2020/05/03
HIDEの23回忌となる5月2日、 YOSHIKIがニコニコチャンネル内『YOSHIKI CHANNEL』で『HIDE MEMORIAL』と題した生配信をLAより行った。
HIDEとの出会いは、 別のバンドで活動していた彼の噂を聞きつけたYOSHIKIが興味を持ち、 ライブを見に行ったのが始まり。 「ステージで生肉をかじってて、 "何、 コノ人…"って、 ちょっと危ない人」というのがYOSHIKIのHIDEに対する第一印象だったそうだが、同時にHIDEとバンドを組む運命を感じたという。
2人は友達関係になり、 交流を続けるうち、 YOSHIKIはどうしてもXにメンバーとしてHIDEを欲しいと思うようになった。 HIDEのバンドの打ち上げに単身乗り込み、 リーダーだったHIDEをメンバーの前で「Xに入りなよ!」と、 正面突破で引き抜こうとしたエピソードを「直観と本能。 自分は直球しか投げられない」と笑いながら振り返った。その後、 HIDEのバンドが解散し、 HIDEがXの打ち上げに来て、 いきなり「オレ、 Xに入るよ」と宣言。 「バンド解散後は美容師になる」と言っていたHIDEのまさかの発言に、 場が静まり返ったと言う。 静寂が10秒ほど続いた後、 一転して盛り上がり、 みんなで飲みまくったそう。 その時の様子を「漫画みたいだった」と回想した。
バンドメンバーになった後も、 HIDEはYOSHIKIにとって親友だった。 一緒に無茶な事もたくさんしたが、 将来の事など真面目な話を語り合う「二人会議」もよく行った。他にも、 食事の時にYOSHIKIの食べる魚の骨を取り除いてくれたりする“お母さん的存在”だった事、 金髪が珍しい時代に2人きりで東京ディズニーランドに行き、 「あんまり目立たないでください」と注意された事、 Toshlのラジオの生放送に乱入してスタジオで火を噴いた事など、 数えきれないHIDEとの思い出話を披露した。
現在YOSHIKIが積極的に行っているチャリティ活動は、 実はHIDEの影響もあったそう。 HIDEは"メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン"を通じて、 難病の少女のサポートをしていた。 突然他界してしまったHIDEの想いを引き継いでYOSHIKIがその後にサポートを続けた事が、 慈善活動を熱心にするきっかけの1つになった、 と語った。「僕がバンドに誘わなかったら、 今でもHIDEは生きてたかもしれない…。 次にHIDEに会えるのはいつになるんだろう」と話し始めたYOSHIKIは、 「僕はこの世界で、 音楽を通してまだやらなければならない事がある。 なぜか自分はまだ生きている。 自分が生きてる意味があるうちは、 HIDEのところには行けない。 HIDEやTAIJIの夢も背負ってるし、 ファンのみんなの為にも頑張らなきゃいけない」と、 涙ながらにHIDEへの想いを溢れさせた。
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