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2020/05/25

『仮定形に関する注釈』The 1975(Album Review)

 英マンチェスター出身の4人組ロック・バンド=The 1975の新作『ノーツ・オン・ア・コンディショナル・フォーム』が2020年5月22日にリリースされた。

 本作は、「チョコレート」などのヒットを輩出したデビュー作『THE 1975』(2013年)、米・英両チャートで1位を獲得した2ndアルバム『君が寝てる姿が好きなんだ。なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気がついていないから。』(2016年)、そして前作『ネット上の人間関係についての簡単な調査』(2018年)に続く、約1年半ぶり、通算4枚目のスタジオ・アルバム。

 当初は昨年中にリリースされる予定だったが、制作が難航していたこと、そして新型コロナウイルスの影響を受け、延期を重ねた後に“ようやく”発売された。前2作に続き、本作も『仮定形に関する注釈』という原題に基づいたインパクトの強い邦題が付けられている。

 1stシングルの「ピープル」は、良い意味で違和感をもたらした意欲作。鋭いギター・リフやらしからぬシャウト、インダストリアルを取り入れたサウンド・プロダクション等、これまでのイメージを覆し、ロック・バンド“らしさ”を証明した。マリリン・マンソンにインスパイアされたとされるミュージック・ビデオや、オバマ前大統領への暴言、腐敗した若者へのメッセージ、環境問題等、社会的要素満載の歌詞も強烈。世界中に衝撃を与えたスウェーデンの環境活動家=グレタ・トゥーンベリのスピーチを5分弱載せた「The 1975」からの繋ぎにも、拘りを感じられる。

 一転、2ndシングルの「フレイル・ステート・オブ・マインド」は、パーカッションの音色を搭載したダンス・ポップに回帰している。何でも、ダブステップ・シーンの重要人物であるブリアルに触発されたのだとか。古いフィルムを再現した自主制作っぽいMVも、曲のスタイリッシュさとマッチしていていい。トラックの軽快さとは対照に、歌詞にはメンタルヘルスを醸す不安定な心情が綴られている。7曲目に収録された「イエア・アイ・ノウ」も、UKガラージ~2ステップを取り入れた傑作。

 「ミー・アンド・ユー・トゥギャザー・ソング」も、レトロな仕上がりのミュージック・ビデオが人気の彼ら“らしい”ブリット・ポップ。台詞のようなフレーズが続くストーリー仕立ての歌詞では、LGBTQについても触れている。本作では、米LAの女性シンガーソングライター=フィービー・ブリジャーズがゲストとして参加した「ジーザス・クライスト2005ゴッド・ブレス・アメリカ」でも、セクシュアル・マイノリティーについて取り上げ、同性愛を罪と断じるキリスト教を独自の表現で批判している。

 アコースティック・ギターの音色が心地よい、カントリー・フォーク調の「ザ・バースデー・パーティー」もいい曲。いわゆる“癒し系”のサウンドに乗せて歌うのは、少々難解な心の病。前作でも取り上げた薬物中毒についての問題点や、SNSの誹謗中傷等、昨今若者の間で“病む”理由とされている論点を取り上げ、ミュージック・ビデオでも芸術的なタッチでカウンセリングの様子を描いた。米ニュージャージー州のインディ・ロック・バンド=パイングローヴについて触れた一節がSNS等でも話題を呼んだが、後に批判的な意味合いではないと解釈されている。さらにアコースティック色を強めたメロウ「プレイング・オン・マイ・マインド」も、シンプルながら素晴らしい出来栄え。

 UKシングル・チャートで14位、米ロック・ソング・チャートで5位をマークした、本作最大のヒット曲「イフ・ユーア・トゥー・シャイ(レット・ミー・ノウ)」は、80年代フレーバー溢れるシンセ・ポップ。オンラインで知り合った“誰か”とのエピソードを綴った曲で、今風のラブ・ロマンスをたのしむ様子と、「オンラインで観てるだけ」というバーチャルの関係では物足りない、そんな両面を併せ持っている。インタールードのサックス、横並びに整列したモノクロのミュージック・ビデオも最高で、ヒットしたのも納得の逸品。バック・ボーカルには、英グロスターシャー出身の女性シンガーソングライター=FKAツイッグスが参加している。

 発売直前に公開された「ガイズ」は、アルバムのトリを飾る。「君たちとの出会いこそ最高の出来事」と繰り返すように、同曲はバンド・メンバーへの想いや感謝を歌ったナンバーで、歌詞のみならず、穏やかな雰囲気のメロディ・ラインや、温もりあるボーカル・ワーク等、全ての要素において涙腺を刺激される。また、オフショットをメインとしたMVも“バンド愛”に溢れていて、ある意味本作の中で最もメッセージ性が強い曲といえる。“最高の出来事”のひとつとして「日本に訪れた時」も含まれているのが、ファンの間でも話題となった。次の来日公演では大きな反響を呼びそう。

 大きな反響を呼んだといえば、2年前にSNSに投稿されたマシューの父親で俳優のティム・ヒーリーと共作・共演した「ドント・ウォーリー」も収録されている。同曲は、マシューが11歳の時にティムが書いた曲で、精神状態が良くなかった妻のために作ったのだそう。ピアノで弾き語るデモ音源のような仕上がりが、切なさを強調。この曲から「ガイズ」への流れがまた泣ける。感動を誘うタイトルでは、ティンパニーやストリングスを用いた映画音楽のような壮大さのインストゥルメンタル「ジ・エンド(ミュージック・フォー・カーズ)」や、コーラスのハーモニーに癒される、セピア色のミディアム「ゼン・ビコーズ・シー・ゴーズ」も素晴らしい。

 ティム・ヒーリー以外のゲスト参加曲では、同レーベル<ダーティ・ヒット>所属のポップ・シンガー、ノー・ロームとの「トゥナイト(アイ・ウィッシュ・アイ・ワズ・ユア・ボーイ)」という曲がある。レゲエを下敷きにしたチルアウト・ソングで、サンプリング曲として亡き日本のシンガーソングライター=佐藤博の「セイグッバイ」(1982年)が使われている。レゲエといえば、ディープ・ハウスからダンスホールへ移行する「シャイニー・カラーボーン」という曲も面白い。この曲のボーカルは、ジャマイカのDJカッティ・ランクスのもの。

 その他、メンタル・ヘルスを軽快に、お洒落に歌ったハウス・トラック「アイ・シンク・ゼアズ・サムシング・ユー・シュッド・ノウ」、2000年代初期ののジャジー・ヒップホップを彷彿させる「ナッシング・リヴィールド/エヴリシング・ディナイド」、ノスタルジックな旋律のブリティッシュ・ポップ「ゼン・ビコーズ・シー・ゴーズ」、ヒーリング・ミュージックからテクノへ転調するインスト「ハヴィング・ノー・ヘッド」、死や孤独をエフェクト処理して歌う「バグジー・ノット・イン・ネット」等、ジャンルをクロスオーバーしたThe 1975独自の世界観に浸れる傑作揃い。

 「ピープル」を聴いた時は正直少々戸惑ったが、蓋を開けてみれば“なるほど”と頷ける仕上がりで、往年のファンも納得の出来栄えといえるだろう。こういったご時世だからこそ、多くの人に聴いてもらいたい作品。

Text: 本家 一成

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