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2019/01/24

カルミニョーラとバッハ無伴奏ソナタとパルティータ 優美なる「軽さ」(Album Review)

 遂に、と言うべきだろう。イタリアの名匠、ジュリアーノ・カルミニョーラが、バッハの遺した不滅の金字塔、無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ全6曲を録音した。この録音は、ドイツ・グラモフォンにおける、史上初めてのバッハ無伴奏のピリオド楽器による録音でもある。

 この2枚組では、時折装飾も混ぜ込むとはいえ、彼のいままでの録音や実演と比較すればかなり控え気味であり、事前に想像していたより遥かにストレートな解釈を貫いて、作品に真正面から体当たりした直球勝負と言っていい。

 全曲を通じ、1733年製ピエトロ・ガルネリの音色はたとえようもなくエレガントでふくよかだが、翳りある表情もまたしっかりと刻み込まれていて、バロック絵画の、例えばカラヴァッジョを思わせる、ピトレスクな明暗のコントラストが効いている。ただしはねるようなデタッシェも鋭くヒステリックに響く瞬間がなく、堂に入ったテンポ取りも相俟って、魁偉なる傑作に怖じ気づいたり、あるいは人を脅かすような切迫感を感じさせることはない。

 ただし、ムローヴァ、ファウストにテツラフ、あるいは同じユニバーサル傘下のDeccaからカルミニョーラ盤とほぼ同時期に発売されたヒラリー・ハーンの「完結編」たる2枚目のアルバムなど、21世紀の名録音と並べると、この色彩感のある演奏はかなり独特だと言えるだろう。

 前述の奏者たちが音を軋ませることも躊躇わずに奧へ分け入り、緊迫感の帯電した峻厳な音楽空間を現出させるのに対し、カルミニョーラには常に余裕がある。どぎつさのない均整の取れた表現が包容力を産み、演奏に奥行きを与える原動力になっている。遙かなファンタジーを備えたこの演奏は、流麗で常に軽やかだ。

 もうひとつ、録音の技術的な完成度の高さも特筆すべき点だ。バッハに限った話ではないが、無伴奏の場合、ホールトーンが直接音を濁らせてしまい、聴き手との間に距離を作ってしまうことがある。しかしこの録音では、残響音と直接音とが見事に調和して溶け合い、まるで二重唱を聴いているような錯覚すら覚える。

 カルミニョーラの演奏は、一聴してテンションの高さに痺れるタイプの演奏ではないことは認めよう。しかしこれは、繰り返し聴くことで、バッハ無伴奏の歌謡的な側面をじっくりと確かめるに値する、そういう演奏である。Text:川田朔也

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