2017/10/20
現代を代表するチェロの世界的名手、ヨーヨー・マが、共演歴も長いピアニスト、キャサリン・ストットを伴い、初のオール・ロシアン・プログラムを携えて来日した。中でもプロコフィエフを日本で披露するのも初めて、とのこと。東京では10月15日にサントリーホールで演奏会が行われた。
ブザーが鳴ってしばらくするとホールに帳が降り、二人が姿を現す。最初はストラヴィンスキーが新古典主義期に差し掛かった1920年の『プルチネルラ』の抜粋編曲である『イタリア組曲』だ。ボウが弦に触れた刹那、背筋に電撃のような戦慄が走る。なんとたおやかな音なのだろう。この圧倒的な引力を、ヨーヨー・マのチェロを聴くたびに感じる。それにしても、だだっ広いサントリーホールにたった2人だけとなると音楽は縮こまって聞こえてしまいそうなものなのに、その存在感たるや、やはりただものではない。
18世紀音楽を下敷きにした軽やかな音色を堪能させてくれたストラヴィンスキーの曲集が終わっても舞台袖へ引き下がらず、そのままプロコフィエフに入る。すると、謎めいた冒頭の、唸りのような深くコクのある音色とのあまりの違いに、またしても面食らう。彼らはソナタでも楽章間の休止は極めて短くとるのみで、咳払いするいとまも与えずアタッカのように演奏したのだが、それだけ聴き手にも集中を要求していた。プロコフィエフの第2楽章では舞踏的要素を歯切れ良く弾けさせ、第3楽章は間延びしない表現に力感と説得力があるがゆえに、レチタティーヴォが更に印象的に耳に刻まれる。
後半では、喪われつつある帝政ロシア貴族文化へのレクイエムとでも言うべきラフマニノフが披露された。第1楽章の入りは、そんな雰囲気を色濃く漂わせる、角の取れた流麗な音の連なりが、濃厚なノスタルジーの薫りを立ちのぼらせる。
それにしてもピアノのストットも、マに負けず劣らず素晴らしい。ラフマニノフの室内楽では、弦楽器を食い尽くしかねないほどピアニスティックな見せ場が少なくない。かといってチェロを立てようとするあまり、抑えに抑えた表現を選択すれば、作品のスケール感が喪われ貧弱なものとなる。しかし、ストットは第2楽章のピアノがクローズアップされるスケルツォ主題部でも、抑制こそしてはいるものの、自己表出にも疎かにしない。このギリギリのバランスを見極める間合いに帯電する、2人の奏者の緊張感とダイナミズムも、大いなる聞き物だった。
第3楽章の水の滴るような天上的美しさは絶品で、ひたすらマの流麗な音に息を飲むばかり。第4楽章は、2つの主題を2つの楽器で奪い合うような掛け合いから沸き立つ音楽は、二重協奏曲を聴いているかのようで、そのエネルギッシュな推進力はまさに圧巻。魅惑的な音色の溶けあう充実した演奏に酔いしれた。
3曲のチャーミングなアンコールでお開きとなったこの夜は、驚くほどあっというまに過ぎてしまった。客席は総立ちのスタンディング・オベーションで心よりの感謝と賛辞を捧げ、宴は盛大に幕を閉じた。Text:川田朔也 写真提供:サントリーホール
◎公演概要
2017年10月15日(日)
サントリーホール
出演:ヨーヨー・マ(チェロ)、キャサリン・ストット(ピアノ)
演奏曲:
ストラヴィンスキー「イタリア組曲」
プロコフィエフ「チェロ・ソナタ ハ長調 op.119」
ラフマニノフ「チェロ・ソナタ ト短調 op.19」
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