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2018/01/19

ヒラリー・ハーン・ベスト 過去と現在を繋ぐ回顧展(Album Review)

 ヒラリー・ハーンが彗星のように檜舞台に現れてから早20余年。このアルバムは、2002年にソニーからドイツ・グラモフォンに移籍して以降、足かけ15年にわたる録音を聴き直して「お気に入り」のトラックを選び出し、編年体で配した2枚組だ。ファンにはうれしいことに、1枚目冒頭に3曲の新録音が含まれた、1人のヴァイオリニストの「回顧展」と呼ぶにふさわしいベスト盤である。

 収録曲は、シックな装いのバッハとモーツァルトから、持ち前の超絶技巧を堪能できるパガニーニやヴュータン、天駆ける歌が絶品のヴォーン・ウィリアムズ、キレッキレのシェーンベルクにアイヴズを経由し、ハーンに献呈されたヒグドンにハウシュカと、バロックや古典派から現代、ポスト・クラシカルにまでまたがる広大なヴァイオリン音楽の歴史を見渡せるディスクにもなっている。

 ハーンの演奏は情熱的で詩情にも富んでいるが、過度の感傷を排した、けれん味のない真摯なアプローチが身上。確固たる技巧で奏でる音色も、エモーショナルでありながら常に冴えている。自筆のライナーからも窺えるように、類い稀なる知性と洞察力を備えたこのクールな音楽家は、音符をあだや疎かに弾き飛ばしたりはしない。一つ一つの音に対して神経を張り詰めた集中力を漲らせて対峙し、鳴る音の意味が今まさに聴き手の眼前で華開くかのような錯覚をおぼえるその音楽は、ライヴでも録音でも変わりない。

 そんなハーンの凄味は、最も古いバッハの協奏曲から、2016年にライヴ録音された3曲の新録音まで一貫している。とはいえ、冒頭に置かれた、ハーンのディスコグラフィに初めて加わるモーツァルトのK.379(K.373a)と、曲が違うとはいえ10年以上前のモーツァルト録音を較べると、端正な音づくりはそのままに、音楽の持続的な流れを更に感じさせる懐の深さを一層感じさせる演奏になっている。

 K.379の第1楽章アレグロ主部は自選のK.526の第3楽章と同じく実に軽やかだが、新録音の聴き所は、その前のゆったりとしたアダージョ、第2楽章のアンダンテ・カンタービレだ。ソナタ集の緩徐楽章ではやや生硬なきらいもないではなかった演奏が、もっとたおやかな表情を見せてくれる。とりわけ第2楽章の変奏曲が伸びやかな歌い口が聴きもの。

 もうひとつ、ハーンといえば近現代曲に分厚いレパートリーを誇る奏者で、アンコールでも定番に安んじず、馴染み薄い作曲家の楽曲、それどころか自ら委嘱した新作も意欲的に披露している。アンコール集以来の再録音となるティナ・デヴィッドソン(1952ー)の『地上の青い曲線』と、マックス・リヒター(1966ー)『慰撫』も、ハーンの冒険的な取り組みの窺えるピースである。

 レコーディングとは「ひとつの表現、ひとつの体験、ある日のドキュメンテーション」だと言うハーンは、これからも、演奏会のたびごと、録音のたびごとに変貌を遂げ続けるだろうし、レパートリーはなお拡大してゆくことだろう。常に鮮烈な驚きを与えてくれるハーンは、ここで過去と現在を改めて見つめ直し、また勢いつけて未来に飛びだそうとしている。Text:川田朔也

◎リリース情報
『ヒラリー・ハーン ベスト』
2018/1/19 RELEASE
UCCG-1782/3
3,500円(tax in.)


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