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2019/04/16

時代を癒すディープなアトモスフィア ソウルフルに響くコナー・ヤングブラッドの淡いファルセット・ヴォイスに身も心も解き放たれる夜

 New Era Sense――彼の音楽をキーワードで表すなら、そんなフレイズなるのだろうか。

 小走りにステージに上がると幾つものアタッチメントを調整し、おもむろに管楽器を鳴らし始める。そして次は、少し笑みを浮かべながら背中を丸め、抱えたギターをつま弾きだす。震える弦から次第に広がっていく牧歌的な響き。寡黙なリズムとオーガニックな肌ざわりの旋律によるコントラストの美しさに思わず引きこまれていく。会場に放たれる音には微塵の重力もない。あるのは地球のエレメントが結晶化したような純度の高い美意識。

 コナー・ヤングブラッド。テキサス州ダラス出身のシンガー・ソングライターが奏でる音楽は、2012年にドロップした『Sketches』で、すでにテロワールやジェネレイションを超えた普遍性を獲得している。アルバムのタイトル通り、彼が“描写”した音に漂うアトモスフィアには心地好い体温が溢れていて。極限まで引き出した楽器の響きを静寂な空間に放ったような隙間の多いサウンドは、どこか孤独感を滲ませつつも深いイマジネイションに満ち、聴くシチュエイションによって耳ざわりを異にする。

 果たして、この夜は18年にリリースされた『Cheyenne』からの楽曲を中心に、詞に綴られているそれぞれの土地に暮らす人々の生活や息づかいが、淡いファルセット・ヴォイスで歌い上げられていった。それはまるで、新しい時代のライフ・サイズ・ミュージック。そこに声高な主張やメッセージは聴き取れない。しかし、彼が「今」という時代の空気を胸いっぱいに呼吸していることは明らか。“分断の時代”に象徴される捻じれた緊張感を解きほぐし、癒してくれる音楽への希求。コナーの歌から感じ取れるのは、そんな“想い”だ。本能に基づく時代へのカウンター・パンチとも喩えられそうな表現。同時代を生きるリスナーとして、彼の歌を聴くことのリアル。それは彼が呼吸しているものを共有することだ。

 まるで細胞レベルまで奥深く染み込んでくるような音の粒子。素朴な声を縦糸に、奏でる楽器の音を横糸にして織り上げられていく楽曲たちは、両者が重なり合ったときの響きの違いによってさまざまな柄を紡いでいく。そのヴァリエイションは、自らの足で大地を踏みしめ、旅することで得られた地球からのエネルギーと、研ぎ澄まされた感性によって鳴らされた音によるものだ。もちろん、その背景には豊饒な音楽のレガシーも横たわっているわけだけど、彼の音楽から発せられる懐の深いテンポと、聴き手の感覚をセンシティヴにさせるようなアトモスフィアは、そのランドスケープ感も含め、極めてシネマティックであると同時にスピリチュアルでもある。

 4本のギターを核に、管、鍵盤といった楽器を曲ごとに使い分け、ときには声さえも加工し、“音”の1つとしてサウンドに加えていく。目を閉じて音に集中しながら声を発し、奏でる楽器との共振を意識していくコナー。演奏されるナンバーはどれも、いわゆる「Aメロ→Bメロ→サビ」というクリシェから解き放たれ、明確な起承転結を構成しない。静かに始まって穏やかに移ろい、やがて終わっていく楽曲たち――曲を分けるのはコナーの「ありがとう」という日本語によるシャイな挨拶だ。

 観客を高揚させ、エキサイティングな気分にさせてくれるダイナミックな展開はない。頻繁に発せられる、まるで内なる感情の起伏や心の佇まいを旋律に置き換えたようなスキャットは、聴き手の身体を弛緩させながらも、気が付くと淡々と心の内側を見つめているような、醒めた視線にも似た内省を呼び起こす。そしてエレクトロニクスによって歪められ、言葉が明瞭に聴き取りにくくなった声は、ジェイムズ・ブレイクやライが表現しているような“21世紀のゴスペル”にように響く場面も。

