2020/06/01
2019年は、レディー・ガガにとって再起の1年だった。2018年秋公開の映画『アリー/ スター誕生』が世界規模で大ヒットし、同サントラ盤が米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で初登場から3週連続のNo.1をマーク。【第91回アカデミー賞】では「シャロウ」が<主題歌賞>を受賞し、アワード効果で「シャロウ」もビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で首位を獲得した。シングルとしては、2011年リリースの「ボーン・ディス・ウェイ」以来、およそ8年ぶりの王座復帰となる。
しかし、映画の大成功や高い評価を得たトニー・ベネットとのジャズ・アルバム『チーク・トゥ・チーク』(2014年)は、あくまで別モノだったというべきか。前作『ジョアン』から約4年ぶりの復帰作『クロマティカ』は、彼女がシーンに登場したあの衝撃を回想させる、エレクトロ色満載のダンス・ポップが中心のアルバムだった。その時の感情や直感に従って作品を作り続けてきた、レディー・ガガ“らしい”曲陣が連なっている。
その予兆をみせたのが、コロナ禍真っ只中にリリースされた1stシングル「ステューピッド・ラヴ」。マックス・マーティン、ブラッドポップ、そして『アートポップ』(2013年)でも大活躍をみせたチャミの3大ヒットメイカーを制作陣に迎えた“ガガ節”全開のエレクトロ・ポップで、日本でも若者の間でトレンドとなっているピンクに髪を染め上げる等、ビジュアルもアリーから一新した。iPhone 11 Proで撮影したミュージック・ビデオも話題を呼び、公開2か月で9,000万再生を記録している。「愛こそ」を強調した歌詞は、こんなご時世だからこそ尚響く。国内盤デラックス・エディションには、ヴィタクラブ・ウェアハウス・ミックスとエリス・リミックスも収録。
なお、「ステューピッド・ラヴ」のピンクヘアやバトル・コスチュームを引き継いだアルバム・ジャケットは、女性たちのパワフルなイメージしているとのこと。
リリース1週間前に発表した2ndシングル「レイン・オン・ミー」は、アリアナ・グランデをパートナーに迎えた意欲作。高揚感あるエレクトロ・ハウスに乗せて歌うのは、まさにアルバム・コンセプトである痛みや悲しみと戦う女性たちの強さ。シーンの第一線で活躍し続ける両者だからこその説得力がある。お互いを称え合う2人の相性も抜群で、アリアナの透明感ある高音と、ガガの大胆なボーカルの対比もアクセントになっている。メディアの辛口評論家等も「レディー・ガガ史上最高傑作」と絶賛し、SNSにも多くの反響が寄せられた。ナイフの雨粒を降らすSFバトル風のMVも大反響を呼び、公開1週間で早6,000万試聴を突破している。UKチャートでは、前述の「シャロウ」以来2年ぶりとなるNo.1を獲得し、米ソング・チャート“Hot 100”でも1位に初登場するだろうと、米ビルボードが報じている。
アルバムは、ストリングスを強調したゴージャスなイントロ「クロマティカ」から、アクスウェル&ジャスティン・トランターと共作したダンス・ポップ「アリス」で華やかに幕開けする。「アリス」は、ルイス・キャロルによる名作『不思議の国のアリス』をモチーフにした曲で、自分にとってのワンダーランド(平和な世界)が今も見つからないことを、ストーリーと重ね合わせている。エフェクトをかけたラップ・パートは、デビュー作『ザ・フェイム』(2008年)に原点回帰した感じも。
2曲のシングルを挟んではじまる「フリー・ウーマン」もまた、アルバムのコンセプトに沿った本作を代表する一曲。旋律も爽やかなトロピカル・ハウス風の夏らしいトラックとは対照に、この曲では女性の自由や権利、地位と向上を強く訴えている。複雑性をもたず、シンプルな歌詞だけに刺さるリスナーも多いだろう。具体例は用いていないが、自身や他の女性シンガーたちが受けてきた性差別や性的暴行などについても言及している。
