2020/08/11
90年代の活躍を良く知る者としては、ブランディが過去の人みたいな扱いを受けているのが非常にもどかしい。1994年のデビュー作『ブランディ』は、当時のR&Bシーンにおいて「すごい娘が出てきた」と言わざるを得ない衝撃だったし、モニカとデュエットしたモンスター・ヒット「The Boy Is Mine」含む2nd『ネヴァー・セイ・ネヴァー』(1998年)からは、同曲と「Have You Ever?」が米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で1位を獲得。90年代だけで計6曲のTOP10ヒットを輩出した、問答無用のスーパースターなのだから。
さらに成熟した良質R&B満載の『フル・ムーン』(2002年)や、デビュー当初のカニエがプロデュースした意欲作『アフロディジアック』(2004年)など、2000年以降の作品も佳作揃い。昨今大ヒットからは遠ざかてはいるが、エラ・メイやサマー・ウォーカーなど、90年代R&Bを再燃させているアーティスト等からリスペクトされたり、サンプリング・ソースとして楽曲が使われたりと、若い世代にも最注目されつつある。
本作は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で3位、R&Bアルバム・チャートで首位を獲得した『トゥ・イレヴン』(2012年)から約8年ぶり、タイトルが示す通り7枚目のスタジオ・アルバム。自身のレーベル<Brand Nu、Inc>から発表した初のアルバムということもあり、制作におよそ3年をかけ「最後のアルバムのつもりで取り組んだ」という熱量の高さをアプローチした。カバー・アートでは、ビーズを編み込んだボックスブレイズ風のスタイルで黒人らしさを強調。このビジュアルは、ブランディが敬愛していた故ホイットニー・ヒューストンの主演映画『ボディーガード』(1992年)から引用したものだそう。
1stシングルとして先行リリースした「Baby Mama」は、ブランディ世代のアーティストたちにも実力を認められているチャンス・ザ・ラッパーとのコラボレーション。その世代のリスナーにも懐かしヒップホップ・ソウルと、昨今のR&Bシーンにおけるトレンドを絶妙な配分でブレンドした傑作で、チャンスの高速ラップもいい具合のアクセントとなった。プロデュースは、R&B~ヒップホップ・シーンで多くのヒットを手掛けるヒットボーイ。
リリース同日にカットされた2ndシングル「Borderline」は、ムーディーなハチロク・メロウ。自身の嫉妬心を明るみにした曲だそうで、ミュージック・ビデオでは独房のような場所でもがき、不安や孤独といった感情を演出した。あまり知られてないが、シンガーになる前の10代前半は女優業としての活動実績もあったりする。同曲はじめ、本作は自身のルーツである90年代に回帰した、ミディアム系の良質R&Bが満載。控えめに、低音で微睡むように言葉を重ねる成熟したボーカルもすばらしい。
冒頭の「Saving All My Love」からして、デビュー曲「I Wanna Be Down」(1994年)に直結した、良い意味での懐かしさがある。オーガニックなネオソウル路線の「Lucid Dreams」や、抑揚はないが独特の旋律が中毒性を高める「No Tomorrow」なんかも、デビュー作『ブランディ』(1994年)を彷彿させる。エレクトロ色強めの「Unconditional Oceans」や、ドリーミーなミディアム「Rather Be」も所々に配置されていて、単調という印象は受けない。故ノトーリアス・B.I.G.の「Dead Wrong」(1999年)を一部引用した、ロック・テイストの「I Am More」もパンチが効いてていい。
パンチが効いてるといえば、シンガー/ラッパーとして活動をスタートした実娘・サライとのコラボレーション「High Heels」も、なかなかのインパクトを放っている。弦が飛び交うバウンス系のトラックもさることながら、なんと言ってもサライのドスをきかせたラップが凄い。リゾ風のビジュアルも個性的だし、フィーメール・ラッパーの再ブームに乗ってブレイクしちゃうカモ?
こういったアップからミディアムまでサラっと歌うスタイルだが、ボーカルの難易度は相当高く、本作ではいかにシンガーとしての実力があるかをあらめて実感させられる。それを証明したのがレトロなソウル~ブルース風の「Say Something」と、ピアノとコーラスのみで仕上げた最終曲「Bye BiPolar」で、高低差と静と動を使い分けた歌声に「圧倒させられる」とはまさにこのこと。バラードでいえば、 「Bye BiPolar」はキャリアの中で3つ指に入るほどの完成度では?
なお、「Bye BiPolar」の前に収録された「Love Again」は、昨年のフジロックで初来日したダニエル・シーザーの2ndアルバム『Case Study 01』(2019年)からのリード・トラックだが、本作にも収録される運びとなった模様。とはいえ、組み込まれてもまったく違和感はなく聴ける。
自身が公言していた通り、時代に流されることのないR&Bに忠実である作品に仕上がった『B7』。音楽メディアや評論家等からも高く支持されていて、理想的なカムバックを果たすことができたといえる。余談だが、「Rather Be」や「Lucid Dreams」、「Borderline」など、聴きおぼえのあるタイトルが並んでいることから、カバー・アルバムなのかと錯覚しがちだが、すべてが丹精込めたオリジナル曲なのでご安心を。
Text: 本家 一成
関連記事
最新News
関連商品
アクセスランキング
インタビュー・タイムマシン
注目の画像