2019/03/26
2018年3月にリリースしたシングル「Lemon」が特大ヒットを記録し、いまだにチャート上位を守り続けている米津玄師。その知名度をさらに拡大し、ポップ・スターの座を盤石なものとした出来事として、年末の『NHK紅白歌合戦』への初出場は、彼の激動のキャリアの中でも極めて重要な転換点となった。地元の徳島にある大塚国際美術館からの生中継という形で、厳かな演出と菅原小春による圧巻のダンス・パフォーマンスとともに「Lemon」が歌唱されたシーンの視聴率は、ビデオリサーチ調べによると44.6%を記録。アーティスト別ではサザンオールスターズに次ぐ2位となる数字だったそうだ。ドラマ『アンナチュラル』主題歌としても起用された「Lemon」を通じて幅広い層から認知された米津玄師が、まごうことなき国民的存在へと変貌を遂げた瞬間である。
そして『紅白』出演後、2019年における米津玄師のファースト・アクションとなったのが、1月19日に徳島からキックオフした初の全国アリーナツアー【米津玄師 2019 TOUR / 脊椎がオパールになる頃】だ。その最終公演が2019年3月11日、千葉・幕張メッセにて開催。米津自身が「山火事が起きているそばでバケツ一杯の水を持って茫然としている感じ」と表現した2018年、それでも身をもって体験した膨大な変化を受け止め、ポップ・ミュージックの大海へ漕ぎ出そうとする力強い意欲が何よりも印象的な一夜だった。
ショーの口火を切ったのは、最新シングル「Flamingo」。ぐねぐねとうねるベースが歪なボトムを形成していく一方で、米津の軽やかなフローが時折こぶしを効かせる、非常に動的な滑り出しに。続く「LOSER」においては三角形ステージの前方ギリギリ、頂点にまでのめり出してオーディエンスを不敵に煽る姿がいかにもカリスマ然としていて、視覚的にも引き込まれる。この「LOSER」では一部ステージが浮上し、27,000人の視線を米津が一手に引き受ける場面もあった。音楽ライブでは珍しくない演出かもしれないが、ほとんどメディア出演しないという彼の人物像のことを考えると、意外にも派手な光景である。
熱のこもったシャウトから始まり、ステージのギミックも見どころだった「LOSER」にしろ、上手から下手までを練り歩きながらの性急な言葉紡ぎと、ボカロ的フリーキーな曲展開とがせめぎ合った「砂の惑星」にしろ、今回のライブの特に前半は、肉体的な躍動感に溢れていた点が特徴だ。中島宏士(Gt)、須藤優(Ba)、堀正輝(Dr)といったお馴染みのサポートたちと構築していくのも、バンドの呼吸音が聞こえてくるような有機的アンサンブル。とはいえ調和が乱れるようなこともなく、粒立ちの良いアコースティック・ギターのクリア・サウンドが開放的な「飛燕」から、本人がザ・キュアーからの影響を認める「かいじゅうのマーチ」の温かいノスタルジアを経て、神々しいロック・バラード「アイネクライネ」のユーフォリアで深淵に誘っていく、きっちり段階的なライブ運びの巧みさも際立っていた。
次々とペンキが塗りたくられていくようなスクリーンの極彩色を背景に歯切れの良いダンス・ナンバー「春雷」を挟み、その後の中盤は転じて、生来の浮世離れした佇まいが本領を発揮。アンビエントR&Bの空気感を纏い、スクリーン上の満月とその下で二人のダンサーが披露した舞踊も幻想的だった「Moonlight」と、トラップ由来のスロウ・ビートなナンバー「fogbound」は、じわーっとどこまでも浸透していきそうなメロウ・サウンドで会場を瞬く間にチル空間へと変える、幕張メッセの広大なスケールが活かされたセクションだった。この「Moonlight」と「fogbound」は、他者/外界からの影響を色濃く映し出した最新アルバム『BOOTLEG』の中でも、海外音楽シーンのトレンド文脈を汲むことでそのテーマに寄り添った2曲なのだが、この日はそのままダーク・アンビエントな「amen」、辻本知彦が率いるダンサー・チームも強烈なメッセージ性を放っていた「Paper Flower」へと接続された流れもあって、むしろハチ時代を彷彿させる物悲しい退廃的なナラティブの中に組み込まれ、アルバムで聴くのとはまた違った響きだったのも印象的。
それにしても、米津がここまで生々しくドラマティックにライブを展開していくのは新鮮な驚きだった。彼は楽曲制作の際、ライブでパフォーマンスすることをほとんど念頭に置かないという。「ライブっていうものが、ただ義務的なものではなくなってきているのかもしれない」というのは『Lemon』のインタビュー時の発言だが、その言葉の裏にはいまだ拭い去れない苦手意識も滲んでいる。
