーディング”からのサンプリング。この曲が好きな人はフェンダーローズの名曲として知る人ぞ知るジュパー・ユニヴァーサル・オーケストラの“タイム”もお薦めしたい。

10. Just the two of us

オリジナルの激甘メロウな雰囲気を壊したくて、クリスタルがひび割れしそうなくらいにフェンダーローズの音を歪ませた。結果、レニー・ヒバートのアルバム“クリエーション”で奏でられるヴィヴラフォンのような優しくもひんやりと枯れた響きに。フェンダーローズの音質をつくる上で試行錯誤したレコーディングだったことを覚えている。この曲はアルバムをリリースする前に7インチシングルとしてリリースしたましが、日本人よりも先に反応してくれたのはイギリスの人達だった。ロンドンのラジオでオンエアーされているという情報を聞いて、自分のつくった曲が日本では全く認知されないまま遠く海を越えた場所で騒がれていることに戸惑いました。

11. Soshu-yakyoku

制作に入る前からこの曲だけは他の楽器を使用せずフェンダーローズのみでつくることだけ決めてました。収録されている他の楽曲と違うのはトレモロ(音を左右に揺らす装置)で音の揺らぎを効かせています。フェンダーローズという楽器は色々なタイプのものがありますが、このアルバムで使用したローズは1969年に製造されたFender Rhodes Mark-Ⅰ Suitcase typeと呼ばれる機種で88鍵盤のものです。

12. Never can say goodbye

ラストは、邦題“さよならは言わないで”というジャクソン5のカヴァー曲。この曲が一番最初に出来た曲で、初めてのシングルカットはこの曲と“ビリー・ジーン”のカップリングでした。60年代〜70年初期にみられるミックスダウンの手法をヒントにそれぞれのパートの位相を古典的な配置でミックスすることで、 遠い昔のレコードを聴いているような感覚をつくりたかった。わざわざ何故そんなことをしたのかと云うと、誰にも見向きもされないまま埋もれてしまったドーナツ盤が、現代の音楽を愛する人たちの手によってレコードの鉱脈の中から掘り当てられた時の嬉しさや驚きみたいな妄想から、ちょっとしたいたずら心が働いた衝動です。自分の作品とリスナーの耳との勝負みたいなイノセントな感覚を大事にしています。

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 おかげさまで今でもアルバム『SATISFACTION』を愛聴してるというリスナーに会うことがある。
 リリースから10年の節目に感謝の気持ちと、そして10年前よりさらに音数を減らしてみたいという欲求から『NO SATISFACTION』の制作が始まりました。大勢で楽しむ音楽というより、心静かに一人で熱くなれるような音楽というかポジティブな方向へ導いてくれたりカンフル剤的役割を果たしてくれるものになればと思っています。
 10年前のアルバムと似て非なるものとして、又はリズム隊を全て排除したミニマルな本作に対し、アルバムタイトルは『NO SATISFACTION』にしようとマネージャーの小森宏子が制作に入る前に命名し、レコーディングがスタート。
 『SATISFACTION』から『NO SATISFACTION』へ自分の中で一本の道が繋がった瞬間だった。

新作『NO SATISFACTION』曲目解説

01. Spartacus

このアルバムで最初にできた曲です。この曲は仕上げるまで約2週間近くスタジオに籠りっぱなしでした。1曲でかなりのエネルギーをつかい果たしたので、これから先のレコーディングが途方もないものに感じましたね。10年前に録音した“スパルタカス”との音楽的な違いは短調から長調の曲として昇華させたこと。中盤で何度も転調が繰り返され短調に変わって、さらに転調して元の長調に戻りエンディングを向かえます。聴いてる分にはシンプルに聴こえると思いますが少々複雑な面白い仕上がりに満足しています。

02. What are you doing the rest of your life

子供の頃、ピアノの発表会で弾かされたシューベルトの“ベネチアン・ボート・ソング”という曲があり、ずっとその曲が頭の隅っこにあって制作の参考にしてみた。最終的に全く別なスコアに仕上がりましたが。良くも悪くもいつも最初にイメージしたものとは違うフォームのものに変貌します。和声的にも少し東洋的な対旋律でメロディーを引き立てているので、おそらく外国人の耳には東洋的な趣きとして聴こえるのではないかと思います。ベネチアンというよりも“極東のボート・ソング”といったところでしょうか。

03. Why are we at war

自分で弾いたフェンダーローズをサンプリングしコラージュした作品です。 使用しているコードはたった2つだけ。淡々と自問自答のように2つのコードが繰り返される作品で、曲のタイトルの意味にも合っていると思います。 他の楽曲と違って饒舌なメロディーラインはなく、霧に包まれた抽象画のような作品としてお楽しみ下さい。このアルバムで使用したローズは1980年に製造されたFender Rhodes mkⅡ Suitcase typeと呼ばれる機種で73鍵盤のものです。

