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2019/09/03

『ノーマン・ファッキング・ロックウェル!』ラナ・デル・レイ(Album Review)

 この時季になるとラナ・デル・レイを思い出すのは、「サマータイム・サッドネス」のヒットが真っ先に浮かぶからか、はたまた、彼女の哀愁漂わすボーカルが、夏の終わりを感じさせるからか。2019年8月30日にリリースされた本作『ノーマン・ファッキング・ロックウェル!』も、晩夏の情景が伺えるアンニュイなサウンドが詰まった、彼女らしい作品に仕上がっている。

 サブライムの同タイトルを焼き直した先行シングル「ドゥーイン・タイム」は、ラナの気だるいボーカルが見事にマッチしたトリップ・ホップで、ラナ・バージョンはどこかエキゾチックなニュアンスを含む。特にいいのが、後半の宙に浮くようなファルセット。若干病的な歌詞の不安定さを表現できる、ラナのボーカル・ワークには恐れ入る。同曲は、アンドリュー・ワットがプロデュースを担当した。

 本作からのシングルを辿ると、丁度1年前にリリースされた「マリナーズ・アパートメント・コンプレックス」までたどり着く。この曲は、ピアノとフォーク・ギターの掠れ具合がノスタルジックで、60'sサイケ・フォークのよう。彼女のボーカルも、その時代にタイムスリップしたかのようなレトロ感を匂わす。ネガティブな要素を含みつつも、誰かの支えになるべく存在になると、前向きなメッセージが綴られた好曲。ソングライター/プロデューサーは、ラナの作品でもおなじみとなったジャック・アントノフがクレジットされている。アルバムの制作は、ほぼ全曲両者のタッグによるもの。

 続いて「ヴェニス・ビッチ」。9分超えの超大作である同曲も、マリナーズ~に通ずる英サイケ・フォークで、ギターノイズや民族楽器、電子音といったサウンドに、詩人が流し書きしたような美しい歌詞が乗る。曲中には、画家のノーマン・ロックウェルや、サイケ・バンド=トミー・ジェイムス&ザ・ションデルズの名曲「クリムゾン&クローヴァー」が登場。タイトルは、おそらくLAのベニス・ビーチをもじったもので、まさに“ラナの世界観”が溢れた傑作といえる。ラジオ番組では、この曲について「夏の終わりに聴きたくなる曲」だと話していた。

 「ヴェニス・ビッチ」が自身最長のトラックであったように、3rdシングル「ホープ・イズ・ア・デンジャラス・シング・フォー・ア・ウーマン・ライク・ミー・トゥ・ハヴ - バット・アイ・ハヴ・イット」は、自身最長のタイトルとしても話題を呼んだ。ピアノ以外の楽器を一切用いず、弾き語りで淡々と歌う様に凄まじい説得力を感じる。この曲は、詩人の故シルヴィア・プラスの生き様を自身の精神論と重ねあわせた、奥深い歌詞の世界観が聴きどころ。序盤~中盤では重すぎて、アルバムの最後に配置したのも納得できる。

 アルバムの発売直前にリリースされた「ザ・グレイテスト」もいい曲。美しい旋律、レトロ感たっぷりのロック・バラードに乗せて歌うのは、トランプ大統領への支持を表明したカニエ・ウェストに対しての苦言や、カリフォルニアの山火事、北朝鮮の攻撃に対応するハワイ州への懸念等、政治的見解。長々と綴っていない分、短い歌詞に込められた威力は強い。リリース同日には、4曲目に収録された「ファック・イット・アイ・ラヴ・ユー」との合作であるミュージック・ビデオも公開された。サーフィンやスケートボード、沈む夕日をバックに歌うシーンなど、まさに夏の終わりを彷彿させる画が満載で、質感やショット効果により、古い映画を観ているような錯覚に陥る。

 米カリフォルニアといえば、9曲目に同名タイトルのミディアムがある。自身が在住するカリフォルニアへの想いや誰かへのメッセージを、詩的に、深く柔かいボーカルで表現するドラマチックな展開に、耳を奪われる。この曲のみ、ロック・トリオ=ミニ・マンションズのザック・ドーズがソングライター/プロデューサーとして参加した。ザックと前述のジャック・アントノフ以外では、「ザ・ネクスト・ベスト・アメリカン・レコード」と「ハピネス・イズ・ア・バタフライ」の2曲に、過去のアルバムにも多くの楽曲を提供したリック・ノウェルズがクレジットされている。後者は、小説家のナサニエル・ホーソーンによる「幸福とは蝶のようなものだ」からはじまる名節からインスパイアされた曲。

 エンディング曲のような壮大さを誇るオープニング曲「ノーマン・ファッキング・ロックウェル」、触れると崩れ落ちそうな繊細さがあるバラード「ラヴ・ソング」、ドラッグにも触れた中毒性の高いドリーム・ポップ「シナモン・ガール」、6/8拍子のブルージーなセンチメンタル・メロウ「ハウ・トゥ・ディサピアー」と、どれをとっても文句のつけどころがない佳曲揃いで、脂が乗り切った状態であることは、水を得た魚の如く、伸び伸びと歌うラナのボーカルからも推察できる。

 本作は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”でNo.1デビューを果たした前作『ラスト・フォー・ライフ』から、約2年ぶり、通算6枚目となるスタジオ・アルバム。全米チャートでは、3rdアルバム『ウルトラヴァイオレンス』(2014年)も1位をマークし、2ndアルバム『ボーン・トゥ・ダイ』(2012年)、4thアルバム『ハネムーン』の2作も同チャート2位のヒットを記録している。これだけ充実した内容なら、ランキング云々はどうでもいいような気がしないでもないが、評価すべき作品として、3作目の全米首位獲得にも期待したい。

 なお、銃乱射事件を受けてリリースした「ルッキング・フォー・アメリカ」と、アリアナ&マイリーとコラボした映画『チャーリーズ・エンジェル』の主題歌「エンジェル」は未収録となった。


Text: 本家 一成

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