だからこそ、マーチング・ドラムのチーム“鼓和 -core-”が登場した「Undercover」以降、ムードが明確にポジティビティへと転じ、会場が徐々に生気を取り戻し始める後半セクションは本当に感動的だった。特に「ピースサイン」~「TEENAGE RIOT」~「Nighthawks」は、米津が“ハチ”になるよりも以前、BUMP OF CHICKENやRADWIMPSといったヒーローたちに魅了された頃のキラキラと輝く原体験にまで遡り、取り戻した熱い衝動をギター・ロックにぶつける様がさながら救済のストーリーのクライマックスで、まさしくエモいというほかない3連打だったのだ。
「“変わってしまったなぁ”と興味を失くしてその場を去ってしまう人たちはたくさん見てきたけど、そういう人たちを前にして“私は変わったので大丈夫です。あなたは他所で暮らしてください”とは言えない。自分を大きな船だとすると、誰もその船から落としたくない。考えようによっては傲慢なのことなのかもしれないし、土台無理なことだと言われるのも分かる。でも、やりたいものはしょうがない」と米津。終盤のMCでは、丁寧に言葉を選びながら思いを語っていく。
「ここに何万人いるのか分からないけど、一人ひとりの人生に膨大な情報量が詰まっていて、その中でなんらかの共通点があったわけでしょ。それは天文学的な確率で、美しいとしか言いようがない」「どこかで自分と同じこと考えている人たちがここにいる。こんなに嬉しいことはない。今までやってきたことが間違いではなかったことの証明。これがいつまでも続いていけばいいなと思います」と、全17万人を動員したツアーの感慨を語る。
米津が作品作りにおける美学として掲げる“他者との繋がり”。彼がその実感をライブの中に見出したことは、今回のツアーの最大のポイントだった。「Lemon」の大ヒットによって大勢の人間が自身のもとに集まる一方で、相反的にその場から離れていく人間がいることも実感としてあったのが2018年だったという。であれば、ライブというリアリティの中で直接、より親密に誰かと繋がった時の喜びを体感し、そんな葛藤を少しずつ晴らしていったのが今回のツアーなのではないか。ベッド・ルームのイヤホン越しに留まらず、果ては27,000人を収容した幕張メッセまで、その繋がりの探査域が広がったことは、間違いなくこの日のライブのダイナミズムに繋がったはず。
スクリーンの星空を背負って歌われた「orion」、白い光の柱が四方に差し込んだ「Lemon」とホーリーな2曲で本編が締めくくられたのち、アンコール1曲目は、最新シングル『Flamingo/TEENAGE RIOT』のカップリング曲で、米津が初めて(つまり現時点ではおそらく唯一)ライブのことを意識した楽曲だという「ごめんね」。「一緒に!」と合唱を求め、その歌声にハモる姿からも、その時その瞬間に会場の一体感を成すべく、オーディエンス一人ひとりと繋がろうとする願いが込められていたように思う。そして、かつて菅田将暉と一緒に歌い、米津自身「本当に唯一、音源を作っている時よりもライブで歌ってるほうが美しい瞬間があった」と認めた「灰色と青」のパフォーマンスが、最後の最後まで象徴的なフィナーレだった。
Text by Takuto Ueda
Photo by 太田好治 / 立脇卓
◎公演情報
【米津玄師 2019 TOUR / 脊椎がオパールになる頃】
2019年3月11日(月)千葉・幕張メッセ
<セットリスト>
01. Flamingo
02. LOSER
03. 砂の惑星
04. 飛燕
05. かいじゅうのマーチ
06. アイネクライネ
07. 春雷
08. Moonlight
09. fogbound
10. amen
11. Paper Flower
12. Undercover
13. 表記未対応(正式表記はAliceの中国語簡体字表記)
14. ピースサイン
15. TEENAGE RIOT
16. Nighthawks
17. orion
18. Lemon
-EN-
19. ごめんね
20. クランベリーとパンケーキ
21. 灰色と青
◎海外公演情報
【米津玄師 2019 TOUR / 脊椎がオパールになる頃】
2019年3月19日(火)中国・上海メルセデス・ベンツアリーナ
2019年3月30日(土)台湾・台湾大学綜合体育館1F
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