2018/05/14
フランス発のクラシック音楽フェス【ラ・フォル・ジュルネTOKYO】でたびたび来日してきたピアニスト、アンヌ・ケフェレック。今年のステージでは18世紀の後期バロック作品ばかりを選び、じっくり求心力の強い演奏を聴かせてくれた。
1948年生まれ、キース・ジャレットやエグベルト・ジスモンチと同世代。クラシック界隈ではアリス・アデール、マリー=カトリーヌ・ジローとともに、アンヌ・ケフェレックはこの世代のフランスを代表する女性ピアニストとして世界的に知られている。ERATOレーベルのそれをはじめ録音盤も少なからずあり、【ラ・フォル・ジュルネ】での来日も頻繁。世代を問わずファンは多い。同フェスでもとくに席を押さえにくいアーティストの一人ではないだろうか。
“モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ”をフェス全体のテーマとし、故郷を離れて活躍をみせた作曲家たちの作品が多くとりあげられた今年の【ラ・フォル・ジュルネTOKYO】で、広範なレパートリーを誇るケフェレックは何を弾いたか? オーケストラとの共演ではハンガリーの巨匠バルトークが、第二次大戦を逃れ渡米した晩年に書いた「ピアノ協奏曲 第3番」を選んだ(こちらも彼女の演奏で聴ける機会は貴重というほかなかった)一方、ソロリサイタルでは一貫してバロック作品、つまり300年も前の音楽ばかりを弾くプログラムを組んでみせた。
登場した作曲家は3人――いずれも今年が生誕333年にあたる同い年。ドイツ中部で生まれ英国で活躍したヘンデル、ナポリで生まれスペインに渡ったスカルラッティを横目に、バッハだけは唯一ドイツ語圏内だけで人生を全うしている――しかし彼は南国イタリアの音楽に多大な刺激を受け、貪欲にそれを学んで作風を確立した。今回のプログラムでは、ヴェネツィアの作曲家ヴィヴァルディとB.マルチェッロの協奏曲を原曲に、若き日のバッハがその様式を学ぶべく鍵盤独奏用に編曲したナンバーを盛り込むことによって、ケフェレックはバッハにおける“新しい世界”との出会いを示してみせた。絶妙のセンスだ。
しかし彼ら3人の作曲家たちが活躍していた頃には、現代のような金属フレーム完備の黒塗りグランド・ピアノはまだ存在していなかった。当時はチェンバロという、弦をハンマーで叩くのではなく小片ではじいて音を出す機構の鍵盤楽器が主流だった。この楽器で弾く前提で書かれた音楽の特徴を随所で意識しながら、ピアノの良さも味方につけつつ、300年前と現代とのあいだのどこにどう自分を位置づけるか――クラシックのピアニストたちが18世紀以前の音楽を弾くときには、その姿勢が何かしら演奏にあらわれてくるのが面白い。そこを聴かせるステージという意味で、これはピアノ音楽における“新しい世界”の模索でもあったわけだ。
ケフェレックは“あくまで自分はピアニスト”との姿勢を明確にするかのごとく、まず100年前の大ピアニスト=作曲家ブゾーニがピアノ独奏向けに編曲した作品から弾きはじめる。静謐な客席に1音、また1音……と沁みわたるように響いてゆく、ルター派プロテスタント教会の会衆賛美歌(コラール)の調べ。
ケフェレックはいったん弾きはじめると、プログラムの最後まで拍手を要求しない。各作品の最終音を弾いた鍵盤から指を離さず、そのまま次の作品へと向かう――選曲の物語性がきわだつ弾き方だ。フライング拍手は全く生じない。ステージ上での所作もまた、沈黙の瞬間まで含め、驚くほど雄弁で音楽的なのである。それらの所作や沈黙の作り方が、彼女の豊かな経験、深い洞察の賜物であったことは、当フェスの最中に一般公開で行われたマスタークラス(プロ奏者向け講習会)で彼女がそれらの点に細かく言及していたことからも明らかだった。
やがて音楽は、マルチェッロとヴィヴァルディの協奏曲からの抜粋へ――彼女はいずれも穏やかなテンポの楽章だけを選び、あとに続く2曲の小品(やはりケンプやヘスなどが、20世紀にピアノで弾くよう楽譜を整えた編曲版)とあわせ、ピアノだからこそ紡げる歌心の魅力を静かに描き出してゆく。
演目中最も有名な作品のひとつ「主よ、人の望みの喜びよ」(ヘス編)でプログラムは一段絡。そこから途切れずに流れ出す、穏やかなスペイン情緒をたたえたスカルラッティのソナタ群――ケフェレックは4曲とも極端に走らず、丁寧なタッチで1音ごとの気配を大切に、慈しむようなタッチで弾いてゆく。スペイン直送というより、丁寧な筆致で描かれたフランス印象派のスペイン風景のような佇まい。
そして、これもやはりスペイン語圏の舞踏形式から派生した「シャコンヌ」(ヘンデル作)へ……決して慌てることのない落ち着いたテンポ感でじっくり紡ぎ出される、千変万化の音の並び。静々と、会場の空気が改めてステージに引きこまれてゆくのを感じる。抗いようのない求心力をみせるピアノの音色。チェンバロ音楽には不可欠な装飾音をあでやかに転がす最後のフレーズ、ゆっくりと消えてゆく残響。
彼女が鍵盤から指を離すのと同じくらい、拍手はごく穏やかに始まり、すぐに驚くほど大きくなっていった。次はいつ、彼女の演奏を聴きに来れるだろう――そんな思いで手を叩いていた人はきっと、筆者ひとりだけではなかったのだろう。Text:白沢達生
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