2020/04/29 07:00
4月29日はデヴィッド・ボウイのグラム・ロック期を支えたギタリストとして知られる、ミック・ロンソンの命日。
ミック・ロンソンは1946年5月26日、英・ヨークシャー州ハル生まれ。1970年にデヴィッド・ボウイの目に留まりバンド・メンバーに抜擢されたロンソンは、『世界を売った男』(1971年)から『ピンナップス』(1973年)まで、デヴィッド・ボウイのバンド、スパイダーズ・フロム・マースのギタリストとしてグラム・ロック時代のボウイを支え、ブロンド・ヘアーがトレードマークの華やかなルックスながら、職人的プレイでグラム・ロックの隆盛に大きな役割を果たした。また、1972年にはボウイとともにルー・リードの2ndソロ・アルバム『トランスフォーマー』のプロデュースも手掛けている。
1974年にはボウイのバンドを離れ、ソロ・アルバム『十番街の殺人(Slaughter on 10th Avenue)』を発表し、ボウイの楽曲提供による「すべての若き野郎ども (All the Young Dudes)」(1972年)のヒットで知られるモット・ザ・フープルにも加入。同バンドからはわずか1年余りで離脱したが、1975年から76年にかけてボブ・ディランが行った伝説のツアー【ローリング・サンダー・レヴュー】にもサポート・ギタリストとして参加し、その後は同じタイミングでモット・ザ・フープルを脱退したイアン・ハンターと多くの活動を共にして、お互いのソロ作への参加のほか、ハンター=ロンソン・バンドとしても多くの作品を残した。
90年代初頭に肝臓がんを患い、余命宣告を受けたが、その後も音楽活動を続けたロンソン。1992年4月にロンドンのウェンブリー・スタジアムで行われたフレディ・マーキュリーの追悼コンサートでは、盟友デヴィッド・ボウイ、イアン・ハンターらとともに「すべての若き野郎ども」を熱演。さらに、モリッシーの3rdソロ・アルバム『ユア・アーセナル』(1992年)のプロデュースやボウイの17thアルバム『ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ』(1993年)への参加など、最期までロックスターを輝かせる名バイプレイヤーとして活躍した。そして、ボウイのアルバム・リリース直後となる93年4月29日、46歳という若さで帰らぬ人に。がんとの闘病を続けながら残した音源は翌94年にソロ・アルバム『ヘヴン・アンド・ハル』として発表されており、同作にはボウイとの共演によるボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」や追悼コンサートでの「すべての若き野郎ども」のライブ音源も収録されている。
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