2019/10/26
SNSが存在するおかげで、高校や大学の同窓生の何人かと繋がり合っている。しかし、「同窓会」というものに、もう何十年も出席していない。同じ学校を出たというだけで、「いまの自分」を1から説明することは、考えただけで面倒くさい。とはいえ、大切な母校だ。同窓会費は支払い続けている。
偶然出会い、意気投合し、仕事を始めた後で同窓生だということを知ることもある。作詞家の売野雅勇さんも、その一人だ。売野さんのお名前は、ティーンエイジャーの頃から存じ上げていた。チェッカーズや中森明菜など、数多くのヒット曲を手掛けた売野さんのスタイリッシュな世界観は、当時の歌謡曲でも異彩を放っていた。そんな売野さんとの出会いは、いま思えば必然だった。
一昨年、共通の友人に誘われ、売野さんと松井五郎さんのトークショーに出かけた。終演後、お互いの連絡先を交換した。後日、会食をして会話を交わした際に、売野さんは私にこう言った。「あなたは天才だね」。売野さんは、言葉を磨き続けてきただけあり、人を褒めるのも超一流なのだ。しかし、そこまで言われると、さすがにこそばゆい感覚を覚えてしまう。
その時は、売野さんとは、仕事仲間ではなく、大学の先輩に対して、僭越ながら良き友人としてお付き合いしようと考えていた。だが、それからしばらくして、担当していた「演歌・歌謡曲」の番組をイノベーションすることになり、かなり大規模な変革を任された。構造は如何様にでも組み立てることが出来る。しかしながら、番組を立ち上げる時に重要なことは、誰がその核になるかだ。私は、プロとは一定のクオリティ以上の仕事を、コンスタントに作り続けることだと思う。レギュラー番組でいえば、「司会」「DJ」「キャスター」など、顔になる人物だ。
変革は急激でありすぎてはいけない。何故なら、ドラスティックに変え過ぎたら、360°の方向を向いてしまう。つまり、元通りになるだけなのだ。「継続」と「変革」を同時に担うことが出来る人材は誰か。私は、真っ先に売野さんの顔が思い浮かんだ。北海道での遅い夏休みを切り上げ、売野さんにお会いした。僭越ながら、先輩の売野さんに、私はこう切り出した。「断る選択肢は、ないですよね」、と。
こうして、『イチ押し 歌のパラダイス』(NHKラジオ第一 毎週水曜日 よる8時5分)の核が作られた。売野さんのパートナーとして、唐橋ユミさんを起用することになったのも、必然だったと思う。唐橋さんの素晴らしい司令塔ぶりには、毎回、感嘆している。出演する歌手の皆様の魅力を引き出すためにはどうすればよいか、スタッフ一同、まさに一つのチームとなり、番組は進捗している。
私の大学の講義に、売野さんをお呼びしたこともある。昨年度の、武蔵大学社会学部「音楽プロデュース論」だ。壇上で話をしながら、気づいたことがいくつもあった。初期のチェッカーズは、「涙のリクエスト」以降、日本人の考える「アメリカン・グラフィティ」的な世界観を具現化するバンドになった。その他にも、稲垣潤一さんの「夏のクラクション」をはじめ、南カリフォルニアの海辺のような光景が、売野さんの歌詞の世界に広がっている。売野さんは、学生時代にアメリカン・フットボールの選手を務め、コピーライター、ファッション雑誌の編集長、作詞家と、スタイリッシュな経歴をお持ちだ。が、育たれたのは、内陸にある都市。だからこそ、理想郷のような美しい海岸や、アメリカンドリームのようなドラマを、歌詞で生み出しているのかもしれない。「ないものねだり」こそが、創造の大きな原動力の一つなのではないだろうか。売野さん、そうですよね?
Text:原田悦志
原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明治大学講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。
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