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2021/04/13

『フィアレス(テイラーズ・バージョン)』テイラー・スウィフト(Album Review)

 昨年春から現在に至るまでの1年は、世界各国が新型コロナウイルスにより経済の変動や情勢変化に影響を受けた……にもかかわらず、テイラー・スウィフトの目覚ましい活躍には舌を巻く。オリジナル・アルバムを2枚リリースし、大ヒットさせ、さらには【グラミー賞】で<最優秀アルバム賞>まで受賞してしまうのだから。
 
 2020年8月にサプライズ・リリースした8枚目のスタジオ・アルバム『フォークロア』は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で通算8週のNo.1をマーク。本作からのシングル「cardigan」もソング・チャート“Hot 100”で初登場1位を獲得し、4か月後の12月には続編『エヴァーモア』を早々に発表。シングル「willow」と共に再びシングル・アルバムの両チャートを制した。
 
 【第63回グラミー賞】で<最優秀アルバム賞>に輝いたのは前者の『フォークロア』で、受賞は『フィアレス』(第52回)、『1989』(第58回)に続く3度目、女性アーティストとしては史上初の快挙。常に話題性に事欠かないが、キャリアのピークは未だとどまっていない印象すら受ける。
 
 そんな脂の乗り切ったタイミングでリリースされたのが、前述の『フィアレス』を全曲再録音した 『フィアレス(テイラーズ・ヴァージョン)』。本作は、原曲をレコーディングし直した「テイラーズ・バージョン」に加え、諸事情でお蔵入りになっていた未発表6曲「フロム・ザ・ヴォルト」の計26曲を収録したもので、『フォークロア』~『エヴァーモア』を担当したジャック・アントノフとザ・ナショナルのアーロン・デスナーが共同プロデューサーとして参加している。
 
 こうして過去の作品が再レコーディングされたのは、2019年にスクーター・ブラウンのイサカ・ホールディングスが、発売元であるビッグ・マシーン・レーベルから音源の権利を買収したため……ということは言うまでもない。権利上の問題というのが最大の理由かと思われるが、ポップから原点回帰した『フォークロア』と『エヴァーモア』の大成功からしても、初期のカントリー・アルバム『フィアレス』にフィーチャーしたのは正解といえる。
 
 セルフカバーといえば、キャリアを積んだアーティストほど歌い回しを自分らしくアレンジしがちだが、テイラーズ・ヴァージョンはおよそ13年を経て再録音した感じが良い意味で感じられない、原盤を忠実に再現した仕上がりだった。参加メンバーも元のレコーディングに関与した面々で、むしろ違いを探すのが難しいほどエヴァ―グリーンさが一切失われていない。
 
 たとえば表題の「フィアレス」。原曲と聴き比べても即座に違いを明確にし難いが、インストやベースライン、マンドリンのラインなど“元のイメージを崩さず”の絶妙なアレンジがみられる。それから、何といってもテイラー自身のボーカル。『フィアレス』から13年、デビュー・アルバム『テイラー・スウィフト』(2006年)からは15年もの時間が経過しているわけで、声質(声帯)に変化が生じるのは当然だが、カントリー・ミュージックにおいては尖り具合が緩和され、丸みを帯びた現在の方が曲にフィットする。
 
 高音を強調した「ヘイ・スティーブン」や、当時「バブリー」が大ヒットしていたコルビー・キャレイとのデュエット「ブリーズ」、ドラマティックな展開の「ユー・アー・ノット・ソーリー」、ビッグ&リッチのジョン・リッチが手掛けた「ザ・ウェイ・アイ・ラヴ・ド・ユー」などは、ボーカルの成熟により曲に深みが増した。感情の込め具合は新旧それぞれにあるだろうが、説得力は諭すようなボーカル・ワークの新バージョンに軍配が上がる。ピアノ・ヴァージョンも新録した「フォーエヴァー&オールウェイズ」もしかり。
 
