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アン・サリー『Brand-New Orleans』リリース10周年記念特集:インタビュー&レビュー

アン・サリー

 2001年にアルバム「Voyage」でデビューした、現役医師、ミュージシャン、母という三つの顔を持つシンガーソングライター、アン・サリー。2005年に発表した名盤『ブラン・ニュー・オリンズ』の発売を10周年記念して、当時のレコーディングメンバーを中心にした企画&ツアーがビルボードライブで開催される。10年ぶりにリマスター版が発売することにあわせて、発売のきっかけや、アルバムタイトルにもなっている、ニューオリンズでの暮らしや魅力についてインタビュー。また、医師・歌手・母として暮らす現在のスタイル、そしてライブへの意気込みも語ってもらった。

 また続くページでは音楽ライター/ジャズ評論家の柳樂光隆氏による『ブラン・ニュー・オリンズ』のレビュー記事も公開!

目の前の課題を一つ一つ地味にこなしてきたら、いつの間にか一足一足履くわらじが増えていた

−−今回のライブは2005年に発表した名盤『ブラン・ニュー・オリンズ』発売十周年記念ライブとの事ですが、再発売に至ったきっかけをお聞かせください。

アン・サリー:発売から10年が経ち、アルバムが手に入りづらい状況を残念がって下さる方も多かったので、改めて現地で録音したアナログテープを掘り起こすことから始めて、新しくマスタリングした形でみなさまへお届けしようということになりました。さらに歌と演奏を楽しんで頂けるような音の像になったのではないかと思います。

−−ニューオリンズ滞在中、昼間は医師としての研究や英語での論文作成、夜はライブハウスとかなりアグレッシブに活動されていたようですが、その頃のアン・サリーさんにとって「音楽」はどのような存在でしたか?

アン・サリー:振り返ると、ニューオリンズでの暮らしは時間の流れが緩やかで、あまりアグレッシブという感じはありませんでした。日本だと、特に都会では、何だか慌ただしく時間だけが過ぎていってしまう感覚がありますが、全く違いました。日々、街のあちこちでライブ演奏が繰り広げられていますので、アフター5に余力があれば出来るだけ生の演奏に身をひたしに行こうと思っていました。

−−アン・サリーさんの思うニューオリンズという土地・文化の魅力を教えてください。 またそれは、ご自身の音楽に対しての考えに変化を与えましたか?

アン・サリー:アメリカの南端で海に面し、中南米にも近いという土地柄、色々な文化が交易しやすい場所なので、それが音楽の魅力となって現れているのがとても面白いなと思いました。そこに住み、色々なジャンルの魅力溢れた音楽に触れながらも、それに憧れ真似るというよりは、自分というアジア人から自然に表れる音楽的魅力があるとするならば、それを大切にしたいなと、さらに思うようになりました。

−−二人のお子様がいらっしゃるということですが、ご家族から受ける音楽への影響はどのようなものでしょうか?

アン・サリー:家族の存在ゆえに、より一音一音大切に、心を注いで歌えるようになったと思います。

−−医師として、歌手として、母として。とても一人でこなせるようには思えませんが、アン・サリーさんの歌声にはそんな日々の忙しさを全く感じさせない、うっとりするような余裕と安らぎを感じます。ぜひその秘訣を教えてください。

アン・サリー:自分としては、目の前の課題を一つ一つ地味にこなしてきたら、いつの間にか一足一足履くわらじが増えていたという感じです。子供が産まれて小さいうちは仕事を少なめにして子供との時間を優先して、成長とともに時間のバランスを少しずつ変えるようにして、あまり無理はないようにしています。仕事、生活、うたは密接に繋がり合っていて、片方で学んだことがもう片方に生きるということが大いにあるのを感じます。

−−最後に今回のライブの概要、見どころを教えて頂けますでしょうか?

アン・サリー:この10年間に、日本とニューオリンズには大きな災害に見舞われたという共通点が不幸ながらありました。街の人口構成まで変えてしまう程の大きな環境変化に、未だに戸惑いは尽きることはないと言います。そんな中、痛みを知るもの同士助け合いの気持ちが行き交うという素晴らしい面もありました。今回、10年ぶりに無事再会し、あらゆるボーダーを超えてひとつの音楽を一緒に造り上げる。そのことを想像するだけで今から心が躍ります。みなさまにもぜひお楽しみ頂けたらと思います。

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    Text by 柳樂光隆
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 ビルボードライブでの公演、そして発売10周年&リマスター作の発売を記念した特集記事の第2弾として、ジャズの新潮流を捉えた『Jazz The New Chapter』シリーズの監修者としても知られる音楽ライター/ジャズ評論家の柳樂光隆氏による『ブラン・ニュー・オリンズ』のレビュー記事も公開。その文章を通して、リリースから10年を経てなお輝く名作の魅力に改めて触れてみて欲しい。

歌うよろこびが溢れ出てしまっているこのアルバムから
僕は音楽の魔法のようなものを感じている

 2001年、ノラ・ジョーンズが『Come Away With Me』をリリースし、そこに収録された名曲「Don't Know Why」が世界中の人の心を潤した。ノラ・ジョーンズの切なさを湛えた歌声と、どこか軽やかで優しいジャジーかつアコースティックなサウンドは、これまでにありそうでなかった雰囲気を纏っていた。このアルバムは同年に起こったアメリカ同時多発テロで傷ついたアメリカの心を癒したなんて言われたりもしたが、21世紀が始まってすぐのこのころには、アメリカに限らず、世界中がノラ・ジョーンズの音楽に癒されていたのだと思う。

