2020/03/23
デビュー・アルバム『キッスランド』が、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で2位を記録し、以降シーンのトップを走り続けているザ・ウィークエンド。実力からすれば売れているのも当然だが、そんな歌手はごまんといるワケで。7年前に登場した時には、これほどの功績を収めるトップ・スターになるとは予想もしなかった。
次作『ビューティー・ビハインド・ザ・マッドネス』(2015年)からは、「The Hills」~「Can't Feel My Face」の2曲が米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で1位を獲得。2016年リリースの前作『スターボーイ』からも、タイトル曲が同チャートでNo.1をマークし、ダフト・パンクとのコラボレーション「I Feel It Coming」も最高4位のロング・ヒットとなった。その2作はアルバム・チャートでも1位に輝き、間に挟んだEP『マイ・ディアー・メランコリー、』(2018年)で3作連続の快挙を達成している。
本作『アフター・アワーズ』からも、1stシングル「Heartless」が既に全米チャートを制覇し、2ndシングル「Blinding Lights」も最新チャート(2020年3月21日付)で4位まで上昇中。アルバムのプロモーション効果で、2曲連続の首位獲得も十分期待できる動向をみせている。息が短い傾向にある男性R&Bシンガーとしては、ここまでヒットに恵まれるアーティストも珍しい。
アルバムの主となるプロデューサーは、過去作でもお馴染のイランジェロとダ・ヒーラ、そしてマックス・マーティン。音を聴けば言わずともだが、先行シングルでは「Heartless」をイランジェロが、「Blinding Lights」をマックス・マーティンが担当している。「Heartless」には、初参加となるヒットメイカーのドレー・ムーンもクレジットされた。驚くべきは、ゲストが一切参加していないということ。過去作でも乱用はしていないが、不在とは何とも強気な姿勢だ。
「Heartless」は、ウィークエンド節が馴染むトラップ・ソウル。「Heartless=無情」というのは自分自身であり、歌詞にある無常が故のアレコレが、セレーナ・ゴメスとベラ・ハディッドへ向けたメッセージではないかと囁かれている。米ラスベガスのプラザ・ホテル&カジノで撮影されたミュージック・ビデオは、カエルを舐めて幻覚症状に陥るという奇妙なストーリー。同ビデオには、ソングライターとして参加したメトロ・ブーミンも出演している。
「Blinding Lights」は、80年代トラックを連想させるシンセ・ウェーブ。過去の作品ではなかったタイプのアップ・チューンだが、時代・ジャンルをクロスオーバーしようと難なくこなす、そのセンスに脱帽する。アメリカより先に首位獲得を果たしたイギリスはじめ、ヨーロッパ諸国で大ヒットしているのも納得のクオリティ。なお、全英シングル・チャート1位を獲得したのは意外にも同曲が初とのこと。「Heartless」の続編となるMVでは、キャンペーン・ソングに起用されたメルセデス・ベンツでラスベガスの街を暴走するシーンが使われている。このバイオレンスな映像が、プロモーションとしてまかり通ってしまうから凄い。
発売直後にシングル・カットされた「In Your Eyes」も、マックス・マーティンが指揮を執ったシンセ・ポップ。先述のヒット・ナンバー「I Feel It Coming」路線の、フューチャー・ディスコっぽい曲で、終盤のサックスによるアウトロが格別にいい。恋人に抱くもどかしい感情をオセンチに歌っていて、前2曲よりマイルドな仕上がりになったのは、歌詞の温度を計ってのもの、かもしれない。エレクトロ色の強い曲では、テクノっぽい仕上がりの「Hardest to Love」も好曲。
SNSでクリップを公開していた「Alone Again」は、アルバムの1曲目を飾る。重低音が不気味に響くスリリングなトラックに、薬物乱用を彷彿させる歌詞を乗せたウィークエンドらしい曲で、オープニングに相応しいゴージャス感にも溢れている。同曲には、フランク・デュークスがプロデューサーとして参加。制作にリッキー・リードを迎えた次曲「Too Late」は、ダブやガレージっぽい要素も感じられるアップ・チューン。前曲「Alone Again」もそうだが、バックで鳴りわたるファルセットの心地よさがドラッギーでたまらない。
リリース前に『サタデー・ナイト・ライブ』で披露したミディアム・メロウ「Scared to Live」には、エルトン・ジョンの代表曲「Your Song」がサンプリングされている。大サビをまんま使いせず絶妙な位置に配置し、孤独の中に光を見出そうとする歌詞の世界観からも、楽曲へのリスペクトが感じられる。フューチャーR&B風味の「Snowchild」は、ラップのように言葉を繋いでいくヴァースがすばらしく、ウィークエンドの声の魔力をあらためて思い知らされた。
1996年に公開された同名SF映画から引用したと思われる「Escape from LA」は、歌詞、サウンドいずれも本作中もっとも重い。状況を改善するためにLAから出るべきだ、というある意味前向きな曲だが、ネガティブな決断ともとれなくないフレーズも見受けられる。堂々とドラッグ中毒者であることを明かしたような「Faith」や、親しみやすい旋律のスタンダード「Save Your Tears」、テーム・インパラのケヴィン・パーカーが手掛けた、サウンドに微睡むドリーミーなミディアム「Repeat After Me」と、サウンド面ではバラエティにも富んでいる。
タイトル曲「After Hours」は、構成、ノイズを取り入れた革新的なサウンド・プロダクションすべてに熟慮を重ねた大傑作で、6分を超える尺の長さもむしろ物足りないほどの充実感がある。オープニング曲「Alone Again」もそうだが、前編・後編で別の曲に転調したようなドラマティックな展開に、ただ聴き入るのみ。傷心を綴ったこの曲を軸に、本作は後悔や悲観、不満、歯痒さみたいなものを歌ったナンバーが中心となっている。血まみれのカバー・アートの真相を語る「Until I Bleed Out」は、短曲ながら凄みを帯びた一曲。ロマンティシズムに浮遊感漂うこの曲でアルバムを聴き終えることができて、本当に良かったと実感できるだろう。
Text: 本家 一成
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