 それから、歌詞の一部が書き直された曲もある。Hot 100で最高2位に初のTOP3入りした大ヒット・ナンバー「ユー・ビロング・ウィズ・ミー」では、「イン・ザ(The)・ルーム」から「イン・マイ(My)・ルーム」に、所有格を表す代名詞が“自分”に強調されている。同様に聴いただけでは気づかない程度の違いだが、プラチナム・エディション収録の「スーパースター」にも、「I can’t keep my eyes off of you」に“Keep”を加え「目を離し“続ける”ことができない」と意味深なフレーズに焼き直した箇所がある。前者は何に対する“自分”のアプローチなのか、後者は誰に対するメッセージなのか……と、ファンの間で話題になるのはテイラーの作品における慣例であり、そういったファン・サービスも引き継がれている。
 
 目や耳で聴きとれるものもあるが、当時は数年前の想い出を歌った「フィフティーン」を倍以上の年齢(31)になった今歌う“懐かしさ”の違い、淡い少女の失恋をやさしく諭す“包容力”が身についた「ホワイト・ホース」など、感覚でとらえる“違い”もある。自身初のTOP10ヒット(全米4位/全英2位)となった「ラヴ・ストーリー」は、13年を経て聴いても色あせない「2000年代を代表する良質なカントリー・ポップ」だと改めて実感させられる……そんな捉え方もあった。
 
 原盤との違いも聴きどころだが、ファンにとっては未発表であった「フロム・ザ・ヴォルト」の6曲こそ本作の目玉。中でも以前リークされたことがある「ミスター・パーフェクトリー・ファイン」は、リリースされてすぐ様々な憶測が飛び交ったりと話題を呼んでいる。サビの“ハロー”が可愛らしい爽やかなメロディ・ラインのカントリー・ポップで、ボツになったのが不思議なほどインパクトにも優れた曲だが、私をボロボロにした“ミスター”が当時のボーイフレンドであるジョー・ジョナスのこととされていて、お蔵入りになったのはクオリティ云々ではなく、意識の問題だという見解も……?
 
 「ミスター・パーフェクトリー・ファイン」をリリースするにあたり、SNSで「私も成長したし、この曲をリリースしようかな」とつぶやいていたテイラー。ジョーの妻ソフィー・ターナーもこの曲に好感触のメッセージを贈っているようだし、両者の関係も(おそらく)良好。リリースのタイミングも、両者大人になった今だからこそできたといえる。この曲に続き話題となっているのが、以前「ワン・シング」というタイトルで一部流出した「バイ・バイ・ベイビー」。この曲もスウィフティーズが最も好みそうな意味深なフレーズ満載のカントリー・メロウで、去った元恋人への未練(恨み節?)が歌われている。
 
 参加ゲストも豪華で、過去の恋愛を“纏わりついている”と表現したドロドロ(?)の「ユー・オール・オーヴァー・ミー」には、2010年代の女性カントリー・シンガーを代表するマレン・モリスが、対照に前向きな復縁を歌った「ザッツ・ホエン」には自身が敬愛するカントリー界の中堅=キース・アーバンが参加している。前者はデビュー作の延長線にあるメランコリックなカントリー・バラードで、マレンの自己主張をおさえたボーカルからテイラーへの敬意が伺える。後者は『1989』にもありそうな陶酔感あるミディアムで、かつてでは少女と男性という組み合わせも、今だから大人の男女によるフィット感がたのしめる。『1989』といえば、「クリーン」を彷彿させるノスタルジックな「ドント・ユー」や、昨年のフォーク・アルバムとも共通項があるアコースティック・メロウ「ウィー・ワー・ハッピー」もいい曲。

 「トップスターに進化を遂げた私」をアピールすることもなく、10代の自分にリスペクトするよう丁寧に作り直した『フィアレス(テイラーズ・ヴァージョン)』。(契約上の)逆境もプロモーションと作品に反映させ、 まったく前例のないことでファンを喜ばせ、尚且つヒットさせる。ここまで完璧なポップ・スターがいるだろうか?意向によれば、今後デビュー作『テイラー・スウィフト』から『レピュテーション』までのアルバムも再レコーディングする予定だが、それぞれでどんな変化がみられるのかも楽しみであり、本作の成功を機に、レーベルのしがらみに悩むアーティストが(少しでも)解放されていけば、本作の意義は非常に高い。
 
Text: 本家 一成

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