04. Billie Jean

マイケルもびっくりするようなアレンジにしたかった。 このビリージーンが完成した時は、仕上がりの良さに思わず小躍りしてしまいましたが、 不思議なくらい順調に制作が進みアレンジからミックスダウンまでたった1日で完成した曲です。 たまにこういった神懸かった現象があります。この流れに乗ってアルバム制作は快速に進みはじめました。 アウトロで聞こえてくるメロディーはザ・ビートルズの“エリナー・リグビー”のサビの部分。 これはブラジル音楽界の粋な男、カエターノ・ヴェローゾの素敵な展開をヒントにしました。

05. Behind the rainbow

マルコス・ヴァーリの“アダムス・ホテル”のコードワークへの好奇心から生まれた曲です。 70年代中期頃のエウミール・デオダートのフェンダーローズの響きを再現したくて特徴的な運指や鍵盤のアタック音、エフェクトセッティング等を試行錯誤して出来た曲です。 この曲は以前、鈴木茂さんのギターと林立夫さんのドラムを交え何度か演奏させていただいたことがありますが、リハーサルを重ねる毎にグレードアップされとても素晴らしいものになりました。そのライヴ音源はいつの日か皆さんにも聴いていただきたいと思っています。

06. Midnight at the oasis

制作の疲れがピークの時期に、アメリカのハイスクールで定年前の年老いた陽気な女教師が、
アップライトピアノに向かってこの曲を軽快に弾いてる夢を見ました。その先生の肩の力を抜いて楽しそうに弾いている姿が大きなヒントとなってつくり始めた曲です。 夢からの啓示ということでしょうか。ファッツ・ドミノやプロフェッサー・ロングヘアーといったニューオーリンズ特有のご機嫌なピアノフレーズも使用しました。

07. Just the two of us

もともとレコーディングの時間帯は完全夜型だったんですが、最近は午前中から夕方にかけ制作するようになりました。この曲だけ生活のサイクルが乱れた時期に取り掛かったので久しぶりに深夜帯の制作になりました。 街が寝静まった時間のほうが集中力が上がったということを覚えています。 このアルバムの中で最も綺麗なフェンダーローズの音を録ることが出来たのには色々と理由がありますが、もしかしたら電気使用料の少ない深夜帯だったからかもしれません。 一筋縄ではいかないように少し捻くれたコード進行で展開する曲としても気に入った仕上がりになりました。

08. Madsummer Reminiscence

土着的なものには土着要素を掛け合わせてみようと思いついて、熱愛してやまないレイ・チャールズの“ホワッド・アイ・セイ”のロケンロールな左手フレーズをモチーフに制作しました。 人間の感情の四大要素としての喜怒哀楽。これらの要素を作品に入れ込むことが理想であり僕の音楽制作のテーマのひとつです。昔から日本ではどこか物悲しい叙情的な音楽が受け入れられ易い傾向がありますが、それでは感情のひとつしか使っていないことになります。 作曲をする時はそういった感情の幅や起伏を失わないようにいつも心掛けていますが、自分はまだまだ模索中です。

09. Solid Foundation

ジャクソン・ポロックのインディアンの砂絵のような描画行為が好きです。床に広げられたキャンバスに意識的に空中から塗料を叩き付けるアクション・ペインティングと出会って25年が過ぎました。1950年頃のニューヨークのイーストハンプトンにあった彼のアトリエで鳴っている音をイメージしてつくった曲です。 フェンダーローズという楽器は第二次世界大戦中に航空機の廃材を使用してハロルド・ローズ氏によって発明されました。当時はピアノがとても高価だったためにピアノの代用品として、前線の兵士たちを音楽で慰安する「音楽療法」の目的でつくられました。フェンダーローズの響きは現代でも聴く人々に安らぎを与え時を越え、人々の心に愛と平和をもたらすことと信じています。

10. Never can say goodbye

締め切りが間近に迫り、いよいよ追いつめられた状況の時に人間という生き物は最大のパワーを発揮するのかもしれません。そう考えると今回初めて締め切り日というものを設けたことによって、このアルバムは一気に仕上がりました。 自分の力ではない何か、目に見えない不思議な魔力のようなものに突き動かされ無事に締め切り日をクリア出来ましたが、冷静に振り返ってみると、その見えない力の存在はウチの非情な鬼マネージャーだったことに、この解説文を書きながら気づきました。 ちなみに、このアルバムの全曲ダイジェストMVはその非情なマネージャーである小森宏子が制作した渾身のアニメーションヴィデオです。 とても素晴らしい仕上がりですので興味のある方はぜひご覧ください。

 

>>PART1はこちら

新作『NO SATISFACTION』MV


INO hidefumi「NO SATISFACTION」

NO SATISFACTION

2016/05/11 RELEASE
IRCD-6 ¥ 2,750(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.Spartacus
  2. 02.What are you doing the rest of your life
  3. 03.Why are we at war
  4. 04.Billie Jean
  5. 05.Behind the rainbow
  6. 06.Midnight at the oasis
  7. 07.Just the two of us
  8. 08.Madsummer Reminiscence
  9. 09.Solid Foundation
  10. 10.Never can say goodbye

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