伸びやかな高音を響かせるフロア向きのハウス・トラック「ファン・トゥナイト」で1章を終え、イントロの続編となる「クロマティカⅡ」から間髪入れすにはじまる「911」へ。「911」は、自身が抱えるメンタル・ヘルスと統合失調症の治療薬について歌った曲で、サビでは「最大の敵は自分自身」というフレーズを用いている。歌詞の陰気さに通ずる、エフェクトを効かせたエレクトロニカは中毒性抜群。ファルセットとラップを交互に使い分ける、ボーカル技術の高さにも感服する。同曲を手掛けたのは、フランスのソングライター/プロデューサーのマデオン。
スクリレックスが制作陣にクレジットされた「プラスティック・ドール」は、第一線で活躍してきた苦悩や鬱憤について歌った曲で、他曲と比べると地味ではあるが、強いメッセージが込められている。次曲「サワー・キャンディー」は、アメリカでも高い人気を誇る韓国の4人組ガールズ・グループ=BLACKPINKとのコラボレーション。彼女たちの作品に直結したK-POP路線のEDMで、それぞれのキャラクターが上手くフィーチャーされている。ファッションやダンス・パフォーマンスに定評のある両者だけに、ミュージック・ビデオの制作(シングル・カット)にも期待したいところ。なお、コラボについての提案はガガから依頼したそうで、彼女たちにとってまたとないビッグ・チャンスとなるかもしれない。
フロアで体感すればさぞ気持ちいいであろう、解放感に浸るヘヴィンリーなエレクトロ・ポップ「エニグマ」~「モンスター」(2009年)の続編的な内容の「リプレイ」で2章の幕を閉じる。最後の壮大なインタールード「クロマティカⅢ」からはじまる最終章は、リリース前からファンをザワつかせていたエルトン・ジョンとのデュエット曲「サイン・フロム・アバヴ」でスタート。
互いにリスペクトし合うガガ&エルトンのコラボレーション「サイン・フロム・アバヴ」は、スロウからエレクトロ・ダンス、後半はダブステップに移行するユニークな構成のトラックで、歌詞には絶望と希望の両面が描かれている。サウンド面からみると、エルトン・ジョンらしさは皆無といったところだが、アルバムのコンセプトを考慮すると、バラードやレトロ・ロックに頼らなかったのは正解。エルトンはガガに「自分のアーティスト性を大切にするように」とアドバイスしていたようで、おそらくそういった意図も含まれているのだろう。この曲には、ワンリパブリックのライアン・テダーや、セバスチャン・イングロッソもソングライターとして参加している。「サイン・フロム・アバヴ」から繋げるディープ・ハウス調の「1000ダヴズ」も傑作。ボーナストラックとして、ピアノのデモ音源も収録されている。
ニュー・オーダーのヒット・ナンバー「コンフュージョン」(1983年)をサンプリングした最終曲「バビロン」は、バックで鳴らすホーンの音、ゴスペルを取り入れたコーラス、そして「ボーン・ディス・ウェイ」(2011年)のオープニングを彷彿させるラップ・スタイルのボーカルで構成された、アルバムを締め括るに相応しい渾身の一曲。タイトルは、ご存知メソポタミア南部の古代都市のことで、詞的なニュアンスが含まれた、壮大な歌詞の世界観もすばらしい。
同調の曲が続く印象はあるものの、細かく聴き比べるとそれぞれに個性があり、妥協せず凝って作ったであろう経緯が伺える。インタールードを除き、バラードやミディアムを一切用いなかったあたりも、作品への拘りも感じられた。昨今、若いアーティストの間でブームになりつつあるメンヘラっぽさも、このアルバムの特徴であり、魅力のひとつ。そして、デビュー当初から世界に発信し続けている個性・個人の尊厳をブレずに掲げ、「これが私の作りたかったもの」と堂々と言えるレディー・ガガは本当に凄い。
Text: 本家 一成
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