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2019/08/26

『ラヴァー』テイラー・スウィフト(Album Review)

 2017年11月にリリースした前作『レピュテーション』は、翌2018年の全米年間アルバム・チャート1位を記録する大ヒットとなった。しかし、1stシングル「ルック・ホワット・ユー・メイド・ミー・ドゥ」はじめ、サウンド的にはこれまでのテイラー“らしからぬ”曲も多く、評価については賛否が分かれた……と、言えなくもない。

 本作『ラヴァー』は、その『レピュテーション』から1年9か月ぶり、通算7作目のオリジナル・アルバム。これまで発表した作品の中では、最も短い期間で発売(制作)されたことになる。テイラーは、昨年末にデビューから所属していたビッグ・マシーン・レコードを離れ、ユニバーサル傘下のリパブリック・レコードに移籍している。レーベル移籍後初のアルバムということもあり、リリース前から(いろんな意味で)話題を集めた。

 4月にリリースした1stシングル「ME!」は、首位獲得を逃したものの、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で初登場2位を記録。さらに、動画サイトYouTubeに公開したミュージック・ビデオが、24時間で6,500万再生を記録するという、女性アーティストとしては歴代最高記録を更新したことも記憶に新しい。

 今年「ハイ・ホープス」の大ヒットしたパニック!アット・ザ・ディスコのブレンドン・ユーリーをデュエット・パートナーに、ニュージーランドのソングライター=ジョエル・リトルをプロデューサーに迎えた同曲は、テイラーの真骨頂ともいえるバブルガム・ポップ。インスタ映えっぽいビデオもキュートで、ブレンドンとの相性も抜群だった。前作のように、ヘンに気張った感じがないのもいい。プロデューサーのジョエル・リトルは、ショーン・メンデスやカリードなど、昨今のチャートを賑わす人気アーティストを多数手がけている。

 2ndシングルの「ユー・ニード・トゥ・カーム・ダウン」も、旋律がまさに“テイラー節”なミディアム・ポップ。不仲説が絶えなかったケイティ・ペリーとの共演も話題を呼び、同曲のミュージック・ビデオも公開早2か月で1億再生を突破した。同曲は、8月27日に開催される【2019 MTV Video Music Awards】で7部門にノミネートされている。ビデオのストーリーにもあるように、LGBTQをはじめとした「偏見をなくすこと」がテーマの曲だが、最に訴えたいのは「ツイッターでつぶやいているだけのセコイ奴」というフレーズな、気がする(ごもっとも)。

 リリース1週間前に公開した3rdシングル「ラヴァー」は、前2曲とは対照の、レトロ感漂うブルージーなバラード。交際中のイギリス人俳優、ジョー・アルウィンについて歌われたシンプルなラブ・ソングで、お得意の攻撃的な要素も一切含まない。5thアルバム『1989』収録の「ユーアー・イン・ラヴ」をコンセプトに作られたミュージック・ビデオでは、オールディーズ・ファッションを纏って、アコースティック・ギターで弾き語りを披露している。曲調もカントリーっぽいニュアンスがあり、原点回帰したかの印象を受ける。

 カントリーへの回帰といえば、カントリー・トリオのディクシー・チックスをゲストに招いた「スーン・ユール・ゲット・ベター」という曲がある。敬愛する彼女たちに“寄せて”いるのもあると思うが、1stアルバムからのヒット・ナンバー「ティアドロップス・ オン・マイ・ギター」を彷彿させる、アコースティック調のカントリー・バラードは、まさに“原点回帰”といえるだろう。しっとり歌い上げるメロウ・チューン「フォールス・ゴッド」も、アコーディオン効果でどこかカントリーっぽさを醸す。

