2020/01/03
2月に来日公演を行うUKジャズシーンの再注目バンド、エズラ・コレクティヴ。“UKジャズ”の盛り上がりは近年の音楽シーンのトピックスの一つであったが、その真打ちとも言える存在が、いよいよ日本のリスナーの前にお目見えとなる。
性急に注目が集まったことで一部では、ややハイプ的な見方もされてきたUKジャズのシーンとそのアーティストたちだが、近年は来日公演も増え、彼らが音楽を通して打ち出している価値観や、その魅力もより明らかになりつつある。今回はエズラ・コレクティヴをきっかけに現代のUKジャズシーンへの理解をより深めるべく、『Jazz The New Chapter』の監修者で、2019年に現地ロンドンでの取材も行ったジャズ評論家の柳樂光隆氏に解説してもらった。(以下、文:柳樂光隆)
“UKジャズシーン”の独自性
シャバカ・ハッチングスやヌバイア・ガルシア、モーゼス・ボイドなど、様々な新星が注目を浴びているUKのシーンの中でも今、特に大きな期待を寄せられているのがエズラ・コレクティヴだ。
まずイギリスのジャズを語る際に、トゥモローズ・ウォリアーズというNPOの存在を語る必要がある。アシッドジャズ期からコートニー・パインのバンドなどで活動するジャマイカ移民のベーシストのゲイリー・クロスビーが主宰する団体で、彼らによるアフリカンやカリビアンなどのマイノリティーへの無償での音楽教育が今のシーンの基盤になっている。そして、そこから出てきた教え子たちは、ゲイリーがジャズだけでなくスカやレゲエを演奏していたのと同じように、自身のコミュニティで流れていた音楽やそのルーツへの関心を形にしていて、それが今のUKジャズシーンの最大の特徴になっている。
筆者が先日ロンドンで取材した際に「UKのジャズがクリエイティブなのはカリビアンやアフリカンの影響があるからだよ。アメリカのジャズシーンとは違うよね。」と語っていたのはUKジャズの拠点となったスタジオ/ヴェニューの「トータル・リフレッシュメント・センター」のエンジニアのクリスチャン・クレイグ・ロビンソン。彼らが演奏するのは“アメリカ文脈のジャズ”ではなく、それとは別の移民たちのルーツが反映された“イギリスのジャズ”であることが重要なポイントだ。
クリスチャンはそれに続き、「例えば、ダブステップが盛り上がったりするようにパーティーのシーンがイギリスにはある。ロンドンのジャズミュージシャンのギグはライブと言うよりはパーティーなんだ。」とも語っていた。
2000年以降、アメリカのジャズがヒップホップやR&Bからの影響を反映し、進化しているのはロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンらを見れば一目瞭然だ。そこにはジャズ、ソウル、ファンク、ヒップホップへと連なるアフロアメリカンたちの音楽のラインがあり、現在はヒップホップのビートをジャズドラマーが生演奏化するスタイルが定番化している。
実はイギリスにも同じような状況がある。近年のイギリスの若手のアーティストが語るのはグライムからの影響だ。90年代以降、イギリスのクラブカルチャーを彩ってきたジャングル、UKガラージ、ドラムンベース、2ステップ、ダブステップ、グライム、もしくはそれらと密接な関係にあるダンスホールレゲエやソカなども含めた様々なダンスミュージックのビート。その系譜の現在形とも言えるものをイギリスのドラマーは生演奏している。ここでも彼らはアメリカではなく、イギリスで生まれたビートを選び取り、パーティーのシーンに合わせたサウンドを奏でている。モーゼス・ボイドやスティーム・ダウンのベンジャミン・アピアー、そしてエズラ・コレクティヴのフェミ・コレオソらはその代表的ドラマーと言えるだろうか。そして、それは彼らの師でもあるギャリー・クロスビーやコートニー・パインらが80~90年代にアシッドジャズ以降のUKのクラブシーンのムーブメントの中でやってきたことの延長にあると言っていいだろう。
“ルーツ”へより近づくことで生まれる進化
ここで紹介するエズラ・コレクティヴは、まさにカリビアンやアフリカンのカルチャーを取り入れ、イギリス産のダンスミュージックのビートを生演奏に取り込みながら、独自のジャズを演奏しているバンドだ。
