2016/12/29
12月19日、アメリカ大統領選挙の選挙人投票が行われ、共和党ドナルド・トランプが第45代大統領となることが正式に決まった。2017年1月20日に就任式が行われ、4年の任期を務める予定だ。2015年6月の出馬表明から、2016年11月の一般投票で大方の予想を覆すまでの約1年半だけを振り返っても、数々の騒動を巻き起こしながらの当選だった。以前なら白人低所得者が中心と言われていたトランプ支持者層も、こと所得に関しては年5万ドルから200万ドルの中間層が、僅差で民主党ヒラリー・クリントン支持を上回っていた。
かねてからの女性に対するアンモラルな言葉や、出馬演説時の“メキシコ国境の壁”発言、イスラム教徒の入国禁止を唱えるなど、トランプは数々の問題がたたって十分な選挙資金を得ることが出来ていなかったが、それを逆手にとるように周到に、注目を集めていった。そんな過激な発言をするビジネスマンが新大統領に当選するとは露にも思わず、非難半分、面白がった目線半分で、動向を追っていたという人は多いのではないか。というか、僕はそうだ。
ミュージシャンにも、クリントンを支持するアーティストは多かった。夫婦揃って支持を表明していたビヨンセやジェイ・Z。民主党全国大会に駆けつけたケイティ・ペリー。自身のステージにクリントンを招き入れたジェニファー・ロペス。投票の直前にはブルース・スプリングスティーンやジョン・ボン・ジョヴィ、レディー・ガガらがクリントンの集会に参加した。マドンナは、ステージ上での過激な応援スピーチで騒ぎを起こしたりもした。
名だたるスターたちの影響力をもってしても、こと選挙人数の獲得においてクリントンはトランプに及ばなかった。ちなみに、ビヨンセ『Lemonade』、レディー・ガガ『Joanne』、ボン・ジョヴィ『This House Is Not for Sale』は、いずれも2016年Billboard 200のナンバー1アルバムである。また、クリントン支持とは別のスタンスだが、「30DAYS, 30SONGS」(当初の予定から50SONGSに増加)という反トランプの音楽キャンペーンに多数のオルタナ系アーティストが参加して話題を作り、エミネムも新作のリード曲として7分を越える壮絶な「Campaign Speech」をリリースしていたにも関わらず、だ。
いち音楽リスナーとしてはショッキングな結果だが、そこには幾つかの現実がはっきりと見えていた。他のメディアと同様に、非トランプ支持の音楽もトランプの存在感を間接的に後押ししていたということ。そして、文字どおり大衆のものであるはずのポップ・ミュージックは、実際には世論を決定できるほどの影響力/浸透力を持ち得ていない、ということである。もちろんそこには、音楽がより優れたコミュニケーション・ツールに成長し得る可能性も残されている。
多様な背景を持つ人口3億人の歴史の積み重ねを、アメリカ合衆国大統領選挙の結果は反映している。残念ながら現在、アメリカ社会の闇の部分が表面化しニュースにもなっている。しかしそれは、モラルの薄い皮膜に覆い隠されていた闇が、はっきりと目に見えるようになっただけだ。ときに人の心や思想信条を伝えるツールであり、人々の中に対話の場を作り上げてきた音楽は、これから始まるトランプ新政権の4年間とそれ以降、一体何と向き合い、誰に向けて、どのように鳴り響くのだろうか。決して楽観的ではいられないその未来について思うとき、僕は不思議とワクワクしてしまうのである。(Text:小池宏和)
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