 その同年、日本ではアン・サリーというシンガーが『Voyage』をリリースした。ジョニ・ミッチェルのフォーキーな曲から、イヴァン・リンスによるブラジリアン、ヘンリー・マンシーやマリア・マルダーの名曲までをオーガニックで洗練されたサウンドに乗せて歌うこのアルバムは、『Come Away With Me』が求められる時代に、出るべくして出てきたアルバムだったように思うし、アン・サリーの声はノラ・ジョーンズのそれと同じように多くの人を癒してきたように思う。アコースティックで、ジャズの香りを漂わせていたサウンドもこの時代にぴったりだった。

 そういえば、僕はアン・サリーの歌を聴くと、いつも不思議な透明感を感じる。より正確には、声自体の透明感はもちろんだが、その声が一つあることで、そのサウンド総てが透明になってしまうような不思議な力があると言ったほうがいいかもしれない。『Voyage』から、それに続く『Moon Dance』『Day Dream』、そしてその集大成とも言えるライブ盤『Hallelujah』など、このころの彼女の作品を聴いていると、あんなに美しくて、強い声なのに、すーっと僕の頭から彼女の存在や音楽が消えていくような感覚があった。最後に裸の歌だけが残る。

 それは彼女の歌にはエゴみたいなものを全く感じないからかもしれないと思ったりもしている。それと同時に彼女の歌には雑念みたいなものさえないのではないか。その声を完ぺきにコントロールしながら、雑念も虚飾もない彼女ならではのとてもストイックなやり方で歌っていくような印象がある。そんな彼女の歌は穏やかで優しくて透き通っていながら、不思議な強さをもっている。厳しさにも似た“強さ”。どんなにやわらかく、優しささえ感じさせる歌でも、彼女の声から甘さやゆるさが出ることはない。いつだって凛としていて、背筋が伸びている。心を癒す彼女の歌には、どこか気高い空気がいつも宿っていた。

 ただ、その後にリリースした『Brand New Orleans』はこれまでの彼女の音楽とは全く違う手触りをしていた。3年間のニューオーリンズでの生活の後に現地の仲間と録音されたというこのアルバムは、これまでの彼女のアルバムにあったストイックな空気や透明感が驚くほど、聴こえてこない。リリースされた当時、僕はいつもの彼女と違う雰囲気にかなり戸惑ったものだった。

 このアルバムがどんな意図で作られたのかを僕は知らない。ただ、これ以前のアルバムとはいくつかの大きな違いがある。例えば、バックの演奏に関しては、彼女の世界観に寄り添うように、時に敢えて消えるように彼女の歌の世界観を共に作り上げていたこれまでの演奏とは全く違う音が鳴っていたのは印象的だった。ここでのニューオーリンズのジャズ・ミュージシャンたちによる演奏には、気の置けない仲間とのジャズバーでのジャム・セッションの延長のような寛いだ雰囲気や、音楽を素直に楽しんでいるような無邪気な空気が流れていた。時にいたずらっぽく奏でられるピアノや、自分の音色やリズムを自信たっぷりに奏でるベース、その楽器が本来持っている不良っぽいカッコよさを体現しているトランペット、どのミュージシャンも呆れるほどに人間臭い音を鳴らしていて、それがどこまでも魅力的だ。

 ここでのアン・サリーは、まるでその演奏に引っ張られるように、その演奏と戯れるように歌っているように思える。彼女自身はいつも通り歌っているつもりなのかもしれない。それでもニューオーリンズという場所と、そこにいるミュージシャンがこれまでの彼女の作品からは聴くことのできない、どこかリラックスして、のびのびと歌う、素の彼女の歌を引き出しているような気がする。その歌には、揺れや雑味があり、それまでのアン・サリーを聴いていた耳からすれば、彼女らしくないと思う瞬間さえある。しかし、ここまで温かく、どこか人懐っこいアン・サリーは、たまらなく魅力的だ。クールな彼女のいたる所から、歌うよろこびが溢れ出てしまっているこのアルバムから、僕は音楽の魔法のようなものを感じている。抗うことができない感情が実に自然に歌に乗ってしまった瞬間を余すことなくパックすることができたのも奇跡のようなことだったのかもしれない。

 僕は10年ぶりに聴いて、ようやくこのアルバムの魅力に出会うことができた。というより、僕にとってはこのアルバムの魅力に気付くには10年の時間を経て、もう一度、出会い直す時間が必要だったのかもしれない。過去に聴いたことがある人も改めて聴いてみるといいだろう。僕と同じように新たな魅力に出会えるかもしれない。

Text:柳樂光隆

アン・サリー「ブラン・ニュー・オリンズ」

ブラン・ニュー・オリンズ

2005/04/27 RELEASE
VACM-1262 ¥ 3,024(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.Basin’ Street Blues
  2. 02.Honeysuckle Rose
  3. 03.Since I Fell For You
  4. 04.アフリカの月
  5. 05.When You’re Smilin’
  6. 06.Lazy River
  7. 07.Sweet Georgia Brown
  8. 08.Until It’s Time For You To Go
  9. 09.I Know
  10. 10.Way Down Yonder In New Orleans
  11. 11.胸の振子
  12. 12.Bogalusa Strut
  13. 13.What A Wonderful World

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