エズラはドラムのフェミ・コレオソとベースのTJ・コレオソのルーツでもあるナイジェリアのレジェンド=フェラ・クティの「Shakara」をUKのバンドのココロコを迎えてアフロビートのままカヴァーしているし、レゲエやダブを得意とする鍵盤奏者ジョー・アーモン・ジョーンズは「Red Whine」(2019年の『You Can't Steal My Joy』収録。以下『YCSMJ』)を始め、様々なところでレゲエ的なアプローチも聴かせてくれる。ジョー・アーモン・ジョーンズに関しては彼のリーダ作『Turn To Clear View』『Icy Roads (Stacked)』でも随所にレゲエの要素が聴こえるだけでなく、ダブミックスを施したEP『Starting Today in Dub』をリリースしたり、ラガジャングルのレジェンド=コンゴ・ナッティー周辺のレゲエ・シンガーであるAsheberをレコーディングのみならずツアーにも同行させたりしていて、彼の音楽に占めるレゲエの割合は実に高い。そういったUKに根付く音楽性がそのまま反映されている。
かと思えば(同じく『YCSMJ』の)「You can’t Steal My Joy」や「Quest For Coin」といった曲ではグライムやアフロスウィング、アフロビーツなどの影響を感じさせるビートを採用している。UKガラージから派生して生まれた、速いBPMで独特のスカスカなビートの上に超高速のラップが乗るグライムは、アメリカのヒップホップとは異なる文脈のUK発のラップ・ミュージックだが、そのサウンドもまたUKらしい要素を取り入れている。それゆえにアメリカのヒップホップのサウンドを生演奏しようとするドラマーたちが、ジャズやソウル、ファンクの延長で演奏するのとは全く違うビートが聴こえる。3年くらい前の動画を見るとエズラ・コレクティヴのドラマーのフェミ・コレオソは、もともとはジャズドラマーの基本的でトラディショナルな握り方でもある“レギュラー・グリップ”で、よりオーセンティックなジャズドラマー的なプレイをしていたが、どこかぎこちない感もあった。近年はレギュラー・グリップで叩いている動画は全く見当たらず、全てロックなどで使われる“マッチドグリップ”に変わっている。2017年の『Juan Pablo: The Philosopher』からの2年の間にアメリカ経由のジャズの要素がかなり薄まり、逆にグライムやレゲエも含め、イギリス的なグルーヴに変わっていった。その間にスタイルが大きく変化し、進化したことがわかるし、そのためにドラミングも変わり、それはスティックの握り方からも見ることができる、ということだ。
ちなみにベースラインもまたそれに合わせて変わっていて、アメリカ的なジャズやソウルの文脈の演奏ではなく、レゲエ的だったり、グライムに見られるような“組み上げられたビートの一部として鳴っているシンセベース”のようなプレイも聴こえてくる。また、そこにイギリスで人気が高く、グライムとも密接な関わりのあるアフリカ系のラップ・ミュージック=アフロスウィングやアフロバッシュメントと呼ばれるサウンドの要素が入ったりしているのも、やっぱりアメリカとは違う。そういったイギリス独自の文脈が入り交じる中で、どう生演奏化して、どこにどう即興要素を入れていくかを試行錯誤し始めているのがエズラ・コレクティヴをはじめとした現在のUKのジャズシーンなのだろう。
そして、そういったUKらしいサウンドは「ギグではなくパーティー」なクラブ的なマインドのオーディエンスを躍らせまくっている。そこにもアシッドジャズ~クラブジャズ時代から連なるイギリス独特のジャズ・カルチャーがあるのだ。
エズラ・コレクティヴの音楽からは、その背景から様々な“イギリスのカルチャー”が読み取れるのだ。
TEXT : 柳樂光隆
◎Ezra Collective - You Can't Steal My Joy | ENERGY | Boiler Room London
https://www.youtube.com/watch?v=B-_gHe9IMOo
◎公演情報
【エズラ・コレクティヴ】
<ビルボードライブ大阪>
2020年2月27日(木)
1stステージ 開場17:30/開演18:30
2ndステージ 開場20:30/開演21:30
<ビルボードライブ東京>
2020年2月28日(金)
1stステージ 開場17:30/開演18:30
2ndステージ 開場20:30/開演21:30
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