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2012/08/17

事件ネタも満載 面ラホが奏でる危険球ギリギリの音楽

今年で活動20周年を迎える“日本に現存する唯一の非感謝系音楽実演家”バンド 面影ラッキーホールが、1年ぶりにリリースした新作『オン・ザ・ボーダー』の内容に衝撃が沸き起こっている。

 かねてより同業者や識者から賛美されてきた知る人ぞ知る個性派バンドとしてカルトな人気を誇っている彼ら。中でも“知の巨人”と呼ばれた故・吉本隆明をして「この人はうますぎるほどの物語詩の作り手だ」と言わしめたaCKy(vo)の歌詞は強烈で、最新アルバム『オン・ザ・ボーダー』でもタイトル通りな人々の現実を克明に描き出し、リリース直後より音楽ファンを騒然とさせているのだ。


<昭和の音楽ファンなら目からウロコ?>


 ただ、彼らの注目すべき点はそれだけではない。シーンで活躍している卓抜の奏者が揃うバンドメンバーは、ギターにコーラスにパーカッションにと計13名。古き良き歌謡曲を基調に、R&Bやソウル、ファンク、ブルースといった黒人音楽の旨味をたっぷりと注入した本格派のサウンド、これが凄い。

 それだけでも音楽マニアなら必聴モノの素晴らしさなのだが、彼らの楽曲にはさらにもうひとつ、昭和の音楽ファンなら目からウロコ(もしくは爆笑?!)の仕掛けが方々に配されている。今作に収録の1曲「ベジタブルぶる~す」を例に出してみよう。

 タイトルでピンときた人は多いかもしれないが、同曲は昭和を彩った某男性アイドル歌手からのインスパイアを感じさせる1曲だ。サウンドにこそ違いはあれど、歌詞に“さりげなく”を忍ばせてみたり、間奏で「バッキャロー」と絶叫したりと、そのアプローチはかなり示唆的だ。


<危険球ギリギリのアプローチ>


 中心的に作編曲を手掛けるリーダーのSinner-Yang(b)は“特定の誰かじゃなくて『ザ・ベストテン』的な世界観全体へのオマージュ”と笑顔で話すが、そうした仕掛けは分かりやすいモノからマニアでなければ判別がつかないモノまで、実に様々な形で散りばめられている。

 例えば昨年リリースしたアルバムには、「セカンドのラブ」というこちらもある世代以上なら“あッ……アレだ!”と、即座にピンとくる楽曲があった。同曲には、出だしで鳴るイントロギターが当時恋愛騒動の相手とされたアイドルの楽曲に酷似しているという、スポーツ紙や週刊誌ネタが好きな人にもタマらない仕掛けが用意されていた。

 “そういう微妙な所に気付いてニヤニヤさせるための小ネタです(笑)”とaCKyは一笑に付すが、ちょっとしたイタズラとするには危険球ギリギリすぎるだろう。元ネタに気付いてニヤリとするのはマニアならではの楽しみといえるが、洋楽も含めた音ネタから芸能ネタに事件モノまで。全ての事象をモチーフとしてしまう豪腕は、面影ラッキーホールの音楽の大きな聴き所のひとつなのだ。


<『オン・ザ・ボーダー』にもネタは満載>


 もちろん最新アルバムにも、この手のネタは満載だ。例えば1曲目を飾る「コモエスタNTR」なら、倦怠期を迎えた夫が抱く“妻を寝取られたい願望”をコモエスタ、デルコラソンといった赤坂風味な歌詞で表現して楽曲をポップに彩った。

 さらに例を挙げよう。“本人に歌って欲しいけど、おもらしとか絶対に歌ってくれないから(笑)”と、aCKy十八番の“一人称が苗字”ロックスター風ボーカルが冴え渡る「wet」。バブルの残り香が漂う時代の恋情を当時流行のサウンド感で表現した「北関東の訛りも消えて」。シティ演歌の世界観にミラクルズやビリー・ポールを混ぜたかったと述懐する「レス春秋」と、昭和を知る音楽ファンなら確実に反応する仕掛けが方々に散りばめられている。

 そうした様々なアプローチを、おふざけではなく真剣にやり切る。マニアも唸るほどのクオリティで鳴らすからこそ、人気脚本家の宮藤官九郎や映画評論家 町山智浩といった著名な識者をも圧倒する本物の音楽へと昇華するのだ。


<「お前と彼女を思い浮かべながら聴いてみろ」>


 そうしたアプローチをして、Sinner-Yangは“伝統文化の保存会みたいな所もある”という。一見すると玄人向けの音楽のように思われるかもしれないが、続けて彼はこんなエピソードを教えてくれた。

 “この前、アルバムを聴いた中三男子から“何でこんな酷い人しか出てこない曲ばかりなんですか?”って聞かれたんですよ(笑)。でもね、“お前と彼女を思い浮かべながらもう一回聴いてみろ”って言ったら、後になって“自分に置き換えたら……何か分かる”ってシュンとしてた(笑)。子どもでも分かるんだよね”

 音楽的な知識があればあるほど、彼らの音楽を楽しめる要素が増えていくのは事実だ。しかし、そうした知識がなくとも、何となくであれ伝わる音があり、言葉があり、物語がある。それは、老若男女の心を震わせ、愛されてきた歌謡曲が有していた大きな魅力だ。つまり面影ラッキーホールの音楽には聴き手を選ばない本当のポピュラリティが存在している、としても決して大袈裟ではないはずなのだ。


 冒頭に記した通り今年で20周年を迎える彼らは、8月19日に渋谷WWWで、翌週26日には大阪 心斎橋JANUSで、それぞれレコ発ライブツアーを開催する。ライブではかつてシーンを戦慄させた名曲の数々も披露されるだろう。まだ聴いたことがないという人も、是非一度、彼らが奏でる日本の伝統文化に触れてみては如何だろうか。


◎面影ラッキーホール - おかあさんといっしょう
http://youtu.be/ABuamnyG0pc

◎アルバム『on the border』
2012/08/15 RELEASE
PCD-28016 2940円(tax in.)


取材・文 杉岡祐樹

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