 傍らで寡黙にベースを弾くベンジャミン・ウィリアムスが刻むリズムに呼応し、微妙にアタックを変化させることで、デジタルなビートに肉付けをしていくような演奏音。それらが2人の鼓動のように脈打ってサウンドに血を通わせ、呟きにも似た歌が思索にふける空気を膨らませていく。

 そんな独特の佇まいを一心に見つめる観客たちは、息を潜めながら彼が放つ大きなヴァブレイションに耳を傾け、自然と身を乗り出していく。フォーキーな旋律とデジタルなアンビエント・シークエンスによるサウンドは、現代ならではのヒーリング・ミュージックのよう。この音楽をせわしない都市の日常で聴くことの意味。都会とは異なる空気と接することで得られたアイデアをマルチな演奏によって具体化したサウンドは、ある意味で“分断の時代の落とし子”とも言えそうだけど、そこには負の連鎖を克服する「癒しの処方箋」が込められているように感じられる。

 過去の音楽を想起させつつも、しかし、まったく新しい肌ざわり。言葉と音の隙間に広がる奥行きとスピリチュアルなアンビエントは、単純に「映像的」と言い換えるだけでは心許ないほど、新鮮な体験をさせてくれる。さまざまな地域を旅し、その過程で閃いた想いが核になっているという楽曲の数々。それは、どこにも属さない、あるいは属せないニュートラルな立ち位置から発せられる歌だからこその「普遍性」があるのでは――。

 演奏が進行するにしたがい、会場には“官能的”とも言える解放感が広がっていく。その空気に反応するようにコナーとベンジャミンの演奏は自由度を高めていき、フリー・ジャズにも似た音を響かせる瞬間も。たっぷりと含まれた倍音からは、クラシックの和声とジャズの高度なハーモニーが渾然一体となったような、独特の色彩が感じられたりもする。

 シンガー・ソングライターであると同時にマルチ・プレイヤーでもあるコナーは、さまざまな空間に自身を置いたときに身体の中で鳴っている音を、単に楽器で再生しているに過ぎないのかもしれない。もちろん、そこには彼個人のエモーションが脈打っていて、いろいろな出会いに対する心の揺らめきが表現されている。そこにコナーの音楽としての独自性が刻印されているように感じるのは僕だけだろうか。

 終盤は少しずつくつろいできた観客とコナーの息が重なり合い、彼の声にも明るさが増していく。徐々に広がっていく至福にも似た感覚。深い余韻を残してステージを去って行ったコナー・ヤングブラッド。会場には薫風が静かに吹いていた。

 時代の空気を呼吸し、馥郁たる香りを放つコナー・ヤングブラッドのステージは、17日(水)に大阪でも予定されている。自由度が高い彼の音楽の背景に広がっている景色を、ビジネス後のアフターアワーズに体感するのも新鮮なのでは。新感覚シンガー・ソングライターの初来日ギグを目撃するチャンスを、ぜひとも味わって欲しい。


◎公演情報
【コナー・ヤングブラッド】
ビルボードライブ東京
2019年4月15日(月)※終了

ビルボードライブ大阪
2019年4月17日(水)
1stステージ 開場17:30 開演18:30
2ndステージ 開場20:30 開演21:30

URL:http://www.billboard-live.com/


Photo:Yuma Sakata

TEXT:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。寒暖を何度か繰り返し、ようやく春らしさを迎えた4月半ば。心地好い陽気に誘われ、屋外で過ごす機会も増えるこの時期に似合うワインが、近年のトレンドでもある自然派の白ワイン。例えばフランス・アルザスなどで造られているリースリングやシルヴァネールのシンプルな味わいが、春野菜や白身魚などの繊細な味覚と好バランス。決して声高に主張するわけではないけど、記憶に刻まれる1本になる可能性も。ポイントは樽香を控えめにした造り。ワインショップで探してみるのも楽しいのでは?

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