 アルバムの先行トラックとして公開した、「ジ・アーチャー」もいい曲。ピークを迎えそうで迎えない、もどかしい感じが感情の揺さぶりを表現しているよう。この曲は、アルバムの5番目に収録されているが、それについてテイラーは「これまで感情を曝け出した曲をアルバムの5曲目にしてきたから、今回もそうしたの」とコメントしている。プロデュースは、ロックバンド=fun.(ファン)のギタリスト、ジャック・アントノフが担当。ジャックは、アルバム中ほとんどの楽曲にソングライターとして参加している。 なお、テイラーは12月13日生まれの「いて座(Archer)」。

 ジャック・アントノフとセイント・ヴィンセントプロデュースした、2曲目の「クルーエル・サマー」も強烈。テイラーのボーカルでなくともテイラーの曲だと即答できる、王道のミディアム・ポップだが、【グラミー賞】でのスピーチ・バトルをはじめとした、カニエ・ウェストとの確執を仄めかす歌詞が毒々しく、その執念深さというか、意地みたいなものにはある意味感服する。なお、カニエのレーベル<G.O.O.D.Music>名義のアルバムで『クルーエル・サマー』(2012年)というタイトルの作品があるが、おそらく(タイトルは)このアルバムからの引用なのだろう。サビをファルセットで仕上げたシンセ・ポップ「コーネリア・ストリート」でも、過去の“苦い思い出”を回想している。

 オープニング・ナンバー「アイ・フォーゴット・ザット・ユー・イグジステッド」は、タイトルが示している通り、過去の確執を一掃すべく“ 解放”がテーマの曲。1曲目にしては若干地味な印象を受けるが、歌詞の意味を読み取るとインパクトは強い。プロデュースは、今年ジョナス・ブラザーズの復帰シングル「サッカー」を大ヒットさせた、フランク・デュークス&ルイス・ベルの黄金コンビ。ルイス・ベルは、2曲のシングルを繋ぐバロック・メロウ 「アフターグロウ」と、民族音楽っぽいサウンドに語り口調のようなボーカルを入れた「イッツ・ナイス・トゥ・ ハヴ・ア・フレンド」の2曲もプロデュースしている。

 アルバム・タイトル(ラヴァ―=恋人)に直結したナンバーも多く、キュートなポップ・ソング「アイ・シンク・ヒー・ノウズ」や、パンクっぽさも滲ませるダンス・ポップ「ペーパー・リングス」、イギリスのベテラン俳優=イドリス・エルバのインタビュー・コメントではじまる「ロンドン・ボーイ」も、すべてジョー・アルウィンのことを歌ったものだと思われる。「ロンドン・ボーイ」は、TDE所属のプロデュース・チーム=デジ・フォニックスのサウンウェイヴがプロデュースを担当した。

 “私が男だったら”の目線で男性陣を罵る、軽快なエレクトロ・ポップ「ザ・マン」、現在の自分にいきつくまでの経緯を歌ったおセンチ系メロウ「ミス・アメリカーナ&ザ・ハートブレイク・プリンス」、Netflixオリジナル・ムービー『サムワン・グレート』にインスパイアされて書いた「デス・バイ・ア・サウザンド・カッツ」、過去6作では表現できなかった説得力みたいなものも感じる、壮大なエレクトロ・バラード「デイライト」など、解釈の難しい曲もクオリティが高い。ラストの「デイライト」については、前作『レピュテーション』が夜なら、今作『ラヴァ―』は昼だと、闇から光のある方向へ導かれたものだと、テイラーはコメントしている。

 本作『ラヴァー』は、主要国のiTunesストアやアマゾンのアルバム・チャートで1位を記録するなど、セールスは好調。ただ、テイラーのみならず、全体層のダウンロード数が落ちていて、音楽を聴く方法はストリーミングに移行している。ストリーミングに苦戦するテイラーにとっては試練の時で、パンチ力も大ヒットした『1989』や『レピュテーション』には劣るが、ヒット云々を除けば初期の頃のテイラー“らしさ”を取り戻したアルバム、といえるのでは?


Text: 本家 一成

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