2020/12/14
今年7月にリリースした『フォークロア』が、来たる2021年1月開催予定の【第63回グラミー賞】で<最優秀アルバム賞>、<最優秀楽曲賞>など計6部門でノミネートされ、話題をさらったばかりだが、それをも上回るサプライズを用意しているとは。本作『エヴァーモア』の突然の発表には、度肝を抜かれた。何せ、わずか5か月で9作目のオリジナル・アルバムを完成させてしまったのだから。
年に二度のサプライズ・リリースをしたこともそうだが、それが「曲を作るのが止められなかったから」という理由付けにしたのもテイラーらしいというか。そういった内容を含むアルバム・コンセプトについてのエッセイを公開したり、意味深な後ろ姿のカバー・アートや、自身のバースデー直前に発表するというタイミング諸々も、良い意味で策略的というか。豊かな感性とプロモーション力、常に挑戦し続ける意欲的な姿勢には感服する。
本作もテイラーが全曲を制作し、ザ・ナショナルのアーロン・デスナーを共同プロデューサーに、ブライス・デスナーやジャック・アントノフ等前作『フォークロア』に参加していた面々がクレジットされている。ゲストにはそのザ・ナショナルと、『フォークロア』の人気曲「exile」で共演したボン・イヴェール、そして米カリフォルニア州出身の姉妹ポップ・ロックバンド=ハイムが参加。面々からも予想できる通り、『フォークロア』の続編的なフォーク・アルバムに仕上がっている。
発売同日にシングル・カットされた「willow」は、前作からのシングル「cardigan」を後追いした哀愁フォークで、アコギを基とした柔らかいサウンドやマイナー調のメロディが、この時季ならではの切ない空気感を醸し出す。曲調だけなら失恋ソングをイメージしそうだが、意外やひたむきな恋心を歌っているギャップにまた、驚かされた。好奇心や欲望、誰かへの情熱を柳(Willow)に例えるあたりも、彼女らしいセンス。
自身が監督・スタイリングを務めたミュージック・ビデオも「cardigan」の続編となっていて、ピアノの大屋根から森の中に迷い込み、過去と現在が交差する不思議な世界観を繰り広げる。湖を覗き込むシーンでは、タイトルの「柳」が見事に垂れ下がっていて、画の美しさに目を奪われる。中盤のシーンで纏っていた白いドレスから「結婚」と重ね合わせるファンもいたようで、こういった“匂わせ”も相変わらず手が込んでいる……というか、サービス精神旺盛。
その「結婚相手」として囁かれている俳優のジョー・アルウィンは、本作でもウィリアム・バウリーという名前で3曲にソングライターとして参加。1曲目の「champagne problems」は、家族や心の問題による結婚破棄のエピソードが綴られたピアノ・バラードで、自身のメンタルヘルスについても触れていたりとセンシティブな内容が書かれている。そんな心境をそのまま音にした繊細さ、か細いボーカル・ワークもすばらしく、両者息の合ったコンビネーションも伺わせる。
2曲目の「coney island」も喪失感を歌った曲で、ジョーとの共作曲がいずれも失恋や別れをイメージさせることが、ファンをザワつかせているのだとか。アーティストとしてはザ・ナショナルとの初のコラボレーションで、彼等のテクスチャーも含みつつ、本作のイメージに則ったサウンド・プロダクションとなっている。マット・バーニンガーとの高低差ある重なり合いもサウンドにフィットしていて、アルバムの目玉曲といえる存在感を示した。
もう1曲は、前述のボン・イヴェールと再共演した最終曲「evermore」。失恋に直結する内容ではないが、この曲も心の痛みや鬱を露わにした曲で、孤独や死を彷彿させるフレーズがあったりと、結構重い。いずれも心を許せる相手と作ったからこそ表現できた、という取り方もできるか?ジャスティン・ヴァーノンの包容力あるブリッジから「この痛みは永遠には続かない」という前向きなメッセージで幕を閉じることで、多少の安心感が得られる。
ゲストを招いたナンバーでは、カントリーに回帰したハイムとの「no body, no crime」も記憶に留まる傑作。80年以上経った今も解決されない「マジョリー失踪事件」に触発された曲だそうで、犯罪に対する各々の見解等が綴られている。歌や演奏も心なしか攻撃的に聴こえる、女性陣による強いメッセージ・ソングといえよう。女性アーティストをアルバムのゲストに招くのは、2ndアルバム『フィアレス』(2008年)収録の「ブリーズ」にフィーチャーされたコルビー・キャレイ、7thアルバム『ラヴァ―』(2019年)収録の「スーン・ユール・ゲット・ベター」で共演したディクシー・チックスに続く3組目。共演自体は初めてだが、彼女たちとは【1989ツアー】にサポート・アクトとして同行した2015年以降友人関係にあったと話している。
カントリーに回帰したといえば、バンジョーの演奏をバックに諭すように歌う「cowboy like me」も初期の作品を彷彿させる傑作。おそらくフィクションによる恋物語で、前述の曲にある生々しさは然程感じされない。コーラスには、マムフォード・アンド・サンズのマーカス・マムフォードがゲスト・ボーカルとして参加しているようで、何れの要素においても聴き心地が良い曲。8曲目の「dorothea」も、デビュー作『テイラー・スウィフト』(2006年)を再現したような作りだ。
アーティストが故のもどかしい気持ちを歌った「gold rush」、カニエ・ウェストとの確執に終止符を打った(払拭した?)と思わせるフレーズを、軽快なアップ・チューンに乗せて歌う「long story short」、エモいフレーズを淡々と歌うミドル・ブロウの「tolerate it」、不倫をテーマにしたセピア色のアコースティック・メロウ「ivy」、 独特のパーカッション・リズムを奏でるインダストリアル・フォーク「closure」、「evermore」のように絶望から希望を導く、教会音楽のように神聖で美しい「happiness」、オペラ歌手で祖母の故マージョリー・フィンレーに触れた「marjorie」など、『フォークロア』以上にアダルティでナイーヴな曲が多い印象を受ける。
『フォークロア』に収まりきらなかった曲を集めたもの……くらいの感覚かと思いきや、質の高さにもまた度肝を抜かれ、テイラー・スウィフトというアーティストの凄みをまた実感させられた。本作のサプライズ・リリースには「今年のホリデー・シーズンは寂しい人が多いだろうから」という心遣いもあるようで、たしかに柔らかい音色や温かみのあるボーカルから、ホリデー・アルバムとしての機能も果たしているように思える。
前作『フォークロア』は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で2020年最長の8週首位をマークし、今年唯一のミリオンセラー・アルバムとして認定。年間アルバム・チャートでも、発売わずか4か月で5位にランクインする大ヒットを記録した。それに続く記録更新も間違いなさそうで、グラミーの結果含め2021年もテイラー・スウィフトの躍進は止まらない。
Text: